June 8th, 2010

自立がテーマ。そして許しと理解!

「修羅の画家」針生一郎著 岩波書店を読む。
「ビッグ・イシュー」144号 いま、南アフリカ。めざす和解と多様性。
「ビッグ・イシューの挑戦」ビッグ・イシュー日本代表 佐野章二著 講談社
「婦人公論」夫に頼り過ぎない生き方
サンデー毎日「管首相「人脈と金脈」。

 昨晩は4時まで「修羅の画家」を読んでいたが、眠くて途中で断念した。
 その間、テレビのドキュメントを観ていた。身内が殺された人たちの加害者とのかかわりあいや弁護士が損害賠償を加害者は償うほど殊勲な性格で補償できないから、国が代わりに補償すべきだと言う訴えなどがいろいろなケース別で放映されていたのを観た。

 ☆何の罪もないのに、交通事故や犯人の考え違いで身内が殺された家族が、かけがえのない思い出や愛する人への気持ちを犯人の償う気持ちを問いたり、厳しい罰則で糾弾したりする気持ちはわかる。

 私たちは誰でも生きているうちに理不尽ないやな思いはするものだと思う。

 でも、その人の魂が向上するのを祈りつつ、自分のその被害から解放されないと人生はずいぶん淋しいものになってしまうと思う気もする。

 働き手が失われれば、生活は困る。借金をすれば返すのに人の何倍も働かねばならないし、この厳しい時勢に仕事を探すのも難しい。

 弁護士さんが言っていたように、彼は奥さんが刺されて殺された人で涙を出しながら、「反省するような良心のある人は人を殺したりしない。」と同じ境遇の身内が殺された人たちの裁判で助けることが自分を生かす道だと言う。

 「バラ色の人生」とは違う辛い人生だが、殺された人たちの写真を見ると、立派な人柄が伝わってくる写真ばかりで、地上でのレッスンをクリアされた方たちで、魂的には何の不幸もないように思う。

 むしろ、周囲の身内のレッスンが始まったのだ。

☆「婦人公論」の方は自立への応援として、経済面や仕事の見つけ方など具体的に書かれていて「自分もできそう。」という感じがして、なかなか庶民的だ。今までの飛んでる女性は特別の才媛だったり、恵まれた方たちで、憧れはあっても遠い人のイメージ。

 結婚してても、自分の自由なお金は必要だ。それもへそくりでなくて自分の働いたお金の方が使いやすいし、ちょっぴり贅沢しても後ろめたくない。

 そして、やがて訪れる子供の自立や、配偶者との別れのときに生きやすいであろう。

 私の友人のお嬢様奥様は一人で外国も国内旅行もできない人が多い。どんなに立派な主婦でも、相手次第で離婚のときが来てから、働けない人もいる。能力がないのではなくて、働くと言うことがその方にはあり得ないのであろう。それで、相手からもらうために嫌な相手とも会うそうだ。

 この間、あったラブラブのカップルに「愛し合ってますか?」と言われて、娘にもよく言われるのだけど、
なにしろ、小学校1年の入学式出会って以来の関係なので空気のようというか、ただいるものという感じだ。

 それでも、おいしいものをそろえてあげようとか、気持ちよく生活できる工夫をいつもしてますよ。

 昨日も「ハンカチがないんですけど。」と言われたので、15枚くらいのハンカチにアイロンかけをしながらWWEのスマック・ダウンを観ていた。プロレスを観ながら惨いところは台所で皿など洗ってしまって逃げてしまうのだけど、とにかくみんなプロってすごいなと思える人たちばかり。

☆針生一郎さんが亡くなった。自宅の玄関で倒れていたそうで、父もよく倒れるので心配
針生さんは美術評論家で80代。
こういうときに、私は供養に著作を読もうとアマゾンで古本で購入したもの。

 画家なんてみんな「修羅」の中で描く。

 厳しい人生をおくった安部合成の作品の紹介と生涯を描いたものだが、私はこの画家は知らない。
でも、絵はいいと思った。

 報われない画家ということだが、ほとんどの人はそう。絵を描くことはそういう道を選ぶということ。

 しかし、太宰の友達で級友だったという彼は生まれも育ちもいい。太宰記念碑も制作。

 メキシコでは大成功の民衆画家。 
 1972年死去。 61歳


 友人の山岸外史の弔辞

「苦悩の画家安部合成画伯。溜息をついて起き上がり、負けないぞと絶叫しながら歩いていたのに、暗黒の道は長かった。君がきいだしたものは、累々として積み重なっている骸骨ばかりだった。どこに生きている人間がいたか。どこに明るい光があったか。おお、わずかに慰めてくれたものはバッハの音楽だけではなかったのか。しかし、君は微笑ひとつ浮かべなかった。純粋なるものを心から愛していた君には、いつも過酷なる運命だけが待っていた。・・・・
『おい、おれはヘトヘトだよ』とかつて安部君が僕に言ったことがある。
『まあ、芸術とはそんなものだ。生命を投入する仕事だからな』僕の答えは彼に直通するのだった。
『敏感な人間の神経には、憩える場所のあるワケがないものな』
生命の自覚点、そこに作品が生まれる」


 画家は誰でもそうだろうが61歳で合成がなくなるまで経済的には恵まれなかったようだ。しかし、国立美術館ですでに買い上げのオファーが来ていた。

 絵に夢中で体を悪くして癌でなくなったが、苦痛を訴えるような人ではなかった。

 愚痴と嫉妬は最大の悪徳と言っていた。

 借金もしたが、メキシコでいただいた高価なオパールを配って感謝もされた。1933年の京都での結婚も親からの仕送りで始まるが、のちに別れて子供もいる。2度目の結婚相手とは10年の同棲のあとに入籍。彼女の家の援助でアトリエも建てて貰ったこともあった。女性の友人が自殺もしている。

☆私も他人事ではないので、体もいたわり絵の具を買うお金も作らねば!
 前歯を1本失いました。真ん中から3本目の自分側からみると左です。
 そんな風に絵に夢中のときには、健康面は考えないものですが!

☆今夜は6時半から帝劇です。キューレータ―のYさんと一緒で彼女に渡すものがあるので早めに出かけましょう!