April 21st, 2011

いつでも、どこでも 幸せを探して!

 4月21日(木)
 今日は黒姫はいい天気で温かです。
 毎日7時ころに起きます。
 娘が昨日帰ったので、今日はお掃除から始まります。
 お天気がいいのでベランダにシーツを干せました!



娘が発見したセミからは2つありました。

2階から観ると、まだ雪がありますが。


娘のベッドの上にありました。いつも、干渉はしない主義です。

シーツも布団カバーも干してあるので、こんな感じの娘のベッドですが。


☆1階の私の部屋も片付けているのですが、こんなかわいい着せ替えが出てきました。
こういうのは、実は母の部屋を片付けるときに末の弟が捨てそうになったのを貰ってきてるのです。

ベッドの位置を変えて、机を入れました。




ツインタワーと自由の女神はベッドの上にいつもあります。


この狭い部屋のソファ―まで持ち込みました。

寝ながらテレビも観れる工夫も!(笑)

CDはこのように印をつけてます。たぶん、美術館で買ったモナリザのシール!

テレビはリバーシブルに勝手にして、昼間はこっちに向いてます!3万円だったので軽い!

ドアを閉めると壁になりますが、テレビ置きはキャンバス地の箱を積んだもので、カバーはサマ―用の厚手の布団カバーです。

今日の午後に帰る予定なので、残飯整理のお昼です。朝もおんなじようなもの。


木が折れているのが痛々しいです。今年に限ってどうしてこんなに立派な木がたくさんのれてるんだろう?


 昨晩、お湯が再びで無かったので、お薬缶のお湯でお風呂場で体をふきました。お皿もお水で洗うのはかなりキツイ!
テレビで石原軍団が1週間、被災地の炊きだしでお風呂も入らずに雑魚寝で頑張ったと言ってました。
こちらの神山は寒さは被災地の岩手並み。人間って体験させられるんですね。
子供の7割が出席できなかった入学式もさびしい。
そんな体験はしないほうがいいのはもちろんですが。

 今日のテレビでは中部地方に原発が地震で福島のようになったらどうしようかと言うグループ活動をやってました。明日は我が身。想定外はあるという考え方に変化せざるを得ないです。

4月20日(水)雨
 娘にお花に水をやるように言ったら「雨だった!」とのこと。

 雨だとお花も元気ですね!昨年のコリアンダーが蘇ってます!

 ローズマリーも蘇りそう!


 チューリップは期待できます!

 娘は歯医者の時間を朝だとしてバスなどもチェックしていたのだが、「お昼だった!」と言うので、自分の部屋を片付けていたが、歯医者から電話があって「今、すぐに来て下さい。」と言うので、バスが無いのでタクシーを呼んで、「私の傘を持って帰ってきてね。」とこの間、貸した600円で買った傘を歯医者に忘れてきたはずだと思っている私は言った。 

昨年、アイスランドの火山で足止めされたイギリスで買った花も2,3月が植えどきらしいのですが、こちらは寒いので肥料を買って植えようと思います。

娘のいない間に、壊れたもののお直し!


部屋を片づけていたら、見つけた母の買った着せ替え人形の絵本です。
今、コーネルを読んでいるので、この偶然はありがたいです。

もう一つの偶然は昨日本屋で買ったスキャン用のもの!


娘が歯医者から帰ってきたので、お昼を一緒に食べました。やはり、傘あったのよ!


 娘とさくら茶を飲む。


私の朝食。娘はミルクを自分で勝って来たコンフレークで済ませたようです。

娘が自分の荷物を作っている間、実験的にコンビニまで行ってスキャンをしてみみました!
2000円ほどですが、無事できました。全資料を持ってきましょう!

娘は4時41分のバスで帰りました。自分の荷物はまた帰って来るので、トランクに入れて置いてありました!

それから、セブンイレブンに行って、スキャンをしました。50円の80枚で4000円かかりましたが助かりました!5時半から始めて7時までで、帰りは真っ暗の中を懐中電灯で足元を照らしながら帰りました。雪が無いので滑ることが無くなっておお助かりです。

私の夕飯。


私はスキャンができたので、丁寧に自分の経歴を書き直してました。
うとうととしていたら、お風呂のお湯を入れ過ぎて、再び水になってしまって反省です。

夜中にテレビで、第2次世界大戦は「アメリカと闘えば国力の差で負けるのはわかっていたが、陸軍も海軍も中国で20万人も日本兵が死んでいるので、撤退ができずメンツにこだわって300万人の日本人が死んだことになったと語ってました。

 メンツだって?
 間違っていたらすぐやめるべきですよ!

 300万人の犠牲者って?
 今回の犠牲者3万人もなぜか重なる国民の死です!

人間はどんな環境でも幸福になれる!

4月19日(火)雪から雨
 3時ころ、野菜を買いにセブンイレブンまで行ったのですが、バスが来たので食材を買いに長野まで行きました。
 東急では国内の食品フェアの最後の日で、にぎわってました。
 私も早速5階に行き、石川県のかまぼこや豆腐などを買いました。
 「こんなときですからねえ。皆で元気にならなければ!」
 とかまぼこは、3点1000円だったのですが、5点入れてくれました。
  ウニとか柚子とか変わりかまぼこです。
 本屋さんで本を2冊。
 西村賢太さんの本を1冊。そして原発の本。
 スキャンを取り込めるカードが売っていてラッキーでした!
 6時ころには自宅に帰っていつものように娘とご飯。

 それで、食卓は豪華と言おうか手抜きと言おうか?


 おやつはホッと・ケーキ味です!


☆娘は高校4年(アメリカでは4年ありました)と大学4年が寮生活だったので、結構、家族愛に飢えてるんです。
 それで、27にもなったのですが、お布団に入ってきて一緒に寝るんですよね。

 主人の仕事の都合でアメリカに行ったので、子供なりに辛い体験もあったようで、時々不満が出てくる。

 それで、「どうしてパパと結婚したの?」とか「自分の名前はどうしてそうつけたの?」
みたいな初歩的な疑問を投げかけて来るので、一つづつ丁寧に答えてあげる時間が本来なら始まっているはずの春学期が遅れているのでできるんです。

☆西村賢太さんも父親がわいせつ罪で刑務所に入り、離婚して母子家庭で中学出て日雇い労働の暮らしをした。文学に出会って、今は芥川賞も受賞されベストセラーになっている。
彼は亡くなった過小評価されている作家を本で知って、故人ではあるけれど、自分より過酷な人がいるとその人の文学集を作ることを生きる糧に生きてきた。


内容説明
私小説一筋の原点がここに。初の随筆集  西村賢太が師と仰ぎ全集刊行に全力を傾ける作家・藤澤清造への思い。異端作家・倉田啓明。平成の破滅型私小説作家を形づくったもの、すべてが込められた随筆集。
内容(「BOOK」データベースより)
なにゆえに私小説なのか。なぜ藤澤清造なのか。平成の破滅型私小説作家の原点と、デビュー以前から現在に至る軌跡を、あますところ無く伝える初随筆集。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
西村 賢太
1967年7月、東京都江戸川区生まれ。中卒。2003年より同人雑誌に参加して小説を書き始める。04年同人雑誌を退会し、05年以降活動の場を商業文芸誌に移す。07年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 私はこの人は好きですね。
 確かにインテリと言うのは学歴のない人を軽視する傾向がありますが、不当に扱われていた作家をこういう人がくみ取って価値を一般に知らしめると言うのは、気高い行為だと思います。

☆ジョセフ・コーネルさんのことを書いた本もほとんど読み終わりましたが、この人は本当に素敵ですね。1969年に69歳で亡くなったようですが、私は81年でしたか、フランスから帰るときに、アメリカ周りで帰って、ニューヨークのMOMAで彼の回顧展を観て、その時はパリでもニューヨークでも話題の的でした。
 箱作家ですけど、何とも美しい詩的な世界があって、日本でもよく画廊で展示されてました。
 彼は高校中退。でも、高校はフイリップ・エクスタ―・アカデミーと言って、名門中の名門。
 両親とも高卒ですが、母親は有名な裕福の家庭の出で、父親はとても魅力的な伊達男だったらしい。離婚されたようですが、ジョセフさんは妹二人を普通に結婚させて、自分は生涯結婚もせずに母親と暮らし、体の不自由な弟さんの介護と父親の借金で没落した家庭を働いて生計を立てながら、箱を創っていたそうなので、人間として王道な気がしますが、本人は自分は罪人で箱創りは贖罪と言うのですから、不思議です。

 でも、コーネスさんは美しい女優さんやバレリーナーへの恋を作品にしているので、なんとなく安堵しました。コーネルさんの箱は今は高くて買えそうもない値段でスが、300ドルくらいで40歳くらいのときは画廊で手に入ったそうです。今は3000万円くらいではないかしら?

 この本で最後に「不幸な一生だったが。」みたいに書いてあったけれど、「そうかしら?」と思います。
あの美しい箱を作っている間、弟のロバートを「天才」と言って、デッサンを見せて自慢していて、ロバートと一緒に休暇を過ごす夏は美しく、とても幸せだった人ではないかと思います。自分の母親の死もみとったのですから、彼はひきこもりで地下で制作していたそうですが、アーティストでひきこもりで無い人ってなんだか信用できません。

 私の家族もみな、引きこもり体質で、主人が一番重症で、娘に言わせると秋葉原で電気も買えないそうですが、研究者はそのくらいの方がいい仕事をしそうです。

 娘も普通の生活ができるのかしらとお言う感じですが、それでもいいと思ってます。
 「ママ、自分が27歳のときはどうだった?」
 と訊かれたので、
 「あなたより重症だった。
 個展を1年に1度だけして、図書館に通って、いつも寝ていた。だから、あなたにも寛容なのよ。」

 「ママ、どうしていつもテンション高いの?エネルギーを私にも分けてよ。」
 「ハハ。LOVE 注入!」

☆人間はみな違っていいではないですか?
 一つにならなくったって!

 困っている人は津波の被害者だけでないのよ。
 これから死ぬまで、自分を含めて、辛いことや哀しいことは誰にでもあるのよ。

 親がいても虐待する親よりはない方がいいかもしれない。
 
 西村さンやコーネルさんは、そんな環境をちゃんと輝かした!
 
 ☆雪は溶けてましたので、植木鉢を再び外に出しました!
このごろ得に思うのでスが、天使たちが凄く働いている感じです。
この日も、長野で量販店に行ってスキャナーを買おうかと水分迷ってのです。
でも、本屋さんに売っていたメモリのおかげでスキャンができたのです。

 なんというか。
 欲しいものが待っていると言うか。

 天使たちが私の仕事の応援しているんでしょうね。


 娘は地この間まで、コテージに関心がなくて「ママが死んだら、受け継ぐ気がないから遺書にちゃんと
書いておいてね。」と言ってたので「パブリックに寄贈するから大丈夫よ。」のつもりだったのですが、
今は、山で暮らしたいようなので、これからも自分の荷物を運びいれるそうです。

 そんなわけでますます手狭になったコテージですが、何とか収納して快適に暮らしたいと思います。

東京に帰ってきました!

 ロッジから帰ってきて、ベランダのデッキにのせて乾かしていたシーツを取り入れて、賞味期限の怪しい豆腐を食べて(22日まで)、4時41分のバスに乗りました!

 おいしいお豆腐でした。

素敵な容器なので捨てられそうもありません!

縁起ものの仙台幸子グッズなど友人に贈るものを忘れずにカートに入れて、壊れた陶芸作品を糊で固めて、雑巾も干して出てきました。

バスを乗る前に寄ったセブン・イレブンで「漫画家ですか?」ってオーナーに言われた。嬉しかったです。
余程売れっ子で無ければ、長野に長くは入れないですからね。

6時13分の信越線に乗るので、本屋さんで雑誌2冊とたかし君のお店でコーヒーを飲んで黒姫駅を後に。

お腹が減ったので長野駅で、てんぷら蕎麦を食べました!2階以上は本屋さんなので、買いたかった本を読みながら!

内容(「BOOK」データベースより)
あの冬、注目を集めた「ホームレス歌人」は、いま、どうしているのだろう?謎の投稿歌人の正体と、その後の消息を追う感動のノンフィクション。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
三山 喬
1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したのを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


新幹線になんと7時29分のに乗れたのです!
走りましたが!

東京駅に着いて、よせばいいのにお寿司を買ってしまいました!


家に着いてから、コードレスのインターネット接続に難航していたら、主人が直してくれました。
娘と隣ベッドに寝ながら、今、千葉沖であった地震で家族みんなが主寝室へ集まりました。
1階のトイレの窓の上にあった陶芸やガラスの置き物が消えたので探していたら、床に並べてありました。主人が地震で落ちて割れるといけないと思って置いたようです。

末の弟に電話をしたら、父も元気だそうで明日か明後日に行きます。

友人の個展案内や雑誌などが届いてました。なにはともあれ、感謝です。

☆政府の福島県に住まわれる方たちへの不手際は頭に来ます。
明日は我が身の今日この頃、他人の気持ちの寄り添うことは難しいですが、とんでもないことが起きてます。