December 23rd, 2010

鴨志田穣の「遺稿集」を読む。

 42歳で癌で亡くなった鴨志田穣さんが、アルコール病棟と癌病院で綴った文章。

 こういう文を残されたのは良かった。

 病院の中ってたぶん、相当退屈なので自分を整理したり、子供たちや奥さんへ彼のことを知ってもらうためにも。

 後書きを書いている伊集院静さんが、プロの作家の執着心が彼は希薄だったと。

☆「焼き鳥屋さんでの修業記」
 大学へ行かず、新宿の街に出て、焼き鳥屋さんで観る社会の構造に目を見張っている。

 危なげな暮らし。世間に入る悪い奴のしのぎ方にたじろぐ。

 そして、忙しい居酒屋さんで鳥のさばき方を学んで逝くのは、大学に言って学ぶことよりもワクワクさせた。

 それがアジアに。

 危険と隣あわせのビルマで僧になったり、適当なようなアジアでの生き方。

 飲まずには居られなかったほど、観てしまった。

 それでも、ガイド通訳役であった東南アジアでの西原理恵子さんとの出会い。

 彼女の漫画も名も知らなかった。アシスタント付きで来た彼女が最後に個人アドレスを書いた紙を渡すが、彼から連絡をとったりしなかった。

 1年後にブラジルで再会した。

 そんな運命があった2人。

☆別のコメントに西原さんは当時「マージャン放浪記」を書いて、ギャンブルばかりをしていたので、
結婚して「毎日かあさん」をかけるようになったのは、彼女の漫画生命を延ばしたと。

 鴨志田さんよりたくましかった西原さんもギャンブル三昧でもむなしく感じていたのだろう。




奥さんは西原理恵子さん。

やはり、縁があったとしか思えない出会い。

そして、西原さんのたくましさが伝わってくる。

鴨志田さんは、どこか青年のままだった気がする。

そして、彼女の手を握りずっと、離さなかったという終わりが素敵だ。


鴨志田穣
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鴨志田 穣(かもしだ ゆたか、1964年7 月2日 - 2007年3 月20日)は、日本のフリージャーナリスト、カメラマン、エッセイストである。

経歴 [編集]

神奈川県川崎市出身。北海道札幌市で育つ。北海道教育大学附属札幌小学校、北海道教育大学附属札幌中学校を経て東海大学付属第四高等学校を卒業し、予備校に2年通った後に大学進学を諦め、上京。新宿の焼鳥屋で働きながら戦場カメラマンへの憧れを募らせる。

アルバイトで貯めた金でカメラを買い、23歳で単身タイに渡り、アジア各国を放浪。ジャーナリストの橋田信介に出会い弟子入り。戦場カメラマンとして世界中の紛争地帯での取材活動を行う。クメール・ルージュの捕虜となり新聞に載り、この事件で初めてフリーライターとして世間に名前が出る。

その後も世界の紛争地帯を取材し続け、目の前で人が死んで行く様、自分にも向けられる銃口、必死に銃を持つ子供たちなど、数えきれない現実の場面を目の当たりにし、極限のストレスから重度のアルコール依存症となる。アルコール断ちのため仏門に入り僧侶となる(ミャンマーのビザが取得しやすくなるとの理由もあった)。出家名はタイ語で"聡明なる者"を意味する「ピーニャソーダ」。

1996 年、勝谷誠彦の紹介により、タイを取材中の漫画家、西原理恵子と出会う。同年9月、西原と勝谷のアマゾン川取材企画にCSテレビのビデオカメラマンとして同行。過酷なジャングルロケを敢行する。取材後、帰りの飛行機の中で西原にプロポーズ。9年ぶりに日本に帰国し、西原と結婚。一男一女をもうける。西原の著書には「鴨ちゃん」(タイでの初登場時のみ「鴨くん」)、「鴨」として登場。西原が毎日新聞にて連載している『毎日かあさん』では「アブナイお父さん」として描かれた。

自身のアジア滞在経験をもとにした西原との共著『アジアパー伝』シリーズで作家としても本格デビュー。その後も西原と共に各国を巡る。

アルコール依存症による暴言・器物破損等で精神病棟への入退院を繰り返し、2003年に離婚。しかし離婚後も西原のサポートにより、2006年遂にアルコール依存症からの回復の道を歩み始める。同年、著書『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の中で、癌であることを告白。西原と復縁(入籍せず、事実婚の形)し、闘病生活を共に過ごす。

2007年3月20日午前5時、腎臓癌(正確には平滑筋肉腫)のため42歳で死去。喪主は西原が務め、4月28日には一般にも向けた「お別れの会」が行われ、 1250名の参列があった。
☆今、西原理恵子三のブログを見てたら、印刷屋さんのミスで著者名が無いそうだ。

しかし、アマゾンでは新書が売れ切れ。古本が高くなっている。それもほぼ新本という。

やはり、奥さんが西原理恵子で彼の運があったのだ。

時の経つのは速いもの。

 今、主人が出かけて、ひとときのテレビを観ながらお昼を食べていたら、ピンポーン。
お歳暮が3箱届いた。
1つは、千疋屋のみかん15個と言うもので、ありがたくも丁寧に包まれて、早速冷蔵庫に入れた。
1個200円くらいのおミカン様か?むしゃむしゃと食べれないなあ。

次はまだ、野尻の冷蔵庫に残っている鮎。

3番目はおかゆセットで、主人が食べそう。


ついでに私の写真も1階の洗面台で撮った。63歳です。皺もくすみも隠さないタイプ。

そう言えば、この間、帝劇の帰り冷たい雨が降っていて、マルシェでクリスマスグッズを買って、駅に行く目の前の横断歩道で知らないおじさんから、「傘に入れてください。」と言われ、信号が変わって渡るのを待つわずか1分くらいなので「どうぞ。」を傘に入れた。
「ベっぴんさんやね。」
「そうではないと思います。」
「うちの妻くらいかな?(年齢)。」
「いえ、奥様の方がお若いと思いますよ。」
「いや、そんなことはないよ。妻くらいだ。」
「おばあさんですから。」
こういうときに、冷たい雨を避けるヒューマニスティックな親切と隙間との加減に割と苦しんできたと思う。
別に年齢をサービスで言う必要もないので、「さあ、駅ですよ。」とすぐに切符を買ったんだが、おじさんはアルコールのにおいがして、妙に浮かれていたのでなんとなく癪にさわった。

☆昨晩、毎年恒例の超常現象のバトルがテレビでやっていて、たけしや大槻教授やたま出版の韮澤さんが出ていた。
余り、新しいニュースはないようだった。
でも、トンボの羽をもつ妖精の映像が出て、みな「あれはいかにも偽物」と言っていた。今はフェイク出超常現象を制作するのが流行っているんですって。

韮沢さんが韮澤君と言う時から知ってはいます。
また、UFOで毎晩のようにテレビで出ていた高坂さんと言う人もよく知っていたけれど、どういうわけか経済的にはおかしなことをする。UFOの本当かもしれないところまで、嘘に見えてしまうのだ。
だから、和気あいあいとお笑い番組になってゲラゲラ笑っている恒例番組までなってきた。

☆時の経つのは速い。
明日はクリスマス・イブだった。
私も63歳なんてね。

今、テレビで麻木久仁子さんのダブル不倫が発覚ということでツイッターの不倫相手のつぶやきから発覚したということを放映してた。

『ショックだったのは、元夫が麻木久仁子さんと不倫をしていた事がわかったこと。
先輩として尊敬していたのに、ショック(´Д` )どうして(ToT)辛い』

麻木久仁子さんも不倫相手も48歳だった。
48歳と言うのは、まだ若くて綺麗を保てる年齢だ。
麻木久仁子さんももう終わった恋だったそうですが、きれいだった。(というのは、今は年相当のしたたかさや老いが見えて来て、それほどきれいとは思えなかった。)

女も男も誰かを愛していた方がいい。
主人も昨晩、アップルパイは要らないと言う。「マキシムで3時にミルフィーユ食べたからね。」と自慢げに言う。「誰と?」なんて訊いてあげないが、私は結婚してても楽しくお食事やお茶をする相手がいた方がいいと思うタイプ。

それで、「アップルパイ残っているのそうするの?食べるの?食べないの?」と訊いたら「食べる。」って。食べて出かけて行ったのだが、「意外とおいしかったでしょ。スタバの。」と言ったら、「アップルパイは定番がいい。」と言う。「あなたは大きくて大味のアメリカンのがいいんでしょ。だから、でぶるのよ。」
と悪態ついたが、とにかく祭日も働くのはいいことだ。

私はこれから、クリーニング屋にワイシャツを1週間分出して、たぶん六本木の美術館とその並びでパジャマを買う。主人のよ。

☆国々で夫婦のあり方が違うのは面白いけれど、フランスはばれなければいいのだそうだ。
30くらいのときに、ヴァンスというマチスの「ロザリオ教会」を観に行ったときのこと、ちょうどお昼休みで2時までそのロザリオ教会はしまっていたので、カフェでお昼を食べていたら、フランス人のおじさんが、「自分の似顔絵描いてよ。」と言うので、描いてあげたら、食事代は払ってくれて、自分の不動産のオフィスに連れてってくれた。「将来はセカンド・ハウスを私もヴァンスに持ちたい。」と言ったら、「芸術村だからね。安くしてあげるよ。」と言うことで、海の見える南仏のコテージもいいなあと思った。

 そうしたら、そのおじさんが「僕はオリエンタルな女性にあこがれているんだけど、どう?」と言うので・「でも、奥さんがいるんでしょ?」と言ったら、「妻は妻でよろしくやっているんだと思う。」と言うのだ。

私はおじさんと(結構素敵な人だったが)不倫する気が無かったので、「あっ、もう2時だマチスの美術館が開く。」とさよならだったけど、アドレスの名刺も貰ったかもしれない。でも、33年も前のことになってしまった。

でも、南仏の海辺のコテージいいですよね。

人間の欲望って切りがない。

そして、そうこう言っているうちに時がたち、63歳にもなると割引いてくれないかも。

さあ、クリーニング屋さんのお昼タイムも終わったしお出かけしましょう。(お昼タイムは12時半から1時半まででお休みなの)

控えめなクリスマス準備!

☆おみかんのお歳暮のお礼電話をしていると長くなって、4時くらいになってしまったので六本木は明日にしました。
 それでクリーニング屋さんとスーパーに行ってきたのです。
 今日はポカポカと温かくコートを着ていたので汗が出ました。

 白金のお花屋さんで買いました。白の生花!

 今日のティーはオレンジとパッッション!四角い赤い箱が今年のクリスマスケーキでフルーツケーキなので来年でもOKというものです。娘が明日帰ってこらなくても大丈夫なように。

 こちらの方は造花です。左の黄色いシーツがかかっているのがアームチェアで読書をするのはこの椅子です。テレビを観るのもこの椅子。

 クリスマスのキャンディーと下北沢でもらったろうそくのプレゼントはこ。

 テーブル。ウロスとティッシューケースはもう20年以上使っている。シミも洗濯すると落ちます。
長方形と正方形とサイドテーブル用と3枚フルに使ってます。


 ハート型のコップスタンドは娘が100円ショップで買ってきたもの。
 マットは4枚組でどこかの美術館で買ってきたもの。デザインがクリスマスっぽいのでこのシーズンになると使います。




 ウエズり―カレッジの温室です。油絵の作品でいつも居間に飾ってあります。

 秋の温室はとてもきれいでした。

 私の先生の絵です。ポール・ストップス。


☆ 私のバスケットですが、もっといじりたい作品です。いじればいじるほどよくなる。
埃をかぶっていましたので、ナフキンを濡らして拭きましたが、細かいところまで埃が入っていました。
ガラスケースに入れるか布をかぶせなくてはいけないです。





☆鏡餅も買ってきました。

これは玄関にいつも飾ってある風水の絵です。


☆デジカメの電池がなくなってしまったのでコンビニまで行ったのですが、満月は1昨日だったようですがお月さまがとてもきれいでした。

 個々の家のクリスマスの飾りつけは本当に簡素で、控えめでした。
お花屋さんのクリスマスツリーまでとても質素でした。

 でも、イエス様のお誕生日はそういう心の中にあるんでしょうね。

娘が帰ってきた!

 9時ころ、ピンポーンが鳴って、娘が帰ってきた。

 主人は絶対28日までは帰れないはずだと言い張っていたが、テーブルセッティングをしておいて、後は最後の片付けと姑をお茶にするか夕飯にするか招待するだけ!

☆明日の食事の用意はもうしてきて、ステーキとかなりバリエーションのあるサラダを作ることと、ジャガイモやきのこやキャロット、さやインゲンの温サラダを作ること。スープはいくらでもあるし。

☆主人がその前に帰ってきて、着るものが無いというのだ。
普段着が無いそうで、「パジャマがいいか?普段着の長そでがいいか決めて!」と言っておいた。

☆父や末の弟夫婦にも何か買ってあげたいし、明日は早めにお出かけしよう。

☆娘に買っておいたマントはすぐ開けて、結構気に入ったようだ。普段に着れるタイプで、普通に買えばかなり高いらしいが、有楽町の西武にファイナル・バーゲンとかで買える値段になっていたわけ。
それと、たくさん買っておいたストッキング類を「好きなの選んで持って行っていいわよ。」と言ったら、たくさんあるそうで、長い柄入りタイツを2つ選んだ。

☆娘はボーイフレンドからノート・パソコンを贈られたようで、見せてくれたが、日本ではない便利なバージョンだった。コンピューターがアイ・パッドにすぐ変わるとでも言ったらいいのか?

☆さて、クリスマスにはやはり教会ですか。
 どこの教会に行こうかな?

奉仕とは?「私を助けて」「父を救って」 10億円寄付したおばあちゃんにたかる輩が相次ぐ

☆古いニュースですが

10億円の私財を自らが育った神奈川県南足柄市に寄付した横溝千鶴子さん(88)=同県大磯町=は、節約で10億円こしらえた人物として注目をあびた。しかし、金を無心しようと自宅にまで押しかけた輩と、節約ばかり強調する一部マスコミに強い憤りを感じているという。

「10億円は、約25年前に都内の土地とマンションを売却した際のお金
を核にして、利息やその後の収入を加えてつくったものです。節約だけで
10億円なんてためられませんよ」

巨額の寄付が報じられてから、「私を助けてほしい」といった電話や訪問客が相次ぎ、
手紙も30通届いた。
「父を救ってください」と玄関先で涙ながらに話す女性もいたが、
「私は人間の基礎づくりをしようとしているのです。人生の“結果”にはかかわりません」
と受け付けなかった。(抜粋)

「子供のヤル気を起こさせて個性をのばせるよう、10億円で国債を購入し、1年分の
利回り2500万円を教育や奨学金として使っていただきます。
今後は先生を教育する『横溝塾』の創設も考えています。今は子供をあまりにも平等に
扱い過ぎる。競争がなければ成長はありません。これからの教育にお金を役立て、
さらに、私のように寄付をする人が全国に現れてくれれば、日本もよい国になるでしょう」

☆2チャンネルからこの年配の女性にたかった手紙30通に対してのコメントコピー。

 金に困ってるって、この婆さんにタカるってことは
まだ一発逆転、一括返済を目論んでるんだろ 甘過ぎ
見ず知らずの他人の家で泣くくらいなら、駅前で泣いて募金訴えればいいのに

 10億寄付したぐらいで欲豚どもが押し寄せてくるんだから、
大金持ちで慈善活動やってる人なんか物凄いだろうな

 自宅まで特定されて押し掛けられて…。
そんな奴ら相手だと断ったら逆切れされて刺されたりしそうだわ。
寄付はまあ自由だけど顔は出さないといけなかったんかな。

 「父を救ってください」と玄関先で涙ながらに話す女性もいたが

この人は最近流行りの死ぬ死ぬ詐欺やりなよ
死にそうです助けてくださいと言えば少しでも騙された馬鹿が出してくれるであろう