April 28th, 2010

適度な貧しさが好き!

 今日、「婦人公論」を読んでいると林真理子さんの対談が出ていて、「貧乏は嫌いだ!」とはっきり言っていたのに驚いた。

 それで貧乏について考えてみた。

 今は世界的に不況で誰でも節約とお金の心配をしていると思う。
あればあるなりにお金の管理も大変だと思うし、解雇をしても怨念の復讐から運気が落ちる復讐が待っている。

 続きがあります。
 さて、お風呂からあがり続きです!

☆巡礼ツアーというのは本当に信仰のつわもの揃いだが今回は特に凄いと思った。
福岡から参加のF氏。70くらいの年齢で30万円の年金があるのにも拘わらず、毎朝2時に起きて150軒くらいの新聞配達をしているという。1月4万円とか5万円とかの収入で、ホームレスさんにお金を貸してと頼まれるのでそのために働いているのだという。労働の後は早朝のミサ。ホームレスさんは生活保護を受けているのでお金は返してくれるそうだ。

 う~ん。
 ホームレスさんに新聞配達の仕事をあげればいいではないですか?
 彼らはそういう根性はないという。
 祈って生活改善しようという気持ちもないそうだ。
 とにかくFさんはミサが好きで帰りも成田から四谷のイグナチオ教会のミサにでてから飛行機に乗るという。着ているものも持ち物もとても質素で、周囲に目が配り飛行場でも他人の荷物を探してサッサと降ろしてくれる。謙遜だしね。

☆みな、言わないけれど多くのボランティアに長年従事している。お子様たちもそのように働かれている。飛行機の中で世界の貧しい子どもたちのために寄付依頼があったが誰もが小袋にお金を入れてアテンダントに渡していた。他の乗客はそうではなかったのでやはりと思った。

☆今回は神父さまが病気で出席が急にできなくなって、2万4000円弱ほど皆に旅行中に返金があった。
 毎日の多目の食事量に食べれない人もいるのに申し訳ないと残したのであるが、食事の質については誰も文句はいわなかった。ホテルもそんなに立派でないのもあったのだが、そちらにも苦情ひとつでなかった。それが凄いと思うのは阪急旅行社の批判ブログには安いけど質が悪いと文句たらたらだったのだ。

☆「貧しい者は幸いである」と骨の髄まで教育されている信者は貧しいアイルランドの人たちの苦しみに神の恵みを見た。

 イギリスが征服していた時はアイルランド人に教育も受けさせ無かったと知って人間は恐ろしいと思った。教会も破壊され修道院も破壊され祈ることも拒否された。
ヘンリー8世は自分の妻をも殺し、離婚の自由を得るためにイギリス聖公会を作った。
手前勝手な王制は今も続き、ダイアナも死んだ事実があるのに、街にはしらじらしくダイアナとチャールズのツーショットの絵はがきが売られている。こんなことを変だと思わないこそ悪魔に魅入られているとしか思えない。

☆私も会社を昨年辞めたので収入も減り、貧しい画家生活がさらに適度な貧乏度が増してきたのだが、なんとなく心とお財布がからっぽというのはいい気持ちである。

 そういえば「婦人公論」の宝くじが当たる人の生活態度調べと言うのを読むと他人のためにお金を使うあまり慾のいない人が当たるらしい。
お掃除が行き届いている人が幸運と言われるが、お部屋が汚い人でもい運がいい人もいる

☆私は常識的には不可能な夢を持っているのだが、この実現は私の運次第だ。
 長野の黒姫の山荘の維持費がずいぶんかかる。携帯や電気代や雪かき代や交通費で1カ月10万円はかかるのだ。それを他人の分までは払えない。だから、安易に黒姫にいらっしゃいとはもはや言えない。

 でも、神様が私の夢に協力してくれるのなら、やはり無料の病院や無料の老人ホームや学校を作りたい!お金がからむとどうしても美しくなくなるからだ。

 それで宝くじ頼みと言うのも楽観的ですが神様ならば何だってできると思うによね。

☆これからの時代は4人に1人が一人で暮らし、晩年は看取る家族がいない。それに少子化で親ふたりに子供4人が看ている現状より厳しく親ふたりに一人の子が負担する時代になるという。とにかく老人だらけになる。

 私も62歳で老人の入口ですが、老人って顔だって美しくなくなるし足や腰だって悪くなるし楽しいことを若い時から探す練習をしてないと楽しく暮らすのが難しくなる。

 結構お金もかかるようだし、子供や孫に囲まれない寂しい晩年を誰かを愛することで埋めるにはそれなりの人間関係を若い時から築かないとね。

 趣味も楽しめるようになるには年季がいるし。

☆今回の巡礼旅行は毎日、晴天だった。
少し肌寒かったけれどコートを持っていったので誰でも困るということはなかった。
皆、天気には感謝をした。

 アイスランドの火山の灰で飛行機が5日間飛べなかったけれど、実はイギリスに行きたい望みの人もいて、私もテート・モダンに行きたかったので「ラッキー」と思ってしまった口だ。
確かにホテル代やバスで港から5時間かけてロンドンまでの運送費も無料なわけはないけれど、それでももう1度イギリス旅行をすることを考えると、その費用では無理でしょう

 ストーン・ヘンジやローマ時代のお風呂やオックス・フォードやチャーチルのお城まで行けるとは考えもしなかった。私的にはこれも神様のプレゼントだ。

 イギリスの片田舎の庭も本当にきれい。そんな風に野尻もいじれたらいいのですが。

☆神様は無駄なことはなさらない。
 だから必然であったのだけど学びは何であろうか?

 宝くじの当たる人の法則は与えて与えてからっぽになると、陰陽の法則で入ってくるらしい。
「与えよ。さらば、与えられん」とは言われ続けてますが。

 適度の貧しさというのはそういうことだ。
 自分のために最低限度でいいと思っていると、どんどん豊かに与えられる。

 そういえばお嫁さんに高価なバーバリーのハンドバッグをお土産に買った80代のY氏は「よく働いてくれるから。」という。別に同居はしてないのだという。お嫁さんを大事にする老人は賢いよね。
お嫁さんだって心から介護するのと義務だから介護するのはずいぶん違うもの。

☆取れるだけ取ってやろうという人の考えもある。今日も80代の老婦人から7000万円もだまし取った保険会社の社員の話を新聞で読んだばっかり。

 与えるだけ与える考えもある。
愛情も与えるだけ与えるものだ。
そうすれば与えられた人は社会に恩返しをするようになる。
国は栄え、世界が讃えるだろう。

 そういえば日本人のダブリンのガイドさんがアイルランドは今は世界で最も裕福だと言っていた。600万円くらいの収入があるという。イギリスのホームレスより断然少なかったアイルランドのホームレスさん。それも荒んでなく「神様の祝福を!」って言ってくれた。イギリス人はその気力もなさそうだった。

☆アイルランドのアイリッシュ・ダンスは上半身は動かさないけれど、これも統治していた方が娯楽禁止でダンスを禁じていたので窓から見えない足だけのダンスとして発達したそうだ。
私たちも「アイリッシュ・ダンスが見たい」と言って添乗員に行って、探して全員で食事をしながら見たのだが、5人くらいで踊っていたが靴の音が楽しくて皆最後まで頑張っていた。

 ユー・チューブでたくさんのアイリュッシュ・ダンスを無料で観れるので見ていたら、本当にとても精霊の満ちたケルツの香りが楽しかった。旅行ガイドなどもあって、行かなかった海の映像や森の映像もあってアイルランドの顔もいろいろだと思った。

水曜日は父の家に!

 2週間の留守は自宅の冷蔵庫なども汚れていて食洗機でしきりなども2度にわたってかわかしたりしていると、もう3時半にもなって急いで出かけた。その前に姑のところに行ってお土産のノックの御絵と聖水とチョコレートを渡して玄関で雑談を。

 やはり父の好物を持っていこうと思い、1度JRに乗って五香路で中華を三点ほど作って貰い、それから東急目黒線に乗って、まだ熱々だったので駅に着いてからタクシーで運んだ。

 幸い弟は夕食の支度をしてなかったので中華をそのまま皿に盛って出して寝室のベッド・メーキングなどした。

 父は帽子をかぶっていたので尋ねると朝刊を取りに行って帰りに玄関で後頭部を打って転んだそうだ。そのあとですぐに弟が駆けつけて意識もあったので家での処理ですませたのだそうだ。
この前は、銀座まで出掛けて銀座で倒れたが、これも医者がどこいも悪くないからとその日のうちに家に帰り、上の弟のところに連絡が入り送ってきたそうだ。

 倒れる度に弱くなり、お風呂から立ち上げるのも大変になってきたそうだ。

 トイレやお風呂の掃除を済ませ、父に出した玄米茶にそっと聖水をたらした。無駄な事は言わないがしっかりとしている。掃除機をかける度に父は立ち上がって椅子を換えるのだが、なかなか立ち上がらないので杖を出したら、ゆっくりと立ち上がり書斎やトイレに行った。

 アイルランドのお土産のいチョコとハロッズの飴を出して「おいしいよ。」と言って薦めると、「おいしい。」と言う。礼儀のいい人なのでちゃんと一口は食べる。中華も一皿づつ片付ける。

 弟にはカトリック信者の奥さんにケルト十字のしおりとノックの御絵とチョコレートの詰め合わせ。アイルランドの高級チョコのお店で待ち合わせたので皆買ったのだが、重い。だけどおいしい。

☆お父さんも少しづつ弱っている。でも、彼の杖がトイレに忘れられていたので「ここに置いておくね。」とソファの横に置いたら、「ありがとう。」という礼儀作法のいい人でまだまだ矍鑠としている。

 弟も父が退屈しないように寝室のテレビをベッドの横に置きなおした。退屈だから外に出るのだろうと。

 家の前の未亡人が区に寄付した土地が小さな公園になっていて藤棚の花のつぼみがたくさん垂れていた。あと一週間もしたらきれいに咲くだろう。やたらと手入れのいい公園で郵便配達のおじさんや犬の散歩の人が東屋で休んだりしている。

 お風呂場を掃除してたら、鶯がきれいな声で鳴いていた。

帰りは弟の車で七時ころ帰ってきた。
今日の足長おじいさんの贈り物は5月15日の帝劇の「レベッカ」でヒッチ・コックの作品だとか。

父は銀座にどんな思いで出かけたのだろうか?
ときどきお腹が減ると母を探しているそうだ。
記憶が混ざっているのだろう?

☆自宅に帰って、残りの中華をあっためて夕飯にした。
自分は父と母の働きのおかげで大層、幸福に育ったのだ。
そうして、自分も62歳と言う世間では初老の年になった。

 アイルランドに行ったりイギリスに行ったりも、いけない日も来るだろう。

 今、あるものを目いっぱい楽しみ、感謝して生きるしかない。

 父は長生きして、中国での青春の日と銀座の思い出を反芻しながら暮らしているのだろうか?

 母は自分の両親も舅も姑も自分の主人の介護もせず倒れた。
そういうめぐりあわせだったのだろう。
誰の介護からまぬがれたことを智恵のように語っていた母だったが、私はむしろ人の勤めをしっかりしたいほうだ。

 でも、母の買った石の天使の音楽士たちがハープとバイオリンを持って玄関の壁の隙間に置いてあるのを見ると、母のロマンもあったのだろうと思う。何かあったら、あの天使も長野に運ぼうと思った。