February 13th, 2010

節約引越し!

 父が退院して昨日掃除に行った。父はおもったより元気で蟹といくらの寿司弁当が食べれないので私にくれるというので、買ってきたばかりのメゾン・カイザーのサンドイッチと交換して父の前で皿に出したらおいしく全部たいらげてくれた。あとは主人の台湾みやげの高価なウーロン茶を淹れて台湾のパイナップルのお菓子と一緒に出したら「お茶は香りでわかる」とおいしそうに飲んでいた。

 シーツを替えたりトイレやお風呂の掃除を終えて雑談していたら、夕方ニピンポーンと玄関のベルが鳴る。末の弟とガール・フレンドかなと思って開けたら、上の弟だった。中華街の肉まんを持って来たのだが「お父さん、明日は最期にお母さんのところに行ったほうがいいでしょ。セントラル病院にいきましょう。」という。「パパは最期ではないわよ。まだまだ数年大丈夫だわよ。寒いから外出はしないほうがいいと言っているのよ。辺なところに寄らずに無事に家まで帰してね。」というと、「責任を持って返します。おねえさんも駅まで送りましょう。」と数度も言う。「まだ、することがあるからそれはいいですよ。」「僕にも中国のお茶を出してください。」というので、出したら「お煎茶ですか?」「ウーロン茶よ。主人が台湾からお土産にいただいた高価な高山のお茶ですよ。」という私。末の弟は退院したばかりなのに、行かなくてもいい病院まで連れて行くのはお金のお願いごとがあるのだろうという。母はもう5年くらい入院中で意識もないので特にこの冬に行く必要はないのだ。父親は頭がしっかりしているので、きっと当日に断るだろうという。

 ☆自宅に戻る前に、末の弟の車で五反田駅にとめてもらった。末の弟とは趣味が似ているかもしれない。かわいいアニメのキャラをコンピューターの画面につけているし車もフランスのプジョーだ。父からも末の弟と事業をするように頼まれている。
薬屋に寄って、フランス菓子のお店で今日はショートケーキとベルギーのダークチョコを買ったら、店のコックさんがマジパンのかわいいチョコレートケーキを3個おまけにくれた。フランスにも留学していたそうでフランスのおいしい食材のお話をした。「今日は素敵な装いですね。どこかへお出かけだったのですか?」「えっ?実家にお掃除に行ったのですよ。長野から帰ってきたのでアザラシ皮のシルバーに光るチョッキと真っ黒の毛皮つきフードコートに黒と銀のポルトガルで買ったベルベットのハンチングに、ギリギリと開封のオレンジとベージュの雪靴だったのです。ハンドバッグはケンゾーの臙脂と黒の銀の取ってのある皮の仕立てのものでした。「どうしてかな?寒いので実用だけを考えて着ているのだけど、そういえば黒姫で同じかっこうで雪山を降りてきたとき、スキーの先生に合ったら『セレブだなあ、長野までお買い物だなんて。』といわれてしまいました。家では長野県民と馬鹿にされているのにね。」こうして、地元ではいつも楽しい会話でショッピングですが。

 ケーキを家族に振舞って「いいニュースですよ。私はウルトラ・プチ・スタジオを解約して、娘に少し仕送りに回します。」というと、主人が「生活費の中から、娘の仕送りを払ってほしい。今日の日本経済新聞では1割の学生が仕送り0でやっているとあったよ。」と言う。娘は「食費をどう節約したらいいのかなあ。」というので、「食べるものは食べなければだめなのよ。体を壊すとかえってお金が出て行くのよ。」私がこの間の娘とアパート探しのために出したホテル代と新幹線代は生活費の中でまかなうことになった。「いいですよ。ホリディ・インって安いのよね。」とにかく、主人も春闘がまだ続いているらしく収入が劇的に減っているようなのです。

 今日の日本経済新聞は「安い引越し便の選び方」特集で、3月10日までの引越しシーズンだと値段が安いそうだ。自分の見通しだと3万円くらいで長野までの荷物は片付くと思う。一応3月いっぱいで明け渡すつもりで、前と同じように自分でダンボール詰めと自宅までの運びはできる予定。娘に送金できるのは5万円くらいで、そのほかは生活費から出そうと思う。

☆カナダの冬季オリンピックが開催された。原住民の衣装とダンスがとても血から強く美しかった。迫害の歴史が長いので「平和」の象徴のオリンピックでは原住民を尊重して開催式が行われた。小さい国も雪のない国も参加していて、それぞれのお国事情がうかがい知れる世界の祭典だ。

☆今日の新聞もずいぶん厳しい2重底の不景気で庶民の暮らしが脅かされているとあった。みな、ぎりぎりなのだ。

 テレビのない黒姫、神山の暮らしで考えていたのは「X JAPAN」の歌手が新興宗教にコミッションと称し1月1000万円も数年にわたって取り上げられ自己破産をしたということだ。

 私も自分のことを思い出していたのだが、たった2回のことなんだけど私が講演会に頼まれたときに私の講演料は自動的にS神父のところにいっていたことがあった。別にS神父が持ってきた仕事ではなかったのだけれど。32歳くらいのときから?易カルタを会場で売れば車代にはなったので別に疑問にも思わず困りもしなかった。そうだ!その布石でS神父は私の働きは自分のものだと思ってしまったのだろう。それで結婚式の前に「お小遣いをくれてもいいのよ。」と言って20万円せしめたのだが、結婚によって収入が自分のもとにかなくなるので、今のうちに取り立てようと思ったのかもしれない。

 こういうこともあった。田園調布のカトリック教会のブラザーが「旅行はいけないほうがよりいい。」といったので、「そうかな?」と思ってきいていたのだが、事情で旅行にいけなくなったときに秋田の聖体奉仕会に、旅費を献金したのだが、日本国内だったので数万円ですが、それを見ていた修道女が私の電話番号と住所を調べて東京に出てきて、孤児院のボランティアを依頼して2時間かけて青梅の施設まで泊り込みに行ったときに「あの人に働かせて、一生左団扇で暮らすつもりよ。」と言いふらしていたのを知ったのだ。その修道女はS神父が私の講演料を全額貰うのを見ていたので知っていたのだ。

 だから、他人の収入で自分たちがおいしく暮らしたいというのは別にX JAPANの歌手のひっかかった新興宗教には限らない。「あわよくば。」と思う心は老後の不安のある人たちには共通の心なのだろう。そして、誰かの批評にそんな無垢な心だから音楽の才能が宿ったのだろうとあった。

☆「ゴサインタン」の小説もなかなか読みでがあった。
 現実には田舎の旧家には貧しい百姓たちから搾取した宝でいっぱいで、そのものを村人に放出しなければ業は消えないと、ネパールからお嫁に来た日本語も満足に話せない娘が神がかって話す。古文書を調べれば美談に語られた家の歴史もみな嘘で強制的に貧しい人たちから取り上げた土地で大きくなった家だとわかる。嫁は村人の病を治し、蔵のものを買ってにあげてしまって救いのために財産を全部ばら撒くようになる。ある日、消えた嫁。どこの誰とも知らず結婚した農家の嫁探しだったが神にささげた売春のような過去があったかもしれない地域の土地に嫁をさがしに行く。嫁は働き者で村の工場で働いていた。ネパールから見る神の山も反対から見ると地獄の山だといわれている。宗教には救いにはいつもパラドックスがある。彼も40歳すぎて家の存続のために日本の作法を教え日本の名前をつけ嫁の人格を無視して苦しめていたが、嫁の生まれた地で初めて彼女の本当の名前を呼ぶと彼女が無邪気に微笑み彼の迎えを喜んだ。

 自分の欲望のために他人の心を無視するというのは宗教に限らずで、少数民族の問題も文化の偽善の前に片付けずには進めないだろう。

☆☆☆
 私も自分の問題としては過去に関してはほとんど肯定的だ。
別に今が悪くもないし。
でも、なぜか宗教者のプロが貧しい人たちのも困っている人たちにも思いをはせず信者からいかにしてお金をぶんどろかと考えていた事実には、いつもうろたえるのだ。

 今朝から家の中を片付けているのだが、ものには溢れてます。少し処分すれば経済的にも助かるかもしれません。

 とても危険ですけれどね。
 極めて奉仕的って現実を掘り下げると裏の裏があるんですよ。
 たとえば、夫が愛人のところにいって帰れないと暇になるでしょ。それで奉仕活動をしたりするんですけど本当に愛からは離れていたりするんです。

 私はね。
 やはり人間関係の修復に勤めなければならないと思うんですよね。
どこか遠くの顔も知らない人への善意はほめられることも多いのですけど、現実に仮に意地悪をされた姑や継母に許し、しっかりと最期まで面倒を見る人がいたとすると、数段えらいと思うのです。だから、だまされてはいけないんですよね。目立つ善行に。

☆たとえば、昨晩徹夜で仕事をして体調が悪いとします。
そこを「なんとか出てきてほしい。」という人は自分のことを考えている人です。「今日は休んでください。体調のいいときにあいましょう。」という人は他人のことを考えている人です。

 しつこいお金の寄付依頼をはがきで出してきた宗教家がいましたが、私はいまだに娘の学費でまず義務がそこにあるので幾度も言っているのですから、何も言わずに絵をえがいて返事にしました。

 それとね。未婚の母とか離婚して子育てって大変だとは思いますよ。でもね、私が未婚にさせたりしたわけでも離婚させたわけでもないんですよね。だから、お金を工面してほしいという考えは少し変だと思います。既婚しててもお金は同じようにいるのですよね。

 私も主人も普通より収入のある仕事ではないのです。でも、工夫して節約して少しでも豊かに生きているのです。だから、おズルをして騙すようにして取り立てる人たちには、さめていきますね。

☆世界中におきる地震や大雪などの天災はやはり神からのメッセージでしょうね。あるサイトに金星からのイエスさまからのメッセージとして「お金がなくなる時代が来る。必要がなくなる。」とありました。私も同感です。
善意は無料で気持ちでやればいい。誰がほめなくても気がつかなくてもやればいい。
 もう、食料の準備も必要でいろいろな意味での自立が必要とか。

 幾度も引越ししてきましたが、自分の持ち物をチェックする機会が多いほどいいですね

 昨日、そういえばティファニーから電話でピカソの娘のパブロ・ピカソが来日するのでアクセサリーもニューヨークからもより寄せるからきませんかという内容でした。長野に行っている間も電話があったとか。アクセサリーはもういらないなあ。ピカソの「ゲルニカ」の絵を見に行くスペインと広島の巡礼という旅行の案内もきていたけれど、こちらもパス。巡礼にいったからといって聖化されるわけでもないですからね。そのお金があれば娘の本代にでも送金してあげたいです。

 蒔いた種を刈り取る時代ですよね。
 娘への投資も無駄つかいになるかもしれませんが。