April 3rd, 2010

小諸、黒姫、長岡を経由して帰ってきました!「青春18切符は辛い!」

 1日はとてもいい天気でした。

 予定通り、10時2分発の特別快速で大崎から湘南線で高崎行きに乗りました。
 高崎から横川、横川からバスで軽井沢というのは時間のロスと乗り換えの不便さがありますので、熊谷から軽井沢までは新幹線に乗り換えました。

 軽井沢ではアウト・レットでバベキューのグリルを買いました。3割引きだったので送料込で1万円くらいでした。お客様と庭でバベキューをしたいものね。翌日届けてくれるとのことでした。

☆「しなの鉄道」に乗って、小諸まで行きました。青春18切符は使えないのです。

 小諸は素敵でした。
懐古園の中の「小諸塾」「小諸城跡」「藤村記念館」。

 庭には福寿草の花壇がありました。

 明治26年に創設された「小諸義塾」はアメリカ帰りの木村熊二が日本のために「国語」「英語」「理科」「美術」などを教える意識の高い塾で、島村藤村も英語の教師として招かれたのでした。内村鑑三の文もありましたが、学び舎に小さなオルガンや品格のある教科書を見ると、女子のための学校もあって小諸の村の高さに居住まいを正したくなります。

 議長の書斎は「水明楼」。私の野尻の家の住所が水明台なので縁を感じました。

 藤村記念館には藤村と小諸のであいが深いことがわかりました。
「小諸なる 古城のほとり 雲白く 遊子かなしむ」
教科書に出ていた詩です。

 被差別部落の実態を書いた「破戒」
 藤村もキリスト教の学校で学んだ人間の平等への確信で自費出版で出版した「破戒」。
小諸塾長の木村熊二もキリスト教でしたから、奉仕の心を尊び塾を創立したのでしょう。

 小諸の本町の散策も楽しかったです。古い家並みは味噌屋、紙屋、骨董品屋、そばやにみられて昔の繁栄がしのばれます。外人の観光客が骨董品を見てましたね。

☆それから「しなの鉄道」で長野に。長野から信越線で黒姫に行きましたが、もう雪などなかったんです。
 それが黒姫駅近くになるとまだらにあって、雪で凍っていたらと思ってタクシーに乗ったのですが、見事に私の家の周りは雪景色でした。まるで別世界です。

 家についたのが六時半くらいかな?
 意外と元気で、この間着いた一六個の段ボールをすべて開いて要所に中のものを置きました。

 時間がなかったので、お昼は「しなの鉄道」で前の日に買った半斤の「三色パン」。ヨモギと蓮とブルーベリーでしたが、とてもおいしかったです。バナナに凸ポン。

 夜は軽井沢で買ったサン・クゼールの「フランク・フルト・ソーセージ」にディジョンのマスタード。東京から買っていったホワイト・アスパラガス。クラッカー。トマト。

 P君に電話をして雪かきのお礼。
 主人から電話で旅行社に明日に電話をいれるように伝言。

 夜は「妖精物語」を読んでました。
そして、母が昔くれた「モネの家の庭」の紙遊びを開いて、庭を組み立てて遊びました。

昔、買った「モネの家」の日記帳があるので開いていると、モネは食事の時は専用の料理人もいたのですね。私も行ったことがあるのですが、モネのお庭は夢のように贅沢で美しいです。
あの時、帰りにパリのオペラ通りにある日本の小料理屋さんによると、日本人がひとだかり。「どうして?」と尋ねたら「白塗りの鈴木その子さんがいるのですよ。」、その方を覗いたら、車の中で白い毛皮を持って座っていて、目があってしまったので、「ファンです。」と言ったら、手を出されたので握手しました。お顔は象牙色でした。小料理屋さんに入って「どうして?」と訊いたら「家の地下でスタッフの人とお食事をされたのですよ。よろよろでおぶりましょうかと言ったら、遠慮されて、スタッフの方が肩をかしてました。」と言ったのでした。高級でない普通の庶民のお店でした。それから帰国して一カ月くらいで亡くなりました。パリのショーでアラン・ドロンに薔薇の花束をもらったとか。癌で亡くなられ、ご本人は知っていたそうです。

 モネは裕福な食糧品屋の息子だったそうです。
モネが目が見えなくなるころの、崩れた絵が好きです。

☆☆次の日は、張り切って段ボールは畳んでゴミハウスに持っていき、できるだけコンパクトに多くの品物を片づけました。
 まだ、寒いのですよ!
 それで、「たぶんこれが最後。または、もう一回降るかも。」という雪のために、残された薪をあと二回分ほど残してストーブにくべました。

 午前中に前日買った、「バベキュー・グリル」が届きました。
また、アイルランド旅行に要りそうな衣服をつめて黒の大きなスーツケースを今度は東京に運んでもらうために佐川便に来てもらいました。それが二時ころ取りに来ました。

 旅行社に電話をすると、航空使用料などの請求忘れがあって、さらに25000円ほどの請求があるとのことでした。それでセブン・イレブンまで行って早速振り込み、その足でお昼に「ざるそば」を食べたのでした。

 この日は、随分頑張って5つの本箱を組み立てました。
 そして、階段のコーナーにいとつ。寝室にひとつ。居間の2つ。二階のアトリエに一つと設置しました。

 深川で買った「黒の円形の蚊取り線香入れ」と「黒にフォーローひきの片手取って鍋」もストーブのそばに置くととっても似合ってました。

 1階は片付け完了。2階は本だけ片付け未遂で、たぶんこのあとは1階に母の人形が100体届くので、そのために場所を開けて今回の仕事は終わったのでかなり充実が。
窓からみる雪景色も温かい気温でまだらになり何とも楽しい風景になってきたので見あきなかったです。

 それで、最後の日は直江津から新潟に出て海を出て帰ろうと予定を立てたのでした。

☆☆☆
 今日は真っ青な空!澄み渡る空気にくっきりの妙高!

 家を出るまでは結構大変で、2度の洗濯とベッド・メーキング!
 旅行に必要な衣類や洗面具を入れて、10時46分のバスに乗りました。
 黒姫からは直江津に向かいます。妙高高原の美しい景色を見るだけでもこの電車旅は楽しい。
「ケルトの薄明」イエイツ著が本当に楽しい。この風景をバックに妖精の物語を読んでいるのはとても贅沢で至福。

 直江津に降りて、特急の新潟行きに乗ったのですが「青春18切符」は使えないそうで4000円弱支払いました。途中、長岡で降りて、バスに乗り長岡近代美術館に行きました。とても立派な美術館でした。今日は常設展で地元にゆかりのある作家や寄贈された作品がありましたが、北川民治とか名のある人の作品も多かったのです。でも、なんというか時代に忘れられたというかどうしても新鮮味に欠けて、古いイメージを感じてしまうのです。絵の力というのは余程でないとなかなか普遍性の力にならないのかしらと思えました。

 駅について、途中下車可の新潟行き切符でしたが、次が1時間半後なので美術館もあいているどうかの時間になるので、「MAXとき」の新幹線で帰ることにしました。3時42分だったかな?
三菱UFJ銀行のカードが4月10日まで使えないので、小銭しか残っておらず「大人の休日」カードで東京駅まで買ったものの車に販売でお土産に買おうと思った「ときの卵」「柿の種」が買えず、コーヒー200円だけを買ったのでした。そういえばお昼は直江津で買った「春よ恋」のお弁当で、百人一首の絵の箱にきれいに海の幸が入っていたので、中身の食べた後は箱だけ取っておいて持って帰りました。

 東京駅から有楽町まで出て、アート・フェスタの招待券をいただいているのでカートを引っ張り行きました。凄いにぎわいでしたが、アートとしては特別ショックという作品はなかったです。知人と楽しいおしゃべりをして五反田に出てから、住友銀行のカードで五〇〇〇円出してタクシーで帰ってきました。
「青春18切符」は黒姫ー直江津の間しか使ってないのでもったいないので、アート・フェスタに出品していた人が藤沢からJRを使うとかで「使ってください。」とさし上げました。自分は山手線代を出したのですがその方が生かされるような気がしたのです。

☆★☆★☆
 日本の雪景色は奇麗でしたよ。
越後湯沢や妙高高原。そして田が雪で平原になって。

 日本海の姿も面白かったですね。
小さな島に赤い鳥居が重なっていたり、海ってときどき見たくなる。

 そしてイエイツも読み終わりました。
 アイルランドとスコットランドとの微妙な違いもなんとなくわかりました。

 イエイツの詩人としての魂の在り方も今知って良かった。

 こどもとのゲームのおかげでゴブリンもおなじみ。ガールスカウトのブラーニという妖精の名もアイルランドの神話にはなじみ。

 そして、カトリックの聖母マリアや煉獄や天国や地獄への信仰もアイルランドの民話には普通にあるので、私が惹かれてる理由がわかったようです。

☆自宅に帰ると、主人がスーツケースを受け取っておいてくれて、旅行社のパンフもついていた。

4月12日(月)出発で19日(月)帰ってきます。
イエイツの本によると、妖精からのメッセージがあるそうですが、私もアイルランドから何か大事なメッセージを受け取る予感があります。

 四葉のクローバを持っていると妖精の国に呼ばれやすいとか?