April 29th, 2009

「聡明なことはcoolなこと!」ミッシェル大統領夫人

 昨晩読んだAERAから
 改めてミッシェル夫人の偉大さに感動した。

 4月2日、ロンドンの少数民族女子校エリザベス・ガレット・アンダーソン・スクールにてミッシェル・オバマのスピーチ。
「みんなのパフォーマンスをみて思ったのは・・・世界中にあるダイアモンドのことです。
あなたたちは、ひとりひとりがみな宝石です!
かけがえのない、才能溢れる、世界中にある宝石の中の一部です。私はそのことにとても胸をうたれました。」

 「今日ここに、黒人初の大統領夫人ファーストレディとして訪れましたが、あなたたちと私には沢山の共通点があります。私の生い立ちには、富といった元手などゼロでした。でも、必要なものは揃ってました。それは、家庭の愛情、強い価値観、いい教育と努力、です。いいですか。あなた達は、自分の運命を好きなように変えることができます。私がここにあるのは、いい教育、そして、懸命に努力したからです。」

  彼女の先祖は奴隷だった。彼女の祖父は成績がよかった。その頃黒人の子は教育を受けなかったが、彼の父親は新聞配達をしていて、持ち帰って子供たちに読ませていた。
祖父はジョージタウンを出てシカゴに向かった。奴隷でなくても誰かの所有物と感じないためにはシカゴかニューヨークにいくしかなかった時代だった。

 ミッシェルは1964年1月17日、シカゴで生まれた。全米最大の黒人ゲットー、サウスサイド。
母マリアンは高卒だったが、子供達に小学校に行く前に文字を教えた。

 「授業さぼったことある?私は1度もないわよ。私はオールAが大好き。頭が良くなることも好き。頭が良いというのは、世界中の何よりもクール(かっこういい)なことなのよ。」とロンドンでのスピーチが続いた。

☆優秀なミッシェルは名門プリンストン大学で黒人と一緒は嫌と言う白人のルームメートの母親から部屋を変えさせられた。彼女は卒論で「プリンストン大学での経験は、今まで以上に黒人であることを意識させた。白人といかに交わろうと、ここでは彼らにとって、私は学生である前に黒人だった。」

 逆境をずば抜けた集中力でチャンスに変えるのがミッシェルの天性だ。
「目の前にあるチャンスを自分の手で掴むの。私を信じて。チャンスを掴まなかった子と私が違っていたのは、私は新しいことに挑戦した。困難に思えることも恐れなかった。人生であなたたちが望むものは、だれも与えてくれないのよ。」p66.

☆ミッシェルは自分の出自の貧しい子供達のために高給を捨てて働き出した。人生の恩返しだという。

☆日本で双子の1人の9歳の女の子聖香ちゃんが母親とその愛人に殺された。
 環境を選ばない子もいる。母親の虐待に6歳の子は何ができたであろうか?
 食べ物がなくてスーパーで万引きしても引き取りに来たのは母親で無く教員だったという。
 お母さんは165センチの美人顔でそんな人生を受けなかったとは思えないけどすれた感じは無い。元夫が捜索願を出したそうだ。

☆私も肝に銘じて悟ったのは誰も助けてくれないということ。
 自分で自分を救うしかない。
 その時に貧しくても黒人でも偉業をなしたミッシェルの存在はマイノリティの子供達にどんなにか夢を与えただろう。
今まで、ハイソサイティ出身の大統領夫人たちが手を差し伸べても、子供達は希望などは持ち得なかっただろう。

 勇気が必要ね。
 本気でやれば奇蹟が起こる。
 その自分への信頼が何よりも必要だ。

☆ですから、保身のためにやる気を失わせる言動を放つ人は本当に悪い。
 人間はそうは差がない。
 差がない人間に差があるように言う人は悪人であると私は思います。

 さあ、これから父の家の掃除である。
娘が母の日に買ってもいい金額を提示してくれたのでアンダー・ウエアでも買おうと思う。

☆百合亜さんのブログ「虹色の翼」のコピーです。
それと綺麗な古本を在日のブラジル人に送ってお金を作るという助け合い運動がありました。
本も宅配便で送りましょう。
本の送り先】
〒370-0615 群馬県邑楽郡邑楽町篠塚3272
ネスポ 戸澤様あて
Tel: 0276-89-1822  http://www.nespo.jp/

☆ご協力、どうぞよろしくお願いします!!本の送り先】

参照記事⇒「自宅で眠っている本があったら送って下さい!」@“毎日がエドガー・ケイシー日和“

☆今、探したら30冊くらい出てきたのでもう、すこし探して私もダンボール1箱送りましょう。私はいつもブック・カバーを頼んでいるので本は本当に綺麗です。  


 玄関のうさぎの家族も揃いました!

安心な日!

 今日は休日ですが主人は勤めに出かけました。娘は論文を書いていて家の空気が緊張してます。

 私は今日のノルマの中国語3時間をやってから家を片付けたりで4時頃家を出ました。
 透き通ったようなイチョウの若葉の並木道が清々しくて多少疲れてはいたのですが5時頃、父の家につきました。弟に挨拶をしてそれから掃除。なぜかと言うと、天気のいい日は父が出かけて7時半頃帰ることが多くなったので、あまり早く行くと会えないからなのです。

 でも、今日は元気で茶の間にいました。
 それで、床掃除などをして帰ったのは7時頃かな?
 駅で家族分の大阪寿司と今日のお八つのケーキを買いました。
 娘には初夏のムームーのようなお寝巻き。

 五反田駅で今日までの20%引きのアンダー・ウエアバーゲンをしていたので、ストッキングや下着を各種か買いました。20%って大きいですよね。

☆帰って娘と食事を終え、テレビで教育の問題をやってました。
 戦後から今日までの学校教育の問題です。
 競争の時期、学校で生徒が暴れた時期、虐めで自殺者が出た時期、ゆとり教育、そしてこの頃では成績よりも授業態度などが重視されるため内申書にかかれるので子供達は先生に逆らったりもしなくなったそうです。子供らしさが消えて、子供のエネルギーそのものが減っているそうです。

 自分の子供の頃や娘の子供の頃を思い出すと、子供らしかったですよ。
 何か疑問があれば納得できるまで訊いてくるし、手紙もよくくれる娘です。

 8時からの関口宏さんの番組でコメンテーターの人もいっていたけれど、勉強って本当は楽しいのよね。それを競争させたりすると落ちこぼれがでて、勝った子供も国際社会で健康に活躍できるかどうか?
レスリングのレスラーのゲストが言っていたけれど、「今でも子供を見る目は学力評価だけだ。」と言ってました。

 人間を見る目はもっと深く愛情深いものでなくてはならない。
 でも教師は忙しすぎて1日に10時間以上働いているそうです。
 それで、もっと丁寧に係わりたいと思ってもやることが多すぎるらしい。

☆学校だけが教えの現場ではない。学びの現場ではない。

 私達は見ず知らずの子供の声をもきちんと聞くことはできる。
 9歳で虐待で殺された聖香ちゃんのあざも悲鳴も近所の人は皆知っていた。でも、誰も救い出さなかった。聖香ちゃんは飢えて友達の家にご飯を食べさせてくださいとまで言って歩いたそうだ。

☆テレビのインタビューに答えた子供の一人が「東大に行っていい人間になる。」と言った。
 国際社会で活躍する人間が聖香ちゃんを見たら、どう対処していたらどうか?

 私の20代の前半の頃、家に近くに民芸店があった。
そこの継子である大学を出た息子は、ボロボロの格好をして時々その店に来た。
継母と実の父親は逃げた。息子は商売道具の店先の甕をけって割った。息子は継母に判を押させられ財産放棄を約束させられた。しかし、息子は文章を書くのが趣味なので自分で本を作って皆に配っていた。
不思議なことに私は彼に明大前で会ったのだった。実の父親は「他人の家の秘密に首を突っ込んで異常だ。」と私を中傷したが、実の息子より独身で若かった後妻の魅力のほうが増していたのだった。

 彼はその時既に20代後半だったが、人格は完全に壊れていた。
 取り返しがもうつかない年齢かもしれない。

 人間の無関心は人を殺すのだ。

☆家に帰ってうさぎの親子の写真をブログに貼った。
 2匹の子うさぎがいなくなっただけで私は心配していたのだ。
 家族はそろっていたほうがいい。
 どんなになっても見捨てないのが家族。
 血は繋がってなくても家族。

☆学校の勉強ができるだけで評価されるのはやはりおかしい。
 そんなことに気付いている人間もいる。
 そうだ。気付いている人間がもっと頑張らないといけないのだった。