July 5th, 2010

深夜の充実!「北京芸術村」「クマガイソウ」

☆ハイビジョン特集 「衝動~北京芸術村から20年~」 今、世界市場を席巻する中国現代アート。その原点の一つが天 安門事件後、表現の自由を求めて若い画家たちが集まった北京 郊外の芸術村。出身者たちの創作活動と人生を追う。

 2010年5月、北京でこれまでにない規模の現代アートの展覧会が開かれた。出展者の中に、天安門事件後まもなく、表現の自由を求め、収入も発表の場もないまま、北京郊外の一画に住みついて創作を続けてきた芸術家たちがいる。彼らはどんな思いで何を描こうとしてきたのか? 世界市場をせっけんする中国現代アートを担う者として何をめざしているのか? 北京芸術村出身の芸術家たちの創作活動と人生、中国社会の変ぼうを描く

はしもと けんさんのブログ・コピー

ハイビジョン特集「衝動~北京芸術村から20年~」でもうひとつ、陶器で芸術作品を作る寡作の徐氏。四人の中では、彼の作品こそ注目され、お金が集まってもよさそう。ただ、多作で市場に売りつけたい画商に恵まれず、スタジオ立ち退きも視野にあるという…篤志家はおらんかのぅ。 約9時間前

NHK BS hiでやってたハイビジョン特集「衝動~北京芸術村から20年~」みた。天安門事件後、美大生達が集まった芸術家村から今に至るまでの、四人の芸術家を追ったもの。妙な解説なし、人選と映像自身が素材の選択と解説になってた。方氏は日本でも有名だが、彼がうけるなら会田誠氏だって…Tweetie for Macから

KenKen_t
Ken'ichi Hashimoto

麻生晴一郎 さんのブログ・コピー
この方の本は読んでます。

1.
旅の指さし会話帳33JAPAN【中国語版】 (ここ以外のどこかへ!) 麻生晴一郎、郭雅坤

2.
旅の指さし会話帳4中国第3版] (ここ以外のどこかへ) 麻生 晴一郎

3
暮らしの日本語指さし会話帳3中国語版 (ここ以外のどこかへ!) 麻生晴一郎・郭雅坤


4.
旅の指さし会話帳mini 中国(中国語) 麻生 晴一郎 (単行本 - 2009/6)

5.
反日、暴動、バブル 新聞・テレビが報じない中国 (光文社新書) 麻生晴一郎

6.
北京芸術村―抵抗と自由の日々 麻生 晴一郎

7.
旅の指さし会話帳45北京 (ここ以外のどこかへ!) 麻生晴一郎


8.
旅の指さし会話帳〈4〉中国(中国語) (ここ以外のどこかへ!) 麻生 晴一郎

9.
チャイニーズQ 高井 ジロル 麻生 晴一郎

10.
旅の指さし会話帳〈4〉中国 (ここ以外のどこかへ!) 麻生 晴一郎

11.
こころ熱く武骨でうざったい中国 麻生晴一郎

麻生晴一郎(あそう・せいいちろう)
1966年福岡県生まれ、幼少・青年期を北九州、大分、東京、神奈川などで過ご
す。湘南高校を経て東京大学国文科に進む。80年代以来の時代の空気に馴染め
ず、大学在学中の1987年から上海、ハルビンなどを放浪。大学卒業後、テレビ
マンユニオンに就職するものの「史上最悪のAD」の異名を持ち2度の長期失
踪の末に3年足らずで退社。以来1998年までの大半を中国、香港、タイ、ラオ
ス、インドや東京の中国人社会などで過ごし、無一文同然の生活を送る。1998
年より執筆とテレビ制作(ディレクター・プロデューサー)開始、2003年より
執筆に一本化。著書に『北京芸術村 抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の
指さし会話帳 中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい
中国』(情報センター出版局)などがある。
> 「衝動」北京芸術村から20年
 7月4日(日)夜22時45分~90分間、ハイビジョン特集『北京芸術村から20年「衝動」』
が放映されます。「中国の現代アートがおもしろい」などと、どこかの雑誌みたいに上っ面の現状を追うのではなく、作家の個人や作家性に踏み込んだノンナレーションによる挑戦的な作品です。ディレクターは『麦客』という有名な作品を手掛けた佐野岳士さんです。ぼくも片隅に名前を入れてもらえました。ありがとうございます。

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 表題は20年とありますが、99年に画家村の本を出したぼくにとっては「あれから10年」との感慨がよぎります。この番組でも王慶松、徐一暉、宋永紅の人生はまさに番組が描くように好対照を成しています。かく言うぼくや、中国もあの頃想像していたものと大きく異なります。中国と関わるものにとり90年代末期から2010年にかけての変化は特筆物だと言えます。
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 変化をとらえ続けたものとして中国を扱った日本のテレビ番組は活字に負けないものだと言えます。
 上で挙げた佐野さんをはじめ、中国を得意とする数多くのディレクターやプロデューサーが活躍しており、視聴率の問題だけでなく、作り手たちの意識が、たとえば彼らが微妙に近しい関係で互いに意識し合っている意味で活字メディアより有力かもしれません(活字メディアが一部の担い手が出版社の徒僕になりがちで、だらしないのでしょう)。中国物は何と言っても取材が大変ですから活字だけでなく映像の世界でも専門化しやすいのです。
 最近では70年代生まれの作り手の台頭も目立ちます。
 同じく4日、13時~14時半、BS2にて、ドキュメンタリーシンポジウムに米本直樹君が出演。彼は中国業界関係者の間でも話題になった四川地震のドキュメンタリーを立て続けに発表した若手ディレクターです。
 また6月20日にETV特集 で放映された『中国残留孤児 夫たちの歳月』も3年にわたる取材で完成した作品。中心になったアジアンコンプレックスの佐藤充則・平野愛はぼくよりも年下の若手製作者ですが、数々の中国取材を手掛ける中で長年戦争問題に取り組んでいます。拙作でも紹介しましたが、中国の民間やら市民社会を考える上で戦争問題は実は古くて新しい問題・ファクターであり、その意味でも2人の活動に注目しています。
 そして、アジアンコンプレックスには中国コーディネーターの第一人者、プロ中のプロと言うべき大谷龍司さんもいたりとなにかと刺激的な場です。
 今後とも注目していきたいですし勉強したいです。

☆☆☆縷衣香記
 やや、途中から見たのですが面白かったです。
中国は政府の弾圧があったので画家たちはその抵抗という大きな意志があって切羽詰まった問題意識で制作するんですね。逆に政府の弾圧が消えた今これかrどうなるんだろうかという問題意識も出てました。

 4人の作家のそれぞれの物語。
下放とか肉親の死によって工場労働を長くした後に8年かかって美術学校に行ったと言う人も出てました。泥臭いと言うか「絵がなければ生きていけない」というアーティストにとって一番大事な言葉が出ていました。
 また、現代そのもの。アートの値段を見て、「安いわね。」と画家の奥さんの言葉。
 他に売れ筋注文で抵抗しながらも絵が売れるようになった「売れっ子」アーティスト。

 798の生活も決して豊かでないが、売れっ子にとって「自分に車は安ものだ、400万円だった。」などとも言う。

 死んだお母さんに見せてあげたかったと自分に絵の写真を母親の墓の前で燃やす。

 物質文明に犯された今の中国を風刺する現代絵画。昔の明がと同じ構造でバブリーでチープな裸を見せた女たちがポーズする写真絵画。

 でも、ウェイウェイが古代の壺をどんどん壊していく現代美術を見た時に「愚かしい方向」に向かっている危惧もあった中国の現代美術。古典の美しい品格はもう戻らないのか

 情緒というのがアジア的。まだ、これからという感じがする。ここを通りぬけなければ


☆約 束 の 花 限界集落に咲くいのち     55分枠
放送時間 : 7月4日(日)24:50~
ナレーター : 柳沢真由美
制作 : 南海放送
再放送 : 7月11日(日) 18:30~  CS「日テレNEWS24」
7月12日(月) 23:30~  BS日テレ
予告動画

6年前、愛媛県の山間の村で一人の老人と出会った。絶滅の危機が叫ばれる山草、「クマガイ草」を咲かせる92歳の近藤清さん。一杯の焼酎を楽しみ、畑を耕し、汗をぬぐい、花を育てる。何の無理も背伸びもない日々は、不思議な輝きを放っていた。清さんが暮らす人口270人の小さな山里が、一年に一度にぎわう時がある。4月下旬からわずか2週間、クマガイ草の花を見るために5000人近い人が清さんの家を訪れるのだ。競争・利害・勝ち負け…そんな言葉が渦巻く中、私達は「大自然」と「老人」と「花」が織り成す物語を6年間にわたって定点観測した。清さんは3年前他界、長男夫婦が跡を継いだ。そして、今年もまたクマガイ草が咲いた。清じいちゃんとの“いのちの約束”を果たすかのように…。

*アジアテレビジョンアワード2003 グランプリ受賞*
・・平成15年12月5日・・

アジア最大のテレビ番組コンペティション『アジアテレビジョンアワード2003』(アジアテレビ賞・シンガポールにて開催)が12月3日開かれ、南海放送制作のテレビ番組『クマガイ草~小さな村の小さな奇跡の物語~』(2002年5月初放送)が「ドキュメンタリー番組部門」で第1位・グランプリを受賞しました。(昨年の受賞は中国・上海TV 『MOTHER』) この『アジアテレビジョンアワード』はアジア14カ国から1300を超えるテレビ番組が参加。ドキュメンタリーやドラマ、アニメーションなどのジャンルで審査が行なわれるものでアジアのテレビコンペティションとしては最大のものです。
 『クマガイ草』は愛媛県・別子山での老人と花にまつわる出来事を丹念に追ったドキュメンタリーで「人間賛歌・自然賛歌として出色のドキュメント」との評価を頂きグランプリを受賞しました。
 国内の番組がドキュメンタリー部門でグランプリを受賞するのは初めての事です。
 また、ローカル放送局のグランプリ受賞も初めての事です。

☆☆☆縷衣香記
 清じいさんの生涯は実に美しい。
 清さんの父親が遊び人で浪費して借金があったために14歳から奉公で、4年間借金返しの人質労働だった。昔栄えた銅山での過酷な仕事。

 息子さんが、「とにかくまじめ」と語った清じいさんは優秀な労働者としてのお墨付きも持っている。
定年まで働き、子供たちを育て、彼らが地元を去った後は、山にばあさんと残り炭焼きやシイタケ栽培で食べていた。

 このクマガイソウとであったのは、神様のプレゼントのような気がする。
とても栽培が難しいだけでなく、たまに山にあっても盗掘されてしまうという。

 清爺さんのところに来る花を見るひとたちの車の列。
家族がお茶の用意をしてサイン帳にサインをする。そのノートももう40冊くらいあるのではないだろうか?
 毎年来るのを楽しみにしている人や入学記念に来る人も。

 四国の山の風景も美しいし、しもの降りるような寒い日は、たき火をして地面を間接的に温めて育てる清爺さんのお手間を見ると、この方でしかできなかったことなのだと思う

 クマガイソウを調べるといろいろなデーターがでてくる。
 本当に素敵な人生だ。

ひとしきりの大雨! 

 平凡な週始めである。

 主人のワイシャツが7枚と私のブラウス1枚をクリーニング屋に持って行ってできあがったものを持って、そのまま、郵便局へ行って長野グリーン・クラブに3600円の会費を振りこむ。
すいていて、「さあ、どうぞ。」というので、金額も書き込まないまま窓口に立ったが、隣にかなり大きな犬が寝そべっていて踏みそうで気になった。

 「きれいな艶のある毛ですね。」と送金依頼を終わって、顔を見つめたら娘の通っていた幼稚園の園長だった。

 あれから20年以上たつのに「お若くなって。」と言われる。

 それから、銀行へ行ってお金を下ろす。

 恵比寿に行って、7月7日に着る洋服を見る。バーゲンのただなかでどこも安いのだが、やはりしっくりいかないものばかり。1階で今日のおやつの千疋屋のフルーツ・ヨーグルトを2個買ったり、今夜の夕飯に決めたマグロのお寿司やセロリのサラダなどを買って、山梨の李のジュースなどを飲んでもう1度1階のブティックを覗いて、さっぱり地味系のワンピースを買った。始めのお値段がいいので50%引きでしたが、けっこうしました

 少しでも節約のため目黒駅までJRに乗り、柿山のおかきとAERAを買って、大雨の中、タクシーで帰りました。

☆マグロのお寿司をセロリのサラダといただいて、AERAを読んでいたのですが、特集の主なるものは
「パク・ヨンハ『自殺の真相』」「中国ストを演出した男」「一億以上報酬213人リスト」などでした。

 「パク・ヨンハ」さんの記事を読むと、お父さんが背負った多額の借金があったそうです。
芸能人のマネジャーをしていたお父さんはこの業界のプロで裏も表も知っているやり手だったそうです。しかし、親戚の借金の保証人になって多額の借金を背負い、それを返すためにパク・ヨンハさんは7年働いてきたそうです。一家はそのために家を失い、父親は個人破産をして、家族は離散になったそうです。
 昨年10月にお父さんの癌がわかり、最高のアドバイスをする父を失いかけ、また、父親に癌であることを告げれなかったそうです。

 今年1月に日本人相手にグッツ販売をしていた関係者が2億ウォンをだまし取っていたことがあり、朴さんは自腹で弁償。2月には事務所員の横領が発覚したそうです。

 パクさんは父親が借金をしていた際に親戚までもが態度が変わる経験を若い時にしていて、お金の怖さを語っていたそうです。

 後ろ盾の父親が亡くなるのを悲観して、絶望したのでしょうか?

☆次に「一億以上報酬213人リスト」に出ている3人の豪邸の写真を見てました。
 
 お金というものは本当に怖いものだそうです。
 神様は人間におかねを使わせて人間の能力を見ているようです。

☆「女神」の宝くじを5枚買いました。

 人間にはそれぞれ許された範囲といいうのがあると思う。
 しかし、保証人のハンでホームレスになったり、倒産するのはザラだ。
 しっかりマネージャーのパクさんの父ですら、免れなかった運命の災いの渦。

 死んだ方が楽だと思ったのか?
 人間に絶望したのか?
 死に顔は花のように美しかったそうです。

 彼が死んでCDが売れているそうです。
 誰か助かったのでしょうか?

希望!

揺りかごに入れるものは空だったんです。

作品「100個の棺桶と1個の空の揺りかご」が私の2001年の制作。

しかし、揺りかごの中は空でいいのか?

それが問いだったんです。




☆「希望」の根拠はどこに?



 私たちの体験する地獄も納得にかない理不尽もすべてが統合され光に変化する場所がある。

 それが「希望」のあるところなんですね。

☆☆☆
 私も今日の午後、娘の幼稚園の園長先生にあった。26歳の娘が3歳のときのお世話になった幼稚園の先生だ。
 わかりやすく言うと、愛子さまの不登校のような事件があった。

 私の娘を叩く。それもブリキの機関車でガンガンと。
 娘のお弁当に麦茶を流して食べれなくする。
 その少年の未来のために黙っていてほしいと園長は言った。

 私は我慢のあまり2年間歩けなくなり、食事が食べれなくなり7キロ痩せて、実家ではこのまま死んでしまうと思った。それで、娘は幼稚園を替え、それでも2年保育の4月に間に合ったが、実家の母と主人が娘の幼稚園の送り迎えをした。

 小学校に入る半年前に、このまま区立の小学校に行くと加害者の少年と同じクラスになるという現実に、気がついて(娘が幼稚園をやめたあとも他の被害者が辞めたニュースが聞こえてきた)こうして、寝てはいられないと2年ぶりに立ちあがり、半年決戦の秋の私学小学校入試のために母子で頑張ったのだ。受験番号10で「十字架の闘い」に奇跡的に合格しました!!!!!

 さて、やがて南平台のドミニコ教会のガール・スカウトに通った娘を迎えにいた際に、ある3歳のときにいた同じ幼稚園の先輩のお母さんにあった。Nさんは私の娘の事件を知っていた。そしてS学院で同級生だった園長先生からの食事の誘いに縷衣香さんの子供にちゃんと謝らないのなら、あなたと食事はしないと言った。それでか、確かにその後、同じ幼稚園に娘を通わせていたKさんの娘さんと私の娘は幼稚園に呼ばれ、半日何らかの催しに参加をしたのであった。

 私の娘が辞めた時、(辞めさせたわけではない)加害者の母親も園長先生も、娘が弱い性格で普通に幼稚園に通えない資質としたかったようだ。しかし、母親だから知っているが、私の娘はかなり強い。パリの幼稚園だってどこでも、うまくやっていけたのだ。ただ暴力に反対したのだ。

 それで、好奇心混じりに電話で「どちらの小学校にお決まりですか?」と園長から訊かれたときに、
「○○ですか?」「いいえ。」「△です。」「△なら○でしょ?」「いいえ。」「それで、どちら?」「◎です。」「・・・絶句。」ということでかなり園長先生も舐めたことを反省したようだった。

 しかし、そんなわだかまりも23年も経過すると、私も娘も赦したし、園長がこの経験で少し真摯に子供と向かってくれるようになったら、いい経験と変化するわけだ。

 それが、「希望」なのである。

 園長先生とは同じ所属教会で、電話網も私の次だったこともあって、主と言うのは徹底的に反省させるのだなあと感心したのである。

☆☆☆
 上のHOPEの人形はアイルランドで買ったYさんへの誕生日プレゼントなのだけど、他にはかわいい彼女の隣人?である猫グッズを送った。

 猫の顔のブローチはウッド・バーニングと言って、焼き鏝で焼いて茶色を白木に着ける技法です。
この作家さんはアメリカでも発表していて、広尾で個展のときに買いました。

 水色の箱の中の猫ちゃん2匹はオルゴールです。


 絵ハガキは黒姫在住の陶芸家の作品です。
 りすは黒姫のりすらしい!
 「道の駅」で買ったもの。