May 30th, 2009

地域社会の充実!

 もう、5月30日!今日は3時15分からスペイン語!

 昨日は結婚記念日だったので、恵比寿に行って主人の置いていったコーヒーの包みと同じ銘柄の
コーヒー豆を買って(京都小川軒の有機栽培珈琲という銘柄が成城石井に売っていたのでラッキー)、お花を何にするか迷ってラベンダーの鉢にした。
それからおやつは喜八ロールでシャキシャキ・サラダと温野菜とパン各種を買う。メインは家で作る。
お風呂道楽を始めたのでソニー・プラザでバス・ソルトの5種のパッケに、納品書などを文具屋で買った。
本は久田恵さんの「家族がいてもいなくても」を買う。

 昼間から掃除をしたせいか、真っ白なテーブルクロスとそろいのティシューボックスなどをセッティングして、紫のラベンダーが映える。娘が帰ってきたが夕食はゆっくりでいいといってくれたので、納品書をもって、高輪に出かけた。

☆高輪の啓裕堂ギャラリーが品のいい古本屋なんだけど、限定本や奇観本、豆本などのいい趣味の本屋さんで縁あって、私の絵本たちも置いてくれることになって旅行前に持っていったので、納品書を今度持ってきてくださいと言われたのだ。
 絵本は売れていた。
 そして、北京旅行中もH夫人が「絵本がほしい。」と言われ、3冊買い求められたのだが、成田からの日本円が足りないということで2冊買ってくれた。私が「そのお金で3冊でいいです。」といったのに、「そういうことは嫌だ。」と言われる。

 若いカップルが写真展をしていた。
 多摩美をでた幸せそうなカップル。
 逗子の海とか町工場とか気になっているいろいろなところの写真だ。職業も写真で食べてるそうだ。

☆家に帰って、娘と夕食を食べていたら主人が帰ってきて、みなで軽く夕食とお茶タイム
 ご機嫌なようだ。
 私はテレビでボクサーの一生をやっていて、見ていたのだけど、お父さんがすばらしかった。
 大阪のジョーという有名なボクサーの生い立ちは厳しい。お母さんは幼児のころ出て行って、お父さんが定職をやめてバイトをしながら子供を育てた。毎晩こどもとボクシングの基礎を楽しくして、もう亡くなったのだけど「自分がどうしようのない馬鹿な人間だけど子供がいて、親になってひとかどになれた。」というようなことを言った。学問とか世間体とかでない本当の親子がそれぞれが生きがいいなっていたのだ。
子供命という生き方は危険でもある。元中央大の教授殺人の青年だった、子供命の母親に育てられたのだ。両方とも親は仲悪く子供は恵まれた環境とはいえないだろう。
 しかし、片方は国民に愛される世界的なチャンピオンになった。
 お父さんは子供に愛情をかけた。言葉は素敵だ。「負けを認めるな。」「悪くなってもよくなっても1番になることはすごいことなんだ。」子供が勉強を嫌いなら、学校から帰ってら「遊べ。」という、勉強は学校ですればいいのだと。
 貧しい環境もあるだろうけど、中学卒業してから父親が病気で臥せっていても、子は郷里の岡山に帰ったりしない。そこで、しっかりと戦い強くなることが親への孝行だと信じてる。
「おとうさんは神様。お母さんは生んでくれたので感謝をしている。」捨てて消えたお母さんを恨んだりしない。チャンピオンになるだけの男だ。「明日のジョー」の漫画から名をとったジョー。
お父さんも子供もかっこういい。消えたお母さんも救われただろう。そして、お嫁さんの彼女が凄い。いい男にはいい女がつくということか。来週は後半だとかで、ぜひまた見よう。

☆家族でダラダラとしていて、12時から大好きなWWEのロウに番組指定をしていたのにもかかわらず、きれいに寝てしまった。

 その前に読んだ、久田恵さんの「家族がいてもいなくても」が妙に重かったのだ。
 私は彼女の本をずいぶん読んでる。
 離婚して小さな男の子を連れてサーカスで住んでいたり、両親の介護をしたり、子供が登校拒否をしたりまた自力で早稲田大学に行ったりの今日の問題を多く抱えた人なのに、聡明なのとさっぱりとして人格で少しも惨めにならず生きてる私と同じ年齢の人。

 色気がないというかせっかくの独身なのに恋人を作るでもないようだ。
 だから、産経新聞に連載をしていたというこの本の元も、ひとつずつが非常に多くの問題定義をしていて人生のよき道しるべ的な視点で書いてある。

☆昔、森鴎外の娘の茉莉さんが、「頼近美人」と言っていた頼近美津子さんも53歳の若さでなくなった。癌ということだった。フジテレビの鹿内さんの3度目の妻として玉の輿結婚とも言われて田園調布の豪邸に4年住んだあとは大変だったそうだ。ご主人の若い死と2人の子供と先妻の子を育てながらも、ご主人の親に先妻の子を取られ遺産も厳しい状況で、彼女は働きながら息子2人を育てた。音楽にも才能のあった人で、司会などをしながら息子が独立して安堵してまもなく癌がわかったそうだ。
 その豪邸も、父の家の掃除に向かう途中で毎週見るのだ。別人が住んでいるがいつも頼近さんを思い出してしまう。美しく才能もチャンスもあっても、思うように全てが行くわけではない。
息子さん2人もママに恥をかかせないように生きたいという。立派なお母さんだったようだ。

☆父も転ぶようになって、地域社会に助けられている。
 姑がピンポンに通っている区のセンターで私の懐石料理の先生と一緒になったそうだ。
 地域社会っていうのは狭く、犬の散歩を習慣にしている方たちに道で挨拶されて、だんだんと近所は大事だと思うようになった。
 家の周りの子供たちも自転車で通る時は「こんにちわ。」っていうから、皆、躾が行き届いているのだろうなあと思う。いまどきなので、結構ファッションなどは格好良くしてますがね。

☆姑からピンポーンと連絡があって、友人が麻雀に来る日を間違えて、食事を4人分作ったので持っていってとのこと。「錦どんぶり」で普通にはそぼろごはんかな?
ついでに北京の写真を見せて、姑の80歳のクラス会の写真を見てきた。かなり若いのね
本当に60代に見える方も多い。
父が顔にあざを作った話とか、長期にわたる現在の状況を自分のことをやりながらイザというときに備えるしかほかに仕方がないことを話した。だから、姑にもこけないでほしい。自分もこけないつもりだ。

☆久田恵さんの本によると、自分が両親の介護を終えて、友人たちに「遊ぼう。」と声をかけると「介護のただなかとか孫のお守りで遊べない。」とかの返事が返ってきて、旬を逃したという。

 う~ん、私は遊んでるんだか仕事なんだかわからないアートが本業なので、これからも楽しいような予感である。昨日のテレビで同意したのは、ボクサーのこと。親はそばにいて下手な介護をするよりは私のアートが本物になっていくことを望んでいるのだという認識。私もお父さんのためにがんばっているようなところがある。お母さんも病院だけど、素朴に私のアートを楽しみにしていたのだ。

☆人間ってすばらしい。
 どんなに貧しい家庭にもどんなにハンディのある家庭にも日本中を沸かせるようなヒーローを生み出す力がある。

☆久田恵さんの文章には「幸せな家庭の奥さんは」という言い回しがある。「いうことがおしゃれだ。」とか「不安材料がささい。」とか。
久田さんは強い人だ。そして有能な人だ。久田さんは現在の厳しい雇用背景をも、どうしたら食べていけるか自分はいつも考えてきたという。工夫が必要だとか。不当解雇の経験も現実の厳しさを踏まえて、「家庭があってもなくても」人生は厳しいものだと書いている。92歳で亡くなられたおとうさんは、「老後はで戻り娘と暮らすのが最高だ。孫はかわいいし、娘にはえばっていられるし。」と近所に語っていたという。賢い親子だ。

 とにかくいい本でした。
 身につまされることがいっぱいでした。
 産経新聞社刊「家族があってもなくても」久田恵著