November 7th, 2010

99年の愛と「蚊帳教会」

 この写真は2007年に北軽井沢でペンション「ドーム・パラダイス」で8月11日に行われた「蚊帳教会」のもので、ルルド巡礼でご一緒したヨシアさん撮影のものです。






 昨晩は「99年の愛 Japanese Americans」の第4話でした。
日系2世の青年がアメリカに忠誠を誓って、兵隊になりそれでも『ジャップ』と呼ばれさげすまれ、なんとか日系人の地位を上げるために功績を上げようと、ヨーロッパ戦線で勇気ある闘いをする。
そして、戦局はアメリカ連合軍に有利になりドイツ・イタリア・日本はどんどん追い詰められる。

 日系人の家庭の2人の娘は親から良かれと思って日本に返され、沖縄と広島で命からがらの中でけなげに生きている。

 沖縄にアメリカが上陸し、広島に原爆が投下される。

 日系2世の息子はフランスでドイツに囲まれたテキサス部隊を救出するために命を受けて雪の森の中を進むが、妻と子を残してきた同胞を庇って、アメリカ収容所に入る両親や兄弟に妻と子を託して死ぬ。

☆私は2001年の9月11日にアメリカにいました。
 テレビで貿易センターに2機の飛行機が入って行き、崩壊する姿を観ました。

 4機の飛行機が同時テロを起こし、1機はボストンから出発したので、ボストンにはいろいろな動きがありました。

 大道路にはアメリカ国旗が並び、お店には「アメリカに加護を!」というステッカーが貼られ、車の後ろには窓に「神よ。アメリカを守りたまえ!」のステッカーが貼られていました。

 そして夜にはあちこちにキャンドルが並び、祈り集会が開かれました。

 今までつれなかった白人も、中近東への差別観が悪かったのかしらという反省からか、アジアの私にいきなりハグしてきたりしたものでした。

☆娘はアメリカの高校生で、英語の授業で「パール・ハーバーで日本人をやっつけたように、アルカイダをやっつけろ。」とほとんどがアメリカ人のクラスで教師に言われ、傷つき、日本にいる2人の祖母に「日本に帰りたい。」と泣いて電話をかけてきたのでした。

☆アメリカで日本の子供たちはずいぶん闘っているのです。

 日本の商社や大学から派遣された家族の第一の犠牲は子供たちで、英語ができないと言うハンディももちろんあるのですが、アジア人という差別の中で日本では考えられない嫌な思いや緊張した想いをしているのでした。

 親たちはもちろん子どもを守り、多くの家族は日本の中学や高校、大学受験に間に合うように子供だけでも帰国させます。

 子供ながら、納得の行かないことがたくさんあって、大多数がアメリカ人のこの国で1人で闘っても負けてしまうことも知っています。その中でどこのこどももずいぶん健気に闘っていて、私はそうした実話を聴くたびに「こどもっていうのは、すごいものだ。」と思わずにはいられません。

☆☆☆
 
 私たち家族が、ボストンにわたったのは1995年の阪神大地震のあとでした。

 ホテルに着いた途端、テレビでは「日本の日比谷の地下鉄」風景が映っていて、サリンガス事件を報道してました。

 春に日本で小学校の4年生を終えてきた娘はアメリカの公立小学校の5年生に編入しました。

☆最初の彼女用の教科書は「SADAKO」でした。
 絵本で、広島の原爆で被爆した貞子さんが病院に入院中に友人が彼女の回復を祈って千羽鶴を折る実話です。千羽鶴は間に合わず、貞子さんはなくなりました。
広島には銅像もあるそうです。

 次の教科書は皆と一緒で(地下の道」といったらいいのでしょうか?
南北戦争のときにクエーカー教徒たちが黒人たちを秘密に安全なカナダに送った実話です。

 3番目の教科書が日系人によって書かれた「日本人収容キャンプ」で、「99年の愛」の馬小屋に収容された日系人たちの話でした。

☆初めての体育の授業はダンスで「さだ子と千羽鶴」でした。
 アメリカから50人、日本から50人の子供が広島の貞子像の前で踊るというキャンペーンのものでした。
 子供たちの6月の大学の講堂を借りてのお披露目に、私たち親たちは皆でそのミュージカルのようなものを観ました。

 大田川が長い友禅の布のようなもので表現されて、両手に持って舞台の左右からひらひらと動かします。

 鶴の役の子供が「貞子と千羽鶴」の踊りを舞い、貞子さんは大きな布か紙の折り紙で大きな千羽鶴を舞台の中央で折るのです。

☆☆☆ 
 その年は日米終戦50年目の年で、そんな行事がある年に私たち家族はアメリカの古い町ボストンに住み始めたのでした。

 小さな体のアジアのこどもたちはずいぶん大きな白人や黒人の子供たちの中でたどたどしい日本語で行き場所を求めて闘いながら、世界のおける日本人を客観的に観ることになります。

 親も子供同然の英語能力ながら、子供を守り励まして生き抜くよりしかたがないのです。

 私たち家族も3人でいられたのは3年で、あとの4年は母子家族でした。

 寒い雪国ですから体の方も相当びっくりするようなことがたくさんありました。


 「99年の愛」の日系人と心は一緒です。

 少しでも差別されないように、親も子供も頑張るほかはないのです。

 学力が必要と思えばそれなりの学校に行ける努力をする。

 アメリカ人と同じようにケーキを焼いたりクッキーを焼いて、父兄会やバザーに参加し母一人での家庭でもなんとかその日その日を生きるのです。

 必要とあれば、私もビザを取るために大学に行きましたし、頼まれれば日本ではしなかったアートの先生やボランティアで教えることもしました。それも子供が少しでもいい待遇を受けるようにというよりは守られるようにです。

  父親っこの娘は父親が日本に帰るときに泣いて、高校で寮に入るときに泣いて、孤独な戦いを始めました。


 「なぜ?」
 
 何か大きなものに動かされている感じです。

 私は娘とアメリカに残されたときに不安とか不満というのは無かったです。

 これは通らなければいけない道。

 何か大きなもののために。

 人類の幸福のため。

 そう思いました。

☆始めから心がけたのではないのですが、そういうふうに運ばれてしまったのです。

 娘も大変だったと思いますが、

 私も自分も大学に行きましたから、金・土・日は寮から娘を迎え、日本人の玄米とお味噌汁とお豆腐の暮らしをしてましたから休みなど無かったのでした。

 最後の3年くらいは毎日睡眠2時間から3時間でした。

 自分も学校へ行ってますから課題の提出のためもありましたし、娘の送迎などでいつ呼ばれるかわかりませんから授業を終えるとすぐに自宅に戻って娘からの電話を待っていました。

 多くに日本人がトラブルに巻き込まれていました。そんな話を聴いてお互いに助け合ったりです。

「99年の愛」本が届く!




内容説明
橋田ドラマの最高傑作を完全小説化

TBS開局60周年記念スペシャルとして11/3(水)~7(日)5夜連続で放送される同名ドラマのノベライズ作品。「書き下ろしのドラマはこれが最後」と作者自ら宣言した橋田ドラマの集大成を、情感豊かに再現します。

99年前、秘めたる大志を抱いたひとりの男が海を渡った。
だが、時代の荒波は容赦なく襲いかかる。
差別と貧困、吹き荒れる戦乱の嵐……。
過酷な運命に抗いながら、男は懸命に生き抜いた。
愛する人のため、自らの誇りを守るために。
そして、現代。99年の時を経て、男の生きざまが奇跡を起こす。
構想4年。『おしん』の作者がすべての思いを託し、
命がけの恋、家族の愛、
そして日本人の魂を壮大なスケールで描いた感動巨編!
登録情報

* 単行本: 322ページ
* 出版社: 小学館 (2010/11/5)
* 言語 日本語
* ISBN-10: 4093862915
* ISBN-13: 978-4093862912
* 発売日: 2010/11/5
* 商品の寸法: 18.2 x 13 x 2.2 cm
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