February 11th, 2010

雪国の旅11日間!

 今日は2月11日「ルルドの聖母の祝日」、雪が降ってました。足元を気遣いながらコテージの坂道をキャリアバッグを転がしながら降りてまいりました。主人は28度の台湾から帰国して、私は氷点下の世界から体を震わして久しぶりで3人の家族をしました。

 2月1日は、娘と新幹線で北の国へ。ホテルに荷物を降ろしてすぐに不動産屋さんに行って学生用のアパートを探してもらい、その日のうちに2箇所を見学しました。予算は少しオーバーしたのですが、大学の生協が持っていて新築に近く、その大学生に限るの指定で彼女のフロアーは女子大生に限るなので安心でもあって、決めてしまいました。お部屋も広く2階ベッドのようなものが作られているのでベッドは要らないのですが、冷蔵庫と洗濯機は必要でガスコンロも買わないといけないようです。風景もきれいでした。山なみも見え、テレビ塔のライトも美しく明日の天気を示して色を変えているとは後で教えてもらったのでした。

 大学も素敵なところで城の門も立派でした。

 それから東京も雪だとゆうその日は、街にも雪が降りいい感じでした。娘と入ったのは「ん」という名のフランス料理屋さんのカウンターで「冬」のコース。お客さんが大阪からの出張中の男性2人と地元の紳士だったのですが、お料理の絶賛がすごいのです。でもお野菜のために創ったという鱈のソテーも豚肉の脂と鴨肉のグラタンとオードブルのクスクスの上に載せたうにとかもおいしかったですね。とてもフレンチという感じでないコックさんのてつくりなんですけどフランスの田舎料理の味がとにかくとても丁寧でおいしい。デザートのケーキもアイスもおいしくて、ついつい葡萄酒まで飲んでしまいました。それでも比較的安価で1人で5000円しないのです。

2日は大学の生協で保険の手続きをして、日本三大風景の地が雪できれいということで電車で行きました。25分くらいなんですよ。
お昼は海鮮散らし。そして絶景めぐりの遊覧船に乗りました。かもめもたくさんいてのどかで、海に出れば出るほど雪が溶けて午前中来るべきだった思いました。
 それから2人で水族館でアシカと一緒に写真を撮ったり、世界中のお魚さんを見て結構楽しかったです。
 駅の近くのできたばかりのPARCOで食事。チーズ・フォンディユーをいただきました。今度作ってみたいですね。簡単そうですもの。

3日は早めに新幹線に乗って、娘と途中でわかれ私は長野に向かいました。
今回の雪はずいぶん深いようで軽井沢も真っ白でしたが、上田なんていうのは雪が少ないのでした。
長野でいつも降りて、買い物をします。野菜やお肉や魚をもてるだけもって黒姫までは信越線で行くのですが、雪が深いので妙高トンネルはすでに封鎖されているとかでした。前日に雪かきを頼んでいるので家にもな入れましたが雪景色も濃いです。
 早速未亡人に電話をしたら、今夜牟礼に食事に行こうと誘われましたが、ちいさなお餅の鏡餅を崩して雑煮を食べたばかりなので、「今日は無理」といいましたら、月曜日の夕飯にスキーの先生のP君と3人で一緒に牟礼で定食を食べようということになりました。

 「ゴサインタン」神の座という名のネパールの山からきたお嫁さんの本を読んでました。篠田節子著の文春文庫の小説です。
今回のマトリョーシカはチベッととブータンで、どちらの国も山岳で高度の高いところで神の山とかシャングリアと呼ばれる霊地を持ってます。

 いつもなら水曜日は父の家の掃除の日なのですが、入院中なので様子の電話を弟にかけてますが土曜日に退院のようでした。

4日は雪がずっと降っていてとてもきれいでした。それで油絵の25号と30号に湖の見える方角とスキー場の斜面の方向の絵を描くためにいい写真を撮り天気の異変に備えました。未亡人にお菓子を持っていき、セブン・イレブンまで降りて牛乳やテュッシュ・ペーパーなどの必要品を買いに行き、部屋でもっぱらマトリョーシカのチベットに悪戦してました。筆を休めていたのが長かったので手が鈍くなってなかなかきれいな線が描けないのでした。

5日の金曜日は前日からの雪で1メートル以上積もって、雪かきを頼んでいたので東京からの11箱の本やトランクが届いたときも業者さんが楽に運べました。それで終日部屋の片づけをしてました。本は増えましたが2階にそのまま積んで東京にある本箱を送ればなんとかなりそうなので一安心です。
東京から運んだ「天使のバスケット」は雪がきれいなので雪の上で写真を撮った後で部屋の中の「雪の聖母マリア像」の後ろに飾りました。
 こんな風に物は増えていくのですが、どれもあっても苦にならないのでした。

6日の土曜日は「アフリカに渡ったランボーの書簡」を読んでいて少し苦しくなりました。雪は見事に降り続き未亡人のところに行くとスキーの先生のP君が転んで足の肉離れが起きて月曜日の定食屋に行くのは取りやめということになりました。ボランティアでP君のやっていた雪かきが足に皹が入って病院通いの未亡人がやっと足だけ何とか通れるだけの狭さだけだったので夜はP君がいなくなったら生きていけないと未亡人は眠れなかったそうです。私は未亡人の家で11時までおしゃべりをしてました。なんとなくそんな日もあるのです。彼女からは干し柿とか干しぶどうとか健康なものや地元の友人の作った漬物をいただくことが多いです。

7日の日曜日は雪がすごくて家から出れない状態なので管理人さんに電話をして雪かきをしてもらいました。時折、屋根から雪がすごい音をたてて落ちてくるのですが歩道にずいぶん大きな雪の塊を見ると怖いです。そして夜中もやまず雪が降っているのは何か怖い感じがしました。
しかし、刻々と変化する風景は本当に魅惑的でずっと窓の外を見てると飽きないです。ストーブに薪をくべてお茶をしたりお洗濯をして干したりの生活も単純なのですが香しい感じがするほどとても静かです。
筆子さんのいう21歳で自宅の2階から飛び降り自殺した娘さんの本を読んでました。絵を描いたのはほんの2年ほどで草野心平さんによるとオリオンの3星のひとりという夭折画家なのです。あとのひとりはカイタと今は思い出せないけど関根とかいった人だと思います。明治の後半に生まれ大正の時代になくなり、震災と戦災で作品は燃えてないのです。それでかなり重苦しい気持ちになりながら、マトリョーシカを苦戦してました。

8日の月曜日は長野まで出て鰻やパンなどを買ったり「無印」で娘のアパートのための家具などを見てました。そして、相変わらずチベットの本を読みながらチベットのマトリョーシカを描いてました。10時36分のバスで3時半ころにはコテージに帰り、お土産のシュークリームを届けたのでした。P君にあったら、足をひきひき車の運転は大丈夫なので明日のお昼に3人で牟礼の定食屋に行くことになりました。

9日の火曜日は車で1時半ごろ牟礼の「サカエヤ」という定食屋に行きました。私はかに玉定食をとったのですが900円ですごいボリュームです。未亡人の酢豚定食もギョーザ3個もついてご飯もたっぷりでご飯は残されてました。コーヒーはサーヴィスで無料でした。帰り道に写真屋でデジタル・カメラのプリントをしたり、牟礼と飯綱でのミニコミを「黒姫」駅前の「しなの」の本屋と喫茶店の経営者の若者にやらせようと「しなの」によったのでした。彼のお母さんは小林一茶の血で彼のお父さんが、現在の「小林一茶記念館」の館長なので適材ですね。P君がコーヒーをおごってくれて、「道の駅」により、黒姫の名産品をいくつか買いました。「黒姫うまい牛乳」1本。七味唐辛子の液状になった瓶。とちのきのかりん糖。サトイモ一袋。リスの写真の絵葉書一セット。
 前にセブン・イレブンと蕎麦屋の「樹香」新店に働いた若い夫婦、30代後半のカップルはもう2人ともやめてしまったとかで、新しくできたばかりの座敷のある蕎麦屋も火曜日は休日でしたが寄ってみました。1ヶ月ちょっと働いたばかりなので紹介した未亡人は「樹香」には顔を合わせられないというのでした。
 「道の駅」で「豪商田中屋のひな祭り展」の割り引きチケットをもらったので行きたいと思いました。須坂にはもうひとつ「世界の人形コレクション」美術館もあるので世界のマトリョーシカを製作中の私には参考になるかもと思ったのです。


10日の水曜日は須坂に行きました。長野から特急で25分。タクシーで900円です。田中家の代々のおひなさまは本当に見事で保存状態がいいのでした。使用人がたくさんいたのでお雛様をしまうのにも実に丁寧でした。こどもたちの玩具の状態もいいのです。なんとなくなつかしいセルロイドのおもちゃや雑誌の付録の双六や千代紙のお雛さまもきれいなままでした。「お宝鑑団」で紹介されていた茶器も出てました。お昼もいただけて私はとろろ蕎麦と黒米の稲荷のセットをいただきました。お土産は唐辛子の模様の千代紙と叶寿庵の豆の羊羹です。お庭も見事でした。浅間山の噴火で困った農民九歳のために創った庭で背景の山がはっとするほど美しかったです。雪がありましたからいい日でした。
 それから歩いて15分で「世界の人形美術館」へ。お雛様も全国から寄贈された多くの団飾りでいっぱいでした。ひとりのドレス・メーカーのコレクションの寄贈でできたそうです。世界中のお人形の多くは「織り」「編み」の仕事中の人形できているものも実に丁寧に作られていました。多くの国を旅行された方だそうです。いってない国も贈呈されてそろったものもあるそうです。
お人形を見ていると世界中が平和になればと思いますね。
帰りはバスで駅まで、鈍行で長野まで繋ぎの信越線に乗り遅れ、1時間半ほど駅で「栗おこわ飯」を食べたり、未亡人へのお土産の「たい焼き」を買ったり、本屋で南米のガイド・ブックを買ったりしました。

雪はドアの高さまできてるのです!

☆☆☆
 父が土曜日に退院して、1週間目の金曜日に掃除に行くことにしました。
これから何が起こるかもしれないので節約として、ウルトラ・プチ・スタジオを解約することにしました。かなり手狭になりますがなんとかしてそこにある荷物を自宅とコテージに引き取れば家賃と電気代などが助かりますので決意しました。
 娘に電話をして、そう告げたところ、「ママにも現実を見るめがあることがわかった。おめでとう。」と大喜びなので、哲学少女もどきにそういわれた私のほうがショックでしたが、少しでも必要経費にゆとりをもたせなくてはね。

 その日はブータンノマトリョーシカを作っていたのですがブータンは平和の国で理想郷があるといわれてますからなかなか大変でした。

2月11日、木曜日。未亡人に「たい焼き」を持っていくと電話を前日したのですが、今日は前日に雪が降って除雪のために泥になった部分を隠してきれいなので朝から風景画を描いたりブータンを描いたり大忙しの上、帰り支度の大掃除もして忙しくしていたら、未亡人が訪問してくれました。それで、たい焼きやなめこのお味噌汁やお菓子などを渡して、1時52分のバスに間に合わせるべく「樹香」の蕎麦屋でてんぷら蕎麦をいただいてからだを温めました。とにかくすべるのが怖いのです。毎年、屋根の雪下ろしで死者が出るそうです。

 とにかく予定外のことが多かったです。
 今年の冬に比べて昨年は雪がなかったのです。それで7月にコテージを建てることにしたのですが冬は危険です。そしてときどきおセンチになり涙が出てしまいます。また、経済的にも負担です。夜遅いとやはり駅からタクシーです。1700円くらいですが、足を折ることを考えると安いです。
薪も後7日間分残してます。薪がなくても電気ストーブで1人なら困らないのです。夜は電気毛布もありますから。でも、ストーブの掃除などずいぶん手間がかかります。また、冬の買い物はセブン・イレブンまで7分といわれてますが滑らないようにして歩くと15分くらいかかって怖いです。それで家で読書や絵を描いてますが、自分の絵に満足なんてできるわけがなくすごい自己嫌悪がするものなので、精神的にはかなり厳しいです。今回は音楽も聴かず読書と制作ですが寒くて外では描けませんから、せいぜい2階のデッキから湖を描いてました。

 家の帰って娘とピザをとってコーラを飲んでると主人や姑からの土産がどっと届いて、重いものばかりの台湾土産にも桐生の味噌ねぎせんべいとか竹下夢路のデザインのハンカチとかにも暖かさを感じたのでした。