June 15th, 2011

庭の恵み!

6月14日(火)雨のち晴れ。
10時15分から12時まで、ロッジでインターネットをして晴れてきたので帰ると、隣のタカ子さんが、「晴れてきたから、コメリに行こう!」と声をかけてくれたので、軽くパンとお茶でお昼を済まし、一緒に12時31分のバスに乗りました。

 タカ子さんとお出かけする前に、12時ころ佐川便が届き、「虹の翼」の百合亜さんブログで紹介されていた「木村さんのリンゴ奇跡の秘密」が届きました。雨が降ったのも佐川便が受け取れるように神様がしてくれたのかも!


空はまるで真夏のように入道雲のような白い雲が青空に映えていました。
「コメリ」に着くと、パプリカなどの苗が1週間前より安くなっていました。
それで、白い花の咲いたオレンジ色のパプリカやキュウリが、少し元気ないのでキュウリの苗を買い足しました。

 色とりどりのケイトウの花セットなど可愛い花が安くてたくさん売られています。

 白のテーブルや椅子が色あせてきたので、油性のペンキと薄める液体などを買い、はけも2本。薔薇の専用の肥料も買いました。


 ペンキ缶がずっしり重かったです。
それから第一スーパーに行き、アサリやお豆腐、油あげや苺などを買って、和菓子の「おおさわ」でショートケーキを食べて、タカ子さんを待ってました。


 本屋さんで働いている方のお嬢さんが「おおさわ」で働いていて、信濃の町もだんだん自分の町としてなじんできました。

 そう言えば、昨日、バスの中で野尻湖の近くの中町で昨年に床屋さんが火事になった話をおばさんたちが、していました。すると車掌さんが「焼身自殺だったのですよ。」とぽつりと言いました。

 私もタカ子さんも今、この山暮らしをようやくゆっくりとできるような年齢になった。
でも、心病む人たちもいる。それが、人の住む世の厳しさなのだろうか。

☆3時にはコテージに帰れたので、もう一仕事することにしました。
今日、買った苗木を少し残っていた肥料と一緒に植えました。


花や野菜を植えるようになって自然の力には本当に驚くばかりです。タカ子さんと話すのですが、昨年あんなに咲いていたタンポポが今年は少なく、今年はマーガレットがあちこちに群生しているのです。私たちは素人なので、そんなに厳密に栽培しているわけではないが、土がいいのかよく育っています。タカ子さんは今度はシイタケに挑戦するようで、丁寧に丸木に穴を開けているそうです。私は花咲き乱れる庭を夢描いて、季節の花を足し続けています。

 時間がまだあるので、四角テーブル2と椅子4脚。そして、この間、仙台にやりかけで行ってしまったのであまりよく塗れてなかった3脚のアームチェアを塗り直しました。


 庭に出しっぱなしですが、今夜は雨が降らないといいがな。3時間で乾くと言うことなので、もう乾いているかもしれないですけど。

☆☆☆夕食は、アサリの蕎麦パスタ。仙台で買ったアフリカ・バジルを振りかけ、日本酒をかけたらとてもおいしかったです。餃子も冷凍庫から出して付け足しました。


 「木村さんのリンゴ奇跡の秘密」は凄いいい本でした。
私も、いつもお花や木に話しかけています。それぞれ魂があってとても喜んでいるのがわかるので、毎日のように写真を撮影しています。「きれいよ。きれいよ。」

 森にいると妖精が住んでいる気がしますが、竜も宇宙人もいるんですね。
私の育った家は、東京にあるのですが森の中のような家で、妹の友人が訪ねて来た時に「宇宙人の基地のような家ね。」と言ったそうです。そして、母は、明け方4時ころ、庭の小さな空池に、1メートル直径のオレンジ色の光る円盤が停まっているのを見たそうです。母は唯物論者で、そういうものを信じる人で無いので、夢だったのかもしれないと大騒ぎされるのを避けていました。当時はYFOの話題で持ちきりの時代で、すぐにテレビに出るような人から取材があったのでした。

 生命の不思議!
あるがままに自然に育てばいいと思いました。
人も植物も。
宇宙が見守ってくれているのね。
大いなる神が!

自然の美しさの中にいると人間が壊さなければいつまでもいつまでもやさしく、育んでくれるのだと思いました。

☆「名前をなくした女神」
次回は最終回だそうです。全部、見ていたわけではないけれど毎週火曜日の9時は少し楽しみにしていました。
幸福な家庭。優秀な子供。才能がある主人公。
小学校受験時の若いママたちの間でそれは、羨望の的なのであった。
子供の年齢が、本人の努力と親の努力と、生活レベルが問われる微妙な受験時。
まだ、自信のない若いママたちは、幼い子供に鏡のように影響を与えてしまう。小さいながらも、子供たちは親の期待に添おうとするのだ。

もう、十分大きな娘の母親である私も、このドラマと同じ道を通ってきたと言える。
少しでも、子供に幸福な未来を与えたいと言う普通の母親の夢なのだけど、お金もかかる受験は生活が厳しい人にとっては地獄の挑戦ということになる。そして、ドラマでは若い美しいママたちは、夫の抱える社会問題にも翻弄される。
若いママたちも知る。人間には格差が歴然とある。裕福な人もバックグランドのある人も自由なお金のない人も姑の束縛に苦しんでいる人もいる。
それは、たぶん生きる試練なのだろう。誰もが何もかもは持ってない。そして、誰もがちょっと羨望を持ったり、いらいらとしてしまう弱さを持っている。まだ、若くて、あまりにも不安なのだ。



薔薇のために肥料を買ったので置いておきました!




☆セブン・イレブンのトイレにある野尻湖のほとりで終焉を迎えた若い画家の作品のコピーです。
「野尻の花」目が見えなくなっていたそうですが、澄んでいる絵ですね。


ミミ・エデンと言う名です。

夢乙女です。

黒姫特産のルバーブです!和菓子屋さんの「おおさわ」の前にありました。お菓子に入れてあるのもあるので。

ペンキ塗りたてでテーブルで食事ができない!!!

 ☆今日は生協の来る日なので紙を外に置いてお出かけです。
少し多めに化粧品を買いました。医療のです。入金しておかないと。


タカ子さんのところに昨日買ったシュークリームと読み終えた雑誌を持って行きました!


今日、播く種を忘れないように出しておく!


 理想のお庭のイメージを心に焼き付けて!


 
 ロッジを降りると白い藤の並木があります。お蕎麦屋さんもあるので、ざるそばでも食べて駅に行って1日JR東日本乗り放題1万円切符を買いに行こうと思います。
明日は東京へ帰り、自宅の掃除と信用金庫からお金を出して、娘に中国語の授業料を持って仙台に行こうかなと思ってます。



 「発言小町」をよく読んでいるのですが、常識的にほとんどのコメントを入れる方と一致して考えの持ち主なんですが、「神」「愛」というキリスト的な思考回路があると、どうしても人間的に甘くなってしまいます。
 まあ、みなさん、他人に厳しいですね。
 そして、それが普通の暮らしを維持するのには大切なんでしょうか?

正しいお母さんになりたい!

「正しいお母さん」の試験問題




次のような試験問題が「公務員倫理」の出題に出されたとします(模範解答と思われるものを付記しました)。

1) 一般的に言って、お母さんが「子供の被曝をできるだけ少なくするように努力する」という行為は法的に正しいか?
【解答】正しい。法律でも「被曝はできるだけ少なくするように努める」との目的が記載されている。

2) 原発事故のために、すでに法定限度一杯の被曝を受けている子供を持つお母さんが、「暫定許容値」を下回る食材でも、「子供に限度以上の被曝をさせないように、放射性物質を含む食材を使うのを拒否する」という行為は法的に正しいか?
【解答】正しい.個別の食材の暫定基準値より、総合的な被曝量の法定限度(1年1ミリシーベルト)を超えないようにするのが、食材提供者およびお母さんの推奨される行為である.

3) 社会通念上、お母さんが子供の健康に気を配ること、健康を守る上で個別の母親が異なる考えを持っていることは正しいか?
【解答】正しい。人間の親として、また親権者の義務を果たすために母親が子供の健康に留意することを尊重しなければならず、その程度、方法、考え方の多様性を認めなければならない。

・・・・・・

次に、校長先生(教育の管理をしている人という意味。教育委員会でも先生でも良い)に僭越ながら2つ出題をさせてもらいたい.

問題1: 学校にすでに空間からの被曝だけで法定限度一杯の被曝をしている子供に、放射性物質を暫定基準値以下を含む「地産地消」の食材を給食で実質的に強制的に食べさせるのは、学校給食法の精神である「食の適切な指導」という意味で正しいか?

【解答】 法定限度の被曝量は、国民の健康を守るために定められているので、法定限度一杯の被曝をしている児童生徒に、さらに被曝を指せることは不適切である.

問題2: 学校は、空間からの被曝量がある程度ある場合、個別の児童の積算被曝量を計算して、学校における追加被曝(運動、給食、プール)などについて、児童生徒が法定限度を超える可能性があるかどうかを保護者に知らせる義務があるか?

【解答】 ある。児童生徒の被曝量が1年間に1ミリシーベルトを越える怖れのある地域、および時期において、学校は生徒の行動を強制することから、学校における追加被曝を計算し、児童生徒が総合累積被曝量として法定限度を超える可能性がないことを保護者に知らせなければならないと考えられる。

・・・・・・

教育担当者、食材提供者、市役所の職員などは、子供の被曝を法定限度の1年1ミリシーベルト以下にする責務を負っていると考えられます.

従って、個別の児童・生徒・市民について計算もしないで「安全です」と言うことは(神様でなければ)言うことは出来ないでしょう.

また、たとえば九州の学校でも、すでに関東や東北の学校で被曝してきた児童生徒については個別に被曝量を計算して、学校での追加被曝が法定限度を超えないかについて、計算をすることが求められます.

・・・・・・

すでに、「子供を被曝から守って欲しい」と呼びかけるのも何回目かになります。でもまだお母さんが苦しんでおられますし、個別のお母さんを神経質とかモンスターと言って、被曝させることを正当化している市役所や教育委員会も多く見られます。

日本の将来は、子供達の健やかな成長が前提です.また教育基本法でもその目的に「心身共に健全な子供」を目指すことが明記されています.

是非、先生方、校長先生、教育委員会、スーパー、市役所のお役人などは、形式にとらわれず、職務の本質にそって子供達の被曝量を可能な限り減らすことを御願いします.

特に、「福島の人を助けるために、子供を被曝させる」のではなく、「福島の人の生活を大人だけで全力を尽くして旧に復する」方向に進んでもらいたいと思います.

「礼儀正しい個人、愛する家族、信頼できる友、誠実な社会、誇りある日本」

一人一人の行動で、私たちの手に届くのではないでしょうか!

(平成23年6月14日 午前9時 執筆)


武田邦彦