May 2nd, 2011

仙台から帰ってきました!

 4月29日(金)晴れ
 朝早く起きてしまい(4時ころ)、お風呂に入って髪を洗い自然乾燥をしながら、洗濯や掃除をして庭で朝食を食べてました。

 シチューもようやく終わり、春の花を楽しんでました!


 お皿を洗い出すと、娘から電話がありました。
5月10日から大学が始まるので、パソコンと学生証を取りに来る時間がないので、送って欲しいと言うのです。やはり、大事なものなので紛失したら困るので、彼女の置いていった衣服や本などを持っていくことにしました。

 それで、干してあった洗濯物を取り込んで、彼女のものを2階で詰めた時に発見した本を持って、急遽、仙台に行くことになりました。


 庭のシイタケもいつの間にか覆いが外されて少し収穫して部屋に入れておきました。




 娘の荷物だけで彼女のバッグ、コンピューター、衣服と本で3バッグで自分のものは下着とユニクロのシャツとカーディガンを入れただけでしたが、それでも重かったです。
 
 なにしろバスが少ないし、信越線の本数も少ないので11時11分の信越線に乗るために急いで坂を走りましたが、キャッシュもないのでコンビニでお金を出しますと、仲良しのタクシーの運転手さんが来るので急いで荷物を運んで貰い11時11分の信越線に間に合いました。

 「アセンション」の本は私が買ったものですが、あまりにも納得の内容でした。
もう、もちろん浄化は始まっていて、男パワーの時代が終わり、女性のもつやわらかな寛容などの生命をも受け入れる時代が来て、人類の9割は助かり、残りの1割を(魂のレベル)助けりために天界から天使がたくさん降りて来ているというもので、マリア様やイエス様のメッセージがたくさんありました。
お昼は長野駅の新幹線の入り口で売っていた「栗おこわ」です。

1時間ほどで大宮に着いて、大宮から今日、再開通したばかりの東北新幹線に乗り換えです。
信じられない混みようで、通路には小さな子供連れの奥さんが持っているバギーでいっぱいで、ワゴンを運ぶ人もゆっくりと進行です。

 運よく、「宇都宮」駅で座れましたが。
 夕方近くに着いた仙台駅でホテルの手配を頼んだのですが、それもいっぱいで、私の前の人がかろうじてビジネスホテルのキャンセルがあって、物資を送るボランティアの人のようでしたが、私の番では「ツインではありますが。」とようやく2泊とれたのでした。それで、娘を呼び出して夕食を一緒にすることにしました。

 ホテルの部屋でテレビをみながら休んでいたのですが、疲れていたので娘が7時ころ現れたのは幸いでした。

 アーケード街もしまっているお店が多かったので少し横道の普通の中華料理屋さんでいただきました。蟹チャーハンと八宝采で娘は冷やし中華で体調が悪くてお土産にしてもらいました。

 ツインの部屋なので部屋で落ち合うことにして、私は隣の本屋で買った本を読んでました。
 仙台に住んでいると感じることが多いらしく、娘もボランティアで石巻まででかけ、被災者の話を聴いたり、子供たちに英語を教えたりしているそうです。
 それで、部屋の中で親子の対話をしていたのですが、仙台に呼ばれるような気がしていたのです。
ゴールデン・ウイークいなので「大人の休日」の割引もなく、ツインで2泊なので厳しい出費ですが、そんなことはどうでもいいほど、大事なことが問われている気がしたのです。



 朝はバイキング。娘は研究室に通って疲れて寝ていたので私は6時半に出て、弘前に行くことにしました。
 大きな結婚式もやるようなホテルでしたが、朝食はほとんどボランティアにきている人たちでした。
テレビでは「ボランティアは余ってます。受付お断りしてます。」とあったので、今回は断念しました。

 よく食べる私です。
 娘はとうとう食べなかったうようです。昨日の冷やし中華を食べて、お昼も寝ていたのだとか。それで、ホテルの掃除はしたなかったのですが、タオルは替えてあったようです。

 子どもと距離の取り方が難しい。
 干渉は避けてますが、やはり娘の状態は観てないとと言う感じです。

☆仙台駅から新青森まで新幹線で2時間半くらいでした。夕食は娘と一緒にしたいので5時ころには帰る予定で出てきました。
伊集院 静の「いねむり先生」。マージャン放浪記の作者がいねむり先生です。
私も彼の大ファンなので、楽しく読みました。

新青森から弘前まで40分の電車待ちの間に「ほたて弁当」1050円。



 弘前は桜の名所なんですが、地震で新幹線が不通で今年は例年の1割しかお客さんが来なかったそうです。テレビで開花が今日と言うことだったので、「行かなければ!」と出て来てしまったわけです。
帰りの電車を1時46分と決めて、雨が降る始めたので、1時間内にタクシーで外回りを頼みました。
「お客様は運がいいですよ。今日が最高です!」と、廻ってくれたのですが、本当に日本1だと思いました。新幹線が不通の間は、被災者の方たちを町ぐるみで招待したそうです。また医療も、弘前が一番多く医者や介護人を出してるそうです。やることやっているんですね。
 そんな弘前の心が咲かせた桜は見事です!

 「ここのお土産は何がいいですか?」
「りんごです。」
「りんごは長野にもあるんですが。」
「アップルパイがおいしいですよ。」
アップルパイは主人の好物ですが、もたないので、娘と食べるりんごのシュー・クリームとアップルパイの切ったのを2個づつ買いました。

東北の田園を観ていると「大丈夫!」って思いました。

仙台駅はずいぶん過酷な被害が出ていたそうで、こういううふうに覆われてます。


☆ホテルの帰ると「夕飯は要らない。」と娘が言うので、二人で荷物を運ぶためにタクシーに乗りました。
 今まで、私を部屋に入れるのがいやだったのですが、今回は見せてくれて、「せっかく来たのだから。」と大掃除をすることになりました。
まずは、掃除道具を買いにコンビニを遠くまで探し、コインランドリーも探して、明日の日曜も7時から開くことを確認しました。娘って洗濯機ないんですよ。ちいさな洗濯板だけ。ガスコンロもないんです。電子レンジと冷蔵庫はありますが、震災のため電気が停電していたせいか氷がとけていましたが。
 それで、おにぎりを個買って、雑巾代わりにタオルの安いのを買って(3枚300円くらい)、掃除を始め12時にホテルの部屋で落ち合い、私は娘の部屋の掃除。娘は研究室に行きました。
小さな部屋に2人要るとかえって捗りませんから、そういうふうに促したのですが。

 充実感ありました!(笑)

 私は、昔、スイスで研究者のカップルが食事は一切大学で取っているのを知ってましたから、食事を作らない自由は認めているのですが、どういうわけか洋服が多い(笑)。

 4時間ほど集中して掃除をして、主人に見せるために撮影もしました。
 ホテルの帰ると娘が研究室から帰ってマンションにも寄ったのでしょうが、きたのが朝の5時半なので、私はあまり睡眠ができなかったです。

 それでも洗濯を7時からのコインランドリーが混まないうちに済ませたかったので、6時半のホテルで一緒に食べて、チェックアウトをして、マンションに向かいました。娘はコインランドリーに向かうタクシーで先に大学に降ろしました。

 綺麗な大学でしたね。桜と芽ぶきの新緑で、お城あとのせいか古風で落ち着いて。
あんなところで、勉強できる人は幸せですよね。

☆コインランドリーも遠いのです。
洗濯終わるまでコンビニで新聞を買って、次に乾燥機に変えて長めに想定して、仙台アーケードまで行き、9時半から開くダイエーで夏用のシーツや枕カバーをを買いました。

ダイエーは地震の後に1日くらいの休みでお店を開けたそうです。コンビニは遅かったとか。
仙台のコンビニってものがないです。乾電池もなくて棚ガガラガラでした。駅のコンビニでは乾電池を買えました。

 乾いた洗濯ものを畳むのは娘にさせることにして、携帯で電話をかけてマンション前で12時半頃落ちあい、鍵を渡して私は近くのお蕎麦屋さんでざるそばを。470円でしたので安く感じましたが、おいしかったです。


 近くの神社のけしがかれんでした。


 弘前で買ったアップルパイを食べました。娘の分は娘の部屋に置いて、携帯で知らせました。



 東北の山は美しくって日本のいいところを感じました。
 大宮で乗り換えて、長野新幹線で6時ころ黒姫駅に到着です。
喫茶「しなの」でタカシクンと話していたら、お母様がほうれん草を持ってきて下さいました。
近くの農家でくれるのです。


 スノーボードの先生のT君が家探しをしているのでたかし君に話したら、心当たりがあると訊いてくれて本人に伝えることができました。こうして小さな村が動いているのです。
ラーメン屋のお母さんからも「黒姫の活性化のために村長に黒姫生まれのない人が会って直接言わないと、黒姫は変わらない。」と言われましたので、若い人たちが食事に来たら皆で、そんな行動をできたらいいと思います。

 

神山コテージの桜が待っていた!

 5月2日(月)晴れ
 小鳥の声で起こされました!
 ラッパ水仙がようやく咲いて、お出迎え!

 仙台で買った「パジル茶」。それが「一茶茶」というのもあって、どんな味かなと思いました。
バジル茶の方はスパゲッティにふりかけてもいいそうです。



驚いたのは庭に山桜の木がたくさんあって、そレが開花していたのです。

菫の花もあって感激!


ストーブの上にいけたったチューリップも元気で留守番してくれてました!


 今日はデッキのところを掃除して、5日が過ぎたら東京へ帰って、すこ死して、仙台に行けたらいいですね。
その時は1週間ぐらいで、がれき運びでも写真洗いでもできたらいいです。
(娘の部屋ももう少し、徹底的にきれいにしたいです。)

今、ロッジに来たのですが、さすがに雪はもう少し。
神山の芽吹きも綺麗でしたね。あちこちに桜が咲いてきれいでした。

こどもは国が護るべきだと思う。

学校放射線基準は「安全でない」 ノーベル賞受賞の米医師団

 福島第1原発事故で政府が、福島県内の小中学校などの屋外活動制限の可否に関する放射線量の基準を、年間20ミリシーベルトを目安として設定したことに対し、米国の民間組織「社会的責任のための医師の会(PSR、本部ワシントン)」が2日までに「子供の発がんリスクを高めるもので、このレベルの被ばくを安全とみなすことはできない」との声明を発表した。

 PSRは1985年にノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師の会」の米国内組織。

 声明は、米科学アカデミーの研究報告書を基に「放射線に安全なレベルはなく、子供や胎児はさらに影響を受けやすい」と指摘。「年間20ミリシーベルトは、子供の発がんリスクを200人に1人増加させ、このレベルでの被ばくが2年間続く場合、子供へのリスクは100人に1人となる」として「子供への放射線許容量を年間20ミリシーベルトに引き上げたのは不当なことだ」と批判した。
2011/05/02 09:45 【共同通信】