June 6th, 2010

長野・黒姫の村おこしが燃え始めてます!

☆水曜日のいつもより早めに父の家に行き、その前の午前中に自宅の掃除や洗濯もしたのでつけれ気味でしたが、その足で東京駅まで行きました。

 父は寝ていたのですが、弟が起こしてくれご飯をあつあつのうちに戴けました。顔色もよく食欲もあるので、転びさえしなければまだまだ大丈夫と思います!

 弟には彼と奥さんのかわいがっているハムスターの絵を(浅草橋の個展で買ったもの)4時から6時までに着く予定なので着払いの代金を置いてきました。

 黒姫のコテージに着いたのは6時でした。あまりにも疲れていたので着替えてお風呂に入ってすぐ寝ました!空気が良くていつものように癒されました!

☆朝、7時ころにセブン・イレブンに行って牛乳などを買ったのですが、卵や野菜がなかったのでバスが着たので思い切って、そのまま古間のスーパーに行きました。しかし、開くのは10時なので、近所を散歩しながら歩いて古間神社や一茶の終焉の土蔵などを観ながら9時前に鳥居川タクシーに行き、農協が開いているので買い物など済ませ、10時3分のバスでコテージに帰りました。

ガーデン・チェアは簡素な木製です。木曜日の午後に届きました。


早速に、組み立てて、油絵の道具を出してこの前に描いていた絵の続きを描きまじめました!



お天気が良かったのでマット類の洗濯もして干したり、お花に水をやりつつかすみ草の種を植えたりしてました!

 湖は本当にきれいで良かったのですが、なかなか油絵の風景画が乗らないので苦しんでます!

 でも、絵を描いているときは最も解放されます!
制作の後は純化されていくようななんともいえないさっぱり感が残ります。
乾かないと次の色が載らないので、終わるのはもっともっと後ですが。

 東京から「天平」の焼き菓子を買っていったので、未亡人に電話をしてP君と3人で7時過ぎから10時くらいまでおしゃべりをしながら、P君の持ってきてくれた鯛焼きと一緒に食べました!
 夜は弟に電話。ハムスターの絵は気に入ってくれて、早速に弟の家に飾ってくれました!

 木曜日は夜は雨でした。ガーデン・チェアを出しっぱなしにしていたら、やはり痛んだのでこれからは帰るときは畳んで、デッキに片付けることにしました!

☆金曜日は午後3時くらいまで絵を描いてました。3時ころから雲行きが危くなり空の色も変わってしまったので、絵具は片付けて4時ころ、早めのおそばを食べに行きました!

 こんなかれんなお花が咲いてました!容器は奈良の「天平の酪」のいれものです。東京駅で買えますが、とてもおいしいです。

 おそば以外は自炊です。巨峰のジャムとハーブのマヨネーズ!スープにこの前残しておいた枇杷がセーフだったので一緒に食べました!スープはコンソメかな?


 制作中はほとんど集中して孤独に作業してます。
ですから食事も凝りませんし、とっても簡素です!


 お洗濯と掃除はけっこうやります。晴れていると外に干せるのでうれしいです!


☆土曜日も晴れていました!
 それで、もう一回り大きいキャンバスに入りました。それでも20号くらいです。
朝の8時半頃、P君が来て(国際村の大工仕事が今がピークで忙しい!)明日の10時に地元のアート村構想のあるログハウス建築家が来ると連絡!(前の日はつい5時まで読書してしまったので、こちらは寝ぼけてました)
 それでも、10時くらいから仕事にかかりました!

 風景画っていうのは具象なのでなかなかオリジナルな絵になりにくく、苦戦!

 油絵の具は大きなガラス瓶におおまかな色別に入れて結構重いのですが、毎日、家から出して運び、夕方片付けてます!ぼろ雑巾は捨ててます。ですから切って使える古着も捨てることないですね!

☆日曜日ももう暑いくらいですが、17度くらいです。家の中や夜はやはり寒くて私は電気ストーブをつけてます。

 朝7時ころ起きて、絵を描いていると裏の未亡人がゴミ捨てに来て、コテージまで上がってきました。
庭を見渡して、
 「百合があるじゃない!」
「それ、カサブランカ!私が球根植えたのよ。」
「このアジサイはいいねえ。」
「これは、来た時には枯れてしなびていたので一生懸命毎日水をやって声をかけていたら、元気になったわよ。」
「株わけができるね。」
今度、株を分けてあげましょう。

「P君がMさんを連れて10時に来るのよ。」
「そのあとで、家によって皆でお茶にしょう。」
「でも、どうなるか分からないから、電話するね。」

 9時半に仕事を中断して、着替えて、ライチを出したりアイス・コーヒーを作ったりしてました。

 P君とMさんが来て、これからのアート村の構想に対して同じような考えを持っているので話が弾みました。Mさんのお嬢さんも私の家の娘と同じ年齢でアートをアメリカでやっているとか。
妻有や直島の話も弾んで、私の絵の倉庫のこともいろいろ考えてくれそうです。

 1時間半くらいたったころ、未亡人が来たので一緒に日本茶とオカキを食べて、私はお昼は長崎ちゃんぽん麺を自宅で作り、未亡人はP君のトラックに乗って買い物に出かけました。

 Mさんも黒姫に別荘があるそうで、名刺には野尻の番地が出てました。

 C・W・ニコルさんが新しい建築物を建てた話が出て、野尻にいい建築物がたくさん建てば見学をかねて人が集まるのではないかといいことになりまいた。個人レベルの民間文化活動のほうが汚れなくていいのではないかということになりました。

 それから4時までアート・ワークをして乾かないと次に仕事にかかれないので、自宅に帰ることにしました。5時51分のバス。6時13分の信越線。7時5分?の新幹線で自宅に帰ってのが買い物をしたので9時ころでした。

 今回の読書は高さんの3番目の作品で、短編集です。
本屋さんに頼んでいた「ある男の聖書」はまだ届いてないようです。

 自宅に帰って、手紙のチェックやメールのチェックをしていると主人が帰ってきました。
平和な普通の日です。

☆久しぶりに易をたてると、
「風雷益2交」公的利益の事業
「風山ゼン初交」渡り鳥の旅立ち 国際的な活動
の卦です。
とてもいい卦です。

☆ 高 行健さんが古い高さんを禁する中国から脱出できたのは、高さんが外語大学でフランス語を選択してフランス語を通して外国の情勢に明るかったからです。

 高さんの短編集には、文革で毛沢東の出ている新聞をお尻に敷いただけで(気がつかなかった)、処罰される反対分子扱いとなり牢に入れられる女性が出てきます。

 知的な階層や出身で処罰されたり、自殺をしたり過酷な人生を強いられた人が多いのです。

 小さな短い短編の中で家や過酷な環境の重圧から脱出できなしまま死んでいった多くの民衆が出てきます。

 人間は絶え間ない努力と叡智で脱出することが可能です。

☆西原恵理子さんの「命より大事なお金の話」も「パーマネントのばら」の映画を観た後で、もう1度読み直しました。

 土佐の貧しい荒んだ漁村で、貧しい一生を代々生きる若者たちが書かれてます。

 西原さんは高校のときに未成年なのにお酒を飲んだと退学になります。学校側の不当な不良イメージを嘘でつけられ、西原さんは裁判を起こしますが、教職でありながら嘘を平気でつく大人たちに絶望しながら、社会の裏側の成り立ちをみます。17歳。

 義理のお父さんの自殺で借金取りが毎日来る中での暴力で顔の晴れた母親は、理恵子さんに100万円渡し、東京で大学に行くように言い渡します。

 西原さんも小さな村で汚名を着せられたまま生きるより、働きながら大学に行く決意をします。

 大学試験の前日に義理のお父さんは自殺したのです。それで1年見送り、大検ですでに準備は整っているのですが、予備校で勉強しながらアルバイトで1月30万円を稼ぐ決意をします。

☆自分も美術学校に行ったのでわかるのですが、美術の畑は才能の格差と経済的にも親の助け能力の格差があります。

 油絵を専攻した西原さんはキャンバスを拾って古い絵の具を削って描いていたそうです。

 絵の才能の格差は才能のある非凡な人は学生時代から脚光を浴びます。また、将来を早めにみて辞める人もいます。

 西原さんは食べることを優先して、エロ本の出版社でカットを買うことでしのぎ、自分はアートでなくてもと漫画家の道を歩みます。

☆「パーマネントのばら」で新潮社の漫画本の原作を買ったのですが、西原さんの漫画はやはりアートを4年間学んだ人の漫画でなかなかシュールで美しく深いのです。

 西原さんは身に着いた経済能力で、あの貧しい漁師の村から脱出し、不良少女の烙印からも脱出して今日の成功を得てます。

 西原さんは親のように博打にもはまり、結婚相手の報道カメラマンとアジアの貧しい国の子供たちの現実を観て、自分の貧しかった少女時代と重ねます。しかし、義理のお父さんが経済の破たんで自殺するまで貧しいとは思わなかったそうです。私立のお嬢様学校に行き、それなりの贅沢をして育ったそうです。

 育ちというのはやはり大事で、西原さんがお嬢様学校で学んだ何年かは、西原さんの個性に有利に働いて、やくざの話をしようがエロ本の話を描こうか下品にはならない。

☆結婚相手がアル中で子供2人を引き取り、離婚されたが、アル中から脱却したかれを受け入れ癌になった彼を最後まで介護します。子供たちも大好きなパパの最後にしっかりとかかわれた。

☆そんな西原さんが子供を育てながら生きられるのは彼女の経済能力のおかげで、彼女の本にはそこに至る心がけのようなものも描いてある。

☆☆☆

 映画の「パーマネント野ばら」は良かったです。小池栄子さんのスタイルは本当にきれい。そして演技もよかった。助演賞をとれるかもとどこかで書かれていた。

 女性は結婚相手や好きになった人次第でまだまだ幸福と不幸が決まりやすい。

 男はかならずしも、女房以上の美貌や才能ある人と浮気するわけでも再婚するわけでもなく、プライドがへしおられたりもある。

 男運が悪いと貢がせられたり、博打で借金を残されたりで過酷な運命を生きることになる。

 それでも誰かに恋をしていたいというお話。

☆野尻で読んだ数冊の本の共通のテーマは「脱出」。

 高橋野十郎さんのことを書いた「野十郎の炎」も読みました。東京大学を首席で出ながらも親の勘当を得ても、彼は好きな絵の道を歩いた。画壇にも嫌気がしたのか彼はまったくどこにも属せずに、ひとり自分の絵を描いた。

 人にあげた絵が多かったが、福岡のキューレーターが1点の作品にひかれ、集めたら、5、60点集まり美術館で企画して展覧会を開きNHKでも報道されて画集や伝記が出るようになった。

 自分の一生は自分で選び、自分で歩くしかない。

 高橋さんは独身だったので、絵を描くか野を耕すか旅をしていて、弘法大師の道を年取ってからはよつんばいで這って、訪ねたりした。やはり心の中の仏が彼の支えだったのだろう。

 高さんもよく山に登り、道教や儒教のゆかりのお寺を訪ねる。命がけの山登りをして、黄山の近くの山で吹雪いて滑り、降りるにも上るにも命がけであったという。

 高さんは「霊山」という魂の山を書いたけれど、私は「神山」を書きたいなと思った。

 高さんの墨絵は凄い。ヨーロッパで招へいされて、個展を各地で開けるようになったほどで私も好きだ。
 高さんの多彩が亡命を可能にしたのだ。

 私も頑張らなければ脱出できないと、妙にエネルギーをいただいた読書だった。