June 11th, 2009

人は誰でも最高の人生を生きるために地上に生まれた!

 6月10日は水曜日!
 12時から2時間での間にプチ・スタジオにプラスティックケースが5個届くので待っていた。幸いなことに12時になってすぐに届いた。それでそのまま、本の片付けに入った。
暑いので冷房を入れてショート・パンツに着替えて励んでいたら、気がついたら4時になっていたので、急いで父の家の掃除に行った。

☆父は検診の医師の見解によると、やはりどこも悪くないので、今まで与えられていた薬が総合作用で血圧の一時的低下をもたらすのに違いなので薬を飲むのをやめたらというのであった。それで、薬を止めると体調がよくて、食欲も進みだした。身も軽くなったようで掃除機をかけるといろいろ整理をして手伝ってくれる。

 弟と私の家の子供たちが自由であまりストレスがないのは父も母も過度な競争心がないからで、4人の子供たちがそこそこの頭脳を持ちと容姿も悪くなかったので親も安心して道楽をしていたのだという結論になった。父は若いときから狩猟やゴルフ・マージャン・テニスほか囲碁や中国語と自分が幸せになることはすべてやっていたのである。89才になって露見したが、愛人も2,3人はいるようなのであった。「浮気はばれないようにしなくてはいけない。ばれたら、すぐに謝る。」というのが父親の考えだったが、母はやはり知っていたのだろう。それでヒステリーと浪費に明け暮れていたのであろう。母は私が一番父に似ているといって憎しみのターゲットとして私に意地悪であったが、父はハンサムで若いときは写真館に写真がいつまでも飾られていたし両親からもかわいがられていた長男だった。父は愛嬌もよくてすごく要領もいいが、私は父に比べるとかなり不器用である。
 母はしっかりもので現実的だが、美人ではない。丈夫で健康であるだけが取り柄というのが父の評価である。父はいつも、本当は山本富士子か雪村いずみがタイプだと言っていた。それで、母は貧乏くじを引いていたようで、欲求不満があったのであろう。4人も子供がいたのでやはり忙しくせいぜいの娯楽が映画鑑賞と買い物であった。それで、「結婚なんていうのは馬鹿馬鹿しいもので余程いい相手でなければする必要がない。」という育て方をした。妹は独身で大学教授をしているから母の考え方である。母はエゴイストであったが、子供たちも馬鹿でないので誰も結果としては犠牲にならなかった。母の計画では私は独身で画家になり、親がアーティストの生活を看る代わりに介護を託すというのであったが、私はシュール・レアリスト(超現実主義者)で「絶対的反逆、秩序だったサボタージュ」の実行者であったから、母の裏をいつもかいて免れた。それで、いつも家の中で母とは争っていた。
 私が結婚して孫が生まれると、母は孫に夢中になって結構私と母との関係もよくなった。人間なんていい加減なものである。兄弟はみな、あんなに仲が悪かったのにどうして仲良くなったのかと不思議に思っていた。母は晩年は観劇や映画鑑賞、日々買い物に出かけ外国旅行をして倒れる寸前は「本当に幸せ。言い残すことは何もない。」と言っていた。
 末の弟は母に溺愛されていたので父には批判的で「よくあんなにやりたい放題をして長生きできるのか不思議だ。」と言っている。父の親友は弁護士で毎日つるんでギャンブルやスポーツを楽しんでいたが、愛人を作り子供も生まれ、奥さんが離婚に応ぜずいつあっても奥さんにヒステリー的にやり込められていたが40代の後半に癌で亡くなっているのだ。どこかでバランスがとれているのだろう。

 父も母も自分からは何も言わなかったが、よく困った人を助けていて、感謝されていた
 世にいる普通の人の暮らしであった。

 末の弟とそんなことを話しているうちにかなり遅くなったので8時過ぎに家に帰った。

☆盲目のピアニストの辻井さんがアメリカで権威ある賞をとって日本に帰国した。
私は辻井さんのお母さんの書かれた本を以前読んだことがある。
私の中学と高校の後輩なのでよく記憶に残っているのだ。
両親が素敵だ。辻井さんの音楽も心をすぐに揺さぶる。盲目はハンディだが、とても健康な大学生だ。「両親を安心させるために結婚したい。」と言う。素敵な人が現れるだろう。お子さんが生まれたときに両親は目が見えないのを知って絶望的になったであろう。しかし、既成概念を超えて、彼らは盲目の制約を持たなかった。そこがずいぶん多くの同じような障害を持つ人たちに希望をあたえ、謙譲と言われている人たちにも勇気を与えたであろう。もう、彼のコンサートのチケットは完売でこれからはコンサートを聴くのが大変になるかもしれない。

 ハンディと言えるかどうか、私の娘はかなり重症のアトピーだが、主人は「彼女のためにアトピーぐらいはあったほうがいい。」と言って直すことに積極的でない。そして、幸いなことにアメリカで11年いた娘はこういう外見的なことで苛めを体験しないで生きてこれた。大学時代からの彼もいて心でしっかり結びついているから外見なんかはどうでもいいと言うのだ。道楽で洋服は買うがそれは自分のストレス解消だというのだ。
私も61歳にもなって世の中を広く見渡せるようになると、ハンディのない人間はいないし、ハンディがあるから不幸と言うことはない。限界も自分が与えない限りないのだ。だから、私も娘を見て、アトピーとうハンディーと言うものが彼女を深くしているような気がしてならない。生い立ちや環境にハンディがない場合には傲慢や鈍感にならないように注意しないといけないのだが、健常であると心が成長しにくいように思える。

 主人の弟の子供はお産の事故で知的障害があるのだが、母親の集会で「皆さん、お子様のハンディのおかげで成長する機会を与えられますよね。」と指導してくださるようだ。

☆昨日、本の片づけをしていて見つけた本がこれです。「繁栄の法則」北川八郎著 致知出版社

 人間はやはりマザー・テレサのように一生を奉仕にささげるのが最高な生き方らしい。
そして、蒔いた種は刈り取るようになっていて、来世に刈り取るような悪い種も多く地上で蒔いて死んでいくものらしい。どんどん与え続ければいいそうだ。感謝されるような人生が尊いらしい。
「ありがとう」と多くいわれるのような生き方が望ましいそうだ。

☆この間、教会のバザーで買ったビーズのアクセサリーです。
 REN
 Refugee Empowerment Network
 難民自立支援ネットワーク
 ※支援者と難民が仲間として支えながあいながら難民の自立に向けた活動し、世界平和に貢献します。
ビーズ・プロジェクト
日本在住難民の自立支援として難民とともにビーズ・アクセサリーを制作・販売・収益を日本とアフリカの難民支援に使ってます。難民が難民を支援する試みのひとつでもあります。

☆私も今日の糧である洗濯物を出しに行って、古本をブック・オフに持っていきましょう。そして、もう少し無印のケースを買って少しでもわかりやすい引越しの準備にかかりましょう。夜は中国語です。夕飯は何にしようかな?

 お天気もはれてきました