December 5th, 2010

緑の野菜を買いに出かけたつもりですが!

12月4日
 シチューに入れるアスパラかブロッコリーが欲しいと黒姫の第一スーパーに行くつもりでバスに乗りました。そして、「しなの」書店のお母さんに、家で採れたシイタケをビニールに入れて渡したのです。
「わあ、見事!どんこシイタケっていうのよ。これはお店では買えないわ。」

 3時52分のバスだったので、帰りはもう5時20分のバスしかない。そして真っ暗。

 いっそうのこと長野に行こう。5分くらいで信越線が来たのでした。

 長野について、「今日は『武士の家計簿』の初日ではないか。」と気がついたのです。
帰りデパートが閉まってはいけないと、先にブロッコリー、ピーマン、みかんを買ったのでした。

 歩いてロキシ―に着いたのは5時ですでに始まっていたそうですが、日本語なのでわかるでしょうと入りました。鯛の絵を本物を買えなくて節約するところから観れて、問題はなかったです。

 初日ですからお客さんは30人くらい入ってました。内容のせいか年配の夫婦が多かったですね。
堅実な暮らしと節約の思い切れが描かれてます。実話だそうです。

 6時20分くらいに終わって、来た道を帰り、今度は時間的に安売りタイムなので東急デパートの地下でお刺身など買いました。

 それとケーキ2個。

 7時42分の信越線の出発まで時間がたくさんあるので、大阪大王で480円の醤油ラーメンを食べて、少し体を温めました。

☆黒姫駅に着いたらトイレに行ったのがいけなかったのかタクシーが無く(バスはとっくにない)、で払った7台のタクシーが戻るだろうと駅前に立ってました。

 すると車が止まり、喫茶「しなの」(書店でもある)のタカシ君がジムから帰って来たと言って、「送るよ。」とコテージまで送ってくれました。第一スーパーで緑のものを買った後で「きっさしなの」に寄るねって言ったたので、かくかくしかじかと説明もできてよかったです。

 コテージに入る前に見た夜空の☆のきれいなこと!
 オリオンなぢばっちりでした。
 なんだか山暮らしっておいしい。

☆ご飯1膳分だけ残していったので、さっそく、朝の食べ残しと一緒にお刺身でいただきました。
お刺身は蟹、まぐろ、ひらめでおいしかったですよ。

デザートは小布施で買った栗紅茶にショート・ケーキに隣からもらったラ・フランスの洋ナシです。


ここのところ読んでいる本はこれです。

父親・水上勉との確執が取り沙汰されたことが先行してしまった昔、窪島誠一郎は、不遇の求道者に心を惹かれていた。将来を嘱望され、あるいは才能を発掘されないまま夭逝した画家たちには、村山槐多(22歳没)、関根正二(20歳没)、高間筆子(21歳没)、青木繁(28歳没)がいる。

 彼らの画風は、みなどこか尖ったタッチで記録されている。1979年に長野県上田市に信濃デッサン館を創設した窪島は、彼らの絵を技術論ではなく感性で捉えている。その率直な感慨を、「ほとんど無防備というしかない五感のひだにふきこむ清々しい情動の嵐」と呼んだ。

 それは、どの表現主義にもまだ染まりきっていない初々しい画家の才能の発露を、自己の内部にある闇と対峙させた鑑賞者の共同作業から生まれてきたものである。

戦没画家 靉光の生涯―ドロでだって絵は描ける 戦没画家 靉光の生涯―ドロでだって絵は描ける

新日本出版社 2008-11
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原題: わが愛する夭折画家たち
著者: 窪島誠一郎
ISBN: 4061491016
▽『わが愛する夭折画家たち』窪島誠一郎
-- 講談社, 1992.5, 234p.
(C) 窪島誠一郎 1992

12月5日(日)朝は7時に起きました。
霜が降りていてがちがちで、お花がかわいそうなことになっていたのでお湯をかけて土を温めました。


地面の落ち葉に隠れてあったシイタケで大きいです。
テーブルが凍りついてキラキラと光ってました。


ブロッコリーも入っておいしいシチューでした。


デザートはシュークリームの寄せ集めのコーヒー味にりんご!


クリスマス・オーナメントは鳥羽に!






しいたけも密集しているので、また採りました!


今日は雲ひとつないいい天気です!


玄関とベランダに落ちている落ち葉の片づけをして、霜の下りてる輪葱畑にお湯をかけてとかして、
汚れたのでお風呂に入ったりしました。

今日は、絵を描きます!

「わが愛する夭折の画家たち」から

松本竣介
美とは愛することだ。愛することによって知る。愛さずして理解できるという考えは、驚くべき現代の欺瞞だ。1940年2月「アヴァンギャルドの尻尾」

死なねばならぬ人間は
生きねばららないー。

関根正二
俺の芸術が余りに貧弱で自分自身が努力しないのを悔いる。
天なる神よ、どうか今までのことはお許しください。今後は心を入れ替えて努力します。
偉大なる天才人よ、おれを許して下さい。
俺はあまりにも盲目だ。真に達するには何処にでも誠意をもち自然を観なけらばならない。「日記」から

俺はなぜ無駄な時間を費やすのだ。俺はまだ弱い男なんだ。
俺は早く絵を描かねばならなうのだ。一時も早く、落ち着いておられない。できるだけ絵を描きたい。

靉光
泥でも絵は描ける。

野田英夫
私たちはなんと魅力にあふれた美しい国を祖国に持ったのでしょう。

村山槐多
神さま、私はもうこのみにくさにつかれました。
涙は彼ました。私はこのみにくさから離して下さいまし。
地獄の暗にわたしを投げ入れてくださいまし。死を心からお願いするのです。
「第2の遺言」から

広幡憲
誰もみんな、ただ自分たちが絵を描いているーということしかわからないのです。
何を描いているのか?
何を描かねばならないのか?
そしてそれを近代的な意義づけで組織だて体系づけると言うことに関しては、全然無関心なのです。

私にはこれがこの国のほかのすべてと同様に、無反省で無知でやりきれい古めかしさを一歩も出ない
因習的な画壇構成の本質をまざまざと見せつけられるような気がして耐えられません。