February 12th, 2009

ローズ美術館が閉鎖に!

☆アメリカにいた時によく通っていた素敵な美術館でした。
館内は日本庭園のようになっていて滝が流れてました。
ショック!
ブログのコピーです!
2009年2月 7日 14:43) | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
ここ2週間ほど、マサチューセッツ州ボストン市郊外にあるブランダイス大学の理事会が、付属美術館のローズ美術館を売却する方針を決定したことが、アメリカの美術界で話題となっています。

ローズ美術館は1961年に開館した大学付属美術館で、批評家であり美術史家であった初代館長のサム・ハンターが集めたロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズ、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタインなどの重要作品を含む、約6000点のコレクションを所蔵しています。コレクションの評価額は3億5000万ドルと言われています。

美術館は、もはやアドルノが言ったような作品が死蔵される墓所ではなく、作品売却(de- accession)を通してコレクションを絶えず更新する組織となっています。この作品売却は、新たな作品を購入するための資金とする限りにおいて行われるものという共通理解があるため(アメリカ美術館・博物館協会の「美術館・博物館倫理規約」にもそう定められています[第6.13項])、美術館が財政目的で作品を売却することは倫理的に問題だとされています。

今回のケースは、最近の景気後退で寄付金が減少したために、大学が付属美術館の資産そのものを転用することにしたというもので、作品売却の問題とは異なるという意見もあります。いずれにしても、ローズ美術館の経営はうまくいっており、大学は美術館の光熱費しか負担しておらず、職員の給料や展覧会の経費などは、美術館が独自に寄付金を集めることで確保していたそうです。そうした美術館の経営努力を顧みることなく、美術館とその資産の処分を一方的に決めてしまったのは、明らかに問題があります。

この理事会の決定に対する反発はかなり大きく、翌日にはボストン・グローブ紙が記事にして、その翌日にはCAA(アメリカの美術史学会)が会長名で声明を出しました。美術館を支援するウェブサイトが登場し、Facebookにグループができ、ニューヨーク・タイムズ紙の社説にも取り上げられました。2月末にLAで開かれるCAAの大会でも話題になるでしょう。アメリカの美術界は、ビジネス志向の考えに支配されていると思われがちですが、文化芸術を大切に思う信念とそれに基づく行動もまた、同じくらい力強くあります。

日本の場合は、ここまで資産的価値のある大学美術館が少ないので、公立美術館や企業美術館の売却のほうがあり得ますし、実際、長岡現代美術館の閉館時に同様の問題が起こりました。経済不況のなか、美術館が売りに出されるとき、日本でどのような議論や行動が起こるのか、あるいは起こせるのか、考えさせられる出来事でした。
プロフィール:
かじや・けんじ/1971年千葉県生まれ。広島市立大学芸術学部准教授

元力士が結婚詐欺容疑!

 今朝のニュースで大きく取り上げられていた。
このところ詐欺に興味を持っていて、昨日は漫画の「クロサギ」を全巻20巻オーダーしたばかり!

 秋元久雄容疑者は43歳で白金に住み1500万円の銀行預金を持っていたそうだ。
41歳の港区に住む会社員の女性から730万円を詐取したようだ。1級建築士と偽りインターネットの結婚相談サイトで知り合って「ホテルの改装資金を請け負うお金が無いので貸してくれ。」と依頼してきて、月40万円の高層マンションの屋上に住み運転手付きリムジンで迎えに来たので信じてしまったのだろう。

 テレビのコメンテーターの落合さんが「女性の40代って焦るし、みっともないので訴えられない。」という。とにかく力士として才能があったが辞めて飲食店で働いても辞め、以降定職に付かず20年食べてきたという。

☆詐欺って意外と多い。
 私が22,3歳の頃に田園調布の茜屋さんと言う工芸屋さんに作品を置いて売ってくれてたのだが、買ってくれたお客に鹿島建設に勤めるOLがいた。まだ、易カルタが出版されてないころで黄小蛾さんの易の本でいろいろコイン占いをして楽しんでいたころだ。或る日、彼女は「田園調布に住み東大を出たハンサムな人と結婚したい(そんな人がいるかどうかわからないが)ので協力をしてくれ。」と言った。本人は言うのには世間で言う2号さんの子で高校を出て働いているのだが、お嬢様に化ける為に「絶対、既製品を着ない。全部オーダーして食べ物も拘り老舗のものしか食べないので、会社では皆お嬢様だと思っている。」とのこと。彼女は細く普通の身長だが、美人といえば美人のほうだったと思う。しかし、茜屋の夫婦は「ご自分だって高卒でどうしてそんなお坊ちゃまと結婚できると思うのだろう?」と言っていた。私も「別に東大出の田園調布に住む御曹司と結婚することだけが幸せでない。」とどう伝えるか苦心したものである。それが私の易修業であった

 人間って多分自分が被害に遇わない限りは詐欺と言うのはあまり腹が立たないようだ。
学歴詐称も山ほど知っているが、「そうね。凄いのね。」と他人の詐称には腹が立たない私である。
 コンピューターを習っていた頃、教室であった女性が自分の授業の無い日にクラスで電話をしてきて玄関で帰り待っていたことがあった。「前に16億の家に住んでいて、夫が悪い女にひっかかり帰らなくなり、家は壊された。ヤクザの追われてるのでホテルを転々としている。」という。「行くところが無いのなら、私のプチ・スタジオに泊まってもいいですよ。」といったたお布団を買って持って来た。しかし、結果として住むことは無かったが、本人は会うときは安い珈琲ショップで「世界の1流ホテル」という本を読んでいて「宝石を処分するのに高級ホテルを使うのよ。」といった。「立会いがいて1500万円くらいのものを処分しているの。」という。しかし、着ているものもそれ後住んだ築地のマンションも安普請でどこにも16億の家に住んでいたという空気は感じられなかった。お子さんが3人いてロンドンで暮らしているという。
 「パーティに誘ってほしい。」という。パーティなんて行かないし彼女が思っているほど金持ちの男が集う社会は知らない。バスケットを習いたいといって授業にでたが、2時間レッスンのところ4時間受けて授業料は払わなかった。そして、そこでであった六本木のトーク・バーを経営している人の店に行きたいのでつれてってくれと言う。
段々地金が出てきて「バスケットの授業料は要らないからバスケットの型を返してください。」と築地の彼女のマンションまで取りに行ったのである。つまり、無料で遊んだりお金持ちと付き合っていい暮らしがしたかったのであろう。バスケットの型はアメリカから送ったものでとても高いしとてもじゃないが返してもらわないと困る。

 その時に思ったのはその警察に訴えるレベルではない詐欺師に共通点があると思ったこと。
パリから「家が無いの。お金を送って。」と子供に電話をかけさせた画家のY子ととても似ていると思った。つまり、自分の正体が露見されかかったときの切れ方が似ているのだ
ヤクザに追いかけられてる方は「授業料は要らないからバスケットの型を返してください。」と言った時に地下鉄の中だったが「あなたはお品が無い。お金のことを言うのは育ちが悪い。一緒に地下鉄にいて恥ずかしい。」と罵り出すのである。「いい暮らしをしていたときの友人が助けてくれるのではないの?」と訊くと「主人が皆やっていたので友人は出来なかった。」という。パリのY子も30万円送ってあげて帰って来なくてもいいと思っていたのだが、「どうしても、返したいの。パリまで来て!」と電話をしてきたのである。「一応、彼女は国際的な画家だし、プライドも有るだろう。」と勿論行く日時も手紙で知らし、パリの行ったのだが、10日間ほど連絡すると「今、郊外なの。交通事故でパリまでいけない。」「明日はローマなの。」tぴう具合に毎日忙しい会う時間がないという。パリに住む友人の知恵で彼女の住所まで取りに行ったら、いないはずの自宅にいて、ひきつっていた。それからの手紙が凄い。「アポイントも無く人に家に訪ねたので慰謝料を100万円寄こせ。」とか。フジテレビ・ギャラリーとかユニセフで個展をする人である。

 こうゆう事件も勿論他人に言わない、警察に訴えもしない。
それでY子もそのヤクザに狙われているという女性も幾度もしているのだと思う。
生きてるうちに無事露見されるということもなく素敵なアーティストとして生きられるかもしれない。

☆結論は私が権威と言うものを信じなくなって理由となった。
 そして、ヤクザに追われているという人は「あなたは私が16億の家に住んでいたのを信じてくれる?」と訊いたので「ええ、信じますよ。」と答えた。どうでもいいことだ。

 でも、こうして狙っているんでしょうね。
騙して楽にお金を得てセレブ気分に浸ることが幸せだと!

 ばかみたい!

十字架の祝別!愛の旅がいよいよ山越え!

 私は今朝は7時に起きて主人と珈琲を飲んで家を片付け、10時に目黒の聖アンセルモ教会に行きました。渡辺神父様の十字架の祝別を望む理由を述べて祈っていただきました。


 この十字架は長く家にあったものです。
大きさも長さ12センチくらいあります。ルルドのお水の入った聖母マリア像のボトルやロザリオなどと一緒に野尻湖の神山の土地の埋めたいと思ってます。

☆神様はどうゆうわけかカトリックの巡礼地ルルドやフォージアやファチマに私を幾度も運んでくださいました。イエルサレムにも聖コルベ神父の列聖式の前に呼んでくださいました。
そして日本の伊勢神宮、天岩戸神社、高千穂神社、元伊勢神社、籠宮神社や多くの寺院や位山、皇祖皇体神社など古い神社にも導かれたのです。

 私はそれほど立派な人間でないことは自分が良く知ってます。
でも、神さまはこれらの場所に導く為に実にいろいろな手を使って行かせてくださいました。

 なぜ?なぜなの?
 医療費無料のピオ神父の病院や、多くの奇跡的治癒のあるルルドの病院に内部まで入れたのです。
 
 私はこれらの経験は必要があって起こっていると思いました。
 障害のあるお嬢さんをルルドにつれてってあげたかったときも若いお母さんは遠慮して他人にそんな負担は出来ないとおっしゃいました。遠くて飛行機代のかかるルルドでなくても、私達の祈りで人が癒され暮らせる理想郷は出来るのではないのかと思うようになってきました。

☆20歳の4月7日にどういうわけかイエス様に遇えた。
 私の家は特別キリスト教の家でもないし、私はキリスト教の教育を受けてないのにもかかわらず私はイエス様がどういうことを人間に望まれるか理解できました。

 私はイエス様に憧れ、本当にイエス様のように病んでいる人や苦しんでいる人を助けられたらどんなにいいかと思いました。
それで聖書をボロボロになるまで読んで、聖書に書いてあることを実行しようと思いました。

どんなに立派な教えも実行しなければ意味が無いと思ったのです。

☆それから40年間、ずっこけ転びながらもイエス様を追っかけてきました。聖母マリアさまにもお会いできた。
 世界はますます悪くなり、信仰や良い行いは必要とされているけれどなかなか不完全な人間にはよき社会を作るのは荷が重くため息と絶望の前に踏みとどまるのが精一杯でした。

 しかし、昨年ちょうどイエス様とであった40年目に私は60歳になり、神さまはいよいよ最後の総仕上げに仕事をするように希望されていることがわかりました。

☆それが野尻湖の神山ではないかと。
 不思議に土地が手に入り、あれよあれよと言う間に小さいコテージが建てられるように運びました。来週は雪山に十字架を埋めに行きますが春になったら建設が始まるでしょう。

 私は寄付は一切求めないつもりです。
 私も人間ですので1円でも貰えば、ある人から「あの人、あんなに美味しそうなものを食べてる。私の寄付で。」と思われる可能性があるからです。

 又、聖職者でもない私は特定の宗教を厳しく規定する必要も無いのです。
 神を求める心。
 愛を求める心。
 自然を愛する心ひとつで結ばれると思うのです。
☆今日、お会いした若い渡辺神父様はお洒落な赤いジャンパーを着てられました。それはとてもいいことだと思うのです。清貧を言い過ぎて愛から離れることが有る。
楽しんできている服は「お似合いよ!」って言いたい。「何ですか!贅沢をして3枚の仕事着があればいいですよ。」って言う教えもあるかもしれないけれど、そんなことではないと思う。

 神父様に「特別にカトリックを言うつもりは無いです。ただ傷ついた人や子供が安心してこれる場にしたい。神様が望まれれば病院や学校や教会を建てたい。」といいました。
「それは、いいことだ。日本にはキリスト教の人間が少ない。」

☆私も家に帰って着いていた「聖母の騎士」の殉教の話には襟を正します。

美しい品格のある名画やイコン画を描かれる人を知ると私も自分の未熟な作品に哀しくもなりますが、殉教も素晴らしいが毎日の生活を楽しく生きることも大事だと思うのです。
テーマは「生きる歓び」。
 
☆今日、届いていたアマゾンの古本です。

とても読みやすそうです。

 私は神学者でもないしキリスト教の教義をあまり勉強してもいないのですが、イエス様って本当に素敵だといつも思います。
イエス様は自分を低くしなさいとおっしゃいました。
イエス様は教師となるなともおっしゃいました。
イエス様は大工さんで多分器用で腕がしっかりしていて筋肉もあってトリノの聖蓋布によれば大男だったそうです。聖母マリアも貧しい娘でしたから気取っていた方ではなかったでしょうね。乙女マリア、仮にそうでなくてもイエスの母と言う状況を耐えただけでも普通の母親として最も試練に耐えられたでしょう。

 子を亡くした母や結婚前に子を宿した女ということで蔑視や差別も受けたでしょうね。
辛い状況で生きてる人にとってはマリア様もご苦労されたと慰められるでしょうね。

 弱い時には聖書は本当に救いになります。

☆私は今までの人生を振り返ってもそんなに立派では無かったと思います。
それでも聖書を読んで生き方が分かったので随分この本のお蔭で幸せになれたなあと思います。

 今、毎日のように報道される正社員や派遣の首切りや世界的な大不況の時は私達が一番聖書を読むときかもしれません。

☆自分の愚かしい行動はほとんど聖書に書かれている教えに沿ったものだったのです。
 「〇〇マイル歩け。」と言われれば「歩く。」
 「上着を寄こせ。」と言われれば「下着をもわたす。」(文字通りにとらないでくださいね。私の下着なんて誰もほしがりませんから。)

 そして、他人はよく「なぜ?」と訊ねました。
 しかし、私は何もいいませんでした。
 夜中でも「家賃が払えないから、来い。」と言われれば泣いてる母親をなだめながら、人の殺された宝来公園を横切って自由が丘まで歩いていったのでした。
夜中歩いて不良だと思われるよりも神の意思のほうが大事なのでした。
神様は困っている人を見捨てるなんて許すはずが無いと思ってましたから。

 20代の頃ですが、とにかく「お金をください。」といわれれば財布を逆さにして全部あげました。それで、5時間も6時間も歩いていたわけ。

 滑稽だとは思うのですが、私は自分の肩に地球が乗っているように感じたこともありました。そんなにいきがらなくてもいいとは思うのですが、その頃は「私がしっかりしないと地球が危ない。」と本当に思っていました。それほど、私とキリストの出会いは強烈だったのです。

 今、60歳ともなると、おそらく私のような使命を持っている人間が相当いて、段々結集が始まって地球を良くするためにそれぞれのやってきたことがひとつになり至福一千年が始まると思うのです。

 ですから、滑稽ではありましたがそれでよかったと思うのです。

☆今は聖書はあまり読みません。
久しぶりに今日届いた本を読もうと思います。

 聖書の中で一番好きなところは「神様はご自分より偉い方がいらっしゃらなかったのでご自分を指してお誓いになりました。」というところです。
うふふ。なんとなく楽しくて!
イエス様が魚とパンを増やすところも大好きです。
「あなたの信仰があなたを救った。」というところも好きです。
「いつも喜んでいなさい。」というところも大好き!

 奇蹟ってありますよ。
 それは誰でも体験できるでしょう。
 物理的に考えるとありえないことがこの世には起こる。
 そしていつも試される。毎日、毎瞬間。
 転んでも反省すれば許される。
 ゆるいところもある。

 このところ神様は私の20代の時に命じたような試練をくださいません。
 それで今は5時間も6時間も歩くことはなくなりました。

 今、全人類に課せられてる試練はやはり貧困や格差を失くすことではないかしら?
 皆、怖ろしく慎ましくなりお弁当箱や湯たんぽなどが売れているそうです。

 イエス様は「貧しい人は幸いなり」とおっしゃったけれど本当に貧しい人が実感できるといいですね。「病んでいる人も幸いなり」とおっしゃっているけれど、病まれている方の中には「だったら、代わってくれ。」と憤る方もいらっしゃるそうです。

 私が憧れているのはスペインのアビアの聖テレジア!大テレジアとも呼ばれる方ですが、時々1メートルくらい体が浮かれたそうです。愛が多くなると体が軽くなるそうな。
毎日体重計を計るようになり夜食は辞めましたが、体重計は一向に減らないので愛が足りないのでしょう。

 本当に愛して身が軽くなってピョンピョンと地球上を歩いて周りたいです。
そうしてイエスさまのように手を肩において病気を治せる人になれたら、どんなにかいいでしょう。

☆今、「ユザワヤ」で買った重い大きいイーゼルが届きました。
 神様にもっといい絵が描けるように祈りましょう。

 昨晩読んだ「制作」のセザンヌさんをモデルにした主人公が自殺したところまできました。
ずいぶん惨めな死に方なのでセザンヌさんが幼馴染のゾラに絶交を言い渡した気持ちがわかります。命をかけて描いている人にそれはないだろうという感じです。
セザンヌさんは本によると公募展に数回落ちます。とても惨めになってキャンバスを破りたくなります。奥さんも裸のモデルを買ってでるほどセザンヌさんの気持ちを自分に持っていこうとしていた。芸術家って苦しいですね。
そして新しいアートは理解を得ないで嘲笑の的になるのです。やはりイエスさまのようです。
何かを信じて耐え忍んだ。そこをゾラは書くべきでしたよね。
私のアートも無視されているかもしれない。でも、全然平気です。
神様が必要でそうされているのですから。

☆私の若い時の宗教体験は「マリア・コード」に書いてます。
霊名のマリア・グラチア・縷衣香著になってます。
グラチアは感謝とか恵みとか恩寵の意味でガラシャ(ラテン語)と一緒です。英語でグレース。フランス語でもつづり違いのグレースでイタリア語だとグラッチェかも。ありがとうの意味もある。

「マリア・コード」たま出版 マリア・グラチア・縷衣香著 1500円

☆今日は6時半から清泉女子大に中国語のレッスンを受けに行きます。これから娘と夕飯です。