March 11th, 2011

祈りが足りないのか!大地震が東北に起きる。

 これは地震を棺桶に入れましょうという作品です。


 私は長野の黒姫、神山に行くことが多くなって、自然界の厳しさには常に到底かなわないのが人間だと思うようになりました。

 雪が凄い音を立てて屋根から落ちます。信濃町でも雪下ろしや除雪で毎年、数人の方が亡くなるそうです。それでも雪国に住む人々がいる。

 日本は地震国と言われ、1995年1月17日、神戸の地震の記憶は新しい。
 
 「マリア・コード」の本は、祈りによって地震を無くそう言う考え方の持ち主から「ぜひ、出版してほしい。」と言われて書いた本です。

☆個人的に、人間の心の在り方がとても悪くなっていて、このままでいいのかという思いが積み重なってきた昨今です。

 人間がここまで堕ちている。
 母が子を殺す。虐待する。

 子が親を殺す。年金欲しさに親の死すらなかったことにする。

 子供が苛めで自殺する。

 学校で教師が生徒にわいせつ行為をする。

 宗教家の堕落がある。

 医師が経済的利益のために命をもてあそぶ。

 あってはいけないことが起こり過ぎている。

☆東京の品川区に住む我が家。

 地震時は娘と寝室にいたが、私の部屋のアンプはかなり重くて私の力では持ち上げれないのだが、2つとも棚から落ちていた。主人の部屋は書類が散らばっていた。1階の本だなの上の陶器の器が落ちて2つほど割れていて、破片を拾い、細かい破片は掃除機ですった。
 キャビネットの扉は開き、バッグがたくさん落ちていた。

 東京でも、居場所次第では死んでも不思議はなかった。アンプがもろ当たれば即死もありえたし。

☆テレビで映る仙台市や岩手の盛岡市の津波の様子。
 家が流れ、車が流される。

 東北は夜には氷点下になるだろう。

 行くえ不明の方たち。
 少し前のニュージランドのビルの崩壊は日本のものとなった。

 あのビルはクライスト教会。キリストの名のキリストの体。

☆私たちは驕り続け、物欲に明け暮れて、互いに争い、思いやりの気持ちを忘れ始めた。
 
 この大不況で経済的な試練でものを買えなくなり、古いものを繕い、大切にし始めた。

 それでも足りないレッスン。

 石油が高くなり暮らしにくくなり、家から追われた住む人たちを受け入れるために、私たちは隣人愛を学ぶのだろう。

☆老いた父も姑も無事だった。家もしっかり建っているらしく特別傾いだわけでもない。

 ホームレスのおじさんたちはどうするんだろうと思った。

☆私は自分の部屋を片付けながら、流行遅れだってダサかろうと捨てられなかった靴や衣類が「いつかは、こんなものでもあることがありがたいと思う時が来る。」と思ったことを思い出した。

毛布やシーツもある。こどもの幼稚園時代のクレヨンもハンカチもあるくらいなので。

☆「棺桶インスタレーション」は神様がとても急がした。
 早く浄化を!
 人類の罪の浄化を!

 それで、寒さをものともせずに風邪をひいたが雪仲で設置したのだった。

 神山の雪の中で?

☆私は胸が痛む。

 人類の歴史がこんなにも多くの犠牲の上に成り立っている事実に。

 祈りがないがしろにされているという告発の作品もある。


 左の小さい方は祈りの椅子だ。

☆「ノアの箱舟はどこから来るのか?」と娘が訊いた。
「自分で創るのよ。」

雪の山に乗せたので、アララト山に到着したように見えた。

今は私たちは、大海原に漂流中なのかもしれない。


しかし、やがて新しい芽が出るだろう。