June 27th, 2009

貧困と闘い平和を築く!!

 昨晩は12時10分前まで、407号室の荷物を204号室に運ぶのと、自宅にある野尻に運ぶものを407号室に運び続けた。

 三面鏡は場所をとるので407号室の片づけがはかどらないので、204号室に運んだ。かなり重いのと鏡を外したりの作業が煩雑なので、考えたのだが、WWEの小柄なプロレスラーが巨人を担ぐのを思い出して、大いに勇気を触発されて、自分で担いで204号室に運んだ。やればできるのよねえ。

 もう買って20年にもなる枠に入っている畳のマットも解体して捨てることにした。こたつは野尻に持っていこうと思う。これは買って25年になるが、いつもはテーブルとして座って仕事ができるお洒落なこたつである。1面が円形になっていて変形な四角である

 細かいものも墨絵セットや篆刻セットは204号室に運んでいるうちにどこにいっていたのかわからなかった大事な印鑑や小さな硯セットが出てきた。易経セットも204号室だ。


 ・墨絵 204号室
  マトリョーシカ制作 204号室
  易 204号室

 
☆汗たらたらで自宅に帰ると家も荒れていたので気合を入れて家の片付け。じゅうたんに蟻がたくさんいたので、家族に甘いお菓子の破片をこぼさないことを通達したのだが、蟻はポテトチップスやおかきも好きなようだ。
「まま、野尻に行ったらママの部屋を自分のお洋服いれにしたいのだけど。」と娘が言う
「ありえないでしょう?1週間に3日は帰ってきて、おじいちゃまの家の掃除とこの家の掃除と洗濯ものを片付けないと家がスラム化するではないの?」
 私は蟻の張っているじゅうたんを雑巾でふき取りそのへんの片付けものをしたのだが、家族は従順にそれぞれの部屋に帰って行った。

 それで、WWEのロウを見ていたら、トランプ氏に売却したのだそうだ。それで、3時間ぶっ続けのコマーシャル抜きで特別番組が営まれたそうだが、私の見たチャンネルでは2時までだった。

☆朝までテレビの番組で「貧困」問題の特集をしていた。貧困問題のプロの派遣村の湯浅さんや雨宮さんや経済問題のプロの森永さんや勝間さんなどが出演していた。自民党の政治家も民主党の政治家も2人ほど代表が出ていてどう政党として対処しているか討論していた。
ほかに貧困問題で苦しんでいる只中の人たち。

 年収200万円以下の人を貧困者と定義して今日本に1500万人いる。
 生活保護の方も若い人も老後の人も経済的には苦しい。
若い人が経済的な問題で結婚をしなくなり、子供を生まなくなっている。
時給1000円が望ましい。

 現場の声
 失業の人も職業を選ぶと仕事がない。
 仕事トレーニング期間の交通費の支給が遅いので現実に困る。

 質問
 助ける友人がいないのか?
 たとえばネット・カフェで払えなくなってもいて、困ってからSOSの電話をするのは食い逃げと等しくお店にも迷惑がかかるのではないか?

 答え、
 特殊学級で学ぶと友人ができない。
 日本人がギリギリになるまで助けを求めない習慣がある。
 親、兄弟の助けはない。

 コメンテーターの意見
 ある企業オーナー「自分のいつもかかわっている金額が0が2つも3つも違うので、別の世界を知った。自分の友人も自分も事業に失敗しても、這い上がる根性があった。マイナスの収入の時もあったが、そこから這い上がった。今日の貧困者にはその覇気が感じられない。」
 勝間さん「覇気も教育で学ぶものだ。小学校、中学校、高校で学ぶ。だから教育が大事。」

 森永さんは税金を5000万円くらい払っている人で、この中で1番収入が良くて1億くらいの年収があると槍玉にあがったが、森永さんは別に貧乏に見せてるわけでもなく、金持ちが悪いのではないと他のコメンテーターの意見。

☆今は3時です。今日はスペイン語はサボりました。
 コメンテーターになる人のほとんどは学術優秀で多くの選挙などにも勝ち抜いてきたひとで容姿も良くて育ちも良くて、おそらく劣等感やひがみ根性を体験してこなかった人たちだと思う。
森永さん、湯浅さん、片山さつきさんは東京大学出身、台湾出身の金さんは早稲田、勝間さんは慶応。女性は皆美人で着ているものもで美しくエリートって言う感じでした。どうしても、特殊学級で出て路上生活をしていたような人への厳しさがあるようでした。
美しい勝間さんの並たいていでない頑張りも学力や培ってきた人脈など有利条件が助けたのですよね。生まれたときからの差はどうしてもあります。

 出業者のグループはいかにもという貧しさや疲れが漂ってました。
覇気も食べれなければ出てこないでしょう。

 中国やインドのコストが安いのでそれにあわせて日本の時給も安くなってきてしまったそうです。辛い立ち仕事も日本人はする人がなくて不法で働く中国人をつい使ってしまった人が雇用法にひっかかり逮捕されたようです。国際的なバランスとかいろいろな問題がうまく解決しないとなかなか貧困問題は片付かないそうです。


☆☆☆教皇ベネディクト16世の新年の挨拶
「貧困と闘い平和を築く」


 娘が帰ってきたら、若いホームレスの人がコンビにの前の立て看板にチラシがのせてあるのを蹴っ飛ばしてわめいていたそうです。私もホームレスの人に本を運んでもらうのを手伝って謝礼を渡
したいと思うのですが、現実にはブレーキがかかるのです。ボストンにいたときに娘がホームレスのおじさんに追いかけられて怖い思いがした経験があり、安易な行動は家族のためにも慎まなければならないと思います。

 私は小学校、中学校、高等学校でおおよそ覇気のない学生でした。
お勉強もさっぱり、容姿も普通、運動神経はゼロ、特別の趣味もなかったのです。ベービー・ブーマーの生まれである私は競争心が嫌でしたね。つい弱いものの方へ目が行ってしまうタイプなので勝つことには余り興味がないのです。

 マザー・テレサのところでボランティアを10年やっている友人のテレサも私とよく似て霊的な賜物があるのですが、「みなにすこしずつ霊的な恩寵を与えれば神様を知って争いをなくさない方法をとらず神様はなぜ特別に私たちを選んで賜物を下さったのだろう?」という話をよくします。


「マザーもそうなのよね。ちいさい。醜い。特別なバックグランドがない。そういう人を神様は選んで聖人にされて、貧しい人たちを救うために使われた。」

☆私は疲れて体が動かないときは読書をしているのですが、やはり女性の画家の本を読むと元気が出てきます。今は、三岸さんです。三岸節子さんは足が不自由で障害者だったので裕福な家に生まれても客が来ると蔵に隠されて家の恥だとされていたそうです。子供のころは足が不自由で苛めの対象とされていたようです。
貧しい三岸好太郎さんという天才的な画家と結婚しますが、好太郎さんは6畳一間におかあさんと障害のあるお姉さんと住んでいて絵を描かれていて、お嬢さん育ちの節子さんは感動して結婚します。ずいぶん浮気で苦しめられて、性病も移されて体も動かなくなります。貧困の中で3人の子供を育て27.8歳で未亡人になります。
 戦争中も3人のこどもを養い、こどものひとりは同じ足の障害を持っていたそうです。姑や義理の障害のある姉の世話をします。畑仕事もしたようです。節子さんは美人ですね。それで美しい
写真がたくさんあり、宇野千代さんや林芙美子さんや文士たちとの活躍もあったそうです。もてはやされ恋もしたようでした。好太郎さんが30歳で亡くなって時は「これで私が助かった。」とおもったようです。1家に2人の画家が育つことは不可能だと思ったそうです。

 節子さんは晩年パリに行きますが、そのときは小学校のときに苛めていた同級生たちが皆で送別会をしてくれたそうです。ご実家も没落して、節子さんを障害のある画を描く狂った娘と蔑んでいた村人たちも成功して活躍していた節子さんを見ていろいろ感じたことでしょう。弱いもの苛めって必ずこのようなしっぺ返しがあるんですよね。

 節子さんは自分のように強い運命を下さった神様にとても感謝しているそうです。そして、神様は何一つ間違うことがなくてどのひとつも因果応報がのように正しく運ばれた神様の計らいと書いておられます。
もう、亡くなられた方ですけど、いい人生を生きられてお幸せな方でした。


☆普通の人間は各自の中で貧困と闘い身近なところで平和な人間関係を営むことが求められてます。芸術家は神様を語るのがお仕事ですから節子さんは人生を通して神様の働きを描かれたのでしょう。ご主人の好太郎さんの美術館も北海道に建てられ、見事という他はありません。家事は大好きだということですから見習いたいと思います。


 

作品を描かないのはまずい!

 ☆スペイン語と琴のレッスンを休んだ。たぶん練習用の琴がとどくまではお稽古を休むと思う。

 
①今夜も引越しの準備でたたみ2畳分とその枠を捨てた。4つに分解できるのでひとつづつ畳をぬれ雑巾で拭いて丁寧に捨てた。こたつも立てて見たが、重くてしっかりまだきれいだ。

 プチ・スタジオは正確には3つの部屋からできていて、日本間の三面鏡を片付けてコタツを立てかけて、瀬戸物などをダンボール2つに収めたのでかなりすっきるとした部屋になった。プラスティックの衣もんかけも皆捨てた。蚊帳の入ったトランクとカートがいくつかあるが。本をおさめたダンボールも1箱出て、少しだがいらなくなった本をブック・オフに持っていった。550円。すでにヤマト運輸は閉まっていたので今日は大崎でおやつのケーキを買って大崎から池上線で帰ってきた。
 東急でプラスティックのケース2箱を買ったが、5%引きのラッキー券を持っていたのでやや安く買えた。作品や瀬戸物の皿などを入れた。

②次は冷蔵庫のある部屋で籐のソファーと無印のテーブルと椅子2脚がある。これは長野へ運ぶ。本箱のダンボールがたぶん15箱。キャンバス時の箱が30箱。
プラスティック・ケースが5箱くらいはある。こまごまとしたものがまだ外に出ているので今夜片付けたい。

③陶芸のお部屋
 轆轤(ろくろ)と電気釜。ゆうのはいったバケツが15個くらいある。
後は陶芸の道具と作品。

④407号室の湯船の中に額にはいった作品と外の洗い場に書類の入ったケースが1セットで引き出しが5つくらいでかなり大きい。洗面台には「祈り椅子」が梱包されたままあって、研磨機もある。

⑤玄関から通路にはキャンバス地の箱が10箱くらいとプラスティック・ケースが5箱くらいある。
 全部で箱は100個くらいである。ビーズが作品の入った箱もあって、全部梱包したら、マジックで中身が何が入っているかわかるように書き込む予定ですが、、、。

 そろそろ制作が無性にしたくなってきた。
 9時に一度家に帰って、家族とおやつを食べたり食事をしたりしたのだが、娘にも「ママ、引越しの支度ばかりで制作しないのはまずいんじゃない?」と言われてしまう。

☆少しこの間買った豆団扇に描いてみよう!
 それでは、これからプチ・スタジオに行ってきま~す。