Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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もうすぐ67歳!

早く年取って隠居をしたい私。

 


娘が30歳なのだけど、ずっとこの家にいる、パパとママとずっといると言う。

 

好きにしなさいと私。

 

主人は私と同じ年だが、まだ働いている。

 

☆私は高望みしないタイプ。

 

個展に来てくれた友人のお嬢さんが28歳で結婚しないのをとても深刻に悩んでいる。

 

  私は結婚しなくても良かったし、秘かに困った人を助け、皆からは「いかず後家」と言われ、絵も凡庸でたいした絵描きでないと謗られてもいい覚悟で人生を生きてもいいと思っていた。

 

賢い人達には想像のつかないハードルの高い結婚だったが、何となく人間の勤めと言うものは、悪いものもきちんと受け止めた方がいいと思っていた。

 

☆だから、主人は世間でいう3高ではないし、姑と同居だったし、サンタクロースになったかのように要求されることの多い結婚生活だが、馬鹿な私はそれを不幸と思った事がない。

 

多分、それは私には絵があるからで、実生活の過酷さぐらいこなせないようでは生きていけないのがアート街道なのである。

 

☆この間、来てくれたじりつ書房の社長は、草間彌生さんは60代に日本に帰国されて随分苛められたと言った。

 

じりつ書房から草間さんの詩集や小説が10冊くらい出版されていて、私は美術館で売ってなかったそれらを買い求めるために出版社に連絡してから縁ができたのである。

 

☆草間さんは精神病で今も精神病院に住んで目の前も自分で建てたビルに通いアートをしているのだ。

 

私の母は横暴で嫉妬深く、親に逆らうと何でもする毒親だった。

 

父の弟が名古屋で昔、東洋一の精神病院を経営していた。それで、黄色い車が精神病院からのお迎えの車で、言うことをきかないと黄色いブーブーで一生出て来れないように精神病院に突っ込んでやると言うのが口癖だった。

 

幸いなことに無事に今日まで未体験であるが、世の中の権力と言うものは、自分の思い通りにならないものを、殺す、生きる屍にする、弱者にすると言うことを学んだのだった。

 

だから、草間彌生さんの体験しただろう絶望や哀しみ、苦しみ、不利益は計り知れないものだと思う。

 

☆それから、じりつ書房の社長はオノ・ヨーコは特別な育ちから、相手のことを気にせず進んでいくタイプで、ジョン・レノンのところに嫌がっていても押し掛けて、ビートルズを解散させた強い個性で、人としてはともかく、変わらずやりきっていくしか道はないのだと言う。

 

私の母は不細工だったが、イケメンが大好きで、オノ・ヨーコに関してはジョン・レノンをつかんだだけで偉いと言う考え。

 

私はいつも辟易して「ばかじゃなかろか」と思っていた。

 

例えば、妹と母と京都にいく。3人で歩いているといつの間にか母がいなくなる。若い寺のお坊さんといつの間にか連れ添っている。後で「永平寺から来てるんだって、いい男振りよね。」とか言うので、妹と減なり。

 

くも膜下で倒れた時にベッドを片付けていて発見したのは、赤い線のたくさん引かれた不倫情事の本で80歳を過ぎて生々しいので吐き気がしたものだった。

 

☆私が俗物嫌いなのはこの母親のせいで、多くの人からもっと俗物にならないといけないと忠告されたものだった。

 

↓セザンヌを撮影。
セザンヌさんは俗物でないのよ。
信じられないくらい好い人。
パリに妻子を住まわせ、南フランスで独身のお姉さんに気遣ってアートに集中。
教会にいくと、有り金残らず献金してしまうので、お姉さんは小銭しか持たせなかったと言う。修道女が修道院から脱走して、セザンヌのところに来て生き方の教えをこいだそうです。

 

セザンヌの絵は長い間、わからなかったのですが友人の詩人が書いた本を読んで、セザンヌさんは評価されるべくしてされているのだと思った。

☆お昼はポテトパン。

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