February 9th, 2009

世界を知るために!

 昨日は「パンの木」のお片づけでトランク2個、布ケース(折りたたみ可能)、リュックを背負ってタクシーに乗り、松涛へ行きました。
母の入院先は近くですが、やるべきことがあったので今日これから娘とお見舞いに行くことになりました。

 家に帰ったのは7時前でしたが、お夕飯の支度をして3人で夕飯を頂きデザートやお八つを頂いていると疲れがどっと出て、ソファーで寝てしまいました。どこの家でもそうですが家事って意外に多い。その前にクリーニング屋に行き夕飯の支度と大きなマーガレットの植木鉢を持って帰り、掃除をしたり殆ど休む間が無い。

 起きたら「李香蘭」のパート2とドキュメンタリー「キューバ」と放映していて襟を正して見た。
キューバはアメリカの兵糧攻めで本当に今も貧しい。若い人や出る力のある人はアメリカに脱出してアメリカで稼ぎ着き100ドル家族に送金しているというのもあった。キューバではものはなく非常に高い。農家では牛が盗まれたり治安も悪く観光客を殴ってお金を取ることもあるのだという。
しかし、人びとは音楽とダンスを愛して明るいが。

 一方、山口淑子さんの実話にそって作られた「李香蘭」の後編は戦争の悲惨を最後には伝える。
中国で生まれ、暮らしていた山口さんは日本人だが、ソビエトや中国の友人達と豊かな青春を送るが、戦争で敵対してそれぞれの肉親を失う。山口さんは歌が上手く美しく女優になり「李香蘭」と言う名で中国映画にも日本映画にも出るが日本が敗戦になると、中国から中語彙く人としてあるまじき映画出演のあり方で銃殺刑を言い渡される。知人の川島芳子は既に銃殺されている。満州のお姫様だが日本で養女となりスパイ行為があったとされた。(「知ってるつもり」では生きているというのもあった。)しかし、ソビエトの幼馴染みのお蔭で戸籍抄本を親元から届けられ裁判によって無罪になった。この物語だと好きな人はフィリピンで死んだ。そして山口さんの両親は日本に帰国後離婚した。

 山口さんの元の結婚相手はイサム野口さん。そして、私が19歳の時のセクハラしたモダン・アート展の審査員は山口淑子さんの妹のご主人の彫刻家だった。
いろいろ出てくる。

☆人間って素敵な部分もあるけれど、くだらない部分もある。
他者より上になりたいところは実にくだらないと思う。
どの国も利権を狙って他所の国に侵略する。美しく長年かけて築きあげられた文化を壊し、普通に生きてる罪の無い人を殺し貧しくして惨めな生活にさせて勝ったと思うのだ。

 日本人も中国人や韓国人にずいぶん失礼なことをしてきたと思う。
そして沖縄やアイヌや被差別部落の人を痛めてきたと思う。
今でも、容姿が悪かったり障害がある人を笑いものにする人もいる。
他人の家庭の失敗や破綻をひそひそ話で後ろ指する人もいる。

 人生はレッスン。
 人は何のために生まれてきたか?

 そうだ!
 愛する為に生まれてきたのだ。
 ひとりでも多くの人を愛する為に。
 ひとりでも多くの人を幸福にするために。

☆注意深くみていると人生はその教えを知るためにできている。

 美しく生まれ家柄も良く学歴も最高のカップル。
 世の中にはそういう人もいるのだと思ったら、長男に障害があった。
 若い夫婦はその事実を受け入れるために随分変わらざるを得なかった。
 そして、変わったら更に素敵なふたりになった。

 人間は自分が簡単に出来るとできない人の気持ちが分からないようだ。
 そんな人に神様はできない子供を運んでくださる。
 人間は本当は皆、尊く敬意を持って向き合うものだと教える為に!

 だから神は完全だし、宇宙の法則は正しいのだ。

 私達の日々吐く言葉はそのまま宇宙の果てまで放たれ、大きな宇宙のこだま返しでその言葉の復讐を得るのだ。

☆私は若い時に決意した。
 人を差別するのはやめよう。
 できれば、人を傷つけるのはやめよう。
 誰でも同じように愛そう。

 出来たかどうかはわからないが、差別しないと神様から凄い御褒美が頂ける。

 差別してばかりの家柄や学歴自慢の友人は37歳で自殺した。
 自分が周りの欠点を探してはあげつらっていたので、彼女自身が離婚と言う取るの足らない結果になった時に持ちこたえなくて自殺したのだ。

☆人間は環境を選んできたという。
 私もちょうど普通に選んで生まれてきた。
 私のように不出来な人間には驕れないような普通の環境はベストだった。

 うっとりするような美しい人が生い立ちに育ちにずいぶん苦しみを背負っていることはザラだ。しかし、それがあるから彼女は彼は美しいのかもしれない。

鈍感で上から下へしか発言しない人は醜いではないか?

☆外国へ行くと私達日本人は、背も低いしスタイルも悪いし皮膚の色も白くはないし、それ程洗練されて外国に生きられるわけではない。だからツアー旅行なんだろうけど、決して大事にされるわけではないのが普通。
それで痛みを知って、貧しいアジアや色の黒い人への理解がもてたら進歩、成長なんだけどなかなか日本人って国際人になれない。

 多分、無知なんだと思う。
 私もそうなんだけど世界のことを知らない。

 こどもたちには日本の誇りを持っていじめたりせずに世界に目を開いていく教育をしたい。

 時間がかかるが生きることはそういうことだと思う。
 人を愛する為に。
 人を幸せにするために。
 世界をもっと知りたい!

娘とお出かけ!松涛、青葉台、代官山!

 今日は母の状態が思わしくないということで娘と松涛の病院まで行った。
この病院の管理はとてもよくて1階のエレベーターのところには消毒液と遣い捨てのマスクが置いてある。
 病は内臓の問題なのか皮膚が沢山のアレルギーでかゆそうだった。看護婦さんの話ではこれでも少し良くなったという。娘の呼びかけにも答えはないが、どこかで繋がっているはずだ。

☆寒い日だったがふたりで青葉台まで歩いた。彼女が小さい頃に通っていたガールスカウトの集会のあった南平台のドミニコ教会。公園に隣接するカフェでソフト・クリーム。エコ・カフェなので紙ナフキンは出しませんとあった。
 2人で寄ったアメリカン・アパレルもオーガニックのシャツやスカートが売られていた。娘にはワンピースとそれに合わせたベルト。私は両脇が少し長い青いコットンのスカートに同色のティー・シャツと珊瑚オレンジのティー・シャツと青い靴下。とにかく春が楽しみな軽いお洋服で安い!
 4時からカーテン屋さんとのミーティングがあったので娘を恵比寿までの交差点まで見送り私はコテージ建築のオフィスへ。彼女にも初めてコテージの基本建築の中を見せた。
この間吉祥寺でマークしたディスカウントの布や白の薄地も緑の刺繍入りカーテンも使えそうで、少し節約できたのだはないかしら?

 6時に終えて、恵比寿駅まで歩いた。
ちょっとづつ可愛いお店を覗く。本当にそれが楽しい。今日のお八つは胡桃と林檎のパイ。3切れ買う。
 恵比寿駅で夕飯はピザと小魚とポテトのフライと蟹やアボカドのサンドイッチにした。
たまに洋服を買ったあげたのでかなりご機嫌な娘と頂く。
私はこの春に卒業だと思ったのですけど。この初夏だそうだ。外国風なのだそうだ。
ふ~ん。まだ学校があるのね。よかった!彼女と主人がいない普通の日が一番幸せ!自分の好きなように掃除したりできるので。

☆毎日、毎日、やることがある。
明日はプチ・スタジオの掃除。そうだ!今夜のうちに主人の衣類のお畳みとお片付けをしなくては!いつも10日おきに主人から生活費を貰う習慣があるのです。家ではEvery 10thと言ってます。私の家の家計はそれで食費とクリーニング代と娘の経費など賄ってます。お風呂工事代は主人が払いました。そうしたら10年使うとして1日1000円に付くから「払え。」というので「いいですよ。プチ・スタジオのを使いますから。」と答えたのですが、まあこれは冗談です。

 今日の午後、テレビでお子さんのいる家庭の主婦のノイローゼ相談をやってましたが、働いて子供を預けてても専業主婦で子と向う時間が多く取れても、人間って不安なのだなあと思いました。娘ももう、大きいですがあっという間です。そして小さいときの子供服の可愛らしさは恵だったと思います。娘と代官山を歩きながら「Petit Bateauよ。あなたが着ていたブランドよ。」と子供服屋を指差すと「覚えている。」という。誰も着せる人がい無い今は覗きもしないけれど、小さな可愛い子供服は幸せの匂いがする。
 この新しいブランド・ショップの並ぶ街にもエコあり、ヒューマニズムありで人間社会は複雑だ。どれもあってもいいし、どれも素敵だ。お洒落なカフェもレストランもある。ブランド・ショップは閑散としているけれど買う人もいるのでしょう。

 今日はちょっぴりセレブ!