December 10th, 2007

不思議な本!「マリア・コード」

 縷衣香を検索していたら「マリア・コード」の映像が出てきた。超心理学 06年度の順位が出ている。169位。刻々と変化しているのだが六ヶ所村の6に憲法ヶ条の9なんですよね。

 「マリア・コード」が聖母マリアの祝日の12月8日に出版されて1年になります。
 自分が驚くほど読者の方達と濃いお付き合いをさせていただいてます。
 事実を書いたものですが、人間である私にはわからないことがたくさんありました。
 そして縁を戴き本を読んでくださった方が、それぞれ聖母マリアさまとご縁を繋いでくださるのを感謝しております。

 ある方は涙が止まらなかったとおっしゃる。
 そして地方にお住みの方達とお会いする機会もたくさんありました。

 なぜ、神さまはとるにたらない私のようなものをお使いになって遠くに住まれてる方とお会いする機会を下さったのかと思います。

 この頃、うすうす分かるのですがやはりこの地上を美しく蘇らせるための皆戦士なんですよね。戦士という言葉を使わなくても天使でも天の召使でもいいのですが。そして、皆で協力して地上が良くなるために働けるように合わせてくださったのですよね。

 それぞれが素敵な方で、お互いに気づきを鏡のように照らして精進することはもちろんですけれど、やはりそれぞれが破片で完全ではないけれど尊いもので、皆で繋がってひとつの完全な円になるような貴重な出会いを感じるのです。

 今、アメリカの東海岸に住んでる人の本を読んでいたのですが、クリントン時代を懐かしがっているそうです。分かるような気がします。

 ☆私がアメリカに住んでいたころ、普通のアメリカ人の努力をよくみました。黒人の子供に優しく声かけ構う普通の人たちが、心の中の闘いをしているのがよくわかるのです。そして人種差別、性差別、障害差別、貧富差別をなくそうとする試みが実験的にどこでもされていました。それでアジアの私も希望を持って生きていたわけですが、あの9.11のために全て水の泡になってしまった感があります。綺麗ごと言ったって白人至上主義も見えたしアラブ人などますます肩身の狭い思いをしてましたもの。

 しかし、静かな祈りがある。それが「マリア」の映画だったり多くの夢見るアーティストの作品だったりする。勇気ある政治家だったりする。街のおじさん、おばさんだったりする。

 環境の多くは無知と怠惰の為破壊されたけれど、一方で南米に生きる不思議な植物から多くの自然薬品が作られてオーガニックのスーパーに売っていたりもする。

 私の住んでいた街には、世界のいろいろな民族の作品が売られている「10000の村」というショップもあった。今日、渋谷を歩いたら日本にもそんなお店が増えていて世界のバザーを覗いている気になった。なんだかんだといってもいい方向に向かってる。光に向かっていると私は感じる。滅びるものは滅びたほうがいいものだ。

 素敵な人にいつも出会う。
 謙遜で静かにしてられるけどそんな方達が世にしっかりと生きている。

 一方でおねだりおばさんがいたりしたけれど人のお金で高級レストランで食べなくても素朴なものも美味しいと感じる健康な私がいる。

 街を歩けば道に迷う若者がいる。
 でも、私達だって若かった。
 だから、私は誰も批判はしたくない。

 私は自分の「マリア・コード」を読んで、本当に今も不思議が続いていることにささやかな希望を持つのだ。この間も友人と話したのだけど、私が思うより数段結果がいいのだ。何もかも。
だから天使様方や聖母マリアやイエス様が相当手を貸してくださっているのだけど浄化塾の青年達が頼もしい支え人になり、抱いて移動していたわが子もとうに成人を越していたとはね。

 そして、感謝なのだけどどうして皆いい人なの?
会う人、会う人「何か手伝うことがあればおっしゃってください。」って言ってくださる。
そして本当に骨身惜しまず神様のお仕事のお手伝いをしてくださる。これが一番の奇蹟です!




 私は良くこの本を読みます。9.11の世界貿易センターの崩壊から始まるんです。
世界にどのようなたくらみがあったとしても聖母マリアの預言に既に伝えられていた事件なんです。ニューヨークのベイサイドで御出現なさった聖母です。

☆この世で起きる悪いことには私たちの責任があり、私達はそれを浄化する為に祈ることができる。償うことも跪くことも悔恨の涙を流すこともできる。

 今日もJRに乗ったら人身事故が2件ありました。他の家族が傷つくことも友人が悲しむことも考えられないほどの悲しみや絶望が襲ったのですね。

☆イエス様が現れた時代も貧しい人たちから過度に税を取るヘロデ王の権力下で、正義ある行動をしたり無力で税金を満足に納めたれない人たちが十字にかかって死んでました。誰ひとりどうすることもできない。そしてぜいぜい家族を守るしかできない。弱い普通の人たちが光を待っていたんですね。救世主の預言はいろいろなところであり、ヘロデ王も無視できないほど人たちは待っていたのですね。だから、神さまは人の願いに答えられたのでしょう。

 貧しい馬や牛や羊が休む岩の小屋に空高く3つの☆が重なって大きな強い星となり光がまっすぐに注いでひとつの線となってました。その線の先に幼子がいたのです。
謙遜に隠れて神の子は生まれ、多くの人は☆に導かれ集まり沈黙を守りました。
幼子イエスへの3博士の贈物は王として黄金、祭司と乳香、そして没薬は使命を果たしたときにいるものだったのでしょうか?ひとつとして無駄なく時期が来るまでイエスは神に育てられたのでしょう。
 聖母マリアはまるで普通の少女でしたが、イエスを身ごもってからある天性の聡明さをもった女性に代わります。聖変化。それはどのお母さんも持っているものだと思いますが。そしておそらく子はどの両親にとっても救世主だと思うのです。私達未熟な大人を霊的にも精神的にも育てる為に生まれてくれる救世主で使命が終わる日まで子のために親は命を注ぐものです。きっと!

 そして、今日の時代は自分の子だろうか人の子だろうか愛することを要求されていると思います。なぜなら文明はこれほどの情報を世界の隅々まで送れる科学を持ち、又多少とも健康と教育を受けた私たちは自分だけが幸せにいることはできないと知っているからです。

☆私達誰もが救世主になるべきですし、誰もが素直に助けられることに感謝できたらずいぶん温和な世界になるのではないでしょうか?面子?借り貸し?いいではないですか?善意をいくら貰ってもただ。そして善意はいくら与えてもただで。

イエス様の命まで差し出した気前よさは素敵です。
マリア様は馬小屋に集まってきた羊飼いたちや博士達に赤ちゃんをお見せになって、「あなたたちのものです。あなたたちへの贈物です!」と言われました。どんなこどもも親だけのものではないですよね。やはり社会に必要とされるまで育て上げ、お借りして、社会に役立つように返すのではないでしょうか?

与えて与えて与えきったら、不思議なことが起こります!
ですから、ご一緒に「与えて、与えて、与えきりましょう。」そして、かつてそんなときがあったのかしらと思うほど平和な時代を作りましょう!
陶作品「教会の沈黙は棺桶へ!」
陶作品「万里の長城は棺桶に!(国境をなくせ!)」