November 17th, 2009

結婚詐欺殺人「かなえキッチン」から学んだこと!反省したこと!

 34歳の結婚詐欺で6人の男の人を殺したかと嫌疑の持たれている木嶋佳苗容疑者のことでは、ずいぶんショックでした。自分などに手に入る量はしれているのですがずいぶん週刊誌や新聞を読んでこの人の生い立ちなどを知りました。

 容疑者の母親は63歳のピアノ講師。4人の子供を持ちピアノの講師をされていたそうですが離婚して、交通事故で片足を義足にしながらもパートで働きながら自分の母親の介護をされていたそうです。11月の初旬に長女の容疑が報道される頃に家を掃除して静かに自殺をされていたそうです。ほかの子供は結婚しているそうです。

 ☆私は今62歳ですので、1歳違いの女性にふりかかったあまりもの不幸に悲しくてしかたがなく親の仕事の厳しさを思ったのでした。25歳の私の娘が「親の顔を見たい。」と言った時に、「34歳の詐欺女が殺人を犯したのは、親には関係ない。私だったら私はちゃんと育てたのに、ここまで悪くなったのは単独に子供が悪い。という。」と娘を戒めたのでした。
 しかし、私もこのような犯罪を犯して他人の家族を不幸にしたのなら自殺するでしょうね。先に父親が自殺をしたそうですが、それでも戒めにならなかった極悪の娘なんですから。親も世間に顔向けできないでしょう。

 ☆かなえさんは北海道で祖父が名士という家に生まれ、父親は中央大学の法学部出で母親はピアノの先生。こどもたちは皆ピアノを弾けたそうです。
かなえさんも「小犬のワルツ」で地元レベルとはいえコンクールで優勝したほか、作文コンクールや英語のスピーチコンクールで入賞したことが幾度もある町の天才少女でした。おませで、小学校の頃は先生に、中学校の頃は大学生に高校生の頃は中年のおじさんとお付き合いし、援助交際と思われるほどお財布には万札が入っていたそうです。 

 家庭は堅実でテレビもなく、かなえさんが中学の頃にコンドームを持っていて烈火のごとく母親に怒られ、郵便箱の私書箱を通じて男女交際をしていたそうです。また、親戚の近くの家から300万円ほど通帳とはんこを買ってに持ち出し、銀行の引き出しコーナーで写真の画像で犯人と特定され、両親が頭を下げて詫びをいれたという噂もあったそうです。しかし、両親はとても健全ではないでしょうか?
かなえさんは長女でほかに妹2人と弟1人がいて結婚されているようです。
母親と妹は記事によると細身の華奢なつくりで美人で佳苗さんとお父さんががっちり太めのつくりだそうです。

 そんなに優秀で。クラスでは4番以下には落ちなかったそうです。それなのにすぐには大学に行かず東京のケンタッキー・チキンに就職したそうです。それから数年たって東洋大学に入り学費が未納で1年で中退したそうです。

☆かなえさんは神戸の医師夫人の奥さんに「フェリス出のフード・コーディネーターでピアノ講師。両親から家の相続のため婿取りをしいられているが嫌なので医者と結婚したい。整形外科を紹介してくれ。医者の奥様としての心得を学びたいので家政婦として置いてほしい。」といったそうです。
外科を紹介され顎を細くする手術をしたそうで、家政婦として家に入り込むのは断られたそうですが、「これならお医者様の奥様になれるかも」と記載した鼻から下の写真がブログに記載されていたものでした。そして、市原容疑者が整形した外科と一緒とのことです

 このごろの事件はリンクが多いのですよね。
千葉大学の園芸科は市原が出た大学であり、この間女子大生が裸で殺され火をつけられたのですが千葉大学の園芸科に在学中だったのでした。

☆かなえさんに結婚詐欺にあっていた同棲中の40代の男性にとって「育ちのいい料理上手で掃除もやってくれ、皿洗いもするいい結婚相手候補。」だったそうです。「ピアノとヘルパーで家のローンも一緒に返しましょう。子供もほしい。」と楽しい同棲生活だったそうです。
 容姿はかなり太っていて美人ではなかったかはしれません。料理はフランスの有名なコルドン・ブルーですか。代官山の3ヶ月で70万円もする料理教室に通っていたそうです
 多くの男性結婚相手には学生とも言っていたそうです。
「授業料が払えない。家賃が払えない。料理教室が開けなくなった。」とかでの理由で無心をしていたそうです。専門学校でも学生は学生ですものね。ピアノは自宅にはおいてなかったそうですが、ピアノは弾けたそうですのでピアノ講師とかフード・コーディネーターとか自称していたそうですね。

 お金持ちのお嬢さんのイメージをかなえさんは持ちたかったようです。
詐欺と殺人で手に入れたベンツ。かわいい子犬。お嬢様やセレブ奥様の通う高級料理学校。ブランドの贈り物や装身具。叶姉妹にもあこがれていたそうで容姿も磨いてさらに贅沢をする過程だったのかもしれません。

☆☆☆
 なぜ、かなえさんは学歴や職業を詐称したのでしょうか?
 
 私も62歳にもなるとこの世がいかに軽薄で学歴や職業や育ちで差別する社会なのかわかるのです。
東洋大学中退といいて受ける視線とフェリス女子大を出てピアノの講師をしたりフード・コンサルタントをしているといったとき受ける反応にはずいぶん差があるのでしょう。そして、できるなら嫌なおもいはしたくないのが普通の人間なのでしょう。

 かなえさんが嫌いなのは「貧乏」「馬鹿」「不潔」とのことです。
彼女は「だまされた男が馬鹿なのだ。」と警察の調べで言っているのです。

 かなえさんは悔しかったのでしょう。
自分より馬鹿でも結婚している。自分より馬鹿でも大学に行っている。
かなえさんは大学にすんなり成績優秀でありながら行ってないのは家庭がそれほど裕福でなかったのかもしれません。「貧乏」は嫌いなのですから。手っ取り早くお金を稼ぐ方法が「詐欺」で、うるさく訴えそうな人や「馬鹿」でうざくなったら殺したのでしょうか?育ちがなかじっか良くて目が肥え都会の周囲の人たちは嫌だったのかもしれませんね。

 侮れない現実の社会は確かにしょっちゅう、学歴のランク表が週刊誌や月刊誌に載りますし、テレビのアナウンサーになるような美しい人たちも相応な学歴を持っていて、時代を謳歌しているのでした。

 料理の腕は家族中が料理好きで父親も自家製のベーコンを作る人だったそうです。子供の頃からクッキーを近所にくばっていたそうです。
かなえさんのブログによると料理のお取り寄せやグルメは頻度が高く、しかし外交官だった人によると「超1流のお店ははいっていない。天井の低いグルメだ。」そうです。

☆多くの人は人生バランスで自分が手に入れなかったものを子供に託します。小学校受験に熱する親が多いのも、人生の初期にいい教育を受ける先に待っているものに期待するからでしょう。

 でも、人生には落とし穴がたくさんある。
 普通の弱い人間が幸せになるのには容姿や特別な才能や立派な家族がいるのでしょうね。その欠損を埋めるべく現れた天才的な運動選手や芸能人や芸術かもいるのですが、それはごく稀かもしれません。

 私の友人にも学歴第一主義者がいます。ある日訪問すると、床にびっしりドリルがしいてあり、今日1日やる分のドリルということでした。小学校の2年生くらいだったと思います。お母さんの彼女は「学歴が○○以下なのは人間としてするべき努力をしてないから認められない。」とのことでした。

 いつも話の内容が子供の成績だけの人もいます。「今回は2位」「首席」という話です

 私は黙ってききます。「よかったですね。」と相槌もうちます。
でも、私は学歴信奉者ではないです。理想的には学歴なくてがんばった人が好きです。学歴なくいじけた負け犬は嫌いかな。

☆問題は結婚するを条件に「お金に困っているので助けてください。」「留学費用に困っているのでお金を貸してください。」と頼み合計1億円以上得たあとに口封じのために練炭と睡眠薬で殺していたことです。

 今、振り返ると大学時代にデザイン・サークルで知り合った主に芸大学生が婚活だったのかな、「貧乏で借金がある。」とよく言っていたことが思い出されます。私はどうして自分の事情を他人に言うのかなと思いましたが、
家のそばに引越ししてきたのもいて、ある日雨の中を一人の女性が立っていたので、尋ねたら「彼に50万円貸してある。」というのもありました。
私はそういう人たちを好きではなくただサークル仲間としてみてなかったのですが、目の前にいると彼女だと思うのでしょうか去る度に罵倒や暴力にあったので驚いたものです。
 しかし、今油絵を描くようになって思うのですが絵の具代やキャンバス代って本当に高い。100号のキャンバスがバーゲンで1万円します。絵の具も1本2000円くするのもある。絵を描く時間をとるとお金を稼ぐ時間がなくなるから、女性に好かれてお金がひねり出せばずいぶん楽になりますね。それで裕福そうに見えた私に迫ってきたのでしょうか?実際には両親は芸術家には厳しく1円もくれなかったし、ましてそのボーイフレンドに出すとは思えないですけどね。

☆お金をこつこつと働いて得るのはダサいことでしょうか?
私はそうは思わないのです。
でも、かなえさんは若いときに働かなくて大金を得る方法を知ってしまったようです。
「味をしめる」
彼女は世の中のあり方を見て、どんなときにどんな人間がお金を出すか知ってしまったのでした。

 結婚したい不器用で世間知らずな男性がたくさんいる。
 そんな人にとって料理上手でピアノを弾いてベンツに乗りグルメ三昧のお嬢様学生は素敵な結婚相手だったようです。

 結婚条件の中に料理上手というのはすごい得点なのですね。
また音楽や美術を学ぶお金持ちのお嬢様というのも男性の憧れであると知りました。

 物色というとはしたないのですが、男漁りというのでしょうか不倫サイトにも結婚活動サイトにも登録して「お金がない人はだめなの。」と最初の借金に応じない人はすぐに「さようなら」だったそうです。

 あまりにも「本音」というか「現実的」で驚いてしまいました。
でも、こういう人も意外といます。
大学時代に同級生の多くは結婚活動をしていたのですが収穫のように「マンションを買わせた。」とか「○○大よ。」というのも普通の話で、もっぱら芸術第一主義で生きていた私には「へぇ~。」という感じでした。
私は一生結婚しない気でしたが、その理由のひとつには「結婚するんじゃないよ。」と脅かしていた同級生の発言もあるのです。屈したというよりも「結婚しないことがその人たちの喜びなら結婚しなくてもいいよ。」という感じでした。
 
 しかし、この言葉は今考えると他人を不幸に陥れる怖い発言でした。
現実の世の中は複雑で独身で生きるのにはあまりにも過酷な問題がたくさんあるのです。しかし、その頃はもっぱらアートの夢にたくし幸せなアート活動にまっしぐらだったのでした。

☆純朴で幸せな結婚を夢見た男の人たちはかなえさんの借金依頼にお金をすぐに出すのですね。
お見合いをしたことがない私には知らなかったことですが、「自分は貧しいのでお金を出してください。」という申し出に出す人たちはとても謙虚でいい人だった気がします。計算高い人ならださなかったでしょうし、「困っているなら出してあげよう。」と考え、実践した人はやはり凄くいい人たちだったと思います。そういう種類の人を探す才能がかなえさんにはあるのですね。

 お金を多額出させるのが自分の価値というのは水商売の方にはあるようです。数日前に家田荘子の「バブルと寝た女たち」という映画を深夜やっていて思わず観てしまいました

 かたぎの美術大学の学生が実家が財政困難になり銀座のホステスのアルバイトをするのですが、美しいので磨けば光ると出資者が現れ銀座にバーを持つほどになりますが、愛人が政治家に利用されたといって一家心中を図って、銀座のほかの店でバーのマダムにおさまって生きてるところで映画はおわりました。お店を女に1軒持たせるほどのお金は投資や地ころがしなどのあぶく銭ですので危険な綱渡りも女たちも一緒にするのでした。

 アートをやっているとロートレックやゴッホのように売春婦などに対しての優しい視線もアートのエキスですので世間にいるかたよりは水商売を美化してしまうのですよね。

 そして、ホステスさんの手柄はだんなにいかに多く貢がせるかなのでした。ですから、かなえさんもだまして多額のお金を手に入れたことに罪悪感はないのかもしれません。「騙される男が悪い。」そうですから。

☆☆☆
 私はかなえさんにずいぶん打ちのめされてしまいました。

 誰でも同じように接する。
 誰にでも同じようにできるだけの善意善行をする。
 人を分け隔てしない。
 貧しい人こそ大事にする。
 自分を無にして人にお仕えするという人生のスローガンを嘲られているように感じたのでした。

 殺された70代の男性は留学援助という名目で7000万円をカードから出され殺されたのでした。
ボストンのケンブリッジ大学に音楽留学する。父親はセスナ機事故で死ぬ。母親は小和田さんの親戚で家政婦と暮らしお財布を持ったことがない。就職はヤマハに決まっていて留学を認めてくれている。国立音大を首席で出たというものでした。1ヶ月に1度日本に帰ってきて、メールでやり取りをしてアメリカの留学生活を信じていたようでした。それをそろそろ返してほしいといったときからかなえさんが変わったようです。弁護士を立てて、ヤマハの上司とも話してといって行動したとたん殺されたのでした。
家族の無念もさることながら、「騙されるほうが馬鹿なのだ。」とどうして言えるのでしょうか?

☆☆☆☆☆
 34歳のかなえさん。
 私は30の頃、かなえさんとは真逆なことをやっていたのです。

大阪大学工学博士の政木和三氏が原稿を1冊分送ってきて出版社を捜してほしいとのことでした。当時、「地球ロマン」の編集長をしていた竹田洋一氏から「たま出版」を紹介され、原稿を持って行きました。たま出版は当時2度ほど倒産し予算がなかったのか、政木先生からも出資させたようでした。

 それから「たま出版」と縁ができて、原稿や本のカバー・デザインを頼まれました。20代後半ののりに乗っている時期で忙しかったです。

 瓜谷社長は今思うと、嫌がらせだったのですが、青年たちに私の電話番号を勝手に教え、次から次へと青年たちから電話がかかってくるようになりました。

 ☆瓜谷社長は誰にもわからないような状況のときに、しつこく私を苛めてました。ホテルにも誘われました。無視したのでこのような嫌がらせをしたと今は思うのです。社長は東大を出ていたので、政木工学博士が大学出でないからと馬鹿にした発言をよくしていたのにもかかわらず、家に送り込んで電話をかけさせてきた主に学生たちは、駒沢大学、拓殖大学、東海大学、青山学院夜間大学などの生徒でした。ほかに精神病院に通う法政大学の学生もいました。

 私はその前の年に、京都の河原町で個展をしたときに、女子美の短大を浪人そてはいり、留年して、さらに中退したという25、6歳の女の子を個展の前日に送りこんできた人がいて大変迷惑をかけられました。手伝ってもいないのに「手伝った。」と嘘をつき、個展会期中に暗い顔をして1日会場にいるのです。京都の人に呼ばれ、家を訪ねたときも黙って付いてきて、彼女を送りこんだおじに当たる人の子が知的障害があると言って嘲るのです。
私はその娘が大嫌いでした。私はその娘にお小遣いをあげれるような身分でもなければ面倒見のいい成功者でもないのです。しかし、おじに当たる人は「小遣いをやって弟子にしてくれ。」といったのでした。
私は怒りがこみ上げてきて、画廊に届いたお菓子をそのおじに送り返したのでした。

 私はそのときに、瓜谷社長が愛情もなく送り込んできた学生たちに、その娘のことを思い出して、妙に自分が愛情に欠けた人間だったと反省してしまったのでした。

☆今でもその青年たちのことに関してはわからないのです。
 東海大学の学生だったM君は「縷衣香さんは、前世に自分の姉だったのに面倒を看ずにさっさと家を出たので、今生は自分の面倒をみなくてはいけない。」といったので、「そういう風に脅迫してはいけない。」と注意しましたが、実際どうしてそんなことまで言って来たのかわかりません。20歳だったです。
 また、白装束の宗教団で話題になったCという女史もブック・カバーのデザインをしたのが縁であったのですが、「前世、召使だったから今生も自分のために働かなければならない。」という手紙がきました。
 たま出版からの出会いはこのような人が大変多かったです。テレビに出てUFOを呼んで有名だったKという人は「神様からの啓示で、縷衣香さんから研究費用は貢いでこらえと指示があったので送金するように。」という手紙ももらいました。

 私は質の低さを感じざるを得ませんでしたが、霊的なことは確かに今大事なので、忍耐強く間違いは正しながら奉仕していこうと決意したのでした。

☆1979年1月からの浄化塾でしたが、ローマに行くことがあって6月に解散して、それぞれイギリスやスイスに行くとのことで、みなでここ自立してそれぞれ浄化を続けていきましょうとなりました。

 しかし、パリに入ると8月にはみながパリに来てしまいました。
私は画家なのでパリにいる用事もあるし、母親が毎月13万円送金してくれて絵の勉強をするつもりでフランス語学校などに通い始めたばかりのときでした。
浄化塾生たちは送金がなかったのでそれぞれ日本の食料品屋さんやややきとりレストランに働いていました。それで、何か悪いことにならないように塾をインターナショナル浄化塾として続行し、学生たちの管理もしてました。
住むところがなかったので私のアパートに住まわせました。家賃は取りましたよ。こちらも送金だけではそれほどの力はなかったですから。

 塾生たちは言葉も学んでこなかったのでフランス語学校にも通いました。でも、辛かったでしょうね。ある日、私が風邪を引いて弱っていたときに住んでいるアパートを乗っ取られ追い出されたこともありました。それで友人の女性の手を借りて荷物をホテルに持って行き、熱が下がるまでとまっていたこともありました。

 最近、野尻に来たMさんが「浄化塾の生徒たちは聖人の集団だったのですよね。」とたずねたので、「いいえ、それは違います。」とその話をしました。

 アパートの階下にはボザールという国立美術学校に通う日本人がいて、私が体力を取り戻してアパートに着いたときは青年たちを追い出してくれていたのでした。それで、住み込みや安いアパートに自立して青年たちは住み始めたのでした。

 帰国まで、私の責任もあって聖母マリアの信仰のほうに加護を求め、巡礼旅行をして日本に帰国するまでは面倒をみたつもりです。

☆2年近くのパリ滞在で帰国して驚いたことがあります。
フランス語を続けようと、アテネ・フランセの通い始めたときに、若い30になりたてのお嬢さんが「30になったら、お見合いの質がグーンと落ちた」という話でした。今まで、そんなことは考えなかったのですが、女性の30歳というのはもう若いとはいえないのです。その女性は美人で評判でしたので、そんなきれいな人でもハンデになる年なのだと改めて驚いたのでした。

☆人間には悪人がなんて多いのだろうとそのときに思いました。
 カトリックの修道女から電話がかかってきて、児童福祉施設にボランティアをしてほしいと頼まれて、毎週、田園調布から青梅まで行き、タクシーで1000円くらいの施設に週末だけだったのですが、泊りがけで行くようになりました。
 その修道女は秋田の聖体奉仕会から出てきた人で当時60歳でした。1月3万円でいいから置いてほしいと園に言ってきたので雇ったということでしたが、共産党の従業員と組んで「働きの内容が同じなのに賃金が低いのはおかしい。」と10万円の給料を求めてきたそうです。
 さらに、私のことを「結婚できない人であの人に働かせて、老後は左団扇で暮らすつもり。秋田の聖母で有名になった安田神父様のように庭弄りでもして遊ぶつもりよ。」と言いふらしていたことまで聞いて、びっくりしました。

 そのときは私は33歳くらいでしたかね。
この人にこきつかわれて人生を終えたくないと思ったので結婚することにしたのでした。

 その修道女は90歳だった園長夫人に「縷衣香さんがルルドに連れて行ってくれる。」と勝手に喜ばせて嘘をつき、取り入って自分の待遇をよくしようと計らっていたのでした。児童を幸福にする話なんか1度もなかったです。嘘をついても住むところがほしかったり、嘘をついて給料をふやし、他人をだまして連れてきたのでした。

☆反省すると、田園調布のカトリック教会に行ったときにブラザー(修道士のこと)から、旅行は行かないほうが行くよりもっといいといわれたことがあったので、24、5歳のときでしたが国内旅行だったので5万円くらいだったのですが、行けなくなった時聖体奉仕会に全額そのお金を寄付したことがあったのでした。それで、修道女がそのときはいたので記憶にあったのでしょう。電話番号も訪問記録にあったのでしょう。

 つまり、奉仕的とか純粋とか無欲とかがことごとく災いを呼んでしまったのでした。

 その施設の宿泊施設はそれはひどいものでした。みるにみかねて、応接室にお布団を敷いてくれるようになりました。でも、前にも書きましたが、こどもたちへの贈り物は園側の家族がみな取っていくのです。友人がデパートで働いて送った子供たちへの靴下も、家族が「これは上等だ。」と分けて持ち去り、私のことは「お嬢様過ぎてかわいそうだ。」と嘲っていたそうです。それがボランティアにする仕打ちだったのでした。強引に雪山に連れて行かれ肺炎になってしまったので、私はこの施設を去ることになったのです。かなえさん流にいうならば、「騙されるほうが馬鹿だ。」ということになります。孤児のこどもたちを出汁にして、他人の娘をこき使うといのは福祉施設のすることかどうか。私は人間にはずいぶん絶望したのでした。

☆☆☆
 かなえさんの年齢の34歳のころ、主人と再会し35歳で結婚しました。
34歳って結婚へのターニング・ポイントの年齢ですよね。
私は結婚活動をしないで結婚してしまいましたけど、こちらも料理も掃除もうまくないので婚活してたとしてもかなえさんのようにもてたかどうかはわかりません。せめてもの幸いは親が喜んでくれたことですが。

 私はかなえさんの毒牙にかかって殺された多くの男性のいい人ぶりが好きです。彼らは想像もしなかったでしょうね。親切に最善を尽くしたのに振りかかかってきた災いを。

 かなえさんと長い間交際していたSさんという40代の男性は本名も知らず、デイトしていただけなのに警察によって貯金残額なども調べられているそうです。殺されなかったので共犯者と見られているようです。
付き合う人のバックも調べなければならない時代になってしまったのですね。

☆☆☆☆☆
 かなえさんに殺された人たちの無念さが乗り移ってくるような痛みを感じながらこの長文を書きました。
家賃、学費の名目でねだったお金を国が援助することになりました。
子供たちの多くは親に振り込まれる子供たちの学費援助が本当に学費で使われるどうか心配しているそうです。

 ホームレス援助のためのビッグ・イッシューの販売があり、格差をなくすための教育学費援助ができる。しかし、子供のいない家庭や結婚してない人たちからの税金でまかなうのは少し不公平だ。

 人間の善意があざけられるような社会はまだまだ未成熟なのだろう。

 私も大いに反省しました。
 夢ごとに現実を隠してきた風もありました。

 ブラザー・キング牧師のことばに善良な人間の沈黙は罪だとあります。

 かなえさんに騙された人は300人くらいいて、みっともないので沈黙を守っている人が多いとされます。でも、「あの女にこのくらい騙し取られた。」といったら、次の人は警戒しますよね。そうしたら、殺されなかったかもしれない。

 かなえさんはお父さんは学校職員なのに、東大の大学教授とも言っていたそうです。

 もし、多くの人間が学歴差別から解放されていて、学歴で人をさげすんだり区別したりしなければ、みなが学歴のことでは嘘をつかなくなるかもしれませんね。

 私たちが人間的に成熟すること。
 それが鍵のような気がします。