April 11th, 2011

もう1カ月経ったのですね!


東北地震の被害は見れば見るほど、到底回復には予想もつかない時間やエネルギーがいるそうだ。
昨晩、都知事は石原慎太郎の再再再の知事が生まれた。
東京都が貧乏をしても東北を助けようと言う。また、テレビのコメンテーターは「いや、元気になって豊かになって東北を助けなければいけないと思う。」と言う。その両方とも真実で善意だ。

 2DKの仮設住宅も阪神地震のときに比べてずいぶん効率が悪く、まだ30数軒しか建ってないそうだ。
私もパリに住んだ時に学生が狭い部屋に3人ぐらい住みこんで1年半暮らしたことがあったが、落ち着かないし体も悪くした。そんな体験があるので体育館はもっとつらいと思う。

4月9日(土)雨。
折り畳み傘しかないので、 傘をよろず屋で買ったら600円だったのに布で18本のハリもあって、安いなと思う。とにかくバスが無いので、お花が欲しいと言ったので(娘は6日がお誕生日だったので)3時台にやっとあるバスを待って、黒姫駅の喫茶「しなの」でたかし君と話し、隣の本屋で「婦人公論」を買ったのだった。黒姫駅に乗ったのが1時なので、2時間も第一スーパーに行って野菜やお肉を買ったり、傘を買ったりしていたのだ。細い雨が降っていて風邪が悪くなりそうだったので。
それで、ようやく「牟礼」行きに乗って、途中の古間松尾で降りて、「コメリ」と言う花や畑の道具を売っている店に行って、かわいいデージーや春の花を買ったのだが、帰りのバスは5時14分なので、「大沢屋」という和菓子とケーキ―を売っている店で、柏餅を買ってホールのチョコ・ケーキを買って、ショート・ケーキを戴きながら、コーヒーをすすり(喫茶店で無いのでお菓子を買って戴くと麦茶とコーヒーが飲み放題のシステム)で、ようやく家路に着いた。つまり、お花を買うのに1日がかりというわけ。
雑誌に中に森の絵のある傘が10倍で売っていたので、娘と6000円も出して森の感じを体感するよりも600円で森を歩いていたほうが体にいいいと言ったら、うなづいていた。

 私は素朴なものが好きで柏餅も好物のひとつ。

 これは3杯目のを撮影したのだが、このほかに冷奴と卵焼きと納豆がついていたのだ。

 前の日に、牛乳パックを冷蔵庫がいっぱいだったので庭に出しておいたがカラスの方が上手で穴をあけられてしまった。


 お昼を食べた「樹香」で「高田の桜は土日がライトアップだ。」と言うので、娘と花見に行くことにした。
喫茶「しなの」のたかし君の言うことには大変な人で駐車できないと言うので、電車で行けば何とかなると思う。
 
4月10日(日)晴れ
あまりにもいい天気なので、バスに乗り遅れたが歩くことにした。
途中「道の駅」にも寄った。8時ころなのでお店は開いてなかったが、自動販売機で飲み物を飲んで再び歩く。途中、空き缶が山の裾野に捨ててあったのが夥しいので「ひどいね。何でこんなことをするのだろう。」と娘と私。やはり空き缶拾いに来ようと決意。


歩いて「上ノ原」と言うバス停に行き(たぶん5駅先)、次のバスを待って黒姫駅まで。これまた信越線が出たばっかりで、喫茶「しなの」でお母さんやたかし君と話しながら、次の電車を待つ。
信越線は新井駅くらいまでは雪景色ですが、だんだんと雪が無くなり、普通の暮らしが見えてきました。「海が見たい。」と娘が言うので、直江津駅までチケットを買ったが、「教会で祈りたい。懺悔室は空いてるかしら?」と娘が言うので高田で降りる。お昼をイタリアン・トマトでミート・スパゲッティとお茶。2人で1500円くらい。昔、目黒駅のいあったイタリアン・トマトはもう少し高かったような気がします。
教会には幾度か行ったので歩いて行くと、娘の霊名のルルドの聖母象が先に目に入り娘は祈っていました。

シスターが出てこられて「どちらからですか?」とお話しかけてくれました。ごミサは終わったのですが御御堂に入りました。

ここの信者はどなたも温かく声をかけてくださいました。
私たちもとてもいい気持ちになり落ち着いたのです。神父様はおでかけだったようですが、24日までにバザーがあるので「新品のものを御寄贈ください。とあったので、「家の中を探せば何かありそうね。」と娘と私は黒姫にいるうちに幾度も来ましょうと思ったのでした。

それから、歩いてすぐの「高田城」にお花見に行きました。
お濠にははすがいけてあります。提灯も色っぽい。





お花はまだだったのですが、広くて多くの人が楽しそうに休日を過ごしている風景はとてものどかで良かったです。やたいにも「福島応援」などの垂れ幕がかかってました。
帰りはバスで高田駅まで。結構歩きました。5,6駅くらいのバス停を歩いたようでした。
臨時便があったので、すぐ直江津までの信越線に乗れました。

「海が見たい。」と言うので、あるいて海の見えるところまで。
途中におまんじゅう屋さんで「敵に塩を送る故事にかこつけての義の塩饅頭」を買ったり、雪山から来たので雪靴が重かったので、靴屋さんでスニーカーを買ったりして、林芙美子の碑を観て、「船見公園」に行きました。

二人でベンチに座りながら、娘の将来のことなどを話しました。
いい風で爽やかで、日本海は美しかったです。
電池が切れたのでデジカメは写せませんでしたが、人魚の像などありました。
「水族博物館」に期待しないで歩いたのですが、これもとてもよくて、水槽の中の魚を飽きずに見てました。
とにかく歩いたのです。
「直江津の駅はどちらですか?」
途中、コンビニによって電池を買ったのですが(さすがに直江津には電池が売られてました)、東北地震の義援金箱の中がプラスティックで見えるのですが、大きなお札がたくさんあって、やはり海で食べてる地域だけあって、思いを馳せているのでしょうか感動しました。
歩いてようやく駅まで着いて、駅前のホテルの2階の「多七」さんでアかな料理の夕食をいただきました。これで1500円。娘のはどんぶりに鯛の切り身がのっているもので1000円くらいでした。

「海の幸」は岩手や宮城県の特産品ですので、こんなにおいしいのにと少し辛かったです。

直江津駅では少しの差で電車を逃したのですが「新潟特産」の「柿の種」を買ったり、おミカンを買ったりで時間を潰し、二人とも電車の中では眠ってしまいました。

朝早くから出たので、黒姫駅に着いたのも7時ころでした。
私などお風呂に入って、テレビをつけっぱなしで寝てしまいました。

そう言えば、シスターが「節電のために暖房も電気も点けません。」とおっしゃってました。
昨晩は神山のふもとで7度でした。とても温かだったので暖房は無くて寝てしまいました。

4月11日(月)くもり。
朝の日課はお花にお水をやること。テレビを観て、洗濯をして、お昼を用意してロッジにきてますが人生にはドラマがつきもの。
いつも会う24歳の青年のお母様が私の父の友人のお子さんだったのです。
40代で亡くなられた父の友人は弁護士さんでしたが、異常に仲が良くて毎日、仕事でも遊びでもいっしょのふたりでした。

 それで、私たちは子供のころから、夏の避暑も一緒で箱根に両家族で1月も離れを借りたり、この神山もその友人が分譲販売の手伝いをしていたので買ったしだいです。

 私の末っ子とその方のたった一人のお嬢さんは同じ年で、プロのピアニストとなり、サントリーの小ホールでされたコンサートにも小学生の娘を連れていったり、CDを買ったりしたものでした。
でも今は普通のお母さまで二人の息子さんを持って主婦がメインのようでした。

 ロッジで偶然に土曜日の夕方、パソコンをしにきていたそのお母さまにあったのでした。

芸術の道は厳しすぎて、その方が生まれた時から有名な先生に指示して特別専門教育を受けてられたのをずっと見てので、感慨深いものがありました。

☆こんな時代ですので、食べるものや住むところや着る物まで困っている時代に、「アートどころではないだろう?」と言うことはわかっているのです。

 でも、花見を観て思ったのですが、日本の一番素敵なところをないがしろにしてくると、本当に日本は立ち上がれなくなってしまいそうで、私は古いものや美しいものを大事にすることが復興につながると思うのです。

 今朝、「義の塩」饅頭をいただきましたが、日本人って美しいですね。敵に塩を贈れるんですもの。
今、世界中で人間の美しさが現れて、どうしようもないところも洗い流してくれるといいですねと思います。


 雪が溶けて、いろいろなものが顔を出しました。



 痛みつつ。