September 9th, 2009

「幸せはシャンソニア劇場から」を観る!

 9月8日は聖母の祝日です。聖母マリアのお誕生日です。

 留守中にお電話を戴いたKさんが「ぜひ、お茶でも。」と誘ってくれたので、恵比寿に車で出かけたいということで12時に恵比寿のティー・サロン前で待ち合わせしました。

 それからウエスティン・ホテル迄出かけ、久しぶりにイタ飯を食べたのでした。Kさんは目黒教会でもう20年近く前にであった友人で私よりは一回り若いのです。Kさんはホテルの喫茶ルームをよく使うので、こちらもそれようのスーツなど着て言うので日ごろ着ていない私は探したりコーディネートしたり大忙しなのでした。私の友人の守備範囲は広いのですが、彼女はリッチ・フレンドで京都に行ったときもホテル・オークラの角部屋をそれぞれ取ったりとか別の世界を見せてくれます。それでも、陶芸を習いに来たり、バスケットをオーダーしてくれたりのよいお客様でもあるんですよね。

☆もっとも美しい奥様のKさんは若いときにストーカーに出会って、就職するチャンスをなくされたそうです。私も高校3年生のときにお風呂まで覗かれるストーカーにあって、怖い体験をしたので「自分が甘いところがあるからいけなかったのでしょうかね。」と2人で反省をしたりしてます。
今のもっかの悩み?は娘たちのボーイフレンドのことかもしれません。
「生きることって大変で、女性はなんだかんだといっても、いい人に恵まれなければ幸福が危うい。」という感じがあります。親ができることは祈ることしかないかもしれない。

 それぞれの用事のために4時に別れました。
☆久しぶりの三越はずいぶん変わっていました。素敵なバッグや家具も撃っていましたが、今は買う気持ちは無いのです。でも、知らないうちに洗練されてきたのねと思いました

☆4時から隣の映画館で見たかったフランス映画「幸せはシャンソニア劇場から」を観ることにしました。
 古きよき時代のパリ!1930年代の大不況の下町のパリが舞台です。

 今、100年に1度の大不景気といわれる問題と重なります。
フランスでは150万人以上の人が観たそうです。
普通の日が主役です。特別ハンサムでもなければ醜くも無い普通の人!

 大不況であちこちでストライキが起こり、生活は苦しくシャンソニア劇場経営者の主人公はお金が無くなり、借金を重ね、劇場を閉店に追い込まれます。妻も愛人と逃げかわいい一人息子は劇場主が低収入が無いので妻の愛人の家にいたほうが幸福といって、住んでる場所すら教えてくれないのでした。

☆古きよき時代の下町のパリ!
貧しいけれど暖かく、心意気のある芸人や左翼の活動家。
オーディションに来た若くて美しい夢見る歌手の卵の彼女。


甘い声!
美しい娘の唄が劇場を救い始める。

アコーディオンを演奏する少年。みなが、誰かのために少し自分を削る。シャンソニアが復帰をして、芸の達人たちが自分に自信を持ち、華麗な下町の舞台で懐かしいパリの歌が流れる。

「パリ!パリ!~」
恋人たちの強さ、友人の心意気!
庶民の熱い思いが守る下町の文化!

最愛の彼女が産んだ娘が自分の作曲した歌を歌っていることでで引きこもりの治った老人。芸に厳しいパリでそれぞれが物まねで無い自分の芸を磨く。
個人的には左翼青年が好きですが。男気があるからかな?

☆今日の新聞を読むと大阪のサントリー美術館が閉館になったそうだ。
文化はみながすこしずつ身を削らないと生き残れない。
お金をかけなくてもできることがある!

苦しい時代にこそ、この映画が語りかけてくるものが必要だ!
愛!
美しい歌手がお金持ちの実業家より貧しい左翼の運動家を選んだのを憎しみ、子分に殺させた左翼青年が、間違ってコメディアンの友人が寝ていたベッドでピストルに撃たれたときに「暴力は嫌いだ!」と遺言に残す。
おとなしい劇場の店主は左翼青年に復讐させずに、金持ち実業家の悪の親分をピストルで撃つ。「自分が撃ったのだ!」左翼青年も劇場店主の身代わりを考えるが、「あいにく、目撃者がいたのでね。」と警察も心意気を知っている。

刑期を終えて帰ってきたときに、息子が大劇場でアコーディオンを主役で演奏している。

信じる才能が幸福を創る!

 私の友人のテレサさんが蚊帳教会から帰って8月11日のこと、癌の検診に出かけていたお嬢さんから1・5センチ×1センチの癌が発見されたと知った。
 お嬢さんは美しい40代始めの未婚女性。癌であったら気の毒過ぎる。
それからが、テレサさんのテレサさんらしいところである。
「祈りで治す。」と決意。9日間のロザリオの祈りを娘さんと教会で連日した。そして、9日目に医者で診てもらうと、見事に消えていた。

朽ちても残る美しい思い出!

 今日は中だるみが出て疲れてた。夏の衣類をクリーニング屋に持っていく。このまま、来年まで保管の麻のワンピースや7分パンツ。娘のブラウスや主人のワイシャツ。ずっしりと重い。コテージの電気代5500円ほどもコンビ二で支払った。

 家に帰って、すぐ父の家の掃除へ。
末の弟が話があって、上の弟の会社が危ないので余波をかぶらないほうがいいとアドバイスをくれる。明日は税務署が来るそうだ。もう、父の財産を相当食いつぶしたらしいが、父は全然、気にしてなくて仙人のようだ。
私も末の弟も妹も何も当てにして生きてこなかったので、困ることはない。
いっそ、さっぱりするかも。

 自宅に帰ると、来週の日曜日は姑と娘が来るそうで、主人に少し交通費を払ってもらうつもり。

 明日は大きなキャンバスを買いに行こう。

☆父と母が夢を持って築いた家も会社も壊して捨てる人がいる。
不思議だ。
母の愛した人形や美しい陶器や調度品も、なるべく私が守ってあげる。
父も幸福にしてあげる。

 上の弟が自分は疎外されてきたと家族を恨んでいるという。
「どうして?」
それって、ただのコンプレックスとしか思えない。
それで、復讐のためにみなが不幸になるために会社も家も壊すのだという。
私の子供の頃から高校まで住んでいた家は長い間家業をしていて、家族を豊かにさせてきたが、長男が社長になってすぐに売ってしまって、今はほかの人が貸し駐車場にしている

 母が意識不明で何も知らないのが幸いだ。
 母が元気でいたら大変な泥試合になっていただろう。
 何があっても絶対売ってはいけないと言っていた土地だ。

 あの庭で梨の棚から20世紀も昔ながらの梨ももぎ取った。
大都会なのに、栗林も石垣苺もあって、豊かに子供時代を季節の中に暮らしていたのだ。父の狩猟の趣味で飼っていたポインター犬が子犬を産んで、子犬が芝生のあちこちで顔をだしていた。
もぐと乳の出るイチジクの木。桃の木も1本あった。そしてびわの木も。

 主人と弟が毎日遊びに来て、やはり小学校低学年だったからかくれんぼをしていたように思う。のびのびと育って、みなを公平に父も母も愛していたよ。

 おっとりおまぬけな私。泣き虫。
 神経質で勉強家の妹、
 愛嬌があって頭のいい末の弟。

 長男だって、流行のカウボーイの拳銃を買ってもらったり、好きなピンポンを毎日、友人が来てしていたじゃない。

 「どうして?なぜ?」
 「誰が彼を疎外していじめたですって?」
 「ありえないでしょ。」

 母はきわめて平等に育てたし、多少、妹と私は女の子だったから洋服くらいを大目に買ってもらったかもしれないが、長男として十分大事に育てられたじゃない。

 独身の妹は博士号を取って、教授になったけどそれは個性の問題で周りが妬んだり劣等感を感じるものではないし、末や最初の子はやや親が手間をかけたかもしれないけれど、そんなに差別されるほどに手を抜いたわけではない。

 私は嫁いだから家の問題は姑付きでやや大きいかもしれないが、その分気だって使っているのよね。子供だって干渉もされているから、それなりの学校へ通ったけれど、比較したこともないしみな違う環境で精一杯生きてきただけだ。

 家をつぶして両親が慶ぶわけがない。
そんなことをして、自分の子供たちは地獄だよね。

☆父の明るさは子供たちの運命のどうしようも無さを達観しているのだろう。もう、90歳だもの。どこも悪くなくて医者のくれる薬をみなやめたら健康になった。坂道を転ぶのも、長い杖をオーダーしたので大丈夫になった。

 そうなると、母はいい時に倒れた。
 何もしらないのだもの。
 
 私たちも地上から離れるときに、美しく愛ある歴史だけが魂に刻印されるのだと思う。