March 26th, 2011

快適なゲスト・ハウス暮らし!

二人とも、久しぶりによく眠れました。
和式な暮らしと言うのはなかなかよくできてます。

2階のベランダを開けると今日は雨です。


5階から2階に引っ越ししたので少し部屋のデコレーションが違うのでした。
こんなコンテンポラリーな行燈も。

テレビは1チャンネルは英語放送になってます。乳児には水が買えない場合は水道水を言う報道に腹が立ちます。

姫路、広島、奈良へは日帰りで行けますと書いてありました。

外国人が好むような金色のお茶碗がついてました。

アパートだったのでこういうつくりです。ワン・ルーム・マンションですね。


玄関には伏見稲荷の写真が!

近くにはセブン・イレブンがあって、紙皿や紙コップなど買いました。昨日はおでんやお味噌汁を買って割り箸を手に入れました!

タオルもコンビニで買いました.シャンプーと石鹸は着いてますが、バスタオルなどもないです。手洗いしたのですが、今、娘がコイン・ランドリーに行きました。

このテーブルを動かせばこの上で食事もできるんですね。鏡台のようにも使えますし。
2週間目からは1日、1部屋8000円だそうですから4人ぐらいだと安く暮らせそうです。光熱費は部屋代についてますから。

今日はこの下にジーンです。

パジャマはもってこなかったので、昨晩は縁日で買った黒のニット感覚のズボンに安く買ったオレンジ色のタートルで寝ました。それで、今日は下着ごと洗濯です。

☆電気を使わない生活を提案している記事がありました。
極端なことを言えば、江戸の暮らしのように歩き、ろうそく暮らし、夏は団扇などで暮らすこと。

 私も幾度も引っ越しして、ボストンで7年住んでいた時も、毒性の蔦のエキスが水道水には入っているので、水道水は飲めないと言われてました。それで、ご飯などもミネラル水で炊いていたのですが、「えっ?知らなかった。水道水を平気で飲んでいた。」と言う人もいました。

 水を買うと言うのはかなりのストレスでした。重いし、割とすぐなくなるので。

☆今、テレビで被災地で「格差」が広がっているというニュースが。
「もう、限界です。」と言うレターを読んでました。

仙台の70歳の一人暮らしの方からは「余震が怖い。話し相手がほしい。」。
「津波にあわれた方に比べれば、私なんかは。」と、日本人は遠慮をするんですね。

母子と言えども、狭い部屋にふたりでいるとついつい価値観の相違に話があわないこともあります。
被災地の共同生活はみな、耐えていらっしゃるのですね。

☆「トラックは福島を避けている。」
「他の被災地に比べて、福島への援助が少ない。昨日はおにぎり1個に飴玉ひとつ。」
「福島から来ましたと言うと、他のテーブルから離された。」
私は、ふと、日本人と言うとほかの国の人から離されて座らされる海外旅行が見えました。

☆水が無いと主人が言ったので、娘が『私が日帰りでも水を持ってパパに届ける』と言ったのです。
主人は、「自分が一人の方が対応が楽なので、ママと一緒にいなさい。」と言ったようです。
姑に電話をしたら、「自分は年寄りだから、もういいよ。ティッシュ・ペーパーが足りないかな?」と。
「私の家の引き出しに黒姫のカギが置いてあるから、いつでも行っていいよ。ベッドも3人分用意したから。」と私。
「パパが揺れてるって。パパも神山に行きたいみたいだから、ママから誘ってよ。」と娘。
「もう終わったよ。アハハ。」と主人。
29日にようやく大阪から仙台までのバスがでるようだ。
娘の仙台の寮と言うかマンションもどうなっているかわからない。
「京都の大学とでも振替できないのかしら。」と私。

私も娘も結構人生避難生活が多かった。
2歳のときのパリではチェルノブイリがあって、野菜など買えなかった。
娘は寮生活が多かったので、多少の共同生活は慣れているのだが、神戸のアメリカ人の家ではアメリカ人が集まってとてもエキセントリックな会話が多くて、疲れてネット・カフェ体験もしたそうだ。
「やってみたかったの。」
わかりますね。

☆昨晩は西村堅太を読んでいたのだが、人間って誰でも十字架があって読み物とは言え、同棲相手の女性のおおらかな寛大さに得難いものを感じた。
女の人は誰でも男の人を育てると言うか癒す力があるので、彼にとって本当にこの方の存在はありがたい。

日本を元気にする私意見!!!

 今、娘のいれたコイン・ランドリーの乾燥を待って、ランドリーショップに行ってきました。
時間がまだ15分以上もあったので、隣の喫茶店へ。
 私たちの泊まっているinnはいつもは外国人しか泊めないところだそうです。でも、被災状況で日本人も臨時に泊めているようです。

 また、自粛ムードが高まって、観光地は軒並みキャンセルが相次いでいる。
ハウステンポスが1万人以上のキャンセルとか。
中国からはキャンセルが特に多いそうです。

☆でも春休みのシーズン。
日本が元気になるのには、観光はした方がいいのです。
被災した人たちへの思いやりと言う考えもあるでしょう。

でも、日ごろ、私たちは不妊治療中でも、妊婦の人を見るでしょう。
東大おっこったって、名門私立を落ち立って、制服の人や東大出の人を見ないで生きてはいけないのです。

私たちは容姿や家柄や頭脳や性格まで、同じには生まれてこない。

どんなに頑張ったって美人になれない人も優秀な学者になれない人も生きているのが大地です。

ひがまず、別の長所を育てるのが知恵というものです。

背が低かったって、楽しいお笑い芸人はもてるそうですよ。

私は被災者で無い人はしっかりと日常生活をして、元気な方がいいと思うものです。
そうして、しっかり働いて、元気や義援金をはずめる方がいいではありませんか?

皆が、質素な生活を送れば、地方の被災者で無い人もお金を使わなくなって、商人もレストランも農業や漁業まで困るのですよ。

それより、知恵と工夫でおいしいものを日本全国作って食べて、被災者の人を雇うほど豊かになった方がいいですよ。

岩手や宮城の漁業の人も高知県や鹿児島県では漁業もやれるかもしれない。
福島県や茨城県の農家も九州や中部地方で農業をやれる能力もあるんですから、お小遣いや生活費を払えるぐらいの余力を付けた方がいい。

観光にもどんどんお金を使える人は使って、安全な地方は海外からのお客にもサーヴィスをする努力をしたほうが国は豊かになります。

自粛しても、だれも喜びません。
読売の発言小町で、「沖縄に行く予定があったのですが、じしゅくしたほうがいいでしょうか・」とありました。娘の卒業記念に母子で記念旅行です。被災者の方からも「どうぞ、行ってください。一生で親子で旅に行ける時間はそうはないです。」とありました。
素敵な被災者の方ですね。沖縄のホテルだって、レストランだって、飛行会社だって潤います。

皇太子夫妻がかつて神戸の地震のときに海外に行かれバッシングされたことがあったそうです。
それで、今回のイギリスのウイリアム王子の結婚式は辞退されたそうです。

☆でも、普及するのに10年はかかると思います。
10年間、日本人が自粛して旅行もしなくなったら、日本経済はますます低下します。
それで食べている人たちの暮らしも脅かされるのです。

感謝をして行ったらいい。そしてチップのように義援金を支払えばいい。

☆旅をすると発見がたくさんあります。
 この間の名古屋の野菜の農園の持つレストランのように、牧場や農業を持っているレストランは質に自信があって、満員です。
こういう店がたくさんあって、茨木や福島の農家の人を受け入れて、ますます発展したら東北の人も助かるでしょう。好きな自分の仕事で誇りを持って稼げた方がいい。
やはり、被災して自然の厳しさには敵わないことを学んだあとは、人間の力を出して再生を学ぶ番ですよね。

 人間は与えられるばっかでは誇りを持てない。
 誰かの役に立たないと自分を肯定できない。
 地方を助けると思って、自分の持てる能力を使える場所を探せるように日本人が一丸になったらいい。

 始めは、お小遣い程度しか給料が払えなくても、皆でレストランを使って利益を上げる努力をして、少しづつ自立できる給料に近づけばいい。

 これからは農業は大事ですもの。

☆今日は京都は寒い。
朝は前でしたが、一時雪でした。
こうなると長野から来た私は衣服にも困らないのです。雪靴、あざらしチョッキ、ダウンのコート。
経験って役に立つのですね。

鞍馬でも行こうと思っていたが、寒いのでもう少し近場にするかもしれない。

娘は着るものが無いと言って、ユニクロのバーゲンで買いこみましたが、神戸の家に疎開していただけあってバスタオルはちゃんと持っていたのでした。

「長野も揺れましたね?」と喫茶店のオーナーに言われたのですが、南長野ってどこだろう?
後で調べることにして、確かに私も昨晩のニュースで観たのですが、日本では明日はどこに災害が起こるかもしれません。いつ被災者になるかわかりません。

昨年のアイルランド旅行のときはアイスランドに火山の噴火がありましたもの。
でも、さすがヨーロッパの対応は早かったですね。
あの時にテスト・フライトをしたパイロットさんのように、命がけで皆のために試してくれたような人のおかげで無事に生きているのでした。

感謝と祈り。そして国が豊かになるために働いてお金を出して元気を育てたいです。

金閣寺まで行きました。

 どこか出かけようと家を出て、バスが来たので乗ってみました。
金閣寺行きでした。
雨は雪になってましたが、積もるほどのことはないのです。青空が出ているんです。

お昼は乾燥機をかけている間(生かわきで20分ほど追加したのです。)、「大阪屋」と言う隣のうどんやさんが開いたので入ってみたのでした。
「たぬき」と頼んだら、油揚げが切って短冊なのが乗っており、あんかけでした。
「キツネと間違えたのかしら?」と思いながら食べました。
寒かったのであつあつのあんかけうどんは良かったです。
メニューをよくみると、「たぬき」は4種あって、東京風、名古屋風、京都風、大阪風とあるのです。
同じ値段で590円。頼めば東京風も作ってくれたでしょうが。あんかけ京都風もおいしかったです。

部屋に帰り、娘と洗濯ものを分けながら、居心地いいので部屋で遊んでました。
「出かける。」と娘が出て行って、私も出掛けることに寄りました。

久しぶりの金閣寺は雪が降って素敵でした。多くの人がいたのですが、いつもはもっといるようです。
庭も良かったですが、公開してない庭はさらに良いそうです。

写真機を忘れたのですが、携帯でも取ってみました。

寒かったですが、青空に映える金閣寺の金も品が良くて、出かけて良かったです。

縮緬細工屋さんでかったお野菜と籠。


お姑さんと父のための長寿のお守りと娘に上げようかお守りです。


Innで食べるおやつ。


雪の金閣寺のポスト・カードを2枚。


バス停の前のコーヒー屋でコーヒーを飲んでいると、ろうあの人たちが楽しそうに手話をしてました。
やはり、少しづついい時代になっています。

隣の青年が話しかけてきたのでお話してました。
三鷹のICUで来週から仕事だそうです。山口県の人でイギリスに7年いたそうで、立命館で2年ほど教えていたそうです。専門は哲学。英語の本を読んでいたんですよね。京都のアパートが解約してないので、地震があったので京都に戻っていたそうです。

バス停で京都駅行きに乗って、七条塔院で降りました。私がカギを持っているので、娘より早く帰らねばならなかったのです。おミカンなど買いたかったのですが、八百屋さんも見当たらず。
しかし、バス停で裏にフレンチ・レストランがあることが分かりました。
家庭的なお店なら、娘と今晩行きましょう。

☆日本の美はやはりお庭にあるわねえ。
三島の小説のように、「金閣寺」に嫉妬する御坊さんがいても不思議でない。そして実在の事件。
お茶室も良かったです。

今回は観光と言う感じで無く、住んでいるような気分です。だから、少しづつ歩いてみたいと思いました。

☆鐘をひと突き200円で東北地震の被災地への義援金とありました。
今、発言小町で「自分が10万円は出そうとしたら、主人が1万円くらいでいいと言ったので不満な奥さんの発言が記載されてました。」
義援金の値段は本当にピンからキリまでですね。
私は「1回、ドカンがいいか?毎月ボチボチがいいか?悩んでます。」と言ったら、
「毎月、ぼちぼちがいいです。」と言われました。
コンビニや寺院での義援金募金、教会など。ぼちぼちいきましょう。

母娘で大事な話!

 6時ころ帰ってきた娘と今日もコンビニと言うわけにはいかないので、庶民的な「創作料理」の店に行きました。7時半ごろでしたが、超満員でずいぶん待たされて、入った個室はなかなか落ち着いていい感じでした。
付きだしがこれ。

「栞懐石」と言うのを頼みましたが、1品料理もお寿司もありました。

アジアン・テーストでしょうか?こんな絵がかかってました。学生のカップルやサラリーマンたちがカウンターや個室にいっぱいでした。


前菜はホタルイカや切り身の魚の大根巻きや結構丁寧な作りです。
</a>
お吸い物は若筍。春らしいですね。

写真撮り忘れて、食べ終わる頃だったのですが、春野菜と海老の天ぷらで塩とレモンと柚子胡椒で戴きました。
メサバと千枚かぶらも合肴で。

茶碗蒸し。そろそろお腹がいっぱいになって単品で取ればよかったと後悔。

この後にマンガリッツ豚の塩焼きとレタスサラダが出ましたが、映像は無かったです。

しかし、娘の話がなかなか深かったので、ゆっくりと持って来る時間の長さがちょうどいいような!
お寿司と赤味噌汁が!


もうだめ!と言うころに10時を回ってましたが、デザートが!
抹茶プリンに(ババロアのようでした。)アイスクリームに苺など!


その間、娘は結構飲んで、私もウーロン茶を2杯飲んで、10000円でお釣りがきたのです。

☆話は日本の国の再生の話で、これからの日本はどうしたらいいのかと互いに知らなかったまじめな話をしたのです。
でも、最近らしい自分の使命がわかったのは!
「ママは自分の年くらいのときに何をしていたの?」
「易カルタを創ってあちこちの新聞や雑誌に記載されてたし、」
「すごいね!」
「でも、ママはあなたのように英語はできないし、学歴もないから一緒だね。」

娘は我がままなので、心配なことばかりなんですけど、まじめなんで安心!
あと1日の京都を明日宿泊して、そのあとは名古屋経由で長野に入る予定です!