April 25th, 2010

Christmas

アイスランドの火山灰で空港が閉鎖になり1週間遅れで帰ってきました。

 御心配をかけました。
 今日、4月25日の日曜日の午前9時半に無事に成田に着きました!
メールをくださった皆様、私たちも明日はどこへ行くのやら難民のような気持ちにもなったのでしたが、信仰のおかげで穏やかに仲良く過ごしてました。

 アイルランドから今週の月曜日に帰る予定でしたが、飛行機が火山灰で飛べず、ダブリンの港から船でロンドンに出て、ロンドンの宿泊しながらチケットのとれる日を待っていたので4日間はロンドンから観光でストーン・ヘンジやオクスフォードなどの街を訪ねたり、風景優美な農村を訪ねたり美術館を訪ね、結構長い旅になってしまいましたが、12人の巡礼団はテレビ・ニュースの火山の灰の影響を不安がることもなく、日々祈り旅をしてました。

 そして、この2週間中に雨の降る日も曇りの日もなく、日々は晴れていたのが不思議でした。

アイルランド巡礼
 4月12日(月)
             午前11時30分に成田発。ロンドン乗り継ぎダブリンへ行き宿泊。
 4月13日(火)
             小型バスでドロヘタへ。
             アイルランド最初のシトー派修道院、オールド・メリフォント修道院。
みっともないほど太ってきて持ってきた旅行用ジーンが2本とも入らなかったです。それでスカートでした。60以上84歳くらいまでの高齢者揃いの巡礼グループでしたがスケジュールもなかなかハードでした。

             1691年にロンドン塔で首を落とされた聖オリバーの頭が 保管されているピーター・アイルランド教会。
アイルランド国教会の大聖堂「聖アンナ大聖堂」巡礼。

イエス様の十字架の木の破片や聖アントニーの遺物もある。ベルファスト泊。

 4月14日(水)
観覧車のふもとにはタイタニックの慰霊碑も。
ベルファストはタイタニックの造船所のあるところで、この日はタイタニックの沈没した日。土地のガイドさんは紛争問題が好きな人でアイルランドとイギリスとの長い確執を語ってくれた。
街中にその爪痕が残り、その声明の激しい絵も多かった。

 世界遺産ジャイアンツ・コーズウェイへ。

 キャリック・ア・リード橋、マクドネルー族が建てて、城の下には海に逃れる秘密の洞窟があるという団ルース城見学。







アイスランド:火山噴火 欧州空港、相次ぎ再開 ロンドンは閉鎖続く

 ※アイスランドで火山爆発。灰の影響で飛行機がヨーロッパ中飛べないとテレビでアナウンス。
 【ロンドン会川晴之】アイスランド火山噴火の影響で「空の足」が乱れていた欧州で20日、フランスやイタリアなどの空港閉鎖が相次いで解除され、航空機の運航が再開された。欧州空路の混乱は5日ぶりに正常化へ向かう。

 アイスランドのエイヤフィヤートラヨークル氷河の火山が噴火した。この地域の火山は氷帽に覆われているため水蒸気爆発が起こり、大量の火山灰を噴き上げる。噴煙は上空11キロメートルに達し、欧州の北部・中部を覆ったという。その影響を最も受けたのが空の便だった。火山灰がエンジンを止める可能性があるため、1日に約2万8千便が飛び交う欧州空路はほぼマヒ。週刊文春4月29日号。

 ロンドンデリー巡礼を経てロンドンデリー泊。

 4月15日(木)スライゴーへ向かいスライゴー巡礼。詩人イェーツの愛した地トドラククリフトの墓石巡礼。


   聖母マリア、ヨセフ、ヨハネ、イエスの子ヒツジ出現のノック巡礼
   ゴールウェイへ。ゴールウェイ泊。
                                    ゴールウェイ泊。

 聖母マリアご出現の壁




 
 4月16日(金)ゴールウェイ市内巡礼
   1999年に完成したばかりのステンドグラスの美しい大聖堂、コロンブスが大西洋出発の安全祈願をしたとして知られる聖ニコラス大聖堂巡礼。


ポーランドの大統領夫妻が飛行機事故で亡くなられたのでこのように写真が飾られてました。
ルルドがあってその日は150年のベルナデッタのなくなった日だそうです。

   午後クロンマクノイズ巡礼。
   548年聖キアランによって建てられて発展したアイルランド最大の修道院遺跡見学後、ダブリンへ。ダブリン泊。



 4月17日(土)タラの丘。ケルトの文化の聖地。
聖パトリックの像。アイルランドの守護聖人です。赤い円の中に妖精がいるような気がしますが、、、。
ボストンはアイルランドからの移民が多く、お庭にマリア様が置いてある家が多かったのですが3月17日でしたかセント・パトリックの日があって緑のものを身につけるのが習慣でした。
イギリスから少年のころさらわれ奴隷にされてアイルランドで羊飼いをしていたそうです。ある日、神様のあ告げがあってイギリスに帰れることになり、懸命に勉学にいそみ、今度はキリスト教を伝道するためにアイルランドに帰ったそうです。タラの丘の遺跡はケルトの文化でその聖パトリックによって3世紀ころ破壊されたというのですから歴史は皮肉です。
タラの丘はとてもやさしい風がふいていました。


 ナーヴァン。
 ダブリン市内巡礼。
 ケルト芸術の最高峰「ケルズの書」のあるトリニティ・カレッジ。
 ガリバー旅行記の作者スウィフトの眠る聖パトリック大聖堂巡礼。

 夜は皆でアイリッシュ・ダンスを観る。

 4月18日(日)本来は帰国のためロンドンまでフライトで行き、東京まで乗り継いで帰るところだが、アイスランドの火山の影響で空港が封鎖されているので同じ緯度のイギリスの港まで船で3時間かけて移動。
 以降ロンドンのホテルまでバスで南に向かう。
 途中で休みを取ったところは風景明媚な片田舎で、アイルランドと同様に羊が春になりお産の季節なので子ヒツジのかわいい姿をみながらバス旅行をした。

☆実のところ今回は出発時より大変な咳風邪をひいていて体調は悪かったのです。
それで迷惑をかけないようにと1人部屋をとりましたが、さすがにロンドンに入ってからは2人部屋にして節約せざるを得なかったです。
寄る年波には勝てず、引っ越しの疲労と介護の疲労も重なって、結局は今も重度の風邪で咳混み、鼻ぐずぐずの状態なので医者に行って、4月中はなるべく休養を取ろうと思います。

 さすがにロンドン1週間を加算された旅行の出費は大きく、私たちはロンドンに入ってからは飛行場の近くの安いホテルのうつり、朝食以外は各自レストランやスーパーでサンドイッチを買ってホテルの部屋でいただくことになりました。

☆絵本「宇津保物語」「コノハナサクヤヒメ物語」「二十四孝物語」は2セット持って行ったので、北アイルランドとアイルランドの日本人ガイドさんに日本人学校や日本紹介へ使っていただきたいと託して寄贈してきました。
 アイルランドには中華レストランはたくさん目にしましたが、日本人は70人くらいしかいないそうです。
でも日本人にはとても好意的な人たちです。

 桜がどこもきれいで日本の桜と違い花びらが散らなくてそのまま木の上で枯れるとこことでした。




アイルランドとイギリスの間には宗教上にも驚くほどむごい歴史があったのですが、平和の女神の像も建ってました。



 妖精の森はまた別のところにあるそうです。
アイルランドの子供たちは今は遺跡を遠足で行くよりは森に妖精に会いに行く傾向にあるそうです。

アイルランドでもイギリスでもホームレスがたくさんいました。
アイルランドでは「イッシュー」を買いましたがタイタニック特集でした。あの大きな事件には多くの人の手抜きがあったそうです。通信をする人や氷山を観察する人たちのおおよそプロとは思えないお金儲けのために通信を多くして大事な情報を抜かしたり、専門のものがお休みだったりしたそうです。
イギリスでは生まれたところですから「ビッグ・イッシュー」を売ってるホームレスは多かったです。みな疲れ果てて、まだかなり寒い季節でしたからずいぶんまいっているでしょうね。

 帰ってくると家族はありがたいです。
娘から電話。主人も阪急に問い合わせて、急がなくてもいいですから無事にといってくれたようです。
姑はイギリス旅行が5月の予定でいたが息子にキャンセルをさせられたようです。20%の解約金を支払ったそうですから火山も罪深いです。

 帰りの飛行機で再び「2012」を見ましたが、火山があちこちで起こるのですよね。人間に何ができるだろうと考えさせられました。

 ホテルfで読んでいた本は「ロスト・シンボル」です。「ダン・ヴィンチ・コード」の作者の新作作品です。イギリスでベスト・セラーのナンバー1でした!序文にここに書いてあることは真実ですと書いてあります。
最後は「○○」で、それは「2012」の最後と一緒なのでした。