December 21st, 2010

ドキュメント「悪魔と踊る街 リオ」を観る。

 ブラジルのリオの都市で、麻薬の販売をしてしのいでいるグループの中で抗争がしょっちゅうあり、殺されたり怪我をして街を危険なものにしている。

 昔は密売人だった人やギャングだった人がキリストを信じることで救われ神父になっている。
「神を教えを聴けないのか?貼り倒すぞ。」と言う説教で、始めは驚いたが、この都市ではこのやり方で無いと揺らいでいる犯罪者の予備軍はキリスト教にならない。

 しかし、聖歌を歌って踊っている人たちの顔は美しい。

 キリストをたたえた犯罪人。あだなはスパイダーマンも最後には殺されて、死体をも映像は映す。

 ギャングの抗争で死体が20あると聴けば、警察は総出で犯罪の町に入るが、罪のない警察官が殺された。幼い子が2人もいるのに。

 警察官は「自分たちは無防備で入るし、どこから撃ってくるかわからないが、守るべきすべもない。
こうして、調べに来ても、帰ればまた同じことが繰り返される。」とむなしく淋しそうに言う。

 警察とは別にもと犯罪者のキリスト教グループも命がけで「神の使いだ。」と入ると聖歌を歌いながら、ギャングにイエスも知って貰うとグループで街に入る。

 「イエス」に任せると不安はないようだが、あれだけイエスを愛してイタスパイダーマンが殺されると、墓場でうなだれる。

 道は遠い。


2010年12月20日22:21

カテゴリ
キリスト教について

悪魔が踊る街~リオ 終わらぬ麻薬取り引き
84ef62f9.jpg 経済急進国群、BRICsの一つであるブラジル。サッカーワールドカップとオリンピックとを連続して開催することにもなっており、豊富な資源国としても国際的発言力を強めている。国民の8割以上がカトリック信徒とされているが、同時に世界有数の治安が安定しない国の一つでもある。

 特に麻薬と拳銃の取引が問題になっており、捜査や鎮圧も荒っぽい面があって毎年、多数の死者を出す。これらの現実について以下、今夜放映予定。

 2010/12/20 23:00~23:50   NHK BS1

 BS世界のドキュメンタリー
 
 「悪魔が踊る街~リオ 終わらぬ麻薬取り引き」
 
 麻薬取引の巣窟とされるリオの貧困地区に暮らすギャングのボスと、暴力を嫌う神父の生きざまを描くとともに、日々繰り返される武装警察との無益な銃撃戦を間近に記録する。

 ブラジル・リオデジャネイロの5人に1人が暮らす“ファベーラ”と呼ばれる貧困地区では、麻薬取引が“主要産業”だ。部外者の侵入を拒む無法地帯にカメラを持ち込み、そこで暮らす人々の日常を映しだすとともに、武装警察とギャング団の命がけの銃撃戦を至近距離で記録する。

 2010年 イギリス ジョン ブレア フィルム制作

世の洗濯と真の愛情!

 昨晩、髪を洗ったので乾くまで観ていたのが「龍馬」です。

 主人がお風呂に入るのが1時ころで、私はそのあとに入るので2時ころから4時ころまでかかって90分のこのビデオを観てました。
高知県立坂本龍馬記念館オフィシャルDVD。

 そして、朝、主人を送り出して、掃除、洗濯を済ませ、食事も済ませ(黒コショウベーグルのオープンチーズトーストとコーヒー)、髪をヘアダイしてお風呂でシャンプーとトリートメントを済ませたところ。

 それで、かわくまでの間、ベッドでノート・パソコンを開いているところです。


☆今、世界は「洗濯」を必要とされている。
  今年のクリスマスは家で家族と言う人が60%以上もいて、クリスマス本来のありかたになってきたという。不況のおかげで、目が覚めてきたというのです。

☆不況っていいです。
 私だって、美容サロンへ行けばもっときれいにヘア・ダイができるのは知っているのです。でも、15000円くらいになるのです。家ですれば1000円くらい。
 じゃあ、しなければ0円でないかと言うでしょうが、今夜は帝劇。おしゃれをして華やかさを愉しみに来ている人の中でやはり、あまりにも構わない人がいてはまずいではないですか?これも他人への思いやりです。

 長野で絵を描いている分にはいいのですよ。

☆世の洗濯は世界中で必要とされてますが、大切なのは公平さ!
そして、無知を晴らす努力。

☆お金にまつわる不愉快なことは多い。
 でも、愛情があれば、その不愉快さが愉快になる。

 300円足らずのコンビニでの万引き。もちろん、悪い。
 でも、食べるものが無くてと言うなら、刑務所に半年入れるより前にすることがあるのではないかと。

 300円分、スーパーの前を箒で掃かせてもいいのではないか?

 弱い人をとことん弱くするよりほかに解決はないのか?

サンタ・クロース


☆4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、キリスト教の教父聖ニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源である。「ニコラオス」の名はギリシア語表記。ラテン語ではニコラウス。イタリア語、スペイン語、フランス語ではサン・ニコラ。イタリア語ではニコラオとも。ロシア語ではニコライ。


以下のような伝説のほか、右に挙げる絵画のように無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝も伝えられている。

「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。靴下の中にプレゼントを入れる風習も、ここから来ている。

また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」である。オランダでは14 世紀頃から聖ニコラウスの命日の12 月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、17 世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、サンタクロースの語源になったようだ。


正教会系の国では、サンタクロースは厳密に「奇蹟者」の称号をもつ聖人たる聖ニコラオス(聖ニコライ)であり、聖ニコラオスの祭日は12月6日である(聖名祝日の項目を参照)。子供たちがこの日に枕元に靴下を吊るしておくと、翌朝に入っているのはお菓子である。クリスマスである12月25日は聖体礼儀に行く日で、プレゼントはない。

ユリウス暦を採用している正教会(エルサレム総主教庁、ロシア正教会など)の聖ニコラオスの祭日は12月19日であり、主の降誕祭(クリスマス)は、現行の暦に換算すると1月 7日である(2008年現在、ユリウス暦とグレゴリオ暦の間には13日の差があるため)。ロシアでは1月7日にジェド・マロース(Дед мороз, マロース爺さん:マロースとはロシア語で「吹雪」「寒波」という意味)と孫のスネグーラチカ(Снегурочка, 雪娘)がプレゼントを運んでくる。

☆常に笑顔の、白のトリミングのある赤い服・赤いナイトキャップ姿で白ヒゲを生やした太りぎみの老人の男。白い大きな袋にクリスマスプレゼントを入れて肩に担いでいる。19 世紀の初出では一頭立てのトナカイがソリを引く姿が描かれていたが、やがて八頭立てとなり、家々の子どもたちが寝ている間にプレゼントを配る現在のイメージに至っている。

欧米諸国などのサンタは「Ho Ho Ho」(ホゥホゥホゥ)と特徴的な笑い声をあげる事がある。伝統文化として定着している面もあり、カナダではサンタクロース宛専用の郵便番号「H0H0H0」がある(同国の郵便番号の書式は"A1B2C3"のようなアルファベットと数字の組み合わせのため、アルファベットの"O"(オー)の代わりに数字の"0"(ゼロ)を使用している)。

ドイツの古い伝承では、サンタは双子で、一人は紅白の衣装を着て良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て悪い子にお仕置きをし、容姿・役割共に日本のなまはげに似ており、民俗学的にも年の瀬に来訪する年神としての役割の類似が指摘される。現在、ドイツでは聖ニコラウスは「クランプス」と呼ばれる二人の怪人を連れて街を練り歩き、良い子にはプレゼントをくれるが、悪い子にはクランプス共に命じてお仕置きをさせる。

ロシアのジェド・マロースは青い服を着ている。

イタリアにはやはり、良い子にはプレゼントやお菓子、悪い子には炭を配って歩く魔女ベファナの伝承がある(イタリアではエビファニアという祝祭があり、こちらはクリスマスから引き続いて1月 6日である)。

サンタクロース(シンタクラース)の服装はキリスト教の司祭服に由来する。
年表 [編集]
1881年にトーマス・ナストによって描かれたサンタクロース。ナストはクレメント・クラーク・ムーアの詩と共に、現代に通じるサンタクロースのイメージを生みだした。


* 1821 年、『子供たちのお友達 (The children's friend)』(作者不詳)という絵本が出版され、この絵本の中で1頭のトナカイが引くソリに乗ったサンタクロース (santeclause) の姿が描かれた[1]。
* 1822 年、ニューヨークの神学者クレメント・クラーク・ムーア(コロンビア大学教授)が病身の子供のために作った詩「聖ニコラウスの訪問」の中で、8頭のトナカイに引かれたソリに乗るサンタクロースの姿が表現された[2]。ただし、この年代ならびに作者については異説がある。次項目参照。
* 1823 年、米国トロイの新聞「トロイ・センティネル」に「聖ニコラスの訪問記(クリスマスの前の晩)」という詩が神学者クレメント・クラーク・ムーアの友人の手によって、作者名を明らかにしない形で掲載された。これは長らくクレメント・クラーク・ムーア教授 (Clement C. Moore) によるものであると紹介されてきた。一方、2000年のニューヨーク・タイムスの報道によれば、ヘンリー・リヴィングストン・ジュニアが本当の作者ではないか、という説が提示された[3]。
* 1849 年、米国コロンビア大学のクレメント・クラーク・ムーア教授名義で「クリスマスの前の晩」が出版され、その挿絵として赤い服を着たサンタクロースがテオドア・C・ボイドによって描かれた。
* 1862 年、週刊誌「ハーパーズ・ウィークリー」においてトーマス・ナストが「丸々太ってニコニコ顔」のサンタクロースを描いた。
* 1886 年、トーマス・ナストは聖ニコラウスの姿を参考にして、サンタクロースが北極で暮らしている姿を詳細に描いた。

『子供之友』1914年12月号



* 1914 年、この頃から日本の子供雑誌『子供之友』を中心に、赤い帽子に赤い服を着て太いベルトを腰に巻いた現代とまったく同じイメージのサンタクロースが盛んに描かれるようになった。
* 1920年代、トーマス・ナストが描いたイメージのサンタクロースが、著名な画家ノーマン・ロックウェルに受け継がれた。
* 1923 年、東京日日新聞は、「Xマス近づく」との見出しの記事において「坊ちゃん嬢ちゃんに歓迎されるクリスマス・プレゼントは、年々盛んになるばかりだ。」と報じた。同記事の中で、人気のクリスマスプレゼントの一つとして「サンタクロース人形」が取り上げられた。
* 1926 年、大正天皇が崩御した日である12月25日が大正天皇祭として新たな祭日にされた(~1947 年)。これが日本でのクリスマス普及に大きな役割を果たしたとされる。
サンタ・クロースは聖ニコラスの弱い人への贈り物が語源らしいが。
 貧しい人や体の悪い人は「原因と結果の法則」では自業自得ということになっている。

 しかし、その貧しい人の境遇を作ったのは社会全体の罪。

 イエスさまが、うまれるという出来事が世に希望を与えた。

 愛とは何かを示すために。

 愛は見返りを求めず。

 愛は誇らず。

 愛とは決して後悔しないこと。

☆こんなに美しい境地に凡庸な人間が辿り着くのは難しい。

 だけれども、心することはできる。

☆弱った貧しい人がたった1切れのパンを望むのに、すぐ警察に突き出すことしかできないのか?

 否、私でも知っている。たちの悪いたかり屋や詐欺が横行している時代だと言うことも。

 そうして、おとしたとかすられたと言って寸借のお金の無心の同じ手口が山のようにあることも。

 ひったくりもコンビニ泥もカツアゲもあることも。



 

 

お好み焼きを作って食べて、お洗濯も干して第3次をしている最中!

 私たちが買うのはシェルガーデンで売ってる材料の全部揃っているお好み焼きです。少し、家のある材料も足しますが。


 半分食べてラップして、今夜のお夜食に!(チンすればおいしい)

☆アメリカのテレビ放送でキューバをやってました。
政府から配給されるものもあるけれど、みな生活には苦しんでいる。
観光で食べる人は外貨が入って仕送りができていいようだ。

☆家事には終わりが無い。
食事を作れば、汚れるし、片付ければ、次の食事の心配が!
世界中、みなそうなのだけど。

髪はかわき、衣類を全部洗って干しての繰り返しが1日に3どはある。

☆チケットを確認したら5時45分からなので4時ころ出ればいいようだ。
それまでは、鴨志田穣の「遺稿集」を読む。

着替えも化粧もしたので、かなり楽!

☆今、ポンポーンとなった。
「生協に個人で入られてはどうですか?」というもの。
長野で入っているし、生ものが遅れるといなければならないので、東京都と長野を行ったり来たりがこれ以上振り回されると体力も経済力もパンクするので断る。

☆ついでに、牛乳瓶を受け箱に持っていった。
 7本。主人が飲まないのでどうしても賞味期限は過ぎたのがたまって、今朝のお風呂をミルク風呂にしたのだ。それで今夜は主人もミルク風呂に入って貰おう。

☆さらに、ついでに郵便受けを覗いたら、いろいろ郵便物が届いていたのだが、これもあった。


これはインドやバングラデッシュの貧しい子供たちの教育里親の便りなのである。
23年して、子供が大学出て止めたのだが、シスターが「子供が大学出てお金が楽になったはずよ。」
と言ったので、嫌気がさしてやめた。そのときに、「まだ上の学校に通っているし、これからもお金がかかるので他のボランティアにお金が要るので、できなくなりました。」と答えた。
事実そうなのだ。

☆「生協」も「エスニック」も断ると挨拶もせずに去っていった。
しかし、エスニックは断っても断っても、この会誌を送り続けて、そんな切手代はどこから出ているのだろうと思う。
「エスニック」も始めのうちは断っても来る会誌に涙が出るほど辛かったが、今は大丈夫になった。
ここのシスターは「今、バザーで〇〇にいるの。死ぬほど暑いのによ。」とかいう人。
私はどんなに辛くても、そういう時こそ、他人に負担をかけたくないので辛さを言わない性格。

私たちだって、その程度の過酷さの中にはいるのだ。

☆この手の福祉的働きのする人たちは、意外のほど手柄を主張する。

黙ってやってればいいではないか?
そう言えば、この教育里親には毎月、3、4000万円も集まって、そのお金を投資に使う企業もやっていると言う。

私には脅迫的な感じだ。
「インドの貧しい子供たちは学校に行けないんですよ!」

日本の子供だって、親に置き去りにされたり、虐待死されている。
愛情の上では日本の子供の方が不幸だ。
でも、日本の子供を助けても誰も褒めてはくれない。
皆、知らんぷり。

だから高い交通費をかけて外に行くのよね。
それだって、事務経費と言う名目で寄付を募っているもの。
それに、写真に住所と名前を書いて、里子の子供たちに手紙をクリスマスとか書くんだけど、あるときにその親がしっぺ返して、住所と名前を読み取り、「結婚するからお金を贈ってくれ。」と手紙をくれたことがある。現金はいけないと高価な記念切手を贈ったが、「この辺では換金できないのでやはりお金にしてくれ。」と言う。ヒンズー教で英語を書けないのだが、誰かに書いて貰って送ってきたのだ。
里親がいい金ずるなのね。

☆寄付を払わない見識だって認めるべきだ。
 だから、ここだけは絶対払わない。

☆鴨志田穣の遺稿集を読んでいたら、「焼き鳥屋」でバイトをしていたときに、履歴書を持って求人広告に応じてきた人が「とりアレルギーでここでは働けない。交通費が無いから友達の家まで交通費を出してほしい。」と言うのが出てくる。500円くらい投げ出したのか。「あのお金ではホテルにも泊まれないですね。」と鴨志田君が言うと店長は、詐欺のいつものやり方で他でもやればいいお金になると言う。
「君も世間知らずだなあ。」と言われるところ。「でも、あんな生き方をしている奴はろくでなしで、まともに生きられない。」とも店長は言う。

☆そのシスターは住んでいるところががけ崩れで何千万円も損したとも言ってきた。泥を運ぶのにおかねがたくさんいったのだという。
神様に愛されているのかしら?

さあ、もうでかけないと!
今夜は寒いのでたくさん着こみましょう!

モーツアルト・メッセージ!

 足長おじいさんからの無料チケットです。今回は混んでいて、早めに行ったのに2階の席でした。
しかし、見通しがよくて、かえって見えた部分がありました。




SADAHARU AOKIとかいう帝劇の並びのケーキ屋さんで買いました。私がハートの方をいただきました。
8時にお店がしまうので、行きに買ってロッカーに入れておきました。家に帰っても氷が結構冷たかったです。


☆今夜は井上芳雄バージョンの「モーツアルト」でした。
やはり、随分うまくなっていました。
舞台美術はシンプルで映像も使っていて帰って、モーツアルトの内面の苦しみや音楽の良さがわかっていいと思いました。
衣装も現代的で観ていてとても楽しかった。センスが少し悪質なほど歌い方もおしゃれ。
モーツアルトの毒が良く見えた。

パリで個展をしたときに、「あなたは舞台美術もできる!」って言ってくれたけど、本当にいつか舞台美術がしたい。何年か前に白金で個展をしたときも、イギリス人のカップルが入ってきて、絵本を買ってくれたんだけど、彼は「くるみ割り人形」のダンサーで彼女はコスチュームデザイナーで、私のクリスマス・バスケットを観てお店に入ってきてくれたのだ。

なんだか無性にヨーロッパに行きたくなりました!

休憩の時間は7時20分でしたが、コーヒーだけを飲みました。記念にスプーンをくれるのです。
スプーンそのものは120円で売店で売っているのですが、コーヒー代は500円でした。おいしいコーヒーでゆったりした気分になりました。

帰りの有楽町駅のクリスマス市場で買いました。フランス・フェアだったのかな?
板チョコを買いました。フランス人がたくさん売り場にいてフランス語であいさつをしたりするのですが、皆さん、日本語も上手でした。

お皿拭きとか手拭きに使うのでしょうか?とても安くて2枚で1000円でした。


ドイツ製のきのこおじさんは体の中が空洞になっていて香をたくようになっていて、パイプから煙が出るのです。大きいのもありましたが、お値段もよかったのでちいさい方を買いました。

このマッシュルーム・ピザとかバゲットとか胡桃やチーズパンがそれぞれ400えんくらいのもあったんですけど、5個で1000円でした。何を選んでもいのです。雨だったからサービスだったのでしょうか?
時間が遅かったからかな?

帰ってきたのが10時ころだったので、お腹が減って1枚食べてしまいました。


☆☆☆☆☆
 「モーツアルト」のミュージカルはとても現代的で、日本語で歌く歌詞がなかなか心に響いてくるいい内容なんです。
 人間は自分の影から離れられない。

 そして、天才のモーツアルトの背負った苦しみと音楽しか夢中になれない夫の横の妻の孤独。

 妻の母親の金銭欲とかモーツアルトの父親の野心とか、不良仲間の誘惑とか、時の権力の無理強いとかどうにもならない生活の厳しさの中で完全な音楽を作り続ける。

 みな、それぞれ、悩みがある。

 無責任にもてはやされた子供の頃の物珍しさから神童扱いされた兄弟も、気まぐれな世間に飽きられたりもする。

 そして、嫉妬や功利的な世俗の人たちの批判。

 美しい音楽の代償のように共同墓地に投げ込まれた遺体。

 家族もボロボロにしながら、ただ音楽だけが今日まで永遠なものとなった。

 モーツアルトは呪縛から逃れようと反逆したり、悪態ついたり、権力にも果敢に挑む。

 でも、運命からは逃れられない。

 たぶん、だれでもそうなのだと思う。

☆そんな重く哀しい天才の物語の後は、甘いお菓子が必要な気がして。