September 17th, 2010

家の大掃除!心の掃除!

 娘に電話をしても応答がなかったので待っていたのですが、19日に一晩、彼が東京に泊まるようでした。ホテルにと言ったらもうお金がないそうで、家に泊まるようでした。

 それで、長野へは行かずに今朝の電話が朝の9時半にあったので、大掃除を始めてます

 ふたりでカーレースを観た様で楽しそうでした。

☆今日の東京は暑いです。
 湯船、脱衣所、2階のトイレと始めて、娘の部屋も掃除をしなければと思います。

 今は第1回の雑巾を洗濯機に入れて洗っているところです。
 髪もついでに洗ったので干しながら、ブログ・タイムなのです。

☆テレサとの会話を思い出しました。
「セラフィーヌの庭」についてです。
「セラフィーヌは本当にマリア様の声を聴いたのかしら?どうして精神病院に入れられたのだろう?
マリアさまはどうして彼女を護ってくれなかたtのかしら?」それが、テレサの疑問です

私はこう答えました。
「マリア様は守ってくれないわよ。
 私が地獄の様な思いで、2年近く30歳のころ、浄化塾生の世話をしながら、ボランティアや寄付をして、自分は貧民窟に住んで栄養失調になるほど奉仕をして、集まってきたのが「マリア様の奇跡」の資料だった。
 でも、それは週刊現代の記者に全部盗られた。
 あの時に私は33歳か34歳だった。
 だから私は、その人を赦すこともできたし、絶望せずに、生きることもできた。
 あれだけの犠牲をマリア様は知ってられるのに、助けてはくれなかった。
 帰りの飛行機代がないと言う人に20万円出したり(返していくれませんよ。)、ありとあらゆる奉仕の機会をすべて応じてきたのに、残ったのはぼろぼろの体で祖母の輸血にも応じられなかった。
家族からは総スカン。

 私は考えた。
 私のタイプで、また頑張ればこのぐらいの努力も成果も残せる。
 しかし、もし、40代だったら?50代だったら?60代だったら?
 私はこのような恐喝で盗人のような人を許せるかどうか?
 訴えたり、愚痴ったりしそうだ。

 だから結婚することにしたのよ。

 セラフィーヌの気持ちは私にはわかるわ。もう年取っていたのよ。
 やり直せないわよ。
 絵が売れるようになって、彼女は多少他人を見返したと思う態度を取ったかもしれない

 でも、若い時のいやしめられた家政婦生活で襤褸を纏って歩いていたときに他人の視線
 一度いい体験した彼女には、そこにもう戻る気が失せていたのよ。

☆テレサは言った。
「彼女は67歳だったのよ。」

☆私は言う。
 「67歳であれだけ頑張って、絵を描いてきたのよ。
 笑われても蔑視されても彼女は誇りがあった。
 それが世界的な大恐慌で絵が売れなくなって、買ったつもりの大邸宅も買えない現実も教えられたし、結婚式用のウエディングドレスもオーダーしたけれど王子様は始めから彼女の空想の中にしかいなかったのよ。
 狂ったら楽よ。」

☆テレサは言う。
 「路上生活よりは精神病院で生活できて守られた。」

☆私はこう考えた。
 苦しい時も困った時も、教会の神父に相談したことはないし、救いを求めたこともない

 しかし、信者としてキリストに恥をかかせない生き方をしよう。

 霊的体験した人で教会からは何も期待をしないが教会を助けると言う考え方は多い。

☆テレサは自分の本の中に書いているが、実の母親から「いらない子」と言われて、夫からも「いあらない妻」という扱いを受けたと言うのが傷になっているという。

 マザーテレサはお母さんで、マザーは要らない子という扱いをしないと言う。

☆私はテレサと境遇が違うが、母親とはそりが合わなかったので、「いらない子」くらいは言われた。
だけど、私はそんなことは関係なかった。
私はお母さんの弱さを受け入れる努力もした。そして、裏切られ続けたがお母さんの少しでもの幸福を支えたつもり。

 私の主人も、別に毎日ラブラブなわけではない。

 「嫌いだ。」と言われたら、実は「好きだ。」って言われてほしいのだ。

 人間心理というのはそういうものだ。

 そう言えば彦坂さんが村松画廊の女性オーナーの川島さんに「絶交!」と宣言されて以降縁が切れたと言う。私は言った。

 「だめよ。そういう時はあたなの援助がなければ自分はやって生けない。見捨てないでくれ。というべきなのよ。そう言うのを期待して言っていたのよ。」

 「そうか!」彦坂氏。

 「そういうことがわかったのも私も最近なんだけどね。」

 つまり、売り言葉に買い言葉をしてはいけないのだ。

 主人が昨日「君には毟られてばかりだ。」と言ってので、「よくいうよ。」と思ったが、歯医者の支払いもあるので啖呵を切ってる場合でないので、とにかく「おやつ」を出しておいた。

☆私が思うに、潔癖というのは大事なことだが赦しというときには自分の弱さを見つめることも大事だ。
 
 姑に「捨て子のくせに。」と言われたときに、ご主人は一緒に家をでいてくれたのは「愛」があったのではないの?

 テレサは「金」だという。親指と人差し指で丸を作って言う。

☆私の仲良し友達はみな実家が裕福で、ご主人はそれにつりあうエリートばかりだ。
 でも、友人たちは「お金目当てでむしりとるばっかで傷つく」という。

 私は言う。
 「いいじゃない。主人は東大ですって言えれるんでしょ。誰が見てもイケメンで自慢できるでしょ。
そのくらい貢いでもいいじゃない。」

 私なんかは姑付きで貧乏で東大でもないし、イケメンでもないけれど貢いだって不幸だとは思わない。

☆私の母はどうしようもない女だったと思うけど、父のことは大好きだった。
 それで、今になって最低3人の女性の生活援助をしている父のことがわかったが、母はもっと前に知っていたのだろう。

 それで子供の寝てからすさまじい夫婦喧嘩をしていたのだろう。

 その八つ当たりが私で、私は父と相性が良かったのでひいきされていたのが母親はどうしようもない感情で我慢できなかったのだ。

☆父は言う。
 「ママ。そりゃあ、幸せさ。
 子供4人、特別心配な子もいなかったし、生活費はたくさんあげたから欲しいものは何でも買えたし、
幸せだ。」
 父は、持ち前のやさしさで生活援助をしていたのは中国からの帰国者や障害者や日本で不自由な中国人だったのである。

☆あるときに、家業のレジをしていたパートのおばさんが、レジをごまかしていたらしく3万円とか4万円とかが合わない日が続いた。

 母親は「そんな盗人止めさせて、ほかの人を雇え。」と声を荒々しく騒いでいた。

 しかし、父は「よほど、お金に困っていたんだろよ。」と気がつかない態度を続けた。

☆夫婦なんかいい加減なものだ。
 父親は多少の認知症があるようで、ママを探すと言う。

 「T(末の弟)が2日間いなかったので、お腹が減ってたまらない、2階のママもおなかをすかせているからこのご飯を持って行ってくれ。」と自分のご飯の乗ったお盆を指さす。

 「ママはもう4年も病院にいるので、医者が胃ロウで十分な栄養を与えているので心配ない。」
 
 末に弟に訊くと、自分は1日も家を空けたことはないし、実際にそんなことをしたら死んでしまう。
母親はお腹がすくと探すらしいよ。前に記憶に戻っているんだね。

 つまり女を作っても、妻が一番なのだ。

☆テレサにはそうは思えなかったようだけど。

☆今、62歳になると私は人生には少しハンドルの遊びが必要だと思う。
 難しいんだろうけれど、みんな事情があるんだからね。

☆テレサに言った。

 結婚のときに主人の家と自分の家は格差があり過ぎてずいぶん緊張をしたんだけど、
実際に結婚してみると、姑は隙間のない現役の英語の教師で「わたしなんかでいいんですか?」といつも思っていた。

 でも、姑は貰いっこだった。
世間的にはエリートのお金持ちで何不自由ないお嬢様で3人のお手伝いさんがいて、名門のお嬢様学校に通っていた。
 でも、普段着3枚しか持っていなくて、あとは学校の制服。
貰ってくれた家は家の存続のために育てたので、「大きくなったらダイアモンドのついた帯を買ってあげるから。」と言ってかわいいワンピースなど持っていなかった。

 あるときに友達の家からの御呼ばれがあって、着るものがないのでお手伝いさんが身銭で布を買って徹夜で縫ってくれたと言う。

 お嬢さま学校でみなが贅沢で親に愛されてきれいに着飾っている時代だったからそれは辛かったと言う。

 そんなもんよ。
 外見では分からないわよ。

 でも姑はとてもポジティブ。
 あのときに贅沢を覚えなくて良かった。

 婿養子をとって、自分の小遣い稼ぎに専門学校の英語の講師になって自分で稼いだ。
それが良かった。こどものころから宿題と一緒に家の帳簿つけを学んでやっていた。
それも良かった。

 姑はなんでもできるのよ。子供のジャンパーもワイシャツも自分で縫った。下手で子供が着ないので困った。

 私ね。姑がポツリと自分の生い立ちの話をしたときに何もかも許せたのよ。

 姑は貰い先にお手伝いさんのように重宝に使われたけど、それでも自分の養母が好きだったわね。
とてもきれいな人で大原麗子さんそっくり。94歳まで本当に身綺麗にしていた。

 それでも夫がハンサムな海軍さんだったから上野のお囲いさんがいて、ヒステリーになって自分は不幸だと言っていた。そんなもんよ。家付き娘で着物は買いたい放題。家事なんかしたことがない。

 みんな何かが欠けているんだと思う。

☆姑は北海道に知り合いの修道院の神父を訪ねに行ったそうだ。

 神様はやはりいたほうがいい。
 神父もいたほうがいい。

☆私は歯の治療中に「マリアさま。」って祈る。
 耐えられる範囲の痛さでありますように。

 そんなわけで人間はあまり大きな賭けはしない方がいい気がする。

☆さあ、掃除!掃除!

掃除・洗濯まるで駄目な私だけど!

 この間買った、紺に水玉のシーツ
紺の水玉のコンフォートで白いレースがついていて、裏側は白に水玉の真逆になっているのと、紺に白の水玉で片方に白のレースに着いているまくらカバーと、白に水玉の小さなクッションと水色の円柱型の長まくらに自分のベッドを替えてみた。


 食堂テーブルに前に買ってあったハーブティーを見つけしばしの休憩。


 掃除をしているときに見つけたWWEのジョン・シナのTシャツと娘がアメリカから帰るときに持ってきたジョン・シナの風船。
 

 今はイケメンのジョン・モリソンが好きですがグッズは持ってません。

☆掃除そのものはそう面白いものではないので、時々は遊んだり発見がないときついかも。
 これから主人のワイシャツを出しに行って、今夜の夕飯の支度をしに買い物に行きます!

 今日は忙しいぞ!
 最大の難関、娘の部屋がある!

秋桜を買ってきました!

 今、クリーニング屋とスーパーに行って「秋桜」を買ってきました!


 この間、買ったワンピースとおそろいのスカーフ。
洗濯屋に出さずに自分で洗ってアイロンかけることにした。


☆自宅に帰ったら、カードの請求書が来ていて、ポイントがたまっていて10月末までに使わないと無効のようなので、電話をして商品券にしてもらった。
本当は旅行用の絵の具セットにしたのだが、カタログが古いので番号が間違っていると幾度も電話でアナウンス。少しだけど商品券ならそうは番号が違わないだろうと思ったら、その通りで同じ番号だった。

 夕飯はぎょうざとてんぷら結びとサラダ。

 主人が帰ってきたので「娘たちが19日に泊まるって。」と言ったら、怒り出して「無理だ!」という。
私が娘の部屋を片付けるから、大丈夫といったのだが、「片付けられっこない。」といつも否定的な男である。今夜徹夜でも片付けてやろう。

☆隣の奥様と買い物途中であった。
「クリーニング屋に行くの。」
「ほら!」
彼女もクリーニングし終わったセーターのようなものを見せた。
二人で立ち話。
蚊帳教会のお話も少し。
「野尻湖、お嬢さんもいらしたの?」
「いいえ、彼と旅行中。19日に家に泊まるのよ。とにかく好きな人と一緒にいればいいと言う考え。
何々家でないととは考えないのよ。一生は好きな人と一緒に要るのが一番だから。」
たぶん、年配の女性だから面喰っておるのだろうが、彼女はアメリカ育ちなので、そううるさくはない。

有名人の奥様だけど、お手伝いさんもいないで一人で大きな家を掃除している。
「大変だけどね。」
「うちは3軒あるんだから。父の家も。」
「もう、私はすべて見送ったから主人と二人暮らしよ。孫も大きいのは高校生。小さいのも小学生。」
あんなに、ご主人が大成功している家の奥様がきさくでさっぱりしていて感じがいい。

今、若い友人から電話があった。
彼女の御主人は隣のお嬢さんと一緒に仕事をしているそうだ。
「あんなに成功している奥様は大変なこともあるんでしょうね。」
「私たちくらいが一番いいのよ。」
「あまりにも普通で。」

「それでは、娘が帰っていったらまたお会いしましょう。」

☆少し、休んだら娘の部屋の掃除開始!
(彼が自分のマンションは掃除をしてきれいにしたから、東京の家も掃除は必要はない。彼がやるからと娘は言ったが。)
「それじゃあ、彼は疲れてしまうでしょ?」
「大丈夫だって!」
「大丈夫でないでしょ。?」
信じられない彼のやさしさ!!!

娘の部屋を片付けて!

 発見したのは彼女が2歳のときに買ってあげた本です。





 





 絵をみて大体分かるんですが、いたずらっ子のネズミが最後にはお友達を救うんですよね。

 これが2歳の時から26歳までの娘の英雄像です。

☆雑巾を洗わねばならないので少し休憩です。
 明日も1日あるので間に合うでしょう。

 娘は女の子特有な部屋で、薔薇やレースを赤と黒でコーディネイトしているのですが、その合間に本や衣服がたくさんあるので、歩くのが大変そうです。

 彼のためにスペースも作らないと眠れないの片付けているのです。
 シーツも洗ってあるので替えてあげないとね。

☆自分で片付けながらぞっとしたのは、もしや娘の部屋の片付けはおばあさんになっても私がするのであろうか?

 彼よね。

 娘はお婿さんの絶対条件は「家事のできる方」だそうです。

 今彼も本当に家事ができるようです。

 求めよ。さらば与えられんでしょうか?