September 18th, 2009

「アウシュビッツで生き延びた少年と日本のいじめで自殺する少女」

 昨晩、アウシュビッツでは子供と老人と病人はまずガス室に送られるという中で生き延び「しあわせな少年」を読んだ。そして、さいたま市の市立尾間木中学校に天候してわずか3ヶ月後、いじめで自殺した記事も読んだ。

 10歳のユダヤの少年は「天使」と呼ばれ、まず父親が生き延びるために先頭軍団にいずに後ろの隠れるように並ぶことを教える。父親と別れてからも同じ境遇の子供たちと病人だと思われたら殺されるので歩けなくても、死ぬ気で走って選別に残る。味方のユダヤ人も彼を助けるが、ドイツ側の穏便な兵士や医師からも奇跡的に助けられる。チェコスロバキアを屋根のない汽車に乗せられて走る時も橋の上からチェコ人たちがパンを降らせたり、何か別世界のことが起きる。といっても、彼は凍傷で足の指を2本手術してなくすのだが。

 14歳の日本の少女は横浜から祖母の住むさいたまの学校に転向する前からプロフで「うまくすれば不登校になる。」という同級生のいじめの標的になり、「復讐はきっちりします」と遺書を書いて自殺するのだ。たべものにも衣服にも不自由しなくても。

 少女の字はとてもきれい。そして、尾間木中学校が大大大・・・・嫌いと書かかれており、何も自慢できるところがないではないですかとある。横浜では剣道部でまっすぐな性格だったのだろう。 

 アウシュビッツの少年はドイツの子供を復讐の対象にしたら低次元に落ちると世界の人権を守るために学び、今も世界中にある戦争で負傷した子やころされた母子を告発するために働いている。

☆日本の転校生を殺すまで苛めたのは屑だ。言い逃れをしている教師も同級生も。わずかな良心的な子がいじめがあってトイレで泣いていた自殺した少女のことを「いじめがあった。」と書き記した。
 屑のために死ぬことはないよ。
 そんな学校は辞めてよかったのだ!

 大人の自殺が毎日ある日本。大人もいじめで死んでいる。
 アウシュビッツの少年のように、生き延びるコツを親は教えなえればいけない。
 日本でも生き延びるコツがある。
 屑なんかのために死んではいけないのだ。
 そして、復讐なんかせずに自分の人生を最高まで輝かせねば!
 それは自分のために書いているのだが。

☆画家の藤田は日本で戦争画を書いたつけを背負わされて、死刑も覚悟した。そして、フランスに行きフランス国籍まで得た。嘘の情報を巻かれ、会いにきたひとたちから「うわさと違いますね。」といわれ、「会うな。」といわれていることを知り「会って本当のことを知られたら困る人がいるんでしょ。」という。しかし、嫉妬で中傷する人より遥かにいい作品を残し美しい魂を持って帰天しただろう。

 いじめや仲間はずしというのはこのような力ある人ですら追いやる力がある。

 「縞模様のパジャマを来た少年」では、真実から目を背けた人たちに起こる終末の厳しさが書かれている。いじめで死んだ少女を闇に葬って葬れることはないだろう。加害者は死ぬまで記憶からはずされることはない。
 

退職願を書く!

 この秋、10月27日には62歳になる私は長い間薄給を貰っていた会社を辞めることを決意した。経済の安定のために役員として働いていたのだが、その分自分のアート活動が弱くなる気がするのだ。それで、白い封書、白い便箋、毛筆を用意した。


☆経済的にも見直しの季節です。
8月の携帯の使用料の請求がきて、びっくり。高いのよ。
それと7月末に解約したプチ・スタジオの電気、ガス、水道料金がまだ請求されて、銀行で引き落とされていたので、ただちに止めた。

 必需品として、ストーブとトースターを買って長野に送ったけれどやはり安くはない。

 これからは新幹線の割り引きはやめて、長野まで2000円というバスを使うかも。

☆留守中の日本経済新聞におおよそ半分の家庭が親の援助を受けてるとあったのでびっくりした。住宅費や教育費など。親は喜びだろうが、無い袖は振れぬともいわれているので、貯蓄に励むのだろう。

9月15日、つながる家族 日経生活モニター調査から。
親子で経済的な支援関係がある。48%
支援の中身は外食。食料代、日用品代と続く。
金額は8割強が月1万から5万円。1万円以下。
親世帯の7割弱が支援することを負担に思わない。

 例として、マンション購入時に1400万円提供した親。
孫の私立教育支援として月6万円送る親。
47歳の失業中の娘に家賃、水道、光熱費6万円を支援する親。

家計の金融行動に関する世論調査によると、
2人以上世帯対象
金融資産の平均保有額
     60才以上1730万円
     70才以上1386万円

☆私たち夫婦も2人で平均に届くと思う。
 
 結婚したときに、主人の弟夫婦と私たちを前にして「そのうち、コテージでも建ててあげましょう。」と言ったのは姑だった。
私たちは誰も当てにもせず、忘れていた。
現実に私たちも自分たちの働きだけではできないことがたくさんあって、有形無形の恩恵を双方の両親から受けてきたと思う。

 コテージの土地は私の父が40年以上前に買ったものだ。それを子供4人の名義にしていたので、私が相場よりやや高めの土地代を兄弟3人に支払って自分の名義にした。コテージのほうもよくわからないうちに建ってしまった。7月10日でできて、ようやく2ヶ月が過ぎたのだが、自分では前からあったように落ち着いている。姑は大変気に入って、自宅もコテージのようにしたいと騒いでいるが現実に築20年なので、まだ20年くらいは使いたい。別に大都会でもいいと思うし、土地が平らなのでずいぶん安くできると思いますよ。

☆洗濯屋に大荷物の汚れ物を出し、また大荷物のクリーニングしたものを持って帰ってきた。今日は娘の卒業式なので赤飯も炊いたしやや豪華な夕飯を作ったのに帰ってこない。みなでお祝いをしているのだろう。

 将来、娘が家族を持ったときに果たして私たちは娘の家族を援助できるかどうか?

 節約をどうやってするかなと考え中。