August 21st, 2011

賢治と一茶!この国際的な詩人は魂が似ているらしい!


8月20日(土)雨。
お昼はハンバーグに納豆巻きをセブンで買って、あとは自分の家の野菜炒めをした。

1時にバスで「黒姫駅」まで。
喫茶「しなの」でセスナさん一家とお友達になる。学習院大学で英語を教えられていて国際村に別荘があるそうです。日本で生まれた息子さんは翻訳家。アメリカの方のようです。
私の絵本をほめてくださって、(しなの)書房のお母さんが紹介してくださったのでした。日本語が堪能なので日本語でお話。

 今日の講演の原先生のお孫さんとお隣だったのでお話をしました。おじい様の運転手として御一緒に黒姫に来られたそうです。

2時から一茶記念館で講演。お母さんとご一緒に10分ほど歩いて。



原 子朗氏「賢治と一茶」
原 子朗(はら しろう、1924年12月27日 - )は、日本の詩人、日本近代文学研究家、早稲田大学名誉教授、宮沢賢治イーハトーブ館館長、早稲田大学出版部取締役。

長崎県生まれ。早稲田大学大学院中退。日夏耿之介、吉田一穂に師事。1950年『詩世紀』創刊に参加。『文藝首都』編集同人として近代詩論などを執筆。立正女子大学、早稲田大学政治経済学部教授を歴任。1986年『石の賦』で現代詩人賞受賞。1993年『宮沢賢治語彙辞典』で宮沢賢治賞受賞。1995年早大を定年、名誉教授。昭和女子大学教授に転じる。宮沢賢治、文体論などを研究する。
著書 [編集]

* 風流について 詩集 昭森社 1963
* 文体序説 新読書社 1967
* 樹裸記 文学的エッセイ 新読書社 1974
* 文体論考 冬樹社 1975
* 幽霊たち 詩集 昧爽社 1977.11
* 挨拶 詩集 国文社 1980.10
* 筆蹟の美学 東京書籍 1982.10 (東書選書「筆跡の文化史」講談社学術文庫)
* 石の賦 長編詩 青土社 1985.10
* 近代詩現代詩必携(編著) 学灯社 1989.4
* 宮沢賢治語彙辞典 東京書籍 1989.10
* 歎語抄 詩集 砂子屋書房 1989.12
* 空の砂漠 歎語抄第2 詩集 花神社 1993.11
* 修辞学の史的研究 早稲田大学出版部 1994.11
* 默契 詩集 歎語抄 第3 花神社 1998.11
* 新宮澤賢治語彙辞典 東京書籍 1999.7
* 宮沢賢治とはだれか 早稲田大学出版部 1999.11 (ワセダ・オープンカレッジ双書)
* 淹歳 詩集 歎語抄 第5 花神社 2002.11
* 加線の歎語 詩集 歎語抄 第6 花神社 2007.11

先生は86歳でもう少しで87歳とか。

先生の書も素晴らしく、白板に紙を磁石で貼って、墨に筆をつけてお書きになりました。

御自分の名前が「ゲンシロ」と読めるので、「原発炉」は嫌だという。おまけに長崎生まれで原発設置に反対。

 賢治の経歴をプリントでくれて、賢治は大津波の年に生まれ、大津波の年に死んだという。

東北震災中、飢えで死んだ人はいなかったという現代。昔は貧しくて食べれなくて、子供を殺す悲惨な話がたくさんあったという。

 昔の作家は30代で亡くなられた人が多かったといろいろな作家の実名を出された。
芥川や紅葉や子規。今の人が長生きをしているのは食事などが豊かなせいもあるが、それだけの凝縮した仕事を若くして死んだ人はしたという。それで、くだらないテレビや新聞広告を見ないで、もっと勉強しなさいと活をいれてくださった。

 若い人の言葉が乱れているのは親が悪い。
「とてもおいしい。」「すごくおいしい」を、平気で「すごいおいしい」、「超おいしい」という。
きっと「スーパーおいしい」というようになるだろう。

賢治の神
自然は神
それはスピノザの考えと等しいが、スピノザはそのため迫害にあった。

 会津八朔の歌
「痩せかへる 負けるな一茶これにあり。次にひかへし会津八朔」



一茶のすごさは本歌取りで芭蕉の閑古鳥(カッコー)の歌を、「はいかいの 地獄はそこか 閑古鳥」と読んだ。
俳句を作る厳しさがわかる。
「憂きわれを さびしがらせよ 閑古鳥」京の嵯峨 芭蕉 孤独地獄100年前。

「はいかいの 地獄はそこか 閑古鳥」享保3年1803年


一茶の時代は庶民の子が「いろは」を習って識字率が上がった時代。寺子屋で武士やお坊さんがこどもたちに書を教え、最終的には義務教育になったのでした。


 原先生は黒姫が大好きで一時は永住しようとも思われたそうですが、今は別荘があって夏に滞在されてます。

一茶の「なでしこ」の句を帰り、見つけました。私がいつも薪を買っている山屋さんのお店の看板です。
第一スーパーによって、ピザやポテトチップスを買いました。
5時23分のバスに乗って家に帰りました。雨が降ってやや寒い。



夕飯はピザ。
 

先生の書かれた「宮沢賢治とはだれか?」を早速、アマゾンの古本で購入しました。
☆先生のお話で「怠けていてはだめだ!」と活を入れられた感じです。
反省!

涼しい東京に帰る!

 10時47分のバスに乗って、黒姫でスターバックスの容器に喫茶「しなの」でコーヒーを入れてもらう。
長野で降りて、風薬を買って、蕎麦屋に寄る。小澤征一の色紙があった。

 1時頃に新幹線に乗って、少し寝たようだ。今日は混んでいたが座れないことはなかったが、多くの人が座れなかったようだ。軽井沢から乗った人たちが多かった。

 3時前に東京駅に着いて、恵比寿アトレのロクシタンに予約していたシャンプーとコンディショナーを買う。
それから、カートをコインロッカーに入れて、渋谷まで出て、銀座線で表参道へ。

 





 原宿は混んでいた。
私は燕の食器屋さんで、冷蔵庫に入れるピーター・ラビットのガラス・タッパと電子レンジに入れるおにぎり型を1個買った。

 ビーズ屋さんで案内が来ていたのだけど、今日までバーゲンでおよそ半額の製品がいくつかあった。
21日までsoldなんだけど、20日までは「大人の休日」の割引がないのだ。

 次の大きなキャンバスのために大きくて高価なものを大量に買ったので40000円強。しかし、普通の値段で買えば、たぶん7万円はしたのだと思う。

 駅まで歩くと、原宿の街に日本国旗が溢れていた。
元気を促しているのだろうか?




 原宿駅まで行って、国電で恵比寿駅まで行き、ロッカーでカートを出した。キオスクで20%引きのパンを2個に、アトレ・カードを買い物券に代えて、それで、九条ネギサラダを買った。

 荷物が多かったので、恵比寿からはタクシー。今年は熱中症でタクシーに近距離でも乗った人が多かったそうだ。

☆家には久しぶりに娘と主人と3人になって、しばしの家族。

 留守中の支払いと「聖母の騎士」誌が届いていた。サラ麻布の家具のバーゲン50%引きといっても、夢のような話。

 恵比寿も原宿もおしゃれな女の子たちであふれていて、これもひとつの日本の現実。

善良な市民になりたい!

これからの話(6) 善良な市民






これからの日本を考えるときにテレビは「大連立」とか、「財政問題」などを報道しています。でも、私にはそれより何より2011年3月の大震災と原発事故では、「善良な指導者の絶滅」がもっとも大きな問題のように思います。



大震災と原発事故から5ヶ月も経っているのに、震災特需の利権争いで法律ができないという悲惨な状態にあります。



社会が繁栄するかどうかは、一にも二にもその社会が「善良な市民」で構成されているかどうかで決まるでしょう。もし、盗人や詐欺師だけの社会は決して繁栄しないのは当然です。



偉い人がなぜ「善良」に見えないのかは疑問で、首相、大臣、高級官僚などの日本の指導者が、福島に除染部隊を派遣しないのに「やれることはすべてやっています」と白昼堂々と言うことを理解することができないのです。



政府、官僚(霞ヶ関)、自治体、学者、専門家、記者・・・などの方々が「善良」ではなくなったのはどうも認めざるを得ないのです。



・・・・・・・・・



それでは市民は「善良」なのでしょうか? 私が「善良な市民」というのは、



1) 額に汗して働き、普通の生活で幸福を感じる、



2) 誠実な社会、誇りある日本の一員として行動する、



という人たちのことです。ひどく簡単なことのように思われますが、エコポイントにしても子供資金にしても、額に汗して働いたお金以外のものを欲しがっているような気もします。



もし、給与や税金の分配が悪いなら、それを正しくするのも善良な市民であると思います



マスコミや書籍が「善良であること」について、興味を持ち、議論をそこに集中することを期待したいと思います。(音声付き)



「takeda_20110820no.93-(3:50).mp3」をダウンロード



(平成23年8月20日)



武田邦彦

☆善良な市民でいるのは大変だ。
 税金を払う。
 払うべきものを払って、しかもなるべく謙虚に人に迷惑をかけないで生きるのも大変だ

 生きることは無料ではない。

 週刊ポストだったか、「運のいい生き方」というのが特集してあって、それは「利他主義」だというのである。

 同感だ。

 マージャンの20年間、負けたことのない雀士という人が出ていて、いつも他人の利益を考えると気付きの力が出てきて、いろいろな勘が働くという。気を読めるという。

 私のコテージのあるグリーンタウンも管理費がかかる。その中で15%の人が不払いだという。
人には考え方の差があってもいい。自由だ。そして結果においても、甘んじて受ける範囲において、そういう考え方があってもいい。

 しかし、私も思う。

 節電をし、節約をし、義捐金を出して、さらに増税にも耐えるというのが何年続くかは知らないが、ずいぶん疲れそうな話だ。

☆昨日、話を聞いた宮沢賢治は貧しい農民から搾取している質屋の子だったので、罪悪感から牛乳も牛肉も食べなくて、南妙法連翹を唱えていたそうだ。