May 5th, 2011

春は花 夏は橘 秋は菊 いづれに露は置かんとす 古歌

 この和歌は読み人知らずかもしれません。
 好きな和歌は?と国語の時間に先生に訊かれ、選んだのですが、
「まだ、早すぎる。」と内容についてはノーコメントでした。

5月3日は、雪かこいを取ってくれたパンチ君にお礼に仙台のお菓子と家でとれた椎茸を渡そうと、ミニ柏餅も3個あったので、黒姫の喫茶「しなの」で5時から7時に落ち合ったのでした。

たかし君を交え、信濃の活性化についての話が弾んでお店を8時まで開けてもらったのでした。
結論は若者を中心に町の活性化のために全国から住み込んで貰う努力をしようと言うことでした。
夕飯は遅めにハヤシライスです。


5月4日(水)晴れ
朝は冷蔵庫を覗いて賞味期限の危ないものから戴いてます。
海老のサラダとか!

しいたけをひとつ取って夜のおかずに使いました。

 11時11分の信越線に乗って豊野へ。豊野から飯山線に乗って飯山まで。ジーゼルで風景が美しかったので楽しいミニ旅でした。

飯山から周遊のバス券が1000円でした。
バスに乗って40分近く、最初に挨拶してくれたのはクーチャンと言う山羊さん!

鯉のぼりもちらりほらりと、見えました。

「菜の花祭り」は5月5日まで。
凄い人でしたが、例年はもっとと言うことでした。
菜の花は少し早くて、あと、3日後ぐらいがベストと言うことでした。
帰りのバスも1時間後でしたので、おみやげに菜の花のつぼみと菜の花の絵のある切手とリンゴジュースを買って帰りました。



飯山駅で黒姫まで650円。豊野で乗り換えです。信越線とのつなぎが悪くて黒姫駅には4時半くらいに着きました。11年前くらいからの「菜の花祭り」で人工的に菜の花を植えたそうですが、マニアは毎年、東京からも長野からもきているそうです。駐車場は満員でした。

バス待ちに、喫茶「しなの」に入ったのですが、信濃町もお花がきれいになっていて、5月5日が一茶の誕生日とかで花が飾られてました。

バスに乗って家路に向かう坂からは、雪解け水が澄んで流れてます。


☆今は美しい花を観るようにしています。
それは、新しい作品の「森の妖精」シリーズの花の精霊を描くためなんですが、植物のエネルギーって凄い。

 自宅に帰ると娘から携帯に電話の着信があったのですが、なかなか通じない。それで、主人に電話をしたら、1泊東京へ帰ってきたというのでした。何か忘れ物でもあったのでしょうか?

 私も5月7日から3割引きの「大人の休日」が有効になるので、東京へ帰るつもりです。
少しでも節約してますが、テレビや新聞の被災地の様子はずいぶん疲れが出てきて、何とか受け入れる場所がないのかと素人ながら政治に不信です。

 先日、家族ぐるみで仲良くしている友人から電話で、折り返して電話をして1時間美話してしまたtのですが、娘はK夫人と話しているときのママが好きなんだと言うのです。
Kさんは男女お子様2人で専業主婦ながら、しっかりと子育てをして、老人の介護をしている。縁があったのか共通の知人が多い、私より10歳くらい年下の美人ママです。
「この間、ご主人とスーパーでお会いしたんだけど、顔色も良く、ますます恰幅良くて、お元気でいらしたわよ。」
 と言う、たわいのない内容だったのです。
「Kさんにお会いできて、嬉しくて顔色良かったんじゃないの?」
 そして、互いに娘のダメぶりを競って話したのでした。

 普通の暮らし。
 普通の親としてできる限りのことをして、子育てが終わるころには、両親と義両親の介護。
「体育館で暮らせないわ。」
とKさん。
「好きで、暮らすわけでは無いけれど、しんどいわよね。」

 多くの体育館暮らしの人は崩壊したリ、半崩壊した家に戻って暮らしていると言う。不自由でも、病気持ちや、障害ある子供がいると他人に気遣いするのだとか。

 私も夜半は鼻グズなので、息もできないだろう。トイレも我慢するそうだ。
 そう言えば、飯山駅のトイレは酷かった。
 被災しなくても、まだまだ手をかけなければいけないところは多いのだろう。

☆今日のテレビで、東電社長が「清水!」と呼び捨てされて、土下座をしていた。
人間の心が荒れていくのが一番いやだ。
でも、失った家族のいる人の憤りは無理もない。

美しい日本を取り戻したい!