January 18th, 2010

おまけブログ 日本の識字率は高いが110万人の字の読めない人がいる!

 東京に帰ると移動につかれて妙にに興奮してしまう。
 それでテレビを観ていたのだが、「名前が書けた」という内容の84歳のおばあさんのドキュメントをNHKで放映しているのにぶつかった。

 娘と並んで観ていたのだが、おばあさんは奈良の生まれでお母さんが若くして亡くなり、貧しい関西の家にもらわれた。そのお母さんは7歳のときになくなったがとてもやさしいいい人だったそうだ。実のお兄さんが探しに来てくれて戸籍を作って名前を「一子」とつけてくれたそうだ。貧しくて学校のことも考えるものもいず義務教育も受けず、成長し結婚し主人になぐられながら自分も朝から晩まで働きづめでいきていた。字は書けなかったが父親が計算に困ると九九は教えてくれたという。それも殴られながら。

 それは「被差別部落」というところで多くの人が字が読めないのだが貧しく差別されてそんな改善の余裕もなかったそうだ。それでも古い家は国が建て替えて団地のような住みやすい住宅に変わった。

 識字教室ができておとなになって字が書けない人のために教員が指導し始めた。吉田一子さんも娘さんに薦められて識字学級に通う。

 始めは○を描くことから始まるのだ。○を描くことが難しいんですよね。
そして、ひらがなをならうのですが、ひらがなの「ぬ」とか「ね」とかは難しく、直しの先生のお手本が本当に美しいのには感心した。そして、一子さんは実に幾度も練習する。本当に愚直なまでに丁寧に。

 一子さんは習う機会がなかっただけで頭はいいのである。
誰も教えてくれなかっただけなのである。しかし、被差別部落には昔はあえて勉強をさせる機会を奪うような社会差別があったようだ。それで解放運動が文学賞をもうけ作文などの文章を書く機会を作っている。

 字がかけないというのは銀行から年金も引き出せず、子供の保育園で「昨日は何を食べましたか?」の記入欄にも満足に書けないことだ。死活問題。

☆一子さんの作文は佳作に入り、文学賞にも選ばれ、とうとう彼女の人生が絵本にもなった。佳作はお孫さんのやさしさを書いた。おまごさんは「だんじり」でおみこしを担ぐ若者だ。ファッション界のコシノ3姉妹もそうだが、「だんじり」の祭りのあるところは河内弁でみな元気だ。絵本にも「だんじり」の絵が絵描きさんによって描かれている。つらい人生に喜びや発散できるものを民衆は作ったということか。
 文学賞のほうの作文は銀行で字が書けず、自分の1年がかりで働いたお金を引き出せなかったくやしさを書いたもの。
 識字学級ではお嫁さんに字が書けないのを上手にだまされてお金をむしりとられていた事実談話を話していた人もいた。

 一子さんは子供の小学校に行き、「字をかけるのは楽しいし、一生勉強だ。」と話すと地元の学校の子供たちは一子さんの書く「母」という字を美しいと感嘆した。先生の指導次第でこどもたちは本来持っている分け隔てのない素直な心を育てることができる。

 ひ孫をだいている一子さんは幸せだと思います。

☆「情熱大陸」のテレビ番組が始まり、神戸震災時にひきこもりがちが青年が老人夫婦に政府の用意した仮住宅の手続きを手伝い自分も入り人とのつながりを自分も持っているという実感をしたという話がでてきました。

 その人は60代の半ばくらいの画家でどこで習ったわけではないのですがアルバイトしながら描いてきた「女神」の絵がこのごろは本になったり新聞で紹介されて多く求められるようになった人です。

 彼の暮らしは質素でシンプルで今は毎日を絵を描くことで生きています。家族もいず絵を描くことがとても楽しいようです。

☆神戸というところは神の扉と書くのですが、1月17日に大地震が起きたところでした。そこで島田さんという本屋さんは「神戸は文化で立て直す」と決意して80人の画家に30万円づつ渡して絵を描くようにいいました。
この画家の人は絵を描きことしか生きる喜びがなくて体調も悪くし島田さんに40代のときに手紙を書いたのですね。それが評判を生んで今では東京でも個展を開くことになったそうです。

 絵を描くとか文を書くというのは「それしかできない。」「それがなかったら生きていかれない」人がやる仕事だと思うのです。
ですから専門教育を受けてなくてもその絵は本物だと思います。
描くときがもっとも幸せなんですから。
そして、ギャラリーもそうした人を支えるのが本来のあり方とか思うんです。儲けとかでなく。

☆これからの時代は描きたければみなが絵をえがけばいいし、ブログのおかげで誰でも文章も公開できるのも差別なくいい時代だと思います。

 画廊はどんどん潰れてます。
 また出版社も大変な不景気で借財をかかえているとか。
 倒産も多いのです。

 お金をかけなくても絵も描けるし文も書けるのです。

☆私もわざわざ人様に読んでもらう内容でもないし、コンピューターのご機嫌によっては1日に10時間かかって書くこともありもっと建設的に時間をつかわなければと閉鎖しましたが、意外と読まれている方の中には「続けてほしい」というメールが多かったのです。それで楽な気持ちで「おまけ」を書きますが、気持ちはずいぶん楽になりました。

☆「ハイチ」の地震の被害はひどいですね。貧しい国でアメリカでよくハイチ人のタクシーの運転手が家族を残して出稼ぎにきているといってました。ハイチ人ってフランス語を話すんですよ。それでタクシーのラジオがフランス語なんです。それでお国言葉でお話したものです。

 貧困の差別はあってはいけないし、NHKの番組が隠さず部落の名を出し人々の顔を映したのは凄いと思いました。
私も大学のときに部落の青年にあったことがかりますが、憎しみも凄かったのですよ。そして、決して誰にももらすなと強い脅威もあったでした。

 ちゃんと説明すれば誰にでもわかるのです。そうすれば理解します。

 ゴルフのタイガー・ウッズがハイチの地震に3億円の寄付をしたそうです。
人間は偏り見てはいかないのですね。愛人のことも人間の弱さでしょうか。

☆今日は先ず家事の日です。
 でも、長い間放置してあった高輪の画廊に行きましょう。個展の約束を伸ばしてましたから。

 ご無沙汰していた母の弟のお嫁さん、おばさんから絵本の礼状が届きました。いとこは12歳下なんですが、きれいなお母さんになっていて東京と名古屋の犬山の2軒の家を行ったり来たりしてます。

 「貧乏画家」で検索すると画家はほとんど絵では食べれないそうです。
私も「絵を描いていていいのかな」と自問しながら今日まで生きてきました。親戚買いという言葉があって、絵を親戚に売るのが初歩の画家の算段らしいのですが、私はそれが嫌で親戚に個展案内を出さない主義なんですが、
「個展のときは教えてほしい」と書いてありました。母が入院中なのでお見舞い無礼の電話から話が長くなったのです。

☆野尻、神山の家の裏の未亡人が「私は高卒だけで私より勉強のできなかった人が大学に行った。でも、70歳になるまで自分が大学に行こうと思えば行けるチャンスがあったのだから、それは自分が悪いのよね。」という。

 私の母も姑もよく新聞紙の上に字の練習をしてました。
普通に寸暇を惜しんで字の学習をしているのです。昔の人は勤勉なんですね。

 父も囲碁と中国語の自主勉強を日々していたので本当にものになりましたね。

 お金がないとか環境に恵まれなかったといってもいつでもやり直しができるというのが人生ですかね。

でも、最大の敵は自分の怠け心です!

☆☆☆神さまのことはわからないことが多いです。貧しいハイチにどうして地震が必要だったのでしょうか?私たちの内なる善を育てるためというのにしても惨いものです。
 私もこれからお財布と相談しながら内なる善を覗きに銀行へいきます。