July 1st, 2010

いい人すぎる人の自殺! 魔が差すとき。

 韓国:パク・ヨンハさん自殺か 自宅に遺体--がん闘病の父と同居

 【ソウル大澤文護】韓流スターの一人で、テレビドラマ「冬のソナタ」にも出演した韓国人俳優で歌手のパク・ヨンハさん(32)が30日午前5時半(日本時間同)、ソウル市内の自宅で遺体で見つかった。聯合ニュースによると、パクさんの母親が、首に携帯電話充電器のコードが巻きついた状態のパクさんを自室で発見した。現地警察当局は、自殺の可能性もあるとみて家族や関係者から事情を聴いている。

 韓国メディアによると、パクさんは末期がんで闘病中の父を自宅に迎えて一緒に暮らしていた。知人らによると「父のことが心配でたまらない。タレント活動を自制して、父のそばにいたい」と話していた。

 また、関係者によるとパクさんは、不眠のため、睡眠導入剤を服用していたという。パクさんは最近、新しいドラマへの出演が決定し、マネジャーが29日夕、ドラマの打ち合わせ時間確認のため電話で話した。しかし同夜の打ち合わせには姿を見せなかった。

 30日午前0時40分ごろ、父親の背中や足をさすり、家族に「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝って自室にこもったという。
 ◇冬ソナで人気

 パクさんは94年にテレビドラマで俳優デビュー。02年に韓国KBSが放送したドラマ「冬のソナタ」ではペ・ヨンジュンさんが演じた主人公の恋敵キム・サンヒョク役を好演し、日本でも人気を得た。04年には日本のドラマ「東京湾景」にも出演している。

 03年に歌手デビュー。日本でも活動し、05~08年には「シングル・オブ・ザ・イヤー」(洋楽)部門などで日本ゴールドディスク大賞を受賞している。5月から新曲や新アルバムなどを連続して発表。6月から日本で約5年ぶりのコンサートツアーを開始し、9月上旬まで14都市を回る予定だった。

☆縷衣香記
 東京に帰ってくるといつも必ずあるのが電車の中の自殺者の人身事故のテロップだ。

 この世は本当にろくでもないところだ。
 パクさんのことは何も知らなかったけれどお父様の介護疲れのほかに事務所の人の横領などのショックが重なったそうだ。

 今日はダイアナ妃の記念日だそうだ。ダイアナもマイケル・ジャクソンもある人たちの利益のために殺されたという説なある。

 パクさんはとてもいい人だったという。しかし、いい人だからこそ裏切りがショックで生きることそのもの絶望したのだではないかと思う。自分も裏切るタイプなら、「こんなこともあるね。自分も同じようなものだ。」と思えるかもしれない。

 なんだか人間は哀しい。

☆今日は東京は大雨だった。
 私は最近買った普段着やくつろぎ着やパジャマや下着を娘に宅配便で送った。
 いつものように「ユニセフ」に送金に郵便局へ。大雨のただなかですいていて、「さあ、どうぞ」と番号カードを貰って送金額を書き込む前に呼ばれてしまった。それで送金額を言って書いてもらった。「もう、これしか送金できなくなった。」と思わず言ってしまった。妙な発言ですが。

 それから東急の2階でいつものヘア・ダイを2箱買った。今、髪を染めて乾かして、シャンプーして自然乾燥中だ。

 それからJRで目黒に行き、通帳記入と少しお金を引きだした。
 
 目黒アトレのスープ屋でしょうがソーダーを飲んで、軽いお昼にカレーとライスをテイク・アウトにしてもらった。

 もう、すっかり雨は止んでいた。夕飯の支度に野菜やお肉やパンや果物を買うと結構な荷物にいつもなるのだ。今日の果物は杏。主人の好物ではないのでラ・カンパーニュで人気No1のフルーツ・タルトを2個買った。本屋で週刊誌3冊。そして、よせばいいのに3階に行って今日からバーゲンということでインドの黒いパンツとタンク・トップの黒を買ってしまった。元の値が良かったので30%引きでも12000円くらいした。隣の下着屋で下着を半ダース。

 生きていくことはお金がかかるのね。

☆昨日は東急本店の地下でイタリアのチョコメーカーのアイスクリームを主人の分と2個買ったのだが、これが実においしかったのだ。少し値段は高かったが、これだか重厚な質のいいアイスクリームを食べると、あまり粗食しか知らないと言うのも賢くない気がした

 それで、今日は少しいい質のお肉を買った。

 人間ってあまり我慢してはいけない気がした。
 贅沢を赦さないと生きる力が弱くなる気がした。

☆パクさんの自殺。
 それはそれほど遠い話ではないのだ。

 そういう魔が差す空間というのが人生には幾度かある。

 私は昨年の秋、目の前に首つりの輪が並んでゆらゆらとしている映像が見えてしかたがなかった。

 娘が「パパとママが死んだら、私生きていけない。」と言ったので、
私が「ママもパパ(おじいさんのこと)が死んだら生きていけない。そうしたら、みんなで一緒に死にましょう。」と言った。

 私はもちろん自殺などしない。

 でも、死にたくなるほど辛いのはやはり裏切られた時なのだ。

 パパもママも年寄りなのでいつか死ぬのは当たり前のことで、それが理由では自殺はしないと思う。

 でも、これ以上裏切られたら生きていけないということが社会にはあまりにも多いのだ

 その時に、私は強く生きていられるだろうか?

☆☆☆
 私はこのところずっと反省しているのだが、人類愛とはどういうことかと考えている。

 聖書では「隣人を自分のように愛さねばならない」とある。

 聖書も読むだけ、教会も通うだけなら災いはないのだが、実践になるとどういうわけかとんでもないことになるのだ。


 これも自由が丘での話だ。
 お茶の稽古に通っていた時だから大学を出て3年内の時だ。
 私はフリーでいろいろな仕事をしていて、もちろんお茶のレッスン代もそうした収入で自分で支払い普段着のおけいこ着物を着て、毎週1回「それいゆ学園」に通っていた。

 あるときに、帰りに「ヒカリ街」の先の陶板焼屋に寄った。

 経営者とその弟と2人で働く開いたばかりの木の香りもするお店だった。お好み焼きもあったかもしれない。

 お店の経営者が
「自分の福沢諭吉の子孫で代々、慶応大学の敷地に住んでいた。弟が聾唖なので弟を養うためにサラリーマンを辞めて、この店を開くことにした。」
 と言った。

 へえ~。そんなに名門の家の方が障害があるという兄弟がいるとそういうご苦労もするんだと思った若い私である。

 「人が入らなくてなかなか繁盛しないので手伝ってもらえないだろうか?」
 と言う。

 「もちろんですとも。お運びでも何でもしますよ。」
 と私はアルバイトをすることになった。

 夜は11時ころまでやっていたかな?その経営者の人は自由が丘から田園調に入る道路に面した古いマンションに住んでいて、もちろん既婚だった。そして、帰りは車で私の自宅まで送ってくれるのだった。

 とにかく軌道に乗るまでは応援しようというのが若い私の考えだった。困った人を助けなくてどうしてキリスト信者と言えるのだろうと言う私の自負。

 しかし、私の体か放つ奉仕する喜びがその経営者には心地よいものではなかった。もし、私が仕事がなくて、仕事をくださいという立場で同じことをしていたら、彼は救われたと思うが。

 或る晩、店じまいのために内側からカギを閉めて店を出ると言うときに、ろうあの弟が突っ立っていたが、その経営者はいきなり私を襲おうとしたのだった。

 私には奉仕がこのような結果になることが想定できず、泣きながらとにかく店をダッシュして(もちろん、無事でしたが)、経営者のマンションに行き、奥さんに報告してから以降、その店のことは見捨てた。

 それからたぶん半年くらい経って(何しろ、フリーのデザイナーと言うのは忙しいもので雑多の仕事を毎日フル回転でしているので用もなく訪れることはない)、偶然、踏切のところでその経営者が見る影もなく落ちぶれていた姿に出会った。

 「その後、本当にひどいことが山のようにあって、、、。」
と言う。

 私は黙って去った。

☆☆☆
 なぜ、そんな話を思い出したかと言うと、昨日から読んでいる松本清張の「美しき闘争」の主人公の話とダブったからだと思う。

 「美しき闘争」の主人公は24歳。結婚して姑のことで別れて出版社の世界で働き始めるのだが、セクハラでしょっちゅう男の人がアパートに尋ねてきて襲おうとしたり、仕事で熱海に行って用意された部屋に社長が現れて襲おうとしたり、この文壇という業界では作家の女性も出版関係者とそのような関係で這いあがってくるという情報満載で若い日のことが思い出されてきた。

 私も早く年をとって、婆になりたいといつも思ってました。
そして、正しく絵だけをみてほしい。
色気を持たないでほしいと思ってました。

 まじめにやっているのに、セクハラ続きのときは本当に死にたくなりました。

 それにしても、インドのレンタル・チャイルドと一緒で障害者を引き連れると、このように相手の宗教心を呼び起こしてセクハラもやりやすくなるんでしょうかね?


 若いと言うことはおとなのずるさも知らないと言うこと。
今となっては本当に危険な道をよく生きていけたと思って感慨があります。


 パクさんに何があったのでしょう?
 本当のことはパクさんにしかわからないでしょう。
 ご冥福を祈ってます。

賭博罪!

賭博及び富くじに関する罪(とばくおよびとみくじにかんするつみ)とは、刑法に規定された犯罪類型の一つ。社会的法益に対する罪に分類される。
目次
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* 1 犯罪
* 2 賭博罪全般に関する論点
o 2.1 保護法益
o 2.2 既遂時期
o 2.3 賭博
* 3 単純賭博罪に関する論点
o 3.1 可罰的違法性
o 3.2 一時の娯楽に供する物
* 4 常習賭博罪に関する論点
o 4.1 常習
o 4.2 共犯の問題
o 4.3 累犯加重の問題
o 4.4 一事不再理の問題
* 5 賭博場開張図利罪に関する論点
* 6 富くじ罪に関する論点
o 6.1 定義
o 6.2 賭博罪との区別
* 7 法律による合法化
* 8 参考文献
* 9 関連項目

犯罪 [編集]

賭博罪(185条)
賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処せられる。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、犯罪は不成立である。常習賭博罪と区別する目的で、単純賭博罪とも呼ばれる。
常習賭博罪(186条1項)
常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処せられる。
賭博場開張図利罪、博徒結合図利罪(186条2項)
賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の懲役に処せられる。
富くじ発売罪、富くじ発売取次罪、富くじ授受罪(187条)
富くじを発売した者は、二年以下の懲役又は百五十万円以下の罰金に処するとされ、 富くじ発売の取次ぎをした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処するとされている。また、富くじを授受した者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する。

賭博罪全般に関する論点 [編集]
保護法益 [編集]

判例・通説は、公序良俗、すなわち健全な経済活動及び勤労と、副次的犯罪の防止であるとしている(最大判昭和25年11月22日刑集4巻11号2380頁)。具体的には国民の射幸心を煽り、勤労の美風を損い、国民経済の影響を及ぼすからと説明される。他人の財産を保護法益とする説もある。
既遂時期 [編集]

判例によれば、賭博罪は挙動犯であり、財物を賭けて勝者に交付することを予約するだけで既遂に達する。具体的には、賭銭を場に出し、花札を配布すれば、たとえそれが親を決めるためであっても既遂となる(最判昭和23年7月8日刑集2巻8号822頁)。
賭博 [編集]

意義については賭博の項目を参照のこと。

賭博罪が成立するためには、当事者双方が危険を負担すること、つまり、当事者双方が損をするリスクを負うものであることを要する。従って、パーティーなどでよく行われるビンゴゲームのような、当事者の一方が景品を用意するだけで片方は負けても損をしない場合には賭博には当たらない。

判例・通説によれば、勝敗が一方当事者によって全面的に支配されている詐欺賭博は詐欺罪を構成し、賭博罪は成立しない(最判昭和26年5月8日刑集5巻6号1004頁)。
単純賭博罪に関する論点 [編集]
可罰的違法性 [編集]

常習性のない、極めて少額を賭けることまで禁止するのは、パターナリズムの行き過ぎであり、多少の自己決定権は認められるべきであるする考え方が有力である。この考え方は、保護法益を他人の財産とする説と結びつきやすい。
一時の娯楽に供する物 [編集]

判例・通説によれば、関係者が一時娯楽のために消費する物をいう(大判昭和4年2月18日法律新聞2970号9頁)。具体的には、缶ジュースや食事などが挙げられる。また、これらの物を費用を負担させるために金銭を支出させた場合、賭博罪を構成しない(大判大正2年11月19日刑録19輯1253 頁)。

一方、金銭そのものは、一時の娯楽に供するものとはいえない(最判昭和23年10月7日刑集2巻11号1289頁)。
常習賭博罪に関する論点 [編集]
常習 [編集]

判例・通説によれば、賭博を反復累行する習癖ある者を指し、必ずしも博徒又は遊人に限られない(最判昭和23年7月29日刑集2巻6号1067 頁)。常習かどうかは賭博行為の内容、賭けた金額、賭博行為の回数、前科の有無などを総合的に判断して決せられる。
共犯の問題 [編集]

判例・通説によれば、常習賭博罪は不真正身分犯(加減的身分犯)である(大判大正2年3月18日刑集19巻353頁)。よって、刑法65条2項により、常習者と非常習者が賭博をしても、非常習者には単純賭博罪が成立するに過ぎない。
累犯加重の問題 [編集]

判例・通説によれば、常習賭博罪は集合犯であるから、賭博行為を数回しても、常習賭博罪の包括的一罪である(最判昭和26年4月10日刑集5巻5号825頁)。刑法56条に規定される条件を満たせば、常習賭博罪にも累犯加重は適用できるとされている。
一事不再理の問題 [編集]
この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
賭博場開張図利罪に関する論点 [編集]

開張と言っても人を集める必要はない。電話による野球賭博が具体例である(最決昭和48年2月28日刑集27巻1号68頁)。また、賭博場開張行為は賭博罪の幇助行為にもあたるが、開張罪が規定されている以上、賭博幇助罪とはなりえない。
富くじ罪に関する論点 [編集]
定義 [編集]

富くじ行為とは、一定の番号札や券を販売し、その後抽選など偶然的な方法で購入者の間に不平等な利益を分配することである。その札や券が富くじである。福引は、券を直接購入するわけではないので、富くじにはあたらないとされている。

通説的見解によれば、取次ぎとは売買のあっせんである。授受とは発売と取次ぎを除く、所有権の移転である。いずれも有償か無償かは問わないとされる。
賭博罪との区別 [編集]

判例によれば、抽選により勝負を決めるか否か、財物の所有権を提供と同時に失うか否か、当事者双方が危険を負担しないか否かであるとしている(大判大正3年7月28日刑録20輯1548頁)が、三番目の見解、すなわち販売者が財産的危険を負担しないのが富くじであるという点が通説的見解では強調されている。
法律による合法化 [編集]

なお、法律によって合法化されている場合は、刑法第35条規定(正当行為)が適用されるため、一般法である刑法に規定されたこれらの罰条は適用されない。つまり根拠法がないものは全て非合法である。

* 金融商品取引法(有価証券)
* 保険法(保険)
* 当せん金付証票法(宝くじ)
* 競馬法(競馬)
* 自転車競技法(競輪)
* モーターボート競走法(競艇)
* 小型自動車競走法(オートレース)
* お年玉付郵便葉書等に関する法律(お年玉付郵便はがき、夏のおたより郵便葉書)
* スポーツ振興投票の実施等に関する法律(スポーツ振興くじ)
* 不当景品類及び不当表示防止法(懸賞・景品)

参考文献 [編集]

* 前田雅英 『刑法各論講義-第3版』 東京大学出版会、1999年。

関連項目 [編集]
ウィキブックス
ウィキブックスに刑法各論関連の教科書や解説書があります。

* 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律
* ギャンブル
* 富籤
* 宝くじ
* 公営競技
* スポーツ振興くじ
* パチンコ
* 三店方式