September 7th, 2009

意地悪しなければ誰でも幸福になれる!

 古今東西、どのような童話でも意地悪さんとやさしいさんが登場してきて、その性格が不幸と幸福を決定するように語られている!

☆日本経済新聞を読むと、英語教育で細かい誤りを指摘せず、自由に語らせるように教育方針が変わってきたという。
日本人があまりにも英語の話す力が劣っているので反省があったのだろう。

 私も同意する。
 私も意地悪が気になって話せなくなることがとても多いのだ。
 内容が通じれば良いではないかと思う。

 日本人の欠点は他人の落ち度に厳しいところだ。
 そういう寛容な心にかけたために殺される人たちのニュースが多い。

※たとえば、猫の餌をやって周囲を汚していると注意された70歳のお爺さんは注意した人を殺した。もちろん、殺すのは論外だが、殺された人も思いやりの心があったなら殺されなかったかもしれない。
 70歳のおじいさんは寂しかったのだと思う。野良猫のお世話が唯一の道楽だったのかもしれない。注意した人も、お爺さんがいなくなった後でそっと周囲を掃いたり片付けたりして「あのおじいさんは野良猫にやさしいのね。」と思える穏やかな性格だったら、どうだったのだろう?
 
 私もコテージでワインの円形のしみ跡が残っていたり、マトリョーシカのガラスのスプーンが2本折れたりしたけれど、染みなんかはサンド・スプーンでこすれば消えたし、スプーンだってガラスだものいつかは割れるよね。
そんなことで楽しい思い出が消えるほうがもったいない。だから、教会で「許しなさい。あなたも許されるように。」とお祈りするのは正しい。

※耳垢取りを職業にしていたきれいな若い女性が殺された。
 職業的な優しさは異性の愛ではないけれど、寂しくて仕方が無い人はそんんな人に優しくされたくてお金を使ったんだと思う。それが、個人的にストーカーされれば若い女性も営業ではないので嫌な顔をしたのだと思う。

 愛された経験の少ない人は劣等感が強い。
そして、その営業的な優しさでもかかわっていたいと思ったのだろうが、女性の落ち度はなんだったのだろう?適度な優しさのつもりも人によって受け取り方が違うでしょうしね

※アメリカで10歳の女の子が父親の前で車で拉致され18年も行方不明だった。夫婦で宗教をしている家で学校も行かず男の子を2人も生まされて、宗教活動のビラを配っていたところ大学のキャンパスで不審に思われ28歳となった女性が生きている事が露見した
かわいい女の子で今も美人だ。お父さんはバイクで犯人を追っかけたがどうにも追っかけられず地獄のような日を送った。

 拉致とか誘拐って割とある。
 正攻法で友人になれない。恋人になれない。お金やものをただでもらうために弱い子供や女を狙う。もっとも卑劣で見下げた行為だ。

 でも、28才。子供には罪はないしやり直せるよね。

※私も振り返って、過去を反省中だが、拉致とか誘拐まがいのことすごくされてきているんです。
台湾人からは自宅から駅に行く7分の間に、引きずられその人の経営するスナックで時給130円で働かせられた。今から40年くらい前です。逃げようとすると「差別だ。人間は平等だ。」というので、若かった私は怯んでしまったのだ。しかし、知らぬ間に自宅迄追跡されて、130円が働かせるより弟の嫁にしてただで働かせたほうがより効率がいいと思ったらしく、「アメリカにいる次男の嫁に。」と等々力の自宅に連れられた。一家が集まっていて、当人の次男はアメリカにいて留守だったが、学歴などをいろいろ聞き出された。なんだか、話が人種差別と違う方向に来ていたので、泣いて喚いて去ったのだ。灰皿が飛んできて、もう怖かった。泣いて「人殺し!」と騒いだので、隣の部屋にいた生まれたての赤ちゃんを抱いていた同じ台湾人の奥さんが「止めて!」と止めに入って助かったのだ。
 秋には62歳になるので書くけれど、もらったたった5000円のお金は全額、田園調布のカトリック教会の献金箱に入れた。そうして、祈った。
「どうかあの台湾人がこれ以上、日本のお嬢さんたちを食物にしませんように!」
 その祈りは聞き入れられて、その小さなスナック、名も覚えていないけれどすぐに潰れてしまった。三男の当時、上智大学の夜間に通っていたという末の弟ががっくりと頭をたれていたシーンがいつも思い出される。

 なぜ?正攻法で「家のお嫁さんになってください。」とはじめから言わなかったのだろう。私の家ほど中国に友好的な家はないのだ。引きずって働かせたりしなければ、私は差別など職業にも人種にもしない人なのだ。
だけれど今でも、その時も私の天職はアートで絵を描くために生まれてきたので、スナックで強制的に働かせようとされたので「他人を大事にしないな。」という悪印象を持ってしまったのであろう。
台湾人だからでないよ。スナック経営をバカにしているのでないよ。
他人の思いを大事にしない意地悪だから去っていったのですよ。暴力を振るったから友人でなくなったのですよ。

 だから、あるがまま自分のそのままで私は人を愛すし、また、あるがままの私をそのまま受け入れてくれる人を私は友人としたい。

ラリックを観る!

 今日はOさんの誘いで六本木の新国立美術館に行った。
1時に待ち合わせで遅れそうだったのでタクシーで急いで間に合ったと思ったが、Oさんは30分くらい遅れてきた。おかげでお昼が食べれましたが。

 それで「ラリック展」をOさんの持っていたチケットで観たのですが、よかったです。美しいし、技の確かさと装飾品としての雅さと。どんなレディが身に着けていたのでしょうか。

 「ラリックをめぐるフランスの旅」という本を買いました。教会建築がたくさん記載されていて、本当にガラスの透明な美しい教会のステンドグラスや十字架が見事で観てみたいと思いました。

☆次に二科の展示場に知人の知人が出展しているそうで、一緒に観ました。それぞれ大作なのにあまりにもたくさんあって展示していてもそれぞれのよ
さが殺しあって惜しいと思いました。知人の知人は受賞していていい作品でした。

 それから、近くの「ギャラリー楡」に行きましたが、管理人さんの話では「もう、つぶれました。」とのことでした。1年もたなかったような!
Oさんの知り合いの画廊に行きました。小さい画廊ですががんばっているようでした。
「カフェ・ド・パリ」という店でお茶とケーキを戴きました。

Oさんは3人の子持ちであと10年は制作は従事はできないとのことでした。私もようやく自由に制作できる時期がきたので家庭があり子供がいると子育てでなかなか制作に時間をかけられません。

☆それから別れて、私は本屋さんで雑誌を買い、地下鉄で広尾まで出て広尾プラザでクッションの中のパフパフを2枚と三角の棚飾りを買いました。明治屋によって食材を買い、家に帰り食事の支度をしてから写真のフィルムを出しに写真屋に行ったのでした。今日はうだるように暑くて体力はダウンです。