February 8th, 2009

「反貧困 」湯浅誠著を読む!

派遣村の村長さんの本だ。
岩波新書 740円

☆これは読むべき本だと思う。
本当に生まれた場所から、どう働いても生活できないレベルのハンデを背負った人がいる。

又、搾取の構造というのは半分のピンはねは普通らしい。
一部の人の暮らしは、この社会的弱者の労働で賄われている。

☆今はアーティストの自立実験が試まれている。
 今日もブログで私設工房を作っている人の作品を見た。
 そして資金不足の内部事情も。

 そうなのよねえ。
 アーティストってどんなに貧乏してても幸せな人たちなんですよね。
そこで、材料がないとか発表の場が無いとか言っても派遣を不当に解雇された人や生活保護申請する人達の食べる為や住む為や着るための貧困とくらべると贅沢ってなってしまう。

 でも、そうした人たちがアートによって生きる希望や幸せが与えられたら少しはアーティストも褒められるかもしれない。

☆この本を読んでびっくりしたのは行政の冷淡さだ。
又、自殺したひとの遺言には教会も冷淡らしい。「祈ってます。ここはあなたがいる場ではない。」といって追い返したそうだ。

 私なんかは普通の人に過ぎないが、やはり「食べれない、住めない、着れない。」のは放置したかな?返って来なかったが、フランスでホテル代を踏み倒してフランス人から蔑視された日本では有名だった人にも帰りの飛行機代払って返してやりましたよね。自分は栄養失調になったけど。
アメリカでも帰国する時に車を売るためにスーパーに掲示板に貼りだしたら「どうしても、ほしい。絶対返すから、売ってほしい。」とスーパーの店員の日本人に頼まれ売りましたが未だに5%も払ってもらってない。2度ほど請求しましたが、もう諦めました。自分の人生をそうするのもその方の自由ですものね。寒いボストンの冬は雪も多く、車がないとやはり生き難い。
浅黒い混血の女の子のシングル・マザーさんでしたね。あんなに喜んだ人もいなかったから、それでよかったのかも。自分の車だったので主人に迷惑かけたわけでもないし。

 教会って何をしているのだろう?
 私の作品で「教会の沈黙」というのがある。
 この混乱と不平等の世界に教会は何をしているのだろう?
 


  「アオキガ原に死を!」
 自殺者がなくなりますように!



☆☆☆
 人間は何のために生きているのだろう?
 貧困者はもとんど目の前の住むところや食べ物のことを考えて、とても10年後のことまでは考えられなくなるようだ。
「反貧困」の湯浅さんは自分も日雇いで働いたりした。

 私も20代はもっぱら、社会勉強で底辺を歩いてきた。
自分から求めたものもあったし、道を歩いていて働かされたりもした。
そうですね。今から40年くらい前で時給130円で夜のスナックで働かされたりしました。
それは、自宅の最寄の駅までの7分くらいの間を歩いていて拉致のように連れてかれて働かされたのでした。(もちろん、ひととおり経験して逃げましたが)

 私は林芙美子の「放浪記」の大ファンで底辺に逞しく生きていく姿に大変憧れてましたね。
それと、好きなことをやって生きていけてる負い目のようなものがありました。
いつも、考えていたのは、
「私の絵を買う人は、皆教養もあり、感謝して褒めてお金まで払って気持ちよく去っていく。
しかし、お金儲けの為に騙したり、嫌ががっているのを引きずって働かせる人たちはわずかなお金を払うのにも恩着せがましく態度も無礼だ。これって何だろう?」
同じ私が体験する二つの世界を、私はまだ選べるからいいのだろうが、悪いほうしかない人は本当に気の毒だと思います。

☆私は実際はかなり貧乏さんなんですが、お金持ちオーラーが出てるらしい。
私のことを「福の神」という人が何人のいて「ずいぶん儲かった。」って良く言われます。
私にしたら「それでいいではないの?儲かったんでしょ?」と思うのですが、大抵の人間はエスカレートするのですよ。「息子の嫁に。」「私の愛人に?」というのでしょうか、さらに富む為に最後は暴力沙汰になるケースが多かったです。他人の働きで富むというのには無理があると思います。その人が去れば又貧しくなりますから。

 私にはIBMの創立者夫人の友がいるのですが、私は幾度も「私はあなたほどお金持ちではありません。」と幾度も言いました。だって嘘をつくのは嫌ですもの。不思議で仕方が無いのですが「嘘おっしゃい!」と手をピシャリって敲かれました。信じてくれないようです。変ね。
私ってお金持ちなの?
まさか!

 私は貧乏だけどおねだりってしない人なんですよね。
IBMさんが、「来て!」って電話をかけてくるとセスナ機に乗って会いに行ったりしていたから、お金持ちだと思われたのかな?でも別に飛行機代貰うわけではないです。帰りにお土産のチョコ1箱だけですがね。ボストン時代のお話です。

☆今日、娘はビジネス・スーツのスカートを探していて探すのを手伝って主人のクローゼットを開けたら衣装持ちでびっくり。主人のほうです。「へぇーっ。」て感じです。
こちらは昨晩寝ないで、「反貧困」を読んで涙していたのにね。

☆私は20代の時はお金が無いときは歩きました。5,6時間ざらに歩きました。
妙にホームレスさんの生活がわかるのは、お金が無いときはお水を飲める場所もおトイレもデパートや駅や公園があるのよね。それって税金払っているから権利なのではないかしら?

 20代の時は本は図書館でした。貸してくれるのよね。無料で!
家で読んで返す。2駅歩く。貧しいけれど楽しかったですよね。そして自分の部屋で神様と話しながら絵を描いてました。いつも夜明けまで起きていて、窓の前の多摩川に星が映り高速の点灯と重なりそれはそれは美しかったんです。うっとりと毎晩見ているうちに夜が明けたのでした。貧乏で不幸って思ったこと無かった。
道、歩くとホームレスさんたちが同志と思って手を振ってくれたりしたな。

 私の母は「おまえは一生絵を描いて家にいなさい。家事をやってあげるから両親と暮らそう。」と言ってました。母の計画では妹を嫁に出して私は独身にして老後の世話をさせたかったみたい。私はお人好しでしたし結構楽しいので、親もその方がいいと思ったらしい。

☆しかし、頼まれて(ここを強調したいです!)、結婚することになりました。
妹は結婚せずに学者の道に進みました。親の計画が狂ったのでした。

☆主人は私のことを「打出の小槌」って言うんですよね。
頼めば何でも出てくると思っているようです。
そうして、いろいろなことを家族皆で頼んでくるのでした。

 私って「本当に怒んないんだね。」と言われます。単なる馬鹿かも。

 しかし、不思議と結婚して家事や子育てなど何重に忙しくなって私のからだはひとつで、主人はとても貧乏でしたから(貧乏でなかったら結婚しなかったでしょう。もっと貧乏でもいいくらい。)、相変わらず続く社会からの無心には驚くばかりでした。

☆しかし、体はひとつしかないのです。
いきなり電話をしてきて「会いたい。」「すみません。これから出かけるのです。」でキレル人って割と多いです。

 そして、仕事もね、頼んできてね。終わると「お金が無いから出してほしい。」といいのも多いんです。始めから言うべきですよね。儲けたいけど自分は1円も出したくないってことかな?そういう人ってとても多いです。

 頼みもしないのを勝手に持ってくるのもかなり多いです。
 頼みましたか?
 頼まないよ。悔しんだ!
 わけがわかならい私です。
 (私もあなたが思ってらっしゃるほど余裕が無いんですよ。)
 言いたいけれど黙ってます。哀しい。

 そうするとね。2度目がなくなるんですよね。
 私も忙しいのでそんな人には構ってられないもの。
 それで、その人達が貧乏になるケースも実際にはある。

 絵描きさんでも画廊でも「買え!」っていきなり言われる場合がある。
 好みとか作品がどう扱われるかって関係ないみたい。
 怖くなって行かなくなりますよね。
 それは学習ではないかしら?


☆「反貧困」っていうのは一筋縄では行かない話です。
 社会構造を変えないと皆が幸福になれない。
 しかし、お金が無ければ「騙す。」「取る。」「貰う。」というのが解決ではないですよね。

 自殺者年間3万人のうちの1万人はお金が理由らしいです。
 遺書には怨みつらみも書いてある場合があるそうです。
 それこそ役所は酷いことを言ったらしい。
 親に頼れ、兄弟に頼れ、子の頼れというそうです。

生きがいが無い理由もあるそうです。
「飢え」という作品です。皆、棺桶に入ってます。


☆現在は母が危篤状態でこれから病院に向いますが、家族に3人の老人を抱えているので少し社会的に不義理をすることになりますがご理解くださいね。
私自身も61歳で高齢者に仲間入りをしているので、若い方と一緒に行動できないこともありますしお誘いを断わらざるを得ない場合も多くなりました。他意をありません。ただ物理的なことです。

そうだ!
「反貧困」に打ち勝つのは心の豊かさだ!
思いやりだ!
本当の思いやりは甘やかすことではない。
本当の思いやりは自尊心を持って生きる喜びを知ってもらうこと!