October 2nd, 2010

深川で買った薄荷飴の懐かしさ!

 ☆晴れてます。
 何を着るか迷ってしまう。夏にワンピースにアイロンかけ!
 家もなかなか片付かないけれど、洗濯や整理でずいぶん時間がかかった。

 少しお出かけが続くので美容院に行った。
 私はいつも髪を洗っているうちに風邪をひいてしまうデリケートさ!
 それでトリートメントは座ったままやってくれた。
 いつものお店は休日がなくて担当も決まっているのでくつろげる。

 終わってから、その足で目黒から、三田線で三田、浅草線で大門、大江戸線で清澄白河に着いた。

 ☆深川っていいのよね。
 なんだか懐かしい下町。
 自分がここで育っていたような日本の情緒と庶民の町。
 深川飯もアサリ飯でいいんだけど、今日はお菓子を買った。ピンクと緑の色の染まったのが少しは言っている薄荷飴。家に帰って食べたら、昔懐かしい「薄荷パイプ」の味がした。縁日の味。
切ないくらいの昭和の味。

 それとのど飴のかりん飴も買った。

☆それからかなり長い道を歩いて、現代美術館近くの友人のギャラリーに!
 7階の彼女の部屋が角部屋なので下からも光が煌々と放たれているのが見える。
 10月1日の6時15分くらいなので、他の住民の部屋はまだ暗い。

 結構人が来ていて、ワインと3種のパン。
 お腹がへっていたので3種とも味わいました。

 私からのお土産は英語版の「蚊帳教会」
 日本語バージョンはYOU チューブで観たようです。
 キューレータ―の彼女の周りにはアート関係が多いのと、作家さん4人展で1人は英国人で来なかったみたい。
 4人とも女性の画家さん。
 少し私にとってはおなじみの画家さんで、成長を観てきた方たち。

 フリーのキューレータ―の方たちもアーティストさんたちも食べるために普通のOLをしていたりして、女性は堅実だ。

 ここに来るとがんばっている女性の方にあえて嬉しい。

 男性のデザイナーやプロディ―サーさんも普通の人用のアート企画をしているそうだ。
それで、英語バージョンのDVDを渡した。この業界がもう少し盛りあがって欲しいのと、いろいろなアプロ―チを探求してもらいたいのだ。

 少し早く帰りたかったので、早めに帰ったが、電車の車内広告で女性週刊誌の杉本彩さんの記事が気になった。それで、五反田東急の本屋で彼女の本を買った。

内容紹介
父親の借金、両親の離婚。15歳という若さで自立を余儀なくされ、生きていくためにやむなく芸能界に入ってから25年あまり。憎み合う父と母、一家離散、自殺未遂、芸能界入り、結婚・離婚、独立、肉親との確執……激動の半生を自ら見つめ直し、真摯に書きつづった力作。
   離婚に至るいきさつ、母や妹との確執、孤独な幼少期、会社設立など、本書で初めて明かされるエピソードを通じて浮かび上がってくるのは、「愛と官能の伝道師」「エロスの化身」等、女優・杉本彩のイメージからはとうてい想像できない「闘う女性」の姿。
   「リベラル」とは因習や常識にとらわれず、自由に生きること。困難を乗り越えて、タフに、インディに、そしてリベラルに生きようとする一人の女性の姿は、同世代の女性のみならず、多くの人々に挑戦する勇気と生きる力を与えるはず。
内容(「BOOK」データベースより)
私は自由に生きたい。世の中の物差しや制度など一つも意に介さず、己の魂の叫びのままに生きたい。家族崩壊、自殺未遂、高校中退、芸能界デビュー、独立、離婚、肉親との確執、そして起業。激しく生き抜いてきた波乱万丈の半生と知られざる実像を真摯に書きつくした杉本彩、初の自叙伝。
出版社からのコメント
聡明で、論理的で、潔くて、ビジュアルが美しくて、タフで、リベラルで、インディで。
そんな女性は、そうそういるものではありません。同世代の女性ファンが多いのもうなずけます。
彩さんは、女優でいるときの顔と、経営者でいるときの顔とがまったく違います。そのスイッチの切り替えの見事さに、 「仕事人魂」を感じます。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
杉本 彩
1968年、京都府に生まれる。女優、アルゼンチンタンゴダンサー、経営者、著述家。15歳でモデルとなり、1987年、東レ水着キャンペーンガールに選ばれたことをきっかけに芸能界にデビューする。30代になってからアルゼンチンタンゴと出合い、その魅力にひかれて本格的なレッスンを開始。現在では、年に数回のタンゴショーを開催するほか、物語(芝居)とタンゴを組み合わせた、オリジナルのエンターテインメント「タンゴノスタルジア」を企画し、公演を行っている。一方で、芸能事務所「オフィス彩」の代表としてタレント養成にあたるほか、化粧品ブランドを立ち上げるなど、事業家としても積極的に活動を展開している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

☆家に帰ったら、主人はまだ帰っていなかったので、夜もカレーライスを食べる。
 9時過ぎだったのかな?
 金スマでヘミング・フジコさんを特集していて、30分くらい終わったところから見た様だった。
 ずいぶん、彼女の本やCDを持っているけれど初めて知る逸話も多かった。

☆フジコさんは「赤い靴をはいた女の子」という弟さんのコメントもうなづける。
 お父さんの住むスウェーデンに行って電話をしたけれど、お父さんはあってはくれなかった。
 ポツリと「お金をねだりに来たと思ったみたい。」と言ったフジコさん。

 ご自分のお母さんは女一人で離婚後の日本での暮らしをピアノの個人教授で支えていた。

 フジコさんと弟さんの二人をピアノを教えることで、お父さんの分まで働いた。
ドイツ留学をできるような裕福の家庭で育ったお母さんは、スウェーデン人との結婚で2人の混血の子供を毎晩、足を引きづって帰ってくるほど、働いて立派に育てた。

 まして、音楽の厳しい道を歩むことを選んだ娘のために留学時代も毎週100ドルの送金をしていた。
30歳で日本を出てから、お母さんの亡くなった後まで30数年を異国で暮らしたフジコさん。

 お母さんとイタリアなど旅したようなので異国であったことはあるのだったが。

☆音楽家の命の耳が聴こえなくなったり、嫉妬からの差別で辛い思いもした。貧乏も体験し病院のトイレ掃除もした。

 絶望の果てに夢をあきらめて町のピアノの先生となった。

 そんなときに慰めてくれたのは捨ててあった猫たち。

 「自分も捨てられた猫といっしょだもの。」とさびそうに言う。

 「親は母ひとりだから。」

 90歳まで生きたお母さん。そして明るい弟さん。

 スウェーデン、ドイツ、オーストリアで拾った椅子を日本まで持ち帰った。

 別れたからとの思い出も大切。昔のことだけど。

 今もいる猫たち。今までおよそ60匹の猫を飼ったという。

☆フジコさんはドイツで、精神病院に入れられた。
自分の新聞記事を見せて、かろうじて誤解を解いて精神病院から出てこれたが、その晩遅いので患者たちと一緒に大部屋で泊まった。

 そのときに古いピアノがあって、フジコさんが弾いたピアノに患者はおとなしく聴いて涙を流していた。

 苦しいことも哀しいことも洗い流してくれるような美しい音楽。

☆耳の聴こえくなったことや、親に捨てられたことや、異国で差別をされたことや、貧乏で底辺で働いたことが美しい癒しの音を作ったのか?

 同じ苦しみにある人の魂に届く音は、今ではチケットを買うのが大変になっていると言う。

 2001年、6月に私もニューヨークのカーネギーホールでフジコさんの演奏を聴いた。

☆主人が帰ってきて、二人で「薄荷飴」を食べた。
 
 「この薄荷の味は懐かしいね。」

 「お祭りの薄荷パイプの味だよ。」


☆そして夜更かしの私は「WWEロウ」を観て、杉本彩の本を読んだ。

 ジョン・モリソンが勝ったので嬉しい!

 そして杉本彩さんは本当にきれいでアルゼンチン・タンゴを踊っている写真がたくさんのっていたのでほれぼれとしたが、彼女も自殺未遂をしたり、癇癪で皮ジャンにかぶりついで歯を折ったりといろいろの人である。

 自分が自分を取り戻すためにまっすぐな生き方をしている。

☆私も「赤い靴をはいた女の子なのよね。」

 そう、思うと涙が出てきた。

それから、4時間後には起きているんですよね。

お風呂は朝。

 そして、主人の見送り。

次なる展望へ一歩!

 さて、身から出たサビとはいえ、眠たかったのだが12時半頃に岩本町に向けてでかけた。

 某建築家のもとに行ったのだが、結構住所を知っていたものの迷ったのであった。

 それで2時から6時半頃まで、楽しい建築のお話と我が理想郷の話を少し。

 こんな時勢なので先立つもののことも考慮に入れないと!

☆都営地下鉄の「秋の1日500円乗り放題券」で帰りは目黒駅まで。

 明日からの瀬戸内国際アート祭のためのおやつや本などを購入。

 新幹線で行くので少し退屈しのぎのグッズを。

☆今の予定では朝1の品川発で出発します。
 寒いか暑いかは少し予定が立たないので、長そで、半袖、ノースリーブと用意。
 今の予定では3泊高松の全日空クレメントホテル高松にステイし、水曜日には帰る予定
 木曜日の10時に歯医者の予定ですのであまリ遅くならないように帰ろうと思います。

 海は久しぶり。

 いろいろなアートを観るのが楽しみです。

 では、今日こそ早く寝ましょう。
 御用の方は携帯かメールに記録を載せておいてくださいね。
 行ってきま~す。