September 15th, 2010

安心できる社会を!希望のある社会を!「木橋」を読んで!

 昨晩4時まで読んでいたが、途中で寝てしまったらしくまだ読み終えてない。


 死刑囚の永山則夫の「木橋」の生い立ちには私は殺人者ではあるものの同情せざるをえない。

 本人も悪いが、母親や父親、兄弟もひどいのだ。

 父親はのんだくれて家から出て、ドブに浸かって死んだそうで、警察が撮影した4枚の写真を見たそうだ。

 母親は問題のある子供を何人も抱えて、男を家に引き入れて、その間、妹は近所のテレビのある家へ則夫は映画館にチケットを渡して行かせていたが、こどもなりにそれは知っていた。まだ小学生の頃だ。

 姉は誰かに腹ませて、その子供も同居していたと言う。妹も妊娠して流産し、お墓に胎児を埋めに行っている。

 そんなめちゃくちゃな家の中で3人の兄たちに毎日のように暴行を受け、いじめられ、都合よく新聞配達少年として使われながらも、学校でもいじめと教師からの無視なので行かなくなってしまう。

 しかし、中学ではマラソンでも早くて同じ年齢ではトップであり、この文庫に記載されている風景画や文章ももともと頭のいい少年だったことがわかる。

 兄たちは嫉妬していたのではないかと思うくらいだ。

☆兄の暴力から逃れるために2,30回も家出をしているのだ。
 兄弟や親が責められるべきだ。
 寝小便もひどかったが、精神の安定が欠けていたのであろう。

 母親は魚の行商をして働いていたが、女としても生きたかったのであろう。子供はそんな母親には傷つくのだ。貧しい家に駅員の彼が訪ねてきて、彼のために座布団が買われていたと言う。

☆中学も満足に出ていない、出生記録が「網走」の少年。盗みは子供のころから。

そんな前科のある少年をいたぶるのは簡単だ。

しかし、「木橋」を読むと、鳩小屋を作るために木を盗んでるのを見ても黙って見逃していた大人もいた。また、その鳩小屋から自慢だった鳩を盗んだり、殺したのは、その界隈の金持ちの少年だった。
貧しいくせに「生意気」ということか。そんな則夫少年には味方がいない。

 小児マヒの少女を病気と知らず、まねして後ろから歩いていたら、教師からこっぴどく殴られた。
自分は病気とは知らなかった。
自分は毎日、差別されて嘲られているのに、教師は加害者を叱ったこともないし、かばってくれたこともない。

 則夫は不公平だと思った。

 則夫は淋しかったのだ。

 そんな則夫を理解して抱きしめてくれる人がひとりもいなっかっとは。

☆自分を律するのは大変だ。
 それも幸福な人しかできないかもしれない。

 私も娘と4年間の母子家庭中に娘は寮だったので、金・土・日は一緒にボストンにいたが、その他は彼女は寮にいた。
娘は同じ日本人の上級生3人に執拗ないじめにあっていた。

 高校から日本から来た子供の2人は言葉のストレスがあったのであろう。1人は混血だったので英語にはハンディがないが、日本の立川のアメリカン・スクールのレベルより高かったので、学年が下の娘より数学が低いクラスに入れられた。それで、あとの2人の日本人を使って娘のいじめでストレスを消化していたが、孤独に耐えられずに1年もたたずに帰国し、日本では人が変わったように暗くなって痩せていたという。

 そんなさなか、私は自分の通っていた美術学校が終わると誰ともおしゃべりもせずにまっすぐに自宅に帰り、もっぱら娘からの電話に励ましていたのである。

 孤独だから男を作ると言うのは考えられない。

 娘の性格では私が恋にうつつを抜かしていたら、自殺しかねないタイプなのである。

 日本のDVDを借りたり、かわいい小さなものを買って孤独をかわし、アメリカ人に弱音を吐いたり愚痴ったりはしなかった。無防備になることが怖かった。娘を守らねばならなかったのである。

☆永山則夫の母親はそうした子供の気持ちを考えたのか?
 夫がどうしようもない人だったとしても、家にお金を入れず、博打をやっていたとしても多くの子供たちのためにしっかりと独り立ちしようと思わなかったのか?

 しかし、過酷な質問かもしれない。

 貧しくて夫が逃げた「?」様な家の主婦は田舎では軽んじられるだろう。
そして、隙間があれば狙う男も多いのだろう。

☆今日の日本経済新聞では、管政権に望む市民の声がいっぱい記載されていた。

 70代夫婦は2人の年金が月130000円。40代の息子が病になり、夫がクモ膜下で3年前に倒れているので明日が不安でしかたがないという。

 夫の会社が倒産して収入が3分の2になり、妻も働くために子供の保育園を1年半待って確保したが、就職先が決まらないと言う。

 50の男の人の会社が倒産して就職のため職安に行っているが月20万円の収入の会社に100人以上の応募者にいる時代だと言う。

☆姑が北海道から帰ってきて「おいしいのよ。」とホタテスープをくれた。

 私はこれから歯医者。
 3年放置していて、歯のかぶせものが外れたのだが、ひとつの歯が欠けたのは根がしっかりとしているので大丈夫だが、前からない歯にはブリッジをかけると言うのでずいぶんな費用になる。

 これは自分で払うべきお金なので自分に貯金を崩すが、生きることは大変だなあと私も思う。

 「奇跡のりんご」のおじさんのように歯など無くても、いいような気がするが、今のうちしか時間が取れないので秋のうちに治そうと思う。

歯医者に行ってから「終着駅」を観る!

 12時半の歯医者の予約。
 支払いを信組銀行の自分の口座から下ろして行った。

 歯医者は痛いですよ。
 それと少し鼻グズで長時間口をあけているのは本当に辛かったです。

 それで、渋谷に出て「終着駅」のチケットを買いました。トルストイの最後の夫婦の物語。
 家出をして、駅長室で亡くなったんですよね。

 3時40分が開園タイムなので、その前に東急でバーゲンの透明の茶淹れを買いました。ハーブティーを入れるのに見えたほうがいいので。1000円でした。

 それから「パンの木」に行って、ドライカレーとレモンティーを。
松本さんと話せたのは嬉しかったし、テーブルのセッティングが替わって青と白のクロスがかかっていたので、訊くと壁の絵を飾っている人が全部のテーブル分のセッティングをしたそうです。70歳くらいの女性で商社の奥さんのようでした。100円の葉書きは割と売れるそうです。

☆トルストイの名作は読んでいるようで読んでいなかったのか、村作りで差別のない平等の暮らしを始めていたんですね。実際は母親が伯爵夫人で豪華な邸宅暮らしをして、すでに文豪でしたから多くの信奉者がトルストイの莫大な印税を啓蒙運動のために寄付を願って、奥さんとの対立があったのでした。

 子供が12人とか13人とかのトルストイの生活は随分夫婦中もよかったのでした。
しかし、人類の幸福を考えているトルストイには「自分たちは十分すぎるほど豊だ。」と印税の私有しない遺言を書きますが、そのために奥さんはピストルを持ち出したり、湖で自殺しかけたりで、彼女の普通の女性としての感覚は「邪悪」「エゴ」と多くの平和運動家は罵るのです。

 しかし、映画の中では夫婦はやはり永遠に愛し合っているのでした。

☆人類の幸福を考えると、同じようなことをするのですね。

 田舎で田畑を耕すトルストイの娘たち。
 父のよき理解者です。

☆映画を観てから「堂島ロール」の半分サイズのチョコレートバージョンを買って帰ってきたら、「聖母の騎士」からテレサさんの本が2冊届いてました。
明日、歯医者の帰りにでもサインを貰いに行きましょう。
そして夕方に英語バージョンができきるそうですから、画廊には金曜日に届けられるでしょう。

☆「あの本は何ですか?」
 「ホームレスさんが自立するために300円のうち160円販売量をもらえる「ビッグ・イッシューですよ。」
 今日は渋谷で1冊、五反田でその前の号を1冊買いました。
 「なぜ行政はもっと宣伝しないんだろう?知らなかったです。」
 「イギリスが発祥地でアイルランドでもあるんです。日本のはその翻訳もありますけど日本用の記事でいい内容なんですよ。」
 そう言えば創刊150冊目だったのかな?先週は。

 「自分たちの顔が皆入っているよ。」とホームレスさん。
 表紙に150と書いてあって人の顔写真が並んでいるのです!

 自分たちは自分のできる範囲でできることをすればいいんではないかと思いました。

☆それにしても平和のために別れたりしている夫婦って多いんですよね。