June 2nd, 2010

「霊山」を読み終わる!

 最後はパリで書き終わった。

 高さんはものを書くことは「独り言をいう」ことのようなもので、癌が発見され最後に中国の山へ入り死への覚悟を深めて、帰ってきたら誤診だったというもの。奇跡が起こって治ったのかも。

 高さんは発禁されていた自分の戯曲のいこともあり、この文章が活字になることは想定外だったという。そして、だれかに読ませるためにでなく自分のために長い年月かけて書いた。

 文学は真実を書くものであると高さんは思うので、当時の中国のいろいろな問題が書かれていて、長く発禁であったのはわかる。

 人間らしいと言えばあまりにも人間らしく、改革時の中国は出目への憎悪やちくりで容易に隣人を処罰による死においやる。

 美しい娘が嫉妬で殺されたり、それぞれがあまり幸福でない時代は人間の生身の思考が不信や絶望をもたらす。

 高さんの終わり文章には「奇跡はない」と蛙の姿の神が現れる。

 哲学的な洞察の「霊山」は実在しているわけではない。今、歩いてきた道に霊山はあったと問われる。

「SOUL MOUNTAIN」
 高さんだけでない多くの人類の霊の山。

 批評の中にジョイスに名が出てくる。

 問いかけを反芻しながら、私があなたになり、彼になる。

 したたかな人間の生。

 その中で嫌悪や唾棄があり、それは高さんだけでなく中国の多くの民衆のものだろう。

 しかし、この文章が世に出た時に、高さんは中国に帰れなくなる。それでフランスに亡命した。

 ダライ・ラマにフランスからは理解され勲章をもらったのではなかったか?

☆昔、ベトナムの人に会ったときに「祖国に帰れない辛さがわかるか?」と訊かれた。

 高さんも辛かったのに違いない。

 三渓のダムができる前に話でその批判も書かかれている。

「霊山」はボリュームたっぷりで、多くの中国人の魂がずいぶん惨い胸中にいたかわかる

 黒姫駅前の書店に「ある男の聖書」を頼んであるのだが、着いていたらいいと思う。

 高さんのこの2冊の本が初の中国人のノーベル文学賞に導いた。