July 24th, 2011

ドキュメント半原発の島「祝の島」を観る!

7月22日(金)晴れ。
 書房「しなの」で婦人公論を買って、きっさ「しなの」でアイスコーヒーを飲んでいたら、お母さんが胡瓜とピーマンと茄子をくれた。そして、お客さんが(といっても「ぼーしや」というジャムが有名な喫茶店を経営していて、かつては帽子を作っていて、帝国ホテルに納めていたと言う人が)絵本を3冊買ってくれて、アメリカの個展のときのパンフがよれよれなので、今度私がたくさんの新品状態のを持っているので持って来ると約束。
 それで、コテージに帰るときに、タカ子さんが「ルイコさ~ん」と声をかけてくれたので、野菜を半分あげたのだ。野菜ってそうは食べれないし、新鮮なうちがおいしいもの。
 それで、夕飯はピーマン、豚肉、ナス、油揚げを入れてごま油と醤油でソテーしたらおいしかった!


7月23日(土)晴れ。夜中に雨。
 昨晩、久しぶりに雨が降ったので植物が元気です。
涼しいので、長野に出かけることにしました。

サンドイッチを作ったのですが、あさりの賞味期限が終わりそうなので、ボンゴレ・スパゲッティを急いで作りました。サンドイッチは野菜なので傷まないのでタッパに入れてお弁当として持って行くことにしました。凍っているお茶ボトルを乗せたので痛まなかったと思います。
ハンカチを入れて見たら、自分が買ったのでしょうか?信濃毎日をセブン・イレブンで買ったので、キオスクではのど飴を買いました。


 8時52分のバスに乗りました。長野駅行きはは9時18分発なので、駅の中を観ていたら花火大会のパンフが。今年は大きな花火大会ほど中止になったそうです。やはり不景気ですので、商店の応援が減ったそうです。



 信越線で本を読みながら、長野に出て20分ほど歩き「ロキシ―」で10時半から「祝(ほうり)の島」を観ました。いわいしまって島の方は言ってました。

☆公式「祝の島」コピー
1000年前、沖で難破した船を助けたことから

農耕がもたらされ、 子孫が栄え、

現在に至るまでいのちをつないできた小さな島がある。


山口県上関町祝島。

瀬戸内海に浮かぶこの島は、台風が直撃することも多く、

岩だらけの土地には確保できる真水も限られ、

人が暮らしやすい環境とは決していえない。

その中で人々は、海からもたらされる豊穣な恵みに支えられ、

岩山を開墾し、暮らしを営んできた。そして互いに助け合い、

分かちあう共同体としての結びつきが育まれた。

人間の営みが自然の循環の一部であることが、祝島でははっきりと見える。



「海は私たちのいのち」と島の人は言う。

1982年、島の対岸4kmに原子力発電所の建設計画が持ち上がった。

「海と山さえあれば生きていける。だからわしらの代で海は売れん」

という祝島の人々は、

以来28年間反対を続けている。



効率と利益を追い求める社会が生み出した原発。

大きな時間の流れと共にある島の生活。

原発予定地と祝島の集落は、海を挟んで向かい合っている。



1000年先の未来が今の暮らしの続きにあると思うとき、

私たちは何を選ぶのか。

いのちをつなぐ暮らし。

祝島にはそのヒントがたくさん詰まっている。

2010年/日本/105分


祝島の絵:西村 繁男 祝島 絵:西村 繁男 拡大»

☆縷衣香記
1000先に命は続くドキュメンタリーです。
ロキシー混んでいて40席くらい埋まっていました。(ガラガラでしたけど、意識の高い人ばかり)
 もう、DVDが出ているそうです。ポレポレタイムス社のポレポレ社で販売されているそうです。
 監督は「アクセレイと泉」のスタッフで、その後「祝ノ島」を撮った。若い女性監督です。あや監督。
 島の生活は漁業と農業の兼業。
ドキュメントに出てくる島の方たちがとてもいいお顔で、地味に正しく生きているんですね。
そして、島のおばあちゃんの「後家楽。後家楽、」には思わず笑ってしまいました。極楽、極楽の調べで笑って話されてる。
また、女性ただ一人の漁業をしている民さんが、男勝りなんですけど、村の園芸でかつらを作ってレディガガぶりのメイクで踊り、バイクに乗って帰っていくところは格好いいと思いました。原発を反対する人の心意気って格好いいですね、20数年です。



 
 アーケードの七夕はこどもやお店の人が作っているそうです。
にぎやかでした。トマト2個と桃を八百屋さんで買いました。


お弁当を持って行ったのですが、ぐるりんバスを待っている間に小銭がなかったので、近くの蕎麦屋に入りました。
 駅に出て、東急デパートのバーゲンに行ってしまいました。
好きなスペインブランドのブラウスとスカートをグリーン系列で合わせて、次に5階の会場で、お箸やチーズおろしやなんだかんだと生活雑貨を揃え、これに洗濯石鹸を合わせて2000円ぐらいでした。




下着や靴下を買い、地下でサイコロ・ステーキ肉と食パンを買って、2時28分の信越線と3時9分のバスをつないで帰ってきました。
 私の歩く前を外人の高校生くらいがあるいていたのですが、国際村までの近道として神山を通るようです。雷坂を通って降りて行きました。
 たいていタカ子さんが、坂を上っていると私の姿を見つけて声をかけてくれるので、「あとで行くね。荷物を置いて行く。」と答えてコテージの中へ。
 着替えて洗濯をして部屋の中で干して、冷えたレモン・サイダー缶を2缶持って、タカ子さんの家へ。果実酒がそろそろ飲めるはずと言ったら、杏を漬けた果実酒を持ってきてくれふたりで酒盛り、おいしかったです。オンザロックで2杯も戴いてしまいました。新しく出た明治のチョコもいただきました。家のも、オレンジと杏を冷蔵庫に移したところです。冷えているのでおいしいですね。きっと。
 7時前に帰ってきて、お花にお水をやりました。夕食はお弁当の野菜サンドで十分でした。ポテトチップを食べたので。
 本を読んだり、テレビを見て、髪を洗って自然乾燥で寝たせいかやや風邪気味かも。

7月24日(日)晴れ。
 朝は5時半ごろ起きてしまいます。
 サンドイッチの朝食。ほおばりながら、右手で水を花にやりながら散歩。これで1時間はかかる。
 27時間テレビを観てると、なんだか哀しい。
 やはり東北をどう支援するか考えざるを得ない。


 これから、書房「しなの」にアメリカ個展のバスケットのパンフを持って行こうと思います。
なんでも、お子様のひとりがアメリカ人と結婚されて、お孫さんに絵本を読ませたいとか!
ありがたいことです!