July 8th, 2011

どこのどなたか知りませんが、コメントにお答えします。

 昨日、7月7日の3時半頃いただいたコメントなんですが、スマートフォンで書き込みをしているうちに、消えてしまいました。
 それで、ここにお答えだけ書きます。

☆厳しい人生を強く生きるのに必要なのは「愛」だと私は思う。
善い家庭に育った人には家族の愛がある。
「愛」というのは、もちろん甘やかすことではない。
時には厳しく耳痛いことを、言わねばならない「愛」もある。

でも、どうでしょう?
児童福祉施設の現場を観たことがありますか?
この子供たちは、戦後の日本と違って、戦争によって親を亡くしたこどもたちではないのです。離婚家庭や病気や或いは犯罪などで、親が子供を看れない家庭の子供たちです。
今なら災害による孤児もいます。

 この子供たちの成績は、オール1だったりとても低いのです。
この子供たちの知能が低いからではないのです。普通の家庭なら看てあげるべき親がいないのです。あるときに、ドリルを見てあげたら、後ろの解答を見せるのです。低学年の子供の学習を普通の母親は、わからなければ噛み砕いて教えてあげることができます。
でも、そう言う経験がないのです。

 あるときに、有名な音楽家が子供たちのために書いたピアノのレッスン本をサイン入りで子供たちに贈ったことがありました。その時に園側は「損ないいものは、この子たちにはもったいない。」と言ったのです。

 別のあるときに、私の友人がアルバイトをして寒い冬に子供たちにと、毛糸の上等な靴下を段ボール一杯贈りました。その時に、園側は「これはいいものだから。」と園長の家族が皆で分けて、自分たちのものにしました。子供たちには渡らなかったのです。

 子供たちは、毎日、園長と保母さん保父さんが朝礼として1時間くらい話し合っているのを「税金泥棒」と言っていました。子供たちの世話ではなく、園側と現場の保母さんや保父さんの関係が悪いので、時間をそのことで取っているのでした。

☆修学旅行のときの話は、園長から聞きました。「小遣いが欲しいと言うんだ。」と。

 どうでしょう?
人生で初めて、少し多めの小遣いを自由に使うチャンスが修学旅行ではないのではないですか?
 普通の家庭で、少し奮発しませんか?
 それが、たわいないお菓子だったリ、お守りだったりしても、「初めての修学旅行」でのお土産を、家族は無駄遣いとは思わず、微笑ましく「楽しかった?」というのではないですか?

 私は、施設育ちの子供たちが世に出て待ち受けている現実はずいぶん厳しいと思うのですよ。親によっては、働けるようになると急に現れたり、給料を当てにしたりする場合もあると聞きました。

 そんな偏見や差別すら、子供たちはしっかりと生きなければならない。
そのために必要なのは、愛情だと思うのですよ。

 他人でもいい。
自分のことを大事にして「しっかり見てるよ。強く生きるんだよ!」

 この子供は、「園長先生にお土産を買いたい。」と言ったのです。
自分のおもちゃを買うと言ったのではないんです。

 「少ししかあげられないけど、気持ちが嬉しいな。」
という気持ちが子供に伝われば、「国のルールでお小遣いはあげれないんだよ。」でもいいのですよ。
私は憶測や偏見で書いたのではないのです。経験で書いたのです。

 私は人に頼まれて「施設の子供のためにボランティア」をしました。自宅から青梅の施設まで2時間かかりました。廃屋のような、今の体育館以下の汚い空家で夜は宿泊しました。そうですね。半年は通いました。最後は体も壊しましたし、ボランティアが子供たちに魅力があると保母さんが気の毒というので止めました。

 私がマザーテレサのように思っていた児童福祉とはずいぶん違っていたので驚くことばかりでした。

 随分頑張って働いたので、「園長になってほしい。」とか「乗っ取る気か?」とも言われ驚いたものです。自分からやりたかったのではないです。頼まれて行ったのです。

 たぶん、福祉施設にもいろいろあると思うのです。
理想的な福祉経営をしているところもあるでしょう。私も孤児たちの世話をする人たちはどんなに立派な方たちだろうって、長い間思っていましたもの。

 そうですね。こんなことも言われました。「ボランティアが無料で働かなくなるから、本当のことを言うのじゃないよ。」と園長の姉の人が兄弟に言っていたそうです。園長も「税金がかからないのだよ。」とも言っていました。

 極めは、「ボランティアで何も知らずに働いて、お嬢様過ぎてかわいそうだ。お母様はどうかしている。」とも言われましたっけ!
 これが、私の児童福祉施設の思い出です。結婚前だったので、随分勉強になりました。(感謝)

真夏日です!

 今朝は5時半ごろ起きました。

 雨が降っていましたが、今、10時ですが9時には晴れていて、テーブルをぬぐって庭で朝食を済ませました。

7月7日(木)雨、晴れ、雨、晴れ
 ロッジからカートを引いたまま、セブンイレブンに寄りました。
 ロッジのあじさいです。

 10時20分のバスだったのに、勘違いをして10時30分だったので、タカ子さんとバスが待っていてくれたのにはありがたかったです。
 タカ子さんと「コメリ」に行きました。帰りには私は本屋「しなの」にお取り置きの雑誌を取りに行かねばならないので、先に帰るとは言ったものの11時59分の「野尻湖行き」のバス停にタカ子さんの姿がなかったので、少し気になりました。
 今日も、かわいい花を買いました。それと長い竿です。朝顔とへちまが伸びそうなので、安いので買った置こうと思ったのです。また、冷蔵庫から野菜やお肉や魚が無くなってしまったので、補充もしないとと、第一スーパーに寄ったので、いつもの「おおさわ」に寄る時間はなかったです。

 この頃は晴れてましたが、黒姫高原に暗雲が立ち込めていたので、やがて雨が降りそうに誰の目にも思えました。

 バスでラーメン屋さんののれんがかかっていたので、「黒姫駅」に着いて、先にお昼のラーメンをいただきました。ラーメンしかやってないのです。「あっさり」「こってり」「大盛り」「チャーシュー」くらいのメニューですがおいしいので、たくさんの人が来てます。
 オーナーは私より若いと見える女性だが、あるときに農協で肩をポンと叩かれた。ヘルメットをかぶって、黒姫高原に自宅があって、通っているのだった。格好良かったです。



「コメリ」は、来週月曜日から金曜日まで改造工事のため、休みのせいかいろいろなものが安いのです。この花壇用の風車は40円です。


 ラーメンを食べ終わリ、550円払って、近くの書房「しなの」で雑誌を受け取り、喫茶「しなの」でアイスコーヒーを飲んで1時20分のバスでコテージまで帰りました。
タカ子さんはまだ帰っていないようで、バスの本数が少ないので心配しました。



 郵便受けに頼んでいたビデオが届いてました。あとで観たらスペイン語だった。字幕は日本語もあったのでなんとか。

 苗を植え終わり、水をやっていたら雨が降ってきた。
 少し晴れて、タカ子さんが帰ってきた気配がしたので、訪ねた。

「先に帰ったたのでけど、どこにいるか見渡らなくて。」
「コメリでシイタケ菌の話を訊いていたのよ。始めから、るいこさんは、黒姫駅に寄るって聞いてたので、先に帰ったのねと何とも思わなかったよ。」
「1時20分のバスで帰ったの。」
「自分は2時台にバス。そのあとは3時間くらい来ないから、おおさわでおやつを食べていたわよ。」
と、昨日のアイスクリームがあったので、再び私はバニラ、彼女はストロベリーのハーゲンダッツを食べて、彼女は話をしながら苗を植えていたので、私はコテージに帰った。

 夕飯の支度をしていて、しいたけと人参にないことに気がつき、6時半のバスに乗って「黒姫駅」に行き、第一スーパーでシイタケと人参とゴボウ、杏など買って6時53分のバスに乗って、途中のグリーンタウン駅で降りて、「樹香」で焼き鳥を4本頼んだ。
 少しオーナーに訊きたいこともあったのだ。
 納得いかないことが多くて、グリーンクラブの会費を納めてなかったら「水道を止める」という留守電が入っていたと言う人の相談。
 オーナーは本当に支払ってない人が水道を止められた話を知っていて、結局その人はたまりにたまっていた水道代を借金して支払ったそうだ。

 8時前に帰ったのだが、さすがに暗く、懐中電灯も真買ったので無事コテージに着いた時は安堵。
それから、ゆっくりと夕食の準備。

 雑誌を読み、ビデオを観た。
 かなリ疲れていて、アメリカの絵の先生に送る小包は梱包しなかった。


 7月8日(金)雨、晴れ。
 朝、5時半に起きたので、先生に送る本など集めて小包を作る。
 8時半ごろに、雨が上がったので、庭のテーブルや椅子を拭いて、朝ご飯は庭にする。
昨晩と同じようだが、微妙に違うのである。胡瓜に山葵なめのことか、焼き鳥も昨日は梅のささみが、今日は山葵のささみとか!
 タカ子さんから「おはよう!」の声がか買ったので、朝ご飯を片付けて、鮎型の和菓子を持って寄った。
 彼女のところは土をたくさん買って来たそうで、しっかりとガーデンをしている。
 私の方は土の質を信頼してと言うところか?

アメリカン・ブルーも増やした!

朝顔と夕顔

日日草など!






紫蘇です。ジュースがおいしい!

インターネットは12時までしかできないので、12時になったら、郵便局から小包をアメリカに送る予定!

人を信じることの危険が女性にはいつも付きまとう!

市橋達也被告 市川市 英女性リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害 あす初公判  [千葉] [編集]
 市川市で07年、英国人女性、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の遺体が見つかった事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死罪などに問われた住所不定、無職、市橋達也被告(32)に対する裁判員裁判の初公判が4日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)で開かれる。

 リンゼイさんに対する殺意の有無が最大の争点になる見通し。2年7カ月に及ぶ逃亡生活や、逮捕後の手記出版など世間の注目を集め続けた市橋被告。判決は21日午後2時半に言い渡される。
(毎日新聞 7月3日配信)

☆リンゼイさんのご両親の悲しみを思うと、日本人としてやりきれない思いだ。
 市橋達也被告の本は前に読んだ。

☆女性ならば、誰でも、いやな男性に付きまとわれて嫌な思いをしたことがあるだろう。
 そうして、男性ならば誰でも、女性の気を引くために市橋被告のように、自分のもとに引き寄せるために嘘をついたり、英語を学びたいとか教えて欲しいとか、巧みに手段を考えて、あわよくばガ―ルフレンドになってくれたらと願うものだろう。

 もちろん、たいていのい普通の人間は殺したりはしない。
 辛くても、相手が気がなければ我慢もするし、あきらめもする。

☆リンゼイさんは、英語を教えていたので、無防備かもしれないが独身の男性の部屋に入ってしまった。もちろん、好きなのではない。仕事だからと割り切ったのだ。
リンゼイさんが市橋の好意にこたえてくれる愛情があったら、殺されはしなかっただろう
リンザイさんも若い女性だ。英国人なので、はっきりと嫌いだと意思表示をしたのだろうか?
 男の力では、女の人を倒し、首を絞めるくらいはできるのだろう。

☆人生は自分の思いにならないことがたくさんある。
 たぶん、だれでも綺麗な女性やスマートの男性は好きなのだ。
 普通の人間は、自分の分を心得て、「彼女でなくても、英語を学ぶ1時間が楽しいからありがたい。」と、ファン心理のような思いで、人生を渡って行くのだと思う。

 美しい女性や、輝かしい才能の男性は要るけれど、自分とは縁がないと分を知るのである。

☆アジア人だからとさげすんで見下してたら、男性の個人マンションには行かなかっただろう。
やはり、同じ人間として、最低限のマナーも自分の文化と同じようにあるのだとリンゼイさんは思ったのだった。

 騙されたり、嫌な思いをする人はいつも理想家だ。

 人を見たら泥棒と思えと思っている人は、騙されることも殺されることも少ないと思う

 いつも、しれがやりきれない。

☆リンゼイさんの両親は「二つの家庭が子供を失った。」と言ったそうだ。
市橋の両親は医者で、市橋は逃亡していたので、彼の両親も息子を失ったと言ったのだった。

市橋の母親が市橋に書いた公開手紙というのを読んだことがある。
「あなたが、逃亡中に、どの仕事もまじめにやり、しっかり働いたのは流石に私の子供だと誇らしく思う。」という趣旨のことが最初に出てきた。

書房「しなの」のお母さんが、「曽野綾子が人は親になった時に、いつ子供が殺人犯になるかもしれないという覚悟が必要だ。」と言ったのだと言う。

親は切ない。

自分が一生懸命に育てても、心がけ良く生きていても、こどもというものは関係なくやらかしてくれるのだ。

リンゼイサンのご両親の言葉には、そんな思いやりが感じられた。

親の教育とは関係なく、自分の思い通りにならないことが人生にはたくさんあるんだよと、もてない人は学ぶのだ。いな、もてる人だって、思う人には振り向いてこられないこともあるんだ。

かといって、男はみな狼だから、暗がりや彼のアパートに行ってはいけないと口を酸っぱく言う時代ではないのだけれども。

上手に相手にあきらめてもらうテクニックもどこかで、教えるべきだと思ってしまう。

☆内田裕也が女性のマンションのカギを勝手に交換して女性に訴えられ犯罪者になった。
 今、読んでいる「婦人公論」の読者体験手記に、男性が娘2人を連れて住みこんで居座って出ていかないので、裁判と警察沙汰にしてやっと出て行って貰ったと言うのが載っている。

 パリで塾生たちが住みこんで、私が風邪をひいたときに追われたことを思い出した。
その時、ホテルに付いて言ってくれた私の友人も、塾生を追い出してくれたボザール(パリの美術学校)の学生も、塾生たちが信じられないと思ったが、私には警察沙汰にすることはできなかった。

 どこまでが、犯罪でどこまでが、キリスト教的隣人愛なのだろう?
いつも考えるが、答えが未だに見つからない。

 塾生のS君は「人を食いものにして、おいしい思いをするのは、普通のことだ」と言った。

 どうでしょうか?

 そのS君をようやく、出入り禁止にできたのは、あれから33年くらいたってだ。
自分は、まだまだ生きる力を学ばねば!トホホ

 リンザイさん、
同じ女性として、あなたが美しい気持ちで若い日本人を無防備に訪ねたことに、痛みを感じます。
どうかふさわしい判決がありますように!