March 23rd, 2010

連休もお片付け!!!!!

 主人が家にいるのでリラックスできなかったです。

 何しろまだまだウルトラ・プチ・スタジオにある荷物を片づけないと31日に部屋を明け渡しできないので、家事もやりながら幾度も運びました。長椅子2脚。子供の使った玩具入れ(といっても2人が座れるベンチ型のサイズ)や本をずいぶん自宅に運び、さらに地下まで運びました。地下の要らないもの。例えば母が中目黒の病院にいたときに来ていた浴衣とかを処分して私の古着も思い切って捨てました。それでも細かく区分けしてですが。ハンカチに至るまで。

 友人が陶芸教室のときにおいていったサンダルも電話をして処分をしてもいいという許可をもらい捨てました。31日まで9日間あるのです。荷物は大きいのは娘の金属製の本棚でそれはそのまま娘に返そうと思います。他は自分の絵の具や紙などを引き出し状のプラスティック・ケースに10段ほど入れてあるのを自宅の自分の部屋に運ぶほかは本ですね。

 本って重いのでカートで運んでいるのですが肩が痛くてそうは運べないのです。

 今の予定では木曜日から日曜日まで黒姫にいって雪に中、荷物を引き取るつもりなので計5日でウルトラ・プチ・スタジオの雑巾がけや掃除機かけを終えるまで運びたいので少し不安もありますが、日常はいつものように暮らしてます。

 明日は娘も帰ってくるようなので別の労働が増えそうです!


友人たちも皆、親の介護で大変そうです。
つくづく神様は楽をさせてはくれないのねと思いました。
まだ風邪は治ってないのでなんとか長野に行く前には治りたいものです。

パリ郊外に聖母の涙!

仏パリ郊外ガルジュ・レ・ゴネス(Garges-les-Gonesse)の民家にあるイコン(聖画像)の聖母子像の聖母マリアが流した「油の涙」を拭き取る男性。(2010年3月7日撮影)




油断もすきまも!

 今、主人のワイシャツをクリーニング屋に運びきれいなものを持って帰り、娘が今夜帰ってくるので食事の支度などをしてきたところです。

☆クリーニング屋の近くのスーパーでのお話。
 「漬物はいかがですか?」「らっきょうに関心あるんですが。」「それなら甘いものがいいですか?辛いものがいいですか?」「あまくないほういがいいです。」
と5つくらい味見をして、しば漬けの味もする紅色のものを、「家族が少ないので一番小さな袋でおねがいします。」とかって、値段を袋に貼ってもらい数歩歩いた時に、気になって値段を見たら「2300円」もするのです。すぐ引き返して「こんなに高い漬物は買えません。もっと小さな単位はないのですか?」と訊いたら、100グラムを入れて650円でした。それにしても1度もお値段のことを言ってないんですよね。ボーとしていたら、レジのところで気がついたのでしょう。

☆家に帰ってテレビをみながら白いごはんに釜あげしらすを乗せ、らっきょうを1個を真ん中にお醤油をたらし食べていたら、富士の裾野の樹海で自殺者を未然に出さないようにパトロールしている映像が出てきました。3月の決算前には自殺者が多いそうです。

「今日、ホームレスになった」15人のサラリーマンの転落人生を読んでいると、本当に普通の人がまさかのホームレスになっているのですよね。奥さんがたいていこどもを連れて出て行ってしまうらしい。解
雇された後でヘッド・ハウンティングされたような優秀な人もその優秀さや年齢や経験が裏目に出て就職はできないそうだ。そうして路上に出るのはあっという間らしい。「どこが悪かったのか。」反省しているようで、会社の非情には憤っても何もできない。死にたくもなるそうだ。

☆人間は疲れてはいけない。
でも、今の時代は過労死か路上生活かなのだそうだ。

私もハード・ワーカーでのんびりできない性格だ。
頑張る人って応援しやすいし期待もされやすい。
テレビで綾戸ちえさんが介護の過労で入院戸放映。
ジャズ・シンガーで黒人との離婚を経て一人の男の子のシングルマザーで自分の母親の介護もして本人も癌だ。

励ますよりは休ませてほしい。
そんなに頑張らないでもいいではないか?
美談を求めるな。

頑張りました!余すところは本のみ!





 今日はかなり体調が悪かったのです。でも先送りしても解決しない私の仕事ですので、頑張って6時までに今日のノルマのお運びを終えました。

途中にご褒美を買いに行きました。村上春樹の文庫本を3冊と守一の画集です。熊谷守一の本はこの間読んで、絵を見たくなり画集を買ったのです。ちょっと次元の違ううまさです。「すごい!」と思いました。
裕福な家に生まれてのちに実家が今日なら一人50億円くらいの負債を青年の守一にまでかかってきたそうです。それで芸大をでてから日雇いの仕事もするんですよね。でも、とてもいいお顔の人で仙人といわれるほど世俗離れていた。文化勲章もおことわりしたとか。極貧のため子供三人を亡くしているのです。辛かったでしょうね。かなり晩年になって絵を売るようになりましたが、あまり若い時は売ろうともしなかったのですって。奥さんの実家が三〇〇〇円くれて家を建てたそうですが、奥様は友人の妻で「どうしても。」ということで略奪結婚したらしい。でも本当に美しい晩年のお二人のお顔。もうなくなった方ですが幸せな人生のように思いました。若い時に個展で作品をみたことがたくさんありましたが、画集を開いて「うまいなあ。」と思いました。

☆ごほうびの画集を見て、読んで再びお片付けのスタジオに行き運んでいるとお隣の奥様から声がかかりました。素敵な奥様でご主人は有名な建築家でMITの新しい校舎を建築したばかりでボストンに行ってきたばかりとか。

 奥様は娘さんも40代ですから70歳くらいだと思うけれどよくスーパー出会うのです。すごく仲好くしていただいて私がバザーの寄付の荷物など持っていると、車で駅まで送ってくれたことも数回ある。
今日も「何か手伝うことある?」と言われました。「自分の仕事のことは自分でやれるようにしているので。大丈夫。やれます。」と答えると「アメリカ的ね。」「主人は何も手伝ってくれないのよ。」「うちもよ。」「でも国際的なお仕事をなさって多くのファンがたたえているのですから、奥様うらやましがられるのではないですか?」
「そういえば、反対側のとなりは俳優のKさんで奥様と同じ青山よ。」「あら、徹子の部屋に出てたわよ。」「それは有名ですもの。テレビでも映画でも主役をしているし。」「奥様の学校に12月にマトリョーシカ教えにいったのですけど、青山のクリスマス・ツリーって立派ですね。」「ヒマラヤ杉よ。今度タワーができるのよ。」などと楽しいお話をしていたら、疲れが取れて大きな荷物を担いで行ったり来たりして、本以外は全部自宅に運べたのでした。

☆そういえば、この間の木曜日に訪ねてくれたMさんも手伝ってくれましたよね。ありがとう!お話しながらはかどったのよね。そして、結構忘れていたいろいろな記載誌が出てきて懐かしく楽しかったので、風邪で鼻水がかなり頻繁に出ていたのですがその日もしっかり仕事ができたのでした。

 今日も聖母像にセージの葉をたいて香りをよくしながら仕事をしていたのですが、いろいろと自分の過去のことを思い出しました。

 自分は地上的には愚かなんですが、自己満足的には「これでよかったのだ。」と思ってます。

☆私の近所は東京も長野も素敵な人ばかりで皆信じられないくらい奉仕的で嫌な思いをしたことは1度もないのです。これは地域の裕福さなのか教育なのかと思うのです。東京の近所は教育程度がとても高く、裏も隣も東大からケンブリッジとかハーバートとかです。優秀な人はこんなにも気持ちがいいのでしょうか?
 長野の隣人は高学歴ではないのですが心がとてもきれいで、他人の役に立てることをいつも考えているような人たち。「雪かき、管理事務所に頼むのやめなさいよ。2000円も取られるなんて無駄遣いよ。P君にやってもらいなさいよ。来る時は電話をすればP君に頼んでおくからね。」と幾度も言われました。
 それで2度ほどP君に頼んで雪のい止んだ翌日に来たのですが、「水抜き」が建物を建てた人が土地だけ持っている人より管理費を多く払う理由だと聞かされて支払ったのですが、抜き打ちに行っても水が出ないことはないのです。つまり水抜きはしてなかったのです。
暗い坂道をバスで降りて5分くらいカートを引っ張って坂道を上がっていると、管理人の軽トラックが下りてきましたが、私の顔を識別するとUターンをして戻ってしまったのです。坂道の途中です。やましかったのですね。
 
 未亡人に言わせると、この貧しい信濃ではぼったくりが横行していて、しっかりしてないととんでもない請求書が来るそうです。幾度も灯油代とかでやられたそうです。「私もガレージは家の目の前が7メートルくらいの幅のある道路なのでいらないといったのに、かってに作られて伐採や土台も入れて1000万円くらい建築費の別に支払ったのよ。」「それはぼったくられたんだわ。」「まあ、償いの気持ちがしいたけを植えていきましたけど。

☆人間心理というのは共通してますね。
軽井沢のペンション、ドーム・パラダイスで「蚊帳教会」のイヴェントの撮影を頼んだYさんには言われるまま7万円の撮影代(友人料金で半額)と部屋を用意したのですが、依頼した寝ている写真や夕日と朝日の写真がなく、数を増やすために食事でいただいた枝豆のアップが3枚とかの他に色が青が紫になっていたりのひどい写真が多くて、記念に写真集をと思っていたのですがとてもできなかったのです。第一挨拶もせずに契約時間より1時間以上前にかってに帰ったのです。
「説明をしたいのでお時間を」「説明はいらないので写真を郵送してくれればいい。」と数回こぜり合ったのちに、銀座であったのですが、運んでいたコンピューターの電池が切れていてコンピューターでの説明は不可能になり時間もすごくかかったので何だろうと思ったのは、おまけの多さでした。おまけアルバム、あまけ音楽入りCDとか。こうやってがまかして生きてきたのでしょうね。

 若い時からフリーで仕事をしてきたのでいろいろな人に仕事を依頼してきたのですが、「1枚だけで。」と言うと2枚やり、2枚分請求されることなどザラでした。日本語を話しているのですけどね。
何とか払ってくれるという読みなんでしょうが、きれいなやり方ではないですね。2度目がないですもの。

☆とても忍耐がいりますけど、あまり工作したものは永遠性がないのがわかります。

 私が熊谷守一さんの本を読んで、彼は実の母と離れこどものうちに成功者だった裕福な父の2号さんの家で育てられ、使用人や多くの他の愛人たちが駆け引きやずるをするのを見すぎて欲望のない人格になったとわかりました。
あまりにも新しく明治時代に牛肉や牛乳を毎日食べていたそうです。使用人も貧しい人をだまして、あるいは主人のお金をごまかしているのがやり手で誠実な使用人は評価されなかったのを見て、子供心に権勢とか成功に興味がなくなったようです。

 熊谷守一さんはパリにはいかなかったけど絵は日本人はなれした独創性のある絵で新しい。
頭脳がいいのでしょう。本当のことはよくわかっていて藤田とは仲良しで意見がよくあったらしい。公募の審査のときも、きわめて優秀のが審査員の目がないために落とされているというところで意見があったそうだ。

 でも、絵では今も昔も食べれなかったそうで没落した実家の応援が頼めず、こどもたちは飢え死にした。やはり仙人でも辛かったと思います。世俗にたけて妻子を立派に養う画家が悪いとはいいきれないです。私が妻だったら、やはりついていけなかったかもしれない。

 そういうことを考えると、ずるしても取ろうとする人みんな責められなくなってしまう。子供の教育費とか老後の暮らしの保証とかたぶん言い分があるのでしょう。

☆私が感心したのは、ホームレスになったサラリーマンは退職金でマンションのローンを払い、ほとんど奥さんに子供の養育費を払ってからホームレスになっている人ばかりだったことです。自分は困っても妻子には上げてきているんですね。
 
 きっと樹海に入って人生を精算しようとした人は妻子を生かす道を残していくのでしょう。
自分が死ねば解決と思っているのだろうか?

☆熊谷守一さんは「友人がいなければ生きていけなかっただろう。」と言っている。現実に訪ねた人がびっくりする貧しさで子供たちは男の子も女の子も下着の下半身だけで、画家もそう。出されたものは水だったので友人は画商に彼の絵を買い取るように説得したという。

 友人のためにできることというのはこういうことが最良なのだろう。ただお金をあげるのではなくて。

☆私も自分の甘い人生を肯定しているところだ。
 騙されてきたけれど助けてきたのかもしれない。
 そんなに悪くはなかったのだ。

☆☆☆☆☆
それにしても絵を描く時間を作らないと、私の作品はまだない!