March 15th, 2011

東京の風景も変わった。

 昨日は、節電が始まると言うことでした。

 主人はいつものように出勤へ。

 春休みの娘と私は家で片付けをしたり、友人の安否を尋ねたり。

山手線も混んでいるだろうと、2時半頃隣町の大崎まで重いカートを引っ張って、資料を手に持ってJRに乗りました。

 混んでて、押して押して入るのです。通常の8割とかでお昼すぎでラッシュです。

 私の体調も風邪と睡眠不足で変ですが、何もしなくてテレビを観て泣いていても始まらない。

 大崎のキンコスは節電のため休業でした。品川店が開いてると言うのです。駅ビルのような店なので、再びカートを引っ張って今度もさらに混んでいるJRで「次に降りますから。」とすごく押されて着きました。

☆品川のキンコスはすぐわかりました。
 「スキャンをしてCDに取り込みたいのです。かなり資料はあります。」
 かかりの店員さんに訊木ながら6時過ぎまで取りこんでました。

 品川店は混んでいませんでしたが、客も現れ私のように質問している方が多かったです

 CDに取り込むのも係の人が手伝ってくれました。

 「申し訳ございません、理由がわかりませんが、機会が壊れていると出ました。お金は要りませんので申し訳ありません。」

 とそのまま、帰ることになりました。3分の1くらいはスキャンできているのです。

 「明日、また来ますね。」

☆私は混みあう品川駅を反対方向の高輪口に出ました。家まで歩いて通える距離です。
 しかし、私はかなり重症の風邪。

 成城石井という駅のスーパーも4時で閉店。駅ビルの中のパン屋さんもすでに閉まってます。

☆諦めて、横断歩道を歩き始めた頃、流れのタクシーが停まりました。すぐ前のタクシー乗り場は長蛇の列と言うのに。

 手を挙げると、横断歩道にスーと入って停まってくれました。感じのいい青年です。

☆五反田駅を回って家に着いたのですが、五反田東急もしまってました。

 娘に荷物を託して、夜の街に夕食に準備に行ったのです。

 みな、着ているものも実用という感じになり、入ったことはないのですが、「直島」という高級フレンチのお店の前でお弁当が売ってました。
「いつからですか?」
「今日からです。こんな時ですから。」
「おにぎりセットと幕の内。」
そして、薬屋で娘の望む「ルルド物語」という水を買いました。

ケーキ屋さんが開いていたので、ショートケーキを3個。
「お店変わりましたよね。」
「はい。」と初めての年配のコックさん。
「これで、三度目ですよね。」
「?」
「これまらもよろしくお願いします。」
「この上に住んでいるのです。こんな時は、家族で甘いものでも食べて元気をださないと。」

この坂は桜の名所です。もうすぐ春の桜が満開になるでしょう。

駅のホームの人だかりは、ここからも見えるのです。
「すごいことになっているなあ。」
節電で、お街全体も暗いのです。

☆「北長野で地震」とニュースが入りました。
長野のコテージの管理人まで電話。「震度2度くらいで、こちらは何の被害もないです。雪は今降ってますが、3日ほど経ったら晴れます。」

花粉症の主人が要るので、お洗濯は家の中で干すのです。
主人が帰ってきて、普通の家族をしてます。

テレビで家族の再会のニュースと家族を探しているニュース。
そして家族を目の前に失ったニュースが流れています。

世界中から支援。

そして幾度かの原発の不手際なできごと。
「みなさん、福島の原発は東京の方たちの使う電気のためにあるんですからね。」
とアナウンサー。

人間は電気を失うだけでこんなにも生活が変わる。

そして、被災地の人のライフ・ラインは水も電気も油も食べ物も困窮していると言う。

☆私は自分の部屋を探して、いざと言うときのために取っておいたいくつかの金貨を探し出しました。
被災地に送ろう。これならすぐお金になるだろう。(もちろん、お金に変えてから義援金にするのですが。)

私が鼻グズでぐずぐずしているのと、ひどいせきこみでゴホゴホしているので、主人が「体育館に入れてもらえないぞ。」と言いました。

本当に、主人に迷惑を書けないように、なるべく遅くベッドに入っているのです。

☆テレビの中の映像も幾度も幾度も同じ映像が流れます。
現場ではうずくまって泣いている自分の家を流された人たちがたくさんいるそうです。

日本はこれからどう生きればいいのか?

お店には物が無いのと、節電で昨日はパンを買いそびれた。
しかし、いろいろなものを皆が買い込んだ。

お水もかつてはルルドのお水の入っていたタンク数個に水道の水を入れて置いてます。

☆申し訳ないですよ。
被災地の方はお水を得るのもお疲れのところ難儀して並んでおられるんですから。

そして、専門家に言わせると被災地の体育館などで避難された方たちが精神的に弱くなって、犠牲者がたくさん出るのだそうです。

☆何ができるか?
長野コテージに5人くらいは泊まれる。
でも、余計なことをしてはいけない。
集団で安全なところに仮設住宅ができる方が交流ができていいのだそうだ。

☆あの神戸の地震。1995年の1月17日。
あのあとで、神戸へ行った。
「神戸には文化が無い。美術館も音楽ホールもない。地震から立ち上がる時は文化の街をして経ちあがらせたい。」
と言った本屋さんが、80人が画家に30万円づつ渡して「こんな時こそ、絵を描いてくれ。」と言った。
ホームレスさんの「ビッグ・イッシュー」をいつも置いてある本屋さんだ。

その画廊に偶然よって、経営者の出された本を買ったのだった。

私のビデオを作っているハリ―さんも神戸の本屋さんの経営する画廊を師として六本木で奥さんが画廊を経営していた。

その画廊に寄ったのが縁で、ビデオを頼むようになったのだった。
その画廊は不景気で無くなったが、この間も電話で奥さんと話したばかり。

☆この地震を予知していた人が何人かいたようだった。
お正月に仙台地震の夢を観たとあった。地震前に書き込んでいるので、嘘では無い。

石原都知事は「我欲があるので天のいさめだ。」と言っていた。
天誅。

日本全体のいさめだ。

☆酷いと思っていましたよ。
どこもここも。

ニュースによるとブランド店が軒並み売り上げが減っているそうだ。

どこのうちにも、昔だったら考えられないたくさんの靴がある。
昔は、茶、黒、普段靴くらいだったのに。

着るものも他人事で無くて、家にもあふれている。
もう1年買う必要ないくらい。
安ものだけれどね。

高級レストランなんか行ったことも最近は特にないけれど、テレビのグルメ番組もすごかった。

☆母が倒れて、1日毎に中目黒の病院に着換えの衣類を届けて体がふらふらだった頃、京都からどうしても東京へ進出したいという能の役者がいて、生徒が4人いれば、教室が開けると言うので自分と独り探して実現させたけれど、新年会で高級ワインをガブガブオーダーして、1人2万円になって(イタリア・レストラン)、皆、顔が真っ青。(そんあ贅沢したくないなあ。)と思ったものだ。
そして、京都で舞台で舞いたいとおねだり。(訊く人に訊くと、ひいきが300万円くらい出して、舞を舞わせるのが役者たちの力だと言う。)
ひいきと言うのでもないし。
そんな、お金ないです!ました、こちらは母親の病院通いで舞いのお稽古のできる体でないが、それを知っていて、なぜか嘲る態度。辞めたのはそれが理由。
日本の伝統芸と言うのも、荒んでいたのだ。
「舞いが疲れるんだったら、謡の方は?」と自分のことしか考えない。

品格が無ければならないところがこのレベル。

☆我欲を無くすと、どんな国になるのだろう?
貯金のある人には預金通帳が無くても、銀行から引き出すことができるとあったが、「預金のない人はどうなるんだろう?」と私は思った。

お行儀のいいという日本人だが、
「もう限界です。」
とい被災地の人たち。
お握りが1個半だったと若い青年の1日の食糧補給。

☆私はテレビの映った日本人の人たとがとても身綺麗だと思った。
東京で揺れてる若い人たちが皆モデルのように髪も美しく、おしゃれで洗練されていたのだ。

痩せることや、美しくなることに行き過ぎがあったのではないか?
長野に通っているせいか、田舎ではそんなにきれいにしていない。
私も手抜きを批判されているが、美しくしてない。
それより、体力なのだ。

外観を重視、見た目を重視しているつけが来たような気がする。

津波で何もかも失う。
肉親ですら、高い波にさらわれる。

週刊誌に「京大・東大。合格情報」とあったが、そんなものはどうでもよい。

生きてることは同じ重みだ。

東北の地震で、魚も野菜も入荷困難になり始めた。

コメどころも多い東北。

ホンダやトヨタ工場も材料が入荷できなくて、稼働してないそうだ。

☆さて、アーティストは?
青森や岩手や宮城の美術館は?
アーティストはどう生きるのか?

☆いつも考える。
 絵の具代でアフリカの人がいくら食べられるか?
 絵を描いて人を助けることができるか?

☆しかし、私たちのエネルギーは音楽一つで励まされることがある。
 辛い時に、お握り1個がいいか?美しい音楽が聴こえるのが癒されるか?
 
 私が長野で山を見ながら「綺麗だね。心がすがしくなるね。」と言っていたら、
「山なんか観てたら、足元が滑ってしまうよ。」と笑われた。

☆部屋の片づけをしているのに、何も捨てられない。
せいぜいコピーのあるチラシとか広告ちらしくらい。
小さな美しいカードや、可愛いタグのようなものも心を励ましたもの。

 東北に地震の被災とは比べようもないけれど、
私も異国で娘と二人、毎日毎日生きなければならなかった。

とにかく娘を護らねば。

 玄米食べて豆腐とあぶらあげのお味噌汁食べて、生きていた。
外国人ってカードをすぐくれる。
サンクス・カードやバレンタインもサンクス・ギビングも。
それって、結構、慰められるのよね。
そのくらい孤独だったし、頼れる人っていなかった。

 結構、日本人同士が危ない。
詐欺だか何だか、「どうしても譲ってほしい。」と言って売った車代金も5%も貰ってないもの。
長く外国に住んでいると、心がすさむ人もいるのが事実。

 現地の人もホームレスも薬中毒の若い人もいて、最後の1年はスタジオで暮らしていたので洗濯機が無くてコイン・ランドリーに行っていたのだけど、ホームレスさんが10ドルで2分くらいの距離を持ってあげると寄ってくる。「いい。軽いから」「じゃあ、5ドルで。」「2ドルでもいいから。」

☆現地のテレビを観てると、ホテルを解放した人もいる。
皆、親切だけれど、神戸ではそうでもなかったこともあったようだ。

明日は我が身の地球家族。

本当に何ができるのかな?
大地に花の種を蒔きたいとか思ったけれど、現実には迷惑なんだろうな。

☆寒さは結構想像つく。
 コテージももう薪が1束しか残っていない。
 でも、電気があるしね。
 
 祈り
 義援金
 節電

 謙虚さを学ぶ。

 目をしっかり開いて、現実に起きていることを正しく観る。

 情報をしっかりと集めて、判断をする。
 償いとしての心の浄化。

★福島第一原子力発電所から約100キロ離れた茨城県東海村などで、通常の約100倍の放射線が検出されました。

 東京大学によると、茨城県東海村にある大学の研究施設で、15日午前7時46分までの10分間にわたり、最大6マイクロシーベルトの放射線を検出しました。福島第一原発からは約 100キロ離れた場所にあります。現在は下降傾向にあるということです。また、茨城県によると、約70キロ離れた北茨城市役所でも午前5時50分、 5.575マイクロシーベルトの放射線を検出しました。これらは通常の値の約100倍にあたります。茨城県などによると、この数値は直ちに人体に影響があるレベルではないということです。

最悪を想定して生きる(私の個人的趣味です)!

 福島原発は最悪の状態になっていた。

 1時過ぎに、出かけた。
 薬屋で大量のマスク。
 一つを降ろしてJRへ。中野までは行けるが、多くの交通機関が運休していた。

 前にも換金したブロードウェーの中のコイン屋さん。
金の値は上がっていて、思ったよりいいお金になった。
はたして、どこから送金したらいいのか?赤十字か?

 被災地で困っていると言う下着を買った。
 古着は失礼、迷惑を言う意見もあったが、テレビを観ていたら体育館の中で被災されている方には役立っていた。今日で4日目で下着が要ると言う。ボランティアは迷惑だから義援金がいいと言うのが一般的な意見。

 渋谷で降りて、ビッグカメラでコピー機のインクをセットで買った。5000円くらいだったが、この間買ったカメラのポイントで無料だった。
 のれん街でさくら餅を3個と夕食の中華の用意。みかんなど。

 恵比寿で降りて、予約していたロクシタンでのクリームを引き取ろうとしたが、今日は休みだった。
もう、いろいろ異変が起きている。

 自宅に帰ったのが4時半ごろ。

 今の楽しみは「宝くじのグリーン・ジャンボ」
 今日が発表だけど、まだ結果が出てない。
 山口で抽選なので、無事に行われるだろう。

 今、宝くじに当たったら、やはり義援金が主なる使い道になるだろう。

★買ってきた「アエラ」などを読んでいたら、テレビで最悪なことになったと福島原発のことを語っていた。

 どうして、防波堤も原発も最悪を考えなかったのであろう?

 私はいつも最悪を考えるタイプだ。

 結婚のときは一番読んだのが、離婚本である。父は呆れていたが。
 そして、大阪で餓死した姉妹が自分と同じ年齢なので、心配をして「どうしようか?」と友人に言ったら「あなたが、なぜ心配するのよ。大丈夫に決まっているじゃないの。」と言われたが、私はいつでも、ホームレスになったらどうしようかと、脚力を鍛え、どんなボロ着でも取っておく方だ.いざとなったら、北斎のように、歩いて長野にでも行くように元気でありたいと思っている。

 娘にことも心配だらけ。
 母は「大丈夫。心配ない。」と言っていたが、あの不出来な子を残しては死んでも死にきれない親の気持ちだ。

 それなのに、プロの先生は、勝手に津波はここまでと制定して税金で防波堤を作ったのだが、役に立たなかった。

 原発だって、六ヶ所村だってあれほど反対したではないか?

 電気が無くても暮らせる術が必要かもしれない。
 江戸時代はそうしていたのだもの。
 家では、暖房も停めている。東京の家では電気毛布も湯たんぽも使わない。

 東京の帰宅難民は歩いて帰ってきた人も多かった。
 仙台までの線路を歩いていく被災者も映像に映っていた。
 健康がいかに大事か。
 栄養ドリンクでも健康野菜でもたくさん食べてとにかく生き延びることだ。

★児童手当を被災者の援助金にすると言う案も読んだ。
 分け隔てなくしてほしいな。
 
 大学がすべてで無いけれど、大学に行きたい人には行かせてあげるシステムが欲しい。
 アメリカではロシアからの亡命者の子供に、他の父兄がお金を出し合って、優秀な子にふさわしい私立に無料で行かせていた。

★明日は我が身。
 いつ家族がバラバラになるかもしれない。

 でも、家族で無くても親戚で無くても友で無くても、助かってほしい。

 そして、辛い思いをされた方は勇気を出して生きてほしい。

 私も異国や日本で嫌なことがたくさんあったけれど、それでも人間は生きる必要があるらしい。

 レッスンなのだろう。

元気を出すためにも真実を知った方がいいと思う。

東日本大震災:福島原発事故 日本の「安全神話」に不信感

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所の爆発・破損の連鎖で、近隣のアジアを中心に、日本の原発の「安全神話」に対する不信感が高まっている。トラブルの深刻さや放射性物質の放出・拡散による環境への影響が判然としない中、放射能汚染の恐れという「風評」が広まる懸念もある。

 15日付のタイ紙は、アピシット首相がエネルギー省に対し、2025年までに原発5基の操業開始を掲げた電源開発計画の再検討を命じたと伝えた。原発建設を撤回して火力発電所の新設で代替する可能性があるという。タイ食糧安全当局は15日、日本から輸入する食料品が放射能で汚染されていないか、抜き取り検査を実施する方針を示した。

 一方、既に原発21基が稼働している韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は15日、自国の原発の安全性を強調する一方、事故に対する訓練の強化を指示した。

 李大統領はこの日、韓国企業連合が受注したアラブ首長国連邦(UAE)の原発起工式から帰国。被ばくを想定した化学防護訓練の視察に直行し、「住民の不安を取り除き、普段から避難訓練をしていかねばならない」と述べた。聯合ニュースによると11日以降、大気の監視が強化されているほか、野菜など日本産の生鮮食品の被ばく量を調査するという。

 台湾の電力会社「台湾電力」も15日、北部の新北市石門区にある第1原発を急きょメディアに公開し、「福島とは違う」と安全性のアピールに躍起になった。稼働中の2基はいずれも運転開始から30年以上が経過し、福島第1原発と同様に「老朽化」への不安が高まっている。台湾電力は「台湾の原発は高台に建設されており、津波を受ける心配は少ない」と強調した。

 中国では、インターネットや携帯電話のメールで「15日午後4時(日本時間同5時)、最初の放射性物質が到着する。あなたの友だちに伝えて」「広東で注意が必要」などと不安をあおる書き込みが飛び交い、市民に動揺が広がった。環境保護省は「日本の原発事故の影響はない」との観測結果を発表するとともに、「放射線レベルの調査を強化する」との見解を示して平静を呼びかけた。

 また、プーチン露首相は14日午後、「日本で進行中の出来事を注視していくが、(国内外の原発建設に関する)我々の計画は変わらない」と述べ、原発推進を堅持する意向を示した。ロシアは2030年までに自国内で約20基の原発建設を計画するほか、海外向けの原発輸出を経済外交の中心に据えており、福島第1原発の事故に対する批判的な発言を控えている模様だ。

さて、宝くじ「グリーンジャンボ」の結果は?
どういうわけか、3000円が2枚当たり、あとは1ケタが4枚かな?
買った宝くじは47枚ですから、少し赤字です。
微妙なところです。

☆ひらめいたのですが、
長野のアーティストで何人かアート・ビレッジを作ろうと言う話があります。
廃屋が多いので、住むところは無料で提供できる。

雪がネックだったのですが、北国の人ならそれは問題でない。
暮らし振りも似ている。林檎やお米どころ。
被災地のアーティストさんなら受け入れられるんではないだろうか?
100人くらいなら可能のような気がする。
長野の善光寺の門前町に住むアーテイストのグループに声かけてみよう。

神山グリーン・タウンも30くらいの廃屋が無料で提供できると言ってます。

自立できてるアーティストならいいのではないかと思う。
自立と言うのは精神的なこと。

そして元気を日本中、世界中に発信できたら長野のためにも東北にためにもいいのでいか

預言されていた地震「幸福への近道」2月16日

「幸福への近道」ブログ

*
<世見> 2011/2/16

Date: 2011.02.16 | Category: 世見, 地震・自然災害 | Tags:

中国に付いて 教えて戴いた事をお伝えしている途中ですが 地震が気になり始めましたので地図を広げる事に致します。
パキスタンと云う国は地震が歴史を変えたと云っても過言ではありませんが 我国も関東大震災で歴史を大きく変えたと私は思っています。
「災害は忘れた頃にやって来る」
こんな言葉がありますが 実に的をえた 名言です。
いつ どこで どんな災害が起きるか分かりません。
どうか「備えあれば」をお忘れにならないようになさって下さい。

やはり太平洋側は動く気配がムンムンしています。
「陸前高田」と云う地名が声にならない会話を 自分にしています。
どこにあるのだろうと 探してみると 見付かった。
指で感じ取ろうとしたが 期待ほど感じなかったが 釜石辺りが赤く見えた。
東和と書かれている場所辺りが気になった。
今度揺れると広範囲に思える。
岩手・秋田・山形・宮城・福島・茨城 これだけ書けば当たるだろうと思える県名だが 書かずにはおれない思いになります。
目の前に5の数字が先程から見えて仕方がない。
千葉も 神奈川も近く揺れると思われるし 東京・埼玉も「なんだこれ」私がおかしいのか群馬も 栃木も 長野も いつ揺れてもおかしくない事を地図は語ってくれているだけに 私自身 今日は地図を見る力が薄れているのかと 心配になってしまうくらいだ。
もしかすると近日中に何回か揺れを感じるか かなり広範囲なのかもしれないと思った。
もっと他も見ないといけないのだろうが これ程の県名を書いた後だけに見る気がなくなったが 心の中で「揺れる・揺れる」と言っている自分がいた。
又 改めて見てみますが 気を付けて下さい。
大きな揺れを感じる私が ここにいます。

☆縷衣香記
 この予言の3月12日では、近いうちに大きな揺れのあるところがあると書かれてます
場所はまだわからないとも。