June 10th, 2011

6月10日、もしかしたら時の記念日?

6月9日(木)朝は、軽井沢で買ったパンとサラダだったんですが、昼食はカレーライスにしました。


 デザートは主人が京都に行ったので、そのお土産です!




インターネットしてから、セブンイレブンに行って、週刊誌など買いこみました。
クロワッサンの特集の節約術特集も買いましたが。

それから、娘は長野行きを止めたので、ふたりで読書三昧。これは正解で雷が凄かったです。
ひと雨降ったので庭のお花たちが大喜びでした!


夕食は娘と一緒に、庭でとれた椎茸を使っての和食です。


夕食後、今日の椎茸をもいでいたら、雨戸を閉めていたタカ子さんから「せいが出るわね!」と声をかけられたので、「いいシイタケなのよ。見せてあげる。」と見せに行き、「5個収穫したから半分あげる。」といいのを選んで2個あげました。「秋だけと思った。」「毎日、獲れるわよ。」まあ、冬は無理ですが。

 フレンチのスープ椀に娘がご飯を盛ったので、ひやひや。さっさと洗って壊れないところにしまいました。


☆夜は「下流の宴」を読み終えました。
 私も母親ですので、いろいろ身につまされます。

 まず、人より上に階層でありたいとか、自分は人より下の階層より上だとか、思ったことがないので少しウンザリとしました。

 高崎の医者の家の娘で地方国立を出ていると言うことで、自分は人より上の階層だと思っている主人公は家の掃除もおしゃれもきちんとこなし、挫折とか引け目とかは感じないで生きてきたのでしょう。

 そして、普通のエリートである主人と結婚し、男女の子供を産み、世間の絵にかいたような理想家庭だったのだとも思う。

 私たち、普通に都会に住んで暮らす多くの母親たちは、全く受験を無視しては通ってこない。そして、周囲がほおっておかない。親戚や友人が、あまりにも自然に「どこの学校に通っているの?」と聞くからだ。

 私たちは、いやでも幾度かの受験を通して、自分の位置を知る。自分はこのくらいの学校とか、このくらいの可能性があるとか。それは、容姿や家柄を含んで結婚や未来を選ぶのだ。無意識だったにせよ、普通の人間は限度を超えた高望もしないし、自分の家の欠点や長所を含め、収まるところに収まるようになっていると思いこんでいる。

 こうして、医師の一家である主人公は、娘も息子もそれ相応の人生として、下流では無い暮らしが当り前にあると信じる。

 しかし、これは小説だが、息子は無気力で頑張ることが大嫌い。それで、高校を中退してしまう。
母親にとっては、まだ大検とかでいくらでも大学に復帰する機会があると夢は捨ててないが、当の本人は、そんな家から家出をしてしまう。

 娘は、上流にあこがれいい暮らしができるエリートとの縁を夢見て、自分の容姿も磨くしエリートの出会いに必要な合コンにも出向く努力を惜しまない。弟が高卒で、自分の縁談が不利だと文句も言う。

 俗物と言うか、世間というものはこういうものだ。それが悪いとかいいとかでなく、世間というのは学歴で品定めをするし、容姿が悪いのは悪条件で、小説では、息子が好きになった沖縄の高卒の娘を「ブス」と平気で幾度も、配役に語らせている。高卒で育つが悪く、おまけにブスだと言うことで、家の息子の相手にはふさわしくないと言うのが、主人公である母親の言い分で、客観的に父親も姉も「だって、息子は高校中退じゃないか?」と言うのには耳を傾けない。

 小説ではあるが、現実に沖縄の娘は「医師の一家である私どもにあなたはふさわしくない。」と言われ、発奮して医大を22歳にして志して実際に受かったしまう。そして、息子の方は「頑張るのが嫌いなので、別れよう。」と言うのだ。

 主人公の母親は、「息子を踏み台にして医者になった。」と批判するが、現実にいつまでたってもアルバイトでいいと言うのが息子の生き方で、頑張る彼女が迎える医学生の道は、彼より数段上のものになってしまった。

 娘は京都大学でのエリートIT外資系のサラリーマンで若くして白金に住み、子が生まれ羨望のもとだったはずだったが、夫が鬱病になり、母親一つで育てた地方の母親のもとに帰るといつと、同居せずに実家に帰ってきてしまう。

 主人公の母親は夫と「私たちのどこが間違っていたの?」と話し合う。

 しかし、自分が信じていた下流から上の暮らしの幻想が、子供の身の振り方でつぶれていく。

☆☆☆
 こんなもんじゃないのかなあ。現実は。
 自分の家の母親も、やや似ている。
 でも、不徹底だったかもしれない。
 
 上の弟は高卒の社長秘書と結婚したが、両親とも結婚を許して結婚式にも参列した。
 下の弟は、この小説の娘の学校のモデルとなったお嬢様学校を出たが、母親は「ブス」だと言っていた。しかし、それでも結婚式に出て、結婚を許した。

 私は場合は、とにかく母親が主人のファンで大喜びで、むずかる私にお尻を叩き、結婚まで運んだ感じ。私は?と言う感じだったが、皆いい加減だったので、今日まで持っている。

 私の娘も、公立小学校で十分という思想の持ち主だったのに、いじめのおかげで、小学校受験を日本でもアメリカでもすることになった。

 小学校受験は半年だったが、これはかなり面白かった。
 私はベビーブーマーでごく初期の受験戦争が始まった時に中学受験をしたが、これも半年の塾通いで、実はかなり楽しかった。そこそこにしか頑張らなかったが、予備テストで順位などがみるみる上がって行ったりして、ランクが見えるのは割と面白いことなんだと思う。

 そして、それから6年間、中学と高校で全く勉強しなかった体験を持っている私に言わせると、沖縄の高卒の娘が22歳になって、地方国立の医学部に行くのは人によってはできるのだと思う。

 疲れきってないのがいいのだ。

 もし、4浪していて、22歳で今だ地方国立医学部を受ける人がいたら、そちらの方が可能性が低い。

☆世の中には、学歴で簡単に人定めをする人がいるけれど、世の中には家風とか哲学で学歴を全く求めない人がいるものだ。だから、単純にそんな風にしか思えないのは、実に幼稚というか人間を知らないと思う。

 作者に林真理子さんももちろん知っている。沖縄の娘のおばあさんの集団自決の話や、親の離婚の話で培った生きる力の強さのようなものの方が、現実には大変強いのだ。

 それが、京大出の娘の夫だったり、主人公の地方国立大出の母親が、どうしても沖縄の高卒の娘との結婚は許さないと言う弱さになっていくのだと思う。

 さて、私の家にも娘が要るので、こういう境遇の私は明日は我が身の心境で「他人の家のことは言えない。普通のいい。」と言うのがいつものありかただ。

 高望みはしません。
 下流でもいい。
 生きていてくれさえすれば。

 こんな震災の後では、なおさら、生きてるだけで感謝である。

 だめですか?

☆6月10日(金)晴れ
朝はしっかり。これに昨日のなめことシジミのお味噌汁がついてます。

デザートとコーヒーは庭で戴き、軽井沢で買ったレンジで簡単に料理できる容器のガイドブックを読んでました。スチームでご飯なども炊けるようです。

果物の種は庭に撒きました。


今日は、玄関的マットや2階の娘の衣服など洗濯機をすでに3回まわしました。
ベランダも掃除して、庭にマット類も干しました!


娘が善光寺に出かけたので、お昼はひとりです。朝の残りも食べ尽くします。


今日、私が家にいる理由の一つが、アマゾンからこの本を受け取ること。(いないと、グリーンロッジまで運ばれ、保管料を500円取られるか、家を鍵を開けて本を中に置かれ、やはり500円支払うことになるのです。)この本は、娘から頼まれて買った本で、ビデオが家にありますが主人もとても好きな映画ですね。

自分が、読み始めた本はこっち。

洗濯ものは庭に干して!

「あそこにハンモック釣ろうかな?」と考えたり、

ノートパソコンをこのカートに入れて、新しく買った軽い日傘をさして、

娘がお墓参りに行った時に、スカイタワーがよく観れるお墓だったそうで、買ったと言ってくれたチャーム。主人の家のお墓で、私も数回行ったことがあります。娘は自分の部屋は掃除はしないのですが、お墓の掃除はしてきたそうです。(一人で行ったそうだ)

今日の予定は、お花の土を買いに「コメリ」まで行くこと。3時36分の牟礼行きしかバスがないので、それまでは、洗濯かな?



☆夕飯は、まだご飯が残っているので、古間松尾の第一スーパーで鰹の刺身か魚でも買いましょうと思ってますが。

焼き塩、買ってきました!

 放射能を防ぐ効力があるという焼き塩を買ってきました。
他には、砂糖と発酵の食べ物がいいそうです。

 自分を守るには、学習と実行ですかね。

☆コメリに都合よく、土と鹿沼土にピートモスの小袋が売っていて、全部で300円もしなかったです。
 それで、第一スーパーに行って電子レンジでできそうなので、ケーキのもととホイップを買って来ました。

 素麺の季節になったので、素麺の鰹だしなども買ってずいぶん重くなりました!

 いつものように、おおさわ和菓子店でシュークリームを買って、店でフルーツケーキ。カートがかなり重かったので、帰りの坂道を昇るご褒美です、

 5時14分の野尻湖行きのバスに乗って、5時30分頃にはコテージに着いたのですが、さすがに坂道はきつく、自分ながらたいした根性だと思いました。

 洗濯機のなかの衣類ができていたので、木に吊るし、雑巾類も外の脚立にかけておきました。

☆今日は爽やかで、いい日でした。それで、おもいカートも苦にならなかったのですが、毎日、テレビで放映される被災地の様子と人間の反省について、考えることになりました。

 津波の被害者のほとんどは、溺死で、1000年前には、同じ規模の地震があったことをむししたことが、このような多くの犠牲者を出した理由だとわかりました。

 また、多くの溺死者は何枚も衣服の重ね着をしていて、そんなことをしなかたら、じゅうぶん助かったそうです。

 自分の人生を振り返って、反省はたくさんあります。自分は正しいと思って黙っていたことが、もしかしたら間違っていたのかもと思うことがあります。

 でも、この福島の原子力発電所の爆発で静岡のお茶までも被爆している現実を思うと、もう、福島のこどもを守るためには、国民みながそのこどもたちを引き受ける気で自分たちの暮らしも変えなければと思いました。

 自然は善だという考えがあります。災害も清めだという考え方もあります。

 この災害で、私たちの心は清らかになったのでしょうか?

☆義援金募集の募金箱はどこにでもあって、過疎といわれている信濃の人の募金額も多くて、いつも、偉いなと思います。

 しかし、赤十字はまだ義援金を配ってないそうです。被災側がいかに困窮してるかは、普通の想像力をもてば誰にでもわかるはずですが。


 そうして、仙台には被災ホームレスが10人も生まれたそうです。なんという行政でしょうか?

 無条件に今日の食べ物や住まいを与えられないのでしょうか?

 こうなることは、神戸の地震で知っているはずなのに。

☆ロッジでも20にんくらいは住めると、被災者の救済を声明してるけど、現実には誰もきてない。お蕎麦屋さんのペンションでも、被災者のかたの気晴らしにとゴールデンウィークに無料提供を申請したが、誰も来なかったし返事もなかったので、普通客も呼べず20万円くらいそんしつだったそうです。どうして、そういう申し出を有効に使わないのか?少なくても体育館よりは数倍いいと思えますが。

 良いことを思って、実行出来なかったことは、思わなかったん等しい。

☆自分の人生はどうだったか?

 昨日、上野千鶴子さんが太田さんに、爆笑問題の太田さんの番組に、秋葉原事件の青年が自分のルクスにコンプレックスを持っていてガールフレンドができなかったことをインターネットに書いていたそうだが、男性は女性友達が美人である必要は男性同士の勝利感があるからだと分析している。つまり、ガールフレンドがいないのは敗北感が募る出来事だと。それが耐えられないのが、不特定多数の殺人になったのだと。

 人間の競争社会のもたらす不幸とこの災害は重なる。

 私たちの生き方は間違っていた。

 皆が幸福でない社会を終わらせるために、この災害はあったのだ。

 自分の利益しか考えられない放射能学者も政治家も馬脚をみせた。

 





6月11日の朝ご飯です。

娘が「魔女のしずく」で買ってきてくれた虫よけスプレーです。


今、ロッジですがお昼はインターネットが使えないので、これでやめます。