May 29th, 2010

深夜のテレビと読書!

 麻原彰晃の娘(4女)の本を読む。

 彼女は麻原が逮捕された時はまだ幼児だった。それで、母親も同時に逮捕されて母方の祖父母と共に暮らしていた。そのときは普通の小学校や中学校に通った。

 彼女の姉や2人の男兄弟はそれぞれ子供のころからオームのメンバーのお付きが付いていて、父親や母親とも普通の親子関係がなかったそうだ。

 彼女はほかの兄弟と違って、中学生になって自分でオームのサリン・ガス事件を調べ殺人者のこどもがぬくぬくと信者の献金でぜいたくな暮らしをしてもいいかと自殺や家出を繰り返し、今はホームレスやネット・カフェ暮らしや派遣で1人で食べていると言う。

★彼女しか知らないオームの事実や彼女の生まれてきた環境ならではの出来事は、過酷だったことは想像できる。

 また、彼女を助けたり利用する人はたくさんいて、彼女は敏感に人間の怖さに義務教育以上の教育を受ける機会をも捨て逃げる。

 親のまいた種を刈り取らなくてはならないと思う彼女。

 償い。

 「オームはヒットラーよりはまし」といった受け持ちの教師。

☆彼女は多くのスピリチュアルの医療がオームと似ているという。

 いまだに姉たちの生活を観るために献金している人たちは京都大学や東京大学出のインテリ集団で麻原彰晃の略奪を真剣に考えていると言う。

 そういう魅力のあるオーム。

 サリン実験犯のメンバーも彼女にとっては小さい時から遊んでくれた優しいお兄さんたちだ。
彼らも若い日にオームにであってしまった運命の人たちで選んでしまった人生を信じるほかはなかった足り、教えを捨てたりしている。

☆後味のいい本ではないが、そこに生まれそこでしか知らない事実を彼女が書くことは大事な使命のひとつだろう。彼女は親・兄弟を敵に回して、オームのメンバーを持て気に回して過酷な人生を選んだ。


☆金曜日の夜は「朝までテレビ」をやっていて、4時まで観ていた。
 

☆沖縄に行こうと思った。

闇★

傷害:乳児抱き両脚の骨折る…容疑の28歳女を逮捕

2010年5月28日 19時15分 更新:5月29日 9時44分

 店に居合わせた生後3カ月の女児を抱き上げ、両脚の骨を折ったとして、栃木県警足利署は28日、足利市若草町、無職、五月女( そうとめ )裕子容疑者(28)を傷害容疑で逮捕した。同署によると、五月女容疑者は乳児を抱いたことは認めているが「けがはさせていない」と容疑を否認している。

 捜査関係者によると、声をかけてきた女に抱かれた乳児が負傷したり、様子がおかしくなった事件が同市内では他にも3件確認されており、県警は関連を調べる。

 逮捕容疑は26日午前11時半ごろ、同市弥生町の子供用品店で、乳児の母親(26)に「かわいいので赤ちゃんを抱かせてください」と声をかけ、乳児を約5分間抱いた際に両太ももの骨を折り、1カ月の重傷を負わせたとしている。

 同署によると、五月女容疑者が乳児を抱いている間、母親はレジで支払いを済ませていた。乳児が泣きだし、帰宅後も泣きやまなかったため、その日のうちに病院で受診。骨折していることが分かり、家族が同署に被害届を出した。母親と五月女容疑者に面識はなく、同署は店内の防犯カメラや目撃情報などから五月女容疑者を特定した。【吉村周平、岩壁峻】
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☆日曜日の朝刊で最もずっしりときたのがこの記事!

 かわいい赤ちゃんには湯気のような幸福の香りが漂う。
 
 しかし、その赤ちゃんの未来を折るような行為。

 知らない人に子を抱かせた若い母の無防備。

 だけれど、だれがそんなことを思いつくだろう?

☆幸福は人を襲う事件は多い。

 ジョン・レノンが家族の幸福に浸っていたころに、ファンが待ち受けてピストルで撃った。

 美空ひばりに塩酸をかけた少女はファンだったが憎かったと言った。

☆幸福を求めて皆生きているのに、幸福になると不幸な人に狙われる。

★不幸な人が1人でもいる限り、人間は完全な幸福はえれない。

 不幸な人への思いやりを持ちつつ生きるしか幸福な人の生き方はない。

☆娘が生まれた時、母親が手術で入院。そして私は高齢野帝王切開だったので、医者は回復を1年と見て家事は他人に任せるように言った。

 それで実家が家政婦を雇ってくれた。

 家政婦はおしゃべりの60代の女性だった。

 私ととってもいい関係だったのだけど、

 「赤ん坊なんかちょっと鼻を抓まべば死んでしまう。」

 といった。

 近くに子供が障害がある若い夫婦が辛かったのだろう。ときどきマンションにいきなり来て、嫌がらせをして帰るのであった。赤ちゃんに威嚇したり、、、。

 そんなで、いつもけっこう警戒していた私です。

 無防備な弱い者を狙うのは最も卑劣です。

 しかし、神様もどうしてこんなにむごい試練を若い夫婦に与えたのかと、

 彼らを恨んだことは1度もありません。

☆幸福は高い。

 私はいつもそう思います。

 幸福というのは代価を払って生きることですよ!

今日は結婚記念日だったが!長野が燃える!

 今日は午前中はお風呂に入ってシャンプーしてごろごろしていた。

 雨だったのでなんとなくごろごろしていたかったのだが、せっかくの主人も娘もいない土曜日なので家に入る手はない。

 出かけようとすると、ドアの下に姑からのメモが入っていて内容が主人あてだと思うので、姑の方のベルを押した。入ってとサインするので自分の方のカギをかけて入ると、応接間で友人たちとマージャンの最中。「主人は今日は地方に出張中で月曜日まで帰りませんけれど。」と言うと、「それでいい。」とのこと。
お客様にご挨拶をして一端は家に帰る。

 気体分子ギャラリーの展覧会に行こうと思ったが、マキイマサル・ファインアーツとタマプロジェクトを間違えて月島に行ってしまった。しかし、長野の上田の作家の良質の版画の展示会をしていたので観れて良かったが。

 時間がちょうど間に合いそうなので、有楽町線に乗って有楽町で降り、「パーマネント野ばら」を観てきた。

☆なかなかの人気で土曜日の銀座のゆえんか満席に近い、前から3番目に席を取り、幸いまだ映画の紹介中。グッド・タイミングで本篇が始まった。

 高知県の浜の傍らしく、海が見える漁村。その町のたった1軒のパーマ屋さんを夏木マリの演ずる母親が経営している。父親は去り2番目の父親は母親より不細工で年上の女の人のところに行って帰らない。結婚するとのこと。

 主人公はまだ幼い娘を連れて離婚して実家に帰って来て、母親の美容院を手伝っている

 主人公の子供のころからの友人たちもそれぞれ男運が悪く博打でお金をすっては家出をし山の古い家で死んだり、フィリピン・パブの経営をしながらフィリピンの女の子を口説き離婚する男とかで、皆泣いたりわめいたりしながら寄り添って生きている。

 娘は別れた主人に逢うことを恋人に会うかのように求めている。主人公は理科の教師と付き合っているが不安になったりすることも多い。

 田舎のおばちゃんたちの男狂いや切ないことがほとんどの実りのない恋。

 海が見え、砂浜を歩き、それでも生きていく女たちの物語なのか?

帰りにはカタログ代わりに新潮社の原作文庫まんがを買った。これが地下鉄移動で楽しめました。
西原漫画はすごい!

☆映画を観てからずいぶん迷ったが、やはリ清澄白河に行った。映画館のある有楽町駅から歩いて東銀座駅に行った。

都営浅草線と大江戸線を使って、清澄白河駅に着き深川で塩飴やせんべいを買った。それからM7へ。

 「女子会」の定期会で3人のアーティストの作品紹介があった。
 
 泡の作品を制作発表している千里さん、コンビ二弁当のカラーコピーをいろいろのところに張り付けてリトアニアまで行って貼って作品にした作家とこの間、松濤美術館で個展をしていた志村さん。

 フード・コーディネーターが作った食事も楽しみのひとつ。鶏肉の柚子胡椒味のハムやフランスパンに載せる何種かのペーストもおいしかったし、マスカット果実酒にオレンジのカクテルも美味でシャンパンも飲んでいろいろ良かった。

 志村さんには松濤で買ったカタログにサインをしてもらいたかったので今日会えてよかった。スピーチのときに日本経済新聞の文化欄に記載されてサラリーマンが新聞を持ってきて多くの人が美術館にはいいて記録的な成功だったそうだ。マスコミもずいぶん取り上げたそうだ。私も26歳のときに日本経済新聞に記載されたときはやはり反響が大きかったのを覚えているので大新聞の力はすごいと思った。

 ケンブリッジの帰られたり、日本においでになったり幾度も往復されるので、文化のために私の絵本3冊を託したら快く良いように計らってくれることになった。

 もうひとつは建築家の連(むらじ)さんに会って、ロンドンのAAスクールで建築を学ばれ、ここはイギリスでもっとも古い大学なのだそうで、イギリスに5年住まわれて建築を教えてもおられたとか。
このところ受賞も続き、家を建てるとマスコミにすぐ取り上げられてしまうようだ。

 私は「美術館を造られたことがありますか?」と隣の席だったので訊いたのだが、「棺桶のための美術館を野尻湖に建てたいのですが?」と言って、けっこういろいろ話してしまった。
先立つものは運次第の私だが、この人の作品の検索をしてみたら「ノアの方舟」もあったのでいいかも。

 10時前に出たのだけど、軽井沢の西武美術館に就職が決まったキューレータ―さんと一緒だった。
彼女はギャラリー山口におられた方だ。長野のいいねえ。

☆家に帰って日本経済新聞を読んでいると夕刊文化の文学周遊のページに田辺聖子の『ひねくれ一茶』が紹介されていて、信濃の町の写真がカラーで大きく出ていた、過疎化している信濃町はかつては1万4000人ほどの人口が9700人になったと出ていた。

 「もともと無一物の人生、無官の狐」とタイトルがあって、黒姫の見える柏原の写真には鍬で畑を耕しているお百姓さんの写真が。

 15歳のときに家を出て、50歳で帰ってきた一茶はなかなかたくましく弟としっかり遺産相続の戦いをする。

 全国338基の句碑のうち信濃町には116基ある。一茶の終焉の地の土蔵は今も1827年の大火で焼残っている。

 この辺は小林姓が多い。黒姫駅前の喫茶店であり本屋さんも小林さんで小林一茶の子孫で、ご主人は「小林一茶館」の館長さん。

 この記事は一茶の句が全国的に愛されているのに信濃町がさびれていくのを「痩せ蛙 負けるな 一茶 ここにあり」の句で一茶が応援していると励ましている。

☆今日はイギリスと長野に縁のある日だったですね。

 私は一茶はずいぶん正しいと思いますよ。

 庶民の悲しみや生きるたくましさ。権威に寄り掛からず、小さなものをしっかりと受け留める。

 ですから「文学周遊」の記事を書いた人もずいぶん一茶を知ってるなあ。

 私は無官が大事だと思うのですよ。だから普遍性があり、現実に英語にも翻訳されてアメリカのこどもも俳句は知っている。そういうしっかりとした文化。日本のセンス。こんなに短い文の中で色も香りも息使いも聞こえてくる。

 一茶のたくましさも好きです。人間ってしたたかに生きるが勝ち。自殺なんかしてはいけない。
一茶が応援しているというのかな。

 負けるな一茶 ここにあり

 なんだか励まされますよ。

☆5月29日は私たちの27年目家の結婚記念日なんですが、幸いか不幸か片割れはいない。

 逆単身赴任生活を何年もしているので、いないのも楽って感じです。

☆今朝、お風呂で体重計に乗ったらちゃんと痩せている。この分でいくと予定通り夏には7キロくらい減りますよ。