November 18th, 2009

水曜日のしあわせ!

 水曜日は父の家の掃除です。
 東急線に乗るので帰りに蒲田に「ユザワヤ」で「マトリョーシカ教室」の37人分の筆や絵の具を買いに行こうと思います。

 それと自宅の掃除も今日やるつもりです。

 余力があったら「ゼロの焦点」も観たいな。

☆主人が機嫌がいいので「なぜかな?」と思っていたら、理由がわかった。
 決まったら、書きますがちょっと面白いことがあるようです。

☆人間ってなかなか自分の幸福に気がつかないんですよね。

 イギリスの22歳の女性の死体が自宅にあった市原容疑者は長い逃亡生活の中から、とうとう逮捕されました。彼は長く働いていた建築現場の寮にキリストの十字架の絵を描いて神に許しを請いていたそうです。
イギリス人の娘さんの両親はずいぶん立派な人で、市原容疑者の両親に「市原容疑者は2つの家庭から子を失わせた。」と語ったそうです。
市原容疑者の両親は医者で、その子に医者となれとはプレッシャーをかけたわけではないのですが、親の学力よりは低くて市原容疑者はずいぶん学校を変えたりもしたようです。私立大学の夜間部にも在籍したようです。

 
 人間の能力は平等にあるわけではないですよね。
それをうまくきちんと説明しないと家族も本人も不幸になるときがある。
どんなに頑張ったってできないこともある。
人には向き不向きもある。
試験に落ちても恥じることはないけれど、自分の分を知るいい機会に使えばいいと思う。だから、お花をきれいに咲かせる園芸部で輝くこともできたはず。

 立派な両親はいるのはずいぶん幸せだ。好きか嫌いかの好みはあるけれど市原容疑者は長身でハンサムという人も多い。

 市原容疑者は黙秘権を使っているので、なぜイギリスの女性の死体が家のバスタブにあったのかはわからないのだが、女性の経験でいうと、男性の中には女性が自分の思い通りにならないと暴力を振るう人っていますよ。
市原容疑者が建築現場で働いていたときに、上司から命令ばかりされてかっとなって、胸元のシャツを市原容疑者をつかんだときに、現場にいた人が「君のようにガタイの大きい人間がそんなことをすると倒れて死んでs舞うことがあるから、気をつけなければいけない。」と注意したときに、激しく嗚咽して、泣いて謝っていたという。

 「つい」のつもりで殺してしまったかもしれない。

☆好き?な女性が自分の思い通りにならなかったときに、素直に「他人の好み」にはいろいろあることに理解があることに気がついてされたら、双方との幸せだったはずだ。

☆しかし、女性の側から言わせると、こちらが「嫌いサイン」を出していて、感じないのか無視なのか気がつかない人もいる。こちら側もなるべく恥をかかせないように工夫をして、汚く装って嫌われたりだらしのない生活をしていると言って呆れさせたりするのだが、それでも殴りかかってくる人や棒を持って襲ってくるひともいるのだ。くびをしめたれたこともありましたね。

 自分の思い通りに行かないときに耐えたりあきらめる力を養うのも教育だと思う。

☆日本の青少年の自殺者の数は毎年増え続けて、先進国の中ではトップだそうだ。
 どうしてこんなにヤワになってしまったのだろう。

☆生まれて死ぬまで、挫折のない人生はないし、誰でも生まれた家庭や学校や連れ合いやこどもに不満があるものだと思う。

 のりピー事件のとき覚せい剤は悪いが、あの厳しい生い立ちでかくも頑張ってスターの座を気づいたのかと思うと、励まして彼女の幸せを祈らずにはいられなかった。ヤクザの子に生まれるのはずいぶん酷いことだ。

 多くの身体や精神に不自由があって現代医療でもなかなか完治できそうもない病を持っている人も実に忍耐強く自分の運命を引き受けていて感動する。

 容姿だって、凄い痣のある人が明るくおしゃべりしていたり、ケロイドのある人も化粧もせずにりんとして生きてるのを見ると頭が下がるのだ。絶世の美女がいて、かわいらしいブスのいるのもこの地球だ。それも林檎と一緒で場所を変えれば評価が変わる可能性がある。

 学校だって、就職だって1流だけがいいわけでもない。もし、受験の結果で一生が決まるのなら教育格差を減らすために政府の援助したお金でさらに厳しい結果差別が始まるだろう。「お金がなかったから。」「家が貧乏でいけなかった。」とは言えなくなるのである。

 美人の連れ合いやお金持ちのハンサム青年と結婚しても浮気されたり、出て行かれたりの現実もあり得る。

 子供だって、自慢のいい子が豹変するのだ。

☆ヴェルレーヌの伝記を読んだり、ランボーの「地獄の季節」を読んでいると天才詩人の奥さんも子供も親も大変だと思う。

 パリの絵描きの話にはアパートの家賃を踏み倒して放浪するのがざらだ。

☆かなえさんはアーティストになれば良かったのにと思う。
渡り歩いた男たちの詩とか小説を書けば、なかなかユニークな存在になれただろう。

☆水曜日に想う。
 そんなに完全でなくてもいいではないかと。
 不器用な主人とふできでもかわいい娘と掃除が嫌いであるのにもっとも多くの時間を掃除にさいているおばかな私。

それでも幸せだ。

「ゼロの焦点」を観る。

 午前中に家事を終えて、渋谷に「ゼロの焦点」を観にいった。
ちょうど始まるまで10分くらいで真ん中の席が取れた。

 松本清張の代表作で生誕100年記念に映画化されたもの。
舞台の北陸、金沢はこの間旅行へ行ってきたばかりで風景も懐かしい。

 主人公役は広末涼子演じる板根禎子、26歳。36歳の金沢に住む鵜原憲一と結婚する

☆ドラマの内容は書かない。
 戦争後の昭和の時代を日本人はみな敗戦国の屈辱と平和への安堵のために一生懸命に前を向いて生きてきた。
女たちは戦後のどさくさを食べるために必死であった。そうして兄弟を助け親を養ってきた。あるときは思い出したくないほどの過酷さを秘めて。

 松本清張の時代把握の確かさと人間のおろかさと危うさにこめた夢がよく描かれていると思う。それぞれの精一杯の真実。悲劇がそこに起こる。

 原作は前にも読んだが再び読み始めた。

☆映画を観終わってから「パンの木」に寄ってコーヒーを飲んだ。
神泉駅から渋谷まで行き、東急線で父の家に。「マ・シェリー」で娘に毛糸のボディ・ウォーマー(腹巻)を買う。
父は留守だったが、掃除の終わるころに帰ってくる。金沢で買った「ぼらのからすみ」とお菓子をお土産で渡す。父からは姑へのお歳暮を買うお金を預かった。
 弟と話込んでとても「ユザワヤ」に行く時間はなかったが、家まで送ってくれた。

☆やはり、家2軒分の掃除の後はひどく疲れる。
 家ではやることだらけである。お風呂に入ればお風呂の掃除。台所にお洗濯。これも日に3度くらいしますね。

 今日は寒かったですが、明日はもっと寒いそうです。

 今日の映画は極端ですが、人間が生きるのには残酷なことが多いのですね。大好きなAちゃんから電話があったそうで楽しい旅行のお話がすすみました。

 人間ってとても自由で行動が許されているのでしょうが、「週刊文春」の中村うさぎさんのエッセイに「木嶋佳苗さんはとても苦しんでいる。チック現象や蕁麻疹で苦しんでいると彼女のかなえキッチンであるのでどんなにかつらかったかうさぎさんにはわかる。」とありました。
木嶋佳苗さんを侮ったり容姿を笑いものにするのは私は不愉快なんですよね。生きる残酷なようなものに視点を持ってみると、劣等感や不充足感は代償を求め、それが食欲や物質欲につながることもあるようです。

 佳苗さんはトウにどこかが壊れてしまったのですね。
 そこに追いやる何かがあったのでしょうか?

たいていは、どんな人も改心によって立派になれる。
私が今できることは神を知ってほしいなという祈りくらいでしょう。

でも、うわさのように子供のころに大金をあげて真面目に生きることを馬鹿にするようになってしまったとしたら、そうした軽率な大人たちにも罪がありますよね。
 援助交際という言葉がありました。
 寂しい女学生や小学生にお小遣いをあげて私欲をむさぼる大人たち。
多くのそのこどもたちはその心の傷を一生背負うと思います。

☆今日、観た「ゼロの焦点」というのもそうしたところがある話でした。
しかし、どのような生き方にも愛があり、許しがあり、そして健全な光に向かい変わりたいという希望があるのでした。

 しかし、誰もそう簡単には変われないのです。
過去の亡霊に自分からはまって滅びに向かいます。
人間が誰でも平等に幸せになれる日まで、それぞれの戦いがあるのです。

☆今日、読んでいた「週刊新潮」に「日本の毒婦130年」という記事がありました。
 高橋お傳、1人の男を浅草蔵前片町の丸竹という旅人宿にて殺す。
      明治12年1月31日、市ヶ谷の刑場で首を落とされました。

 花井お梅、元新橋芸者。千葉、佐倉の下級武士の娘として生まれ9歳のときに置屋に売られる。芸者として成功し、24歳で待合茶屋「酔月楼」を開業。箱屋の峯吉を出刃包丁で正当防衛のようにして刺し殺し、自首。40歳で特赦で出獄。2000人もの人が裁判ではお梅を見ようと集まったそうです。54歳で病死。

 昭和になると連続殺人があり毒婦も
 杉村サダメ、昭和35年、3人を毒殺。女性としては戦後2人目の死刑者。男のためのお金ほしさからの殺人のようです。

 小林カウ、塩原温泉でみやげ物屋を開いていたが旅館経営が夢。3人殺して昭和45年に戦後最初の死刑となる。

 宮崎知子、日高信子、林真須美、木嶋佳苗、上田美由紀と続くそうです。

 ☆この中の花井お梅さんは川口松太郎の「明治1代女」のモデルとして有名なエリート芸者だった。

 私の知人のTさんは「お梅は自分の過去生」だという。「私は人殺しだから。」とよく言うので「そんなことを言っては駄目。」というのだが、今生はもっぱら前世の償いという生涯を送っていて、今では聖女のようだ。

 私の過去もろくではないと思う。
 それで、「償いです。」ってよく言います。
 前世はお姫さまって言う人もいるけれど、「悪人だったので今生は罪滅ぼしです。」って言うほうがいい人生を送れるような気がする。

 キリストは罪人を許してくれ、私たちは自分のまいた種を刈り取るのに善行も浄化の苦しみも受けることができる。

 本当のことは神のみぞ知る。

 木嶋佳苗さんにも償いの日が来ることを祈る。