May 24th, 2009

北京!IAVEボランティア視察旅行!

 5月18日(月)の夕方には北京に着きました。成田を出る時も中国に入る時もインフルエンザのチェックは厳しかったです。庶民的なホテルでしたが、4☆でした。5日間、同じホテルでしたので荷物の出し入れは楽でした。
 今回の団長さんは63才の方で最近定年退職を終えてIAVEの旅行に同行することができるようになったそうです。
同行メンバーは6人です。私と隣の年配の女性は一人部屋で、IAVEの支部長と団長は2人部屋でした。比較的若い2人も2人部屋で6人の子供のお母さんで保育園に入れなかった乳児を5人自宅で預かっている方と栄養専門の学生さんです。年代バランスは20代、40代、60代、70代かな。
全員女性です。夕飯はかなり庶民的な中華料理でした
 5月19日(火)、培新賓館の会議室で中国の代表の方たちと対面しました。

 オリンピックの準備をいかに婦女連が団結して手伝ったかを聞きました。
地域ごとに「微笑北京」や「家庭の和」「健康」を冷静に礼儀、環境、秩序、奮囲気などを改善するためにチームを作って競い合ったそうです。英語も300の文章を小冊子にして100万部を配ったそうです。すべてボランティアで行われた、選手村には6000人の報道陣が駆けつけたそうです。56の少数民族との一致や失業者や障害者のために手仕事を教えているのもボランティアによって行われて、就職できるまで面倒をみてくれるそうです。
とにかく10人くらいの中国の代表者はいつも会いわけではなくて、今回久しぶりにお会いできた仲間だそうです。トップは副大臣クラスの権力を持つ37歳の女性だそうです。
平等に場があり、役割分担もはっきりしてました。

 賓館の1階で中国人と日本人と一緒に昼食をいただきました。いろいろ質問してずいぶん生の中国生活のお話を訊けました。通訳は3人いたので不自由なく話せました。

「金魚池」
 午後はかつての貧民屈が失業者対策として蘇った施設訪問で多くの手芸を教えてました。


 5月20日(水)
 オリンピックのアジア選手村が近隣の地域の開放され障害者施設や託児所もありました。
図書館や生涯教育で墨絵や手芸も習ってました。



おそろいのスカーフを結び方でいろいろな運動を示すそうです。労働のときはロシアのマトリョーシカ風にするとか。そしてスカーフとバラのバッジをいただきました。

 5月21日(木)
 今日から観光とかで世界遺産の「万里の長城」、西太后の離宮「頤和園」、皇帝が五穀豊穣を祈った「天壇公園」見学しました。
白い上下の方が団長さんです。若いですよね。

万里の長城の険しい男坂を登りましたが、雨が降ってきたのでこのあいだ足をつまづいたこともあったので私は断念しました。2人の70代(もしかしたら60代後半)の方は頂上までいかれました。私の左が日本支部長さんです。この方からお声がかかりました。


 ☆☆☆☆☆
 今回は中国からの提案だったそうです。
 よほど急いだらしく明細が届いたのは18日出発の20日前でした。
 参加費の93000円も知ったのはその日でした。
 誘われたのはもう少し前でしたが、「10人ほど参加します。」が現実には6人でした。
 北京滞在5泊6日だけでちょっと高いとは思いましたが、ボランティア旅行なので四川地震とか施設への寄付が2,3万円入っているのだと私は思いました。
 他に表敬訪問なのでそれなりの用意と土産品を持っていくことが要求されてました。
 寒いことも考えて、コートやスーツ。靴やバッグの用意。万里の長城用の運動用意。
 お土産も、明細には幼稚園と小学校訪問があったのですが、人数がわからなかったのでずいぶん考えて分けられるものを用意しました。
 
 私の場合、中国人に尋ねて日本人柄の折り紙。
 千羽鶴を折るようの千枚セットのもの。
 歌舞伎の顔柄。千代紙柄。
 小さな子にも遊べるようにお寿司やソフトクリームのシールを数枚。
 マトリョーシカの材料で子供たちが塗ることができてつる下げることのできるような白木セット2組。1組に人魚言うがたが10くらいあります。
 絵本「二十四孝物語」中国の古典。
   「宇津保物語」1000年前の遣唐使が遭難し琴を極めた話。
   「コノハナサクヤ姫物語」日本の創世記の富士と桜の話。
 を2冊づつ用意しました。
 IAVE用のグリーティング・カード4種。
 豆団扇数枚。

 結構、重い荷物になりました。

☆インフルエンザの流行から幼稚園児や小学生には移るといけないということで、園長先生が代表してお土産を受け取り、話をしてくれました。
水曜日の夜は雑技団を見に行きましたがそれは別払いで3000円ちょっとでした。
その時に別の日本人グループが来ていて、西安も回って食事も良くて4泊で4万円だったと言っていたと聞いて、とにかく私たちのツアーはなぜ高いのかという問題になりました。

☆文化の違いはいろいろありました。
 表敬訪問なのでそれなりの衣服をといわれましたが、中国側はアロハやブラウスでした。
 そして、お昼はこちらかのご馳走するということで賓館で豪華な中国料理でしたが、中国側の考えかあったこともない青年たちも一緒に並んで紹介もされませんでした。あとで請求書が来るので、旅費のほかに支払い請求があるかIAVEで払うかはまだ決まってないそうです。

☆ホテルはかなり悪くて食事も衛生面も今までとまった中で一番悪かったのです。
 お隣部屋のH婦人は幾度も旅行会社にホテルや航空会社の事を訊いたそうです。
 また、学生さんも学校を休まなければならないので幾度も断ったそうです。旅行会社にも奨学金で学んでいるので経済面でも厳しくて断ったそうです。
 それでも6人集まらなければならないので、自分のためにこのボランティア旅行が決行できなくてはとそれぞれ中止までは至らなかったそうです。
 
☆私の知人が年会費の2度請求されて止めてますので、会員数を訊きました。
 IAVEトップだったトヨタの会長夫人が亡くなられて、そのお付き合いの方が多く止められたそうです。
 それで135人。4年前に私が宛名貼りのボランティアをしたときは300人くらいあったような気がします。
 寄付を使って運営している状態でこのままだと3年しか持たないそうです。
 そういえば、グリーティング・カードを作ってくれたので、1種ではと思って3種を自腹で足しました。1種1000枚で8万円でしたので24万円したのですが、そのうち500枚くらいは寄贈しました。

☆私の考えでは中国側が具体的にボランティアのさまざまな風景と業績を見せてくれたことに比べ日本側が何をやっているのかまったく話せないことに驚きました。
団長と日本IAVE代表に話は限られていて、私が何かを言おうとすると制しされました。
中国側は10人以上の実例を同じレベルで実践例の映像や商品を見せて紹介したのに、日本側には国連のボランティア・イヤーを制定したのもIAVEの力だという他国の業績や世界加盟国の多さを紹介しましたが中身はどうなのかと思われたのではないかと思いました。

☆「反省会をしましょう」とIAVEの責任者2人に呼びかけて、最後の日に1時間ほどH夫人の部屋に集まりました。私は「自分の知り合いのマザーテレサのところでボランティアをしていた親子は全国から集めた古着や玩具を自分たちが買うときもお財布を別にして自分のお財布を出して買っていてホームページのその一切を書いて出している。そういう明瞭さが必要だ。」といいました。若い参加者からも旅費が高すぎて友人が誘えないといいました。私も「IAVEがきちんとしたところでないと友人を誘えない。」といいました。
 失業者や障害者の作った玩具をお土産にもらいましたので「日本側から寄付をしているのでしょう?」と訊いたら、「それはない。」とのことです。

 誰がこの高いツアーのうまみを持ったのか知りませんが、「こころきれいな人ばかり」と業者に言われ続けて奇妙な気持ちでした。

 私は中華料理のご馳走は毎日出なくてもいいと思いました。
 四川の孤児院や施設で掃除をしろといわれればするつもりで出てきましたので「ボランティア」をあまり表に出すのには抵抗を感じました。

☆帰りには添乗員は同行しませんでしたので、飛行機になるまではひやひやのときもありました。
☆現地のガイドさんも添乗員さんも日本語が上手で、話は楽しかったです。中国の歴史もずいぶん話してくれ、町の暮らしもいろいろ教えてくれスーパーや百貨店も行きました。
 6人はベンツというマイクロバスで移動していろいろな話ができました。
ボランティアには課題が多いのですが、地道に目立たず他人のために働いている人が一番偉いと思います。
間違ってもボランティアで食べていたりうまい汁を吸う人がいてはいけないと思います。
中国の団結は見事でボランティアはすべて無料ですとのことでした。いいところは学びたいものです。

☆中国料理は「飲茶」「海鮮料理」「北京しゃぶしゃぶ」「広東料理」「北京料理」「四川料理」などで、家に帰ったら3キロは太ってました。
家族には感謝です。
娘にはパンダの縫いぐるみをかぶった立体ティーシャツ。主人には中国の免税店が一番安いと聞いたので羊の柄のフィラガモのネクタイ。私には大好きなブランド「上海たん」の絹の髪留め2つ、絹のお財布です。金色の中国風の上着はシルクのお店で買いましたが日本円で7000円くらいでした。少数民族の土人形セットが50元であとは水代です。タイガーバームのようなものも1箱買いました。

 家に帰って、お土産のお茶とお菓子をみなでいただきました。
天津甘栗、北京飴、ミニ月餅で姑にも1箱づつ持って行きました。
6日分の掃除や洗濯も昨晩から始めてます。

798

5月22日(金)
 グループ6人のうち、2人は知人を訪ねて郊外へ。3人は故宮と書家の書を観るツアーとショッピング。それで、私はかねてより興味のあったアート村798へいくことにした。
 9時にタクシーで。約55元。

 30分で着いた。それが本当に広い。
 おしゃれなアーティストらしき若者や観光団など人も多い。
 中国アートバブルで多くの画廊が撤退したとはいえ、まだまだ人出も多く、それぞれのギャラリーも健在だ。
 途中、カフェでスイカジュースを飲みながらお目当ての画廊の所在を訊くとそれはさらに遠くで、タクシーで行くしかないと言う。それで、798をまず観る事にした。

 やはり、ここが一番楽しい。
 1人行動だが不安はない。
 日本の東京画廊があった。私がアーティストだと思って話しかけてくる画廊には作品を見せて、メールアドレスを教えた。
とにかくよく歩いた。暑くて結構疲れました。
それでタクシーで移動して目的地にいったのだが10元でタクシーの運転手にはおいしくない距離で5度くらい断られた。
 
 だいぶ離れた飛行場に近いあたりに第2のアートむらが出きていて、こちらのほうが洗練されていてMIZUMAとコンテンポラリー野田ギャラリーがあった。
なかなか野田ギャラリーの場所がわからない。東京フェスタで名刺をもらって地図もあったのですが。

 お昼は近くのレストランへ。
 お久しぶりのイタ飯にした。