November 3rd, 2011

文化の日!2人の美しい女性の自分に誠実な生き方!

今朝は曇り!


今日は「ぼーしや」さんの展示会が長野東急であるので、長野までお出掛け!
海豹の皮のベストと私の帽子をもって、海豹のぼうしをオーダーしようと思っていた。ぼーしやさんのアトリエで海豹の皮を見せてもらったので!



東急に朝1で行ってみると、海豹の皮はもう帽子になってました。
お忙しい制作中に訪問してはいけないと思っていたのですが、すでに海豹の皮は先生のアイデアで作らられていたのでした。少し、自分のイメージと違うのでした。
ミンクの帽子もとても素敵でしたが、どちらもお値段も40000円。
写真より素敵な帽子が一杯あって、「いいなあ。」と思ったのは70000円でした。
先生の「ぼーしやさん」は休憩中とかで、映画の上映時間が迫っていたので、名前だけ言って生徒さんにメッセージを託しデパートを出ました。
時間がないので、急いで「ぐるりん号」に乗って権藤前で降りて、セブン・イレブンでキャッシングをして映画館に!

☆マーラー 君に捧げるアダージョ



 12時25分から 長野ロキシー
 この時間帯なので、東急地下でお寿司でも買おうか?
 なにしろ、ローカル映画館は観客が4,5人で皆、お弁当を食べているのだ。
 そのリラックス感がたまらなくいい!
 しかし、今日は文化の日で休日だったせいかかなり観客が多く20人くらいの人がいました。
 映画は最高でした!
 女性の芸術というものを考えさせられました。
 美し過ぎる妻はクリムトにも愛されるほどウィーンの世紀末の女神でした。
 マーラーが妻の恋人から寄せられた手紙を分析するのもフロイト!
 来年はクリムト没後?150年とか!
 アート史の流れを把握するためにも、もう一度見たいです。

☆2時15分で映画館を出ると「ぐるりんバス」に乗って、長野駅に行き「しなの鉄道」にのって、御代田まで行きました。11月6日で閉鎖するメルシャン美術館にもう一度行きたかったのです。次の「軽井沢」行きの時間を確認して、タクシーにのりました。4時半までに入らないといけないのです
 行ったのは大正解でした。クローズなので、ショップで無料のポストカードセットをくれたり、大好きなコルビジェのポスターがなんと50円!
ロンシャン礼拝堂です!壁にがくにいれてあった最後の1枚を譲ってくれました!

ゴーギャンやロートレックのピンとゴッホの便箋とボールペンが半額。美術館にはいってからも、別のポストカードセットをくれました。

 作品を観るのは2どめでしたが、アフリカの島で生まれたことは今回の発見でした。結婚も親の反対を押しきりベルギーにいって、かれの作品のために良かったようです。

5個で150円!

 帰りは歩いて、途中の地元の野菜販売店によって、パプリカセットとリンゴを一袋買いました。

 軽井沢行きの「しなの鉄道」にのって、中軽井沢に行きました。娘が誕生日祝いに私の好きなブランドのものを1万円くらいなら買ってもいいということなので!

 

☆今、信越線のなかで読書中!
「あるプロレタリアの物語」の章。実に面白い!

ゴーギャンのおばあさまが書いた小説!


☆☆☆
今日観た映画と今日の読書のテーマは、「女性が生きる」ということで考えさせられる課題があったのです。
今から100年以上も前なのに、2人の美しい女性は自分が生きることになんて誠実なんでしょう。

マーラーの美人主婦アルマは芸術家として優れた才能を夫に犠牲にさせられて、10年の結婚生活で爆発して、若い建築家と不倫の末、結婚します。彼女は長生きしたんですが、マーラーは50歳で亡くなっているのです。彼女の不実によって、精神的にダメージを受けたということです。

しかし、前時代的な、才能あふれる妻を自分のためだけに家庭に閉じ込めればひとつの人権蹂躙なのではないでしょうか?

さっそく、アマゾンでニューヨークで85歳で亡くなったという彼女の自伝「わが生涯」を購入したのでした。
※コピーです。


アルマ・マーラー (Alma Mahler 1879-1964)

今では想像さえ難しいが、1918年まで中央ヨーロッパに存在したオーストリア=ハンガリー二重帝国は、オーストリア人とハンガリー人のほか、チェコ人、ポーランド人、クロアチア人、ユダヤ人など十指に上る民族を域内に抱える巨大な複合国家だった。人と物が緩やかに流動し、主都ウィーンから新しい科学と芸術が生まれたのはこの時代である。精神分析のフロイト、物理哲学者マッハ、作曲家シェーンベルクなど、19世紀末にこの街を闊歩した知識人は数限りない。 しかし当時のウィーンは、崩壊を目前にワルツを踊る街でもあった。帝国のいたるところで民族主義が吹き上がっていても、市民は享楽と官能に身を任せ、女たちは怪しく輝いていた。世紀末のウィーン。アルマ・マーラーは、その華と呼ばれた女性である。

亡父と継父が共に著名な風景画家という家庭環境で、アルマ・シンドラーの周囲には少女期から多くの芸術家が現れ、消える。17歳で恋をした相手は35歳のグスタフ・クリムト。ユーゲントシュティールの華麗な絵画で成功したこの画家にアルマは胸をときめかせ、画家もまた少女を追いかけて一家の休暇先イタリアにまで現れた。しかし継父と母は、娘の危ない恋に早々と終止符を打った。クリムトには彼の子供を身ごもる女友だちが2人、そして第3の恋人もいたのである。

アルマの最初の結婚相手はグスタフ・マーラー。当時ウィーン国立歌劇場の正監督で、作曲でも注目される話題の男性である。ある晩餐会で彼に紹介された22歳のアルマは、持ち前の楽才で作曲家をたじたじとさせる。「あの娘は知的で面白い」と彼はその夜、友人に告げた。

周囲の警告を無視し、彼女はマーラーの求婚を受け入れる。芸術に最高の価値を置くアルマにとって、彼がユダヤ人で20歳も年上のうえ、重い内痔疾患を抱えていることは副次的な問題だった。2人は1902年に結婚し、娘2人に恵まれた。が、妻の心はどんどん冷えていった。

夫から献身だけを求められ、作曲の才能を封じ込まれたことに、アルマは「自分の人生を生きていない」と感じていたのである。1907年に長女がジフテリアで亡くなると、彼女は悲しみを酒でまぎらし、ついに1910年6月、保養に出かけた山間の温泉地で情事の相手を見つけてしまう。4歳年下の精悍なそのドイツ人はワルター・グロピウス。後に造形学校バウハウスを設立し、近代建築の父と呼ばれる建築家である。2人の関係は休暇後、グロピウスが恋文をマーラー宛に送ってしまったことから露見した。

アルマは開き直る。「私は7年間も抑圧されてきたのよ」。マーラーはアルマを失いたくない一心で自分の非を認め、彼女の作曲に発表の場さえ作った。フロイトから精神分析も受ける。しかし虚弱体質の夫と健康な性欲を持つ妻では、不和は予見された結果だった。アルマは別れたと偽ってグロピウスと密会を続け、わずか1年後に未亡人になる。マーラーが心臓疾患のため51歳で急死したのは妻への求愛に心身を酷使したせいかもしれない。

喪服に身を包んだ32歳の未亡人は香りたつほど美しい。1912年4月。肖像画を依頼された25歳のオーストリア人画家オスカー・ココシュカは、ピアノを弾くアルマをいきなり抱きすくめて走り去った。翌日、彼女は画家から手紙を受け取る。「妻になってください」

アルマは「傑作を描いたら結婚してあげる」と応えた。2人は非常に濃厚な性関係を持ったといわれる。ココシュカの代表作「風の花嫁」はその頂点で描かれた。彼女は2度妊娠し、2度とも中絶する。マーラーの死によって思いがけず手に入れた自由を失いたくなかったのだろう。画家はストーカーまがいにアルマを付け回し、絶望のあげく第一次大戦が始まると軍隊に志願する。

すると彼女は、これを機にグロピウスとよりを戻すのである。ココシュカとの関係を知っていたグロピウスは最初アルマに冷たく反応したが、彼女のフェロモンに逆らえる男はいない。2人は内密に結婚し、彼は陸軍少将として出征。彼女は 1916年10月にウィーンで女児マノンを出産した。

いまやアルマは37歳。マーラー未亡人、そしてグロピウス夫人として注目の女盛りだ。しかし新しい夫は戦場にいる。彼女は再び若い芸術家をサロンに集め、今度はプラハ出身の新進作家を愛人にした。11歳年下のユダヤ人、フランツ・ウェルフェルである。

そして妊娠した彼女は、グロピウスとウェルフェルの両方に子供ができたと告げた。実のところ本人にもどちらの子か分からなかったらしい。1918年2月、息子は2ヶ月早く誕生し、前線から駆けつけてきたグロピウスは、子供の名前を相談する妻とウェルフェルの、かなり親密な会話を立ち聞きしたことから疑問を持った。

「今の話は本当か?」 アルマは否定しない。こうしてグロピウスはかつてのマーラーと同じ立場に立たされ、あろうことか同じ間違いをした。妻の前に身を投げ出して愛を誓ったのだ。この光景に情人ウェルフェルでさえ感涙したというから、ソープオペラである。しかし結局、息子マルティンはわずか1年しか生きず、アルマとグロピウスの結婚は破綻へと向かうことになった。

その10年後に彼女がウェルフェルと再々婚したのは、娘たちへの手前があったからだという。この頃のアルマはむっちり太って脂ぎり、美貌にも陰りが見えていた。意地の悪い言動も顔を出す。1930年代初頭にアルマのサロンを訪れ、マーラーの次女アナに恋したエリアス・カネッティ(後のノーベル文学賞作家)の回想によると、アルマは長女アナと彼の前に次女マノンを呼び寄せて、こう言ったそうだ。

「綺麗でしょ、これが私とグロピウスの娘マノン。こんな美しい妹がいて嬉しいわよね、アナ? 瓜のつるに茄子はならぬってね。グロピウスは大きくて美しく、そう、まさにアーリア人。人種的に私とマッチする唯一の男だったわ。ほかは小さいユダヤ人ばかり、マーラーとか」

小さなユダヤ人であるカネッティは早々に退散した。アナが母親にことごとく反発した理由は分からないでもない。アルマには老いを迎えるミューズの苛立ちがあったのだろう。

ナチスのオーストリア併合後、彼女は夫ウェルフェルとアメリカに亡命し、彼は小説「聖少女」の大ヒットで人気作家になった。しかし間もなくこの第3の夫も急死して、アルマは晩年一人ぼっちだった。それでも亡命芸術家たちを周囲に集め、マーラー未亡人としての役割を完璧にこなす彼女は、王国を失っても栄光を失わない女王のようだった。そんな威風堂々のアルマを米国のマスコミは「4大芸術の未亡人」と呼び、本人は過去の男たちをこう述懐する。

「マーラーの音楽は好きになれず、グロピウスの建築は理解できず、ウェルフェルの小説には興味もなかったけれど、ココシュカ…。ああ、彼の絵にはいつも感動させられたわ」

彼女より美しく、賢く、気立ての良い女性はほかにいただろう。だが彼女にだけ、男を燃え上がらせる媚薬があった。アルマ・シンドラー=マーラー=グロピウス=ウェルフェル、そしてココシュカの永遠の恋人。彼女ほど世紀末ウィーンの華と呼ぶにふさわしいミューズはほかにいない。

英独仏ニュースダイジェスト掲載 高橋容子 ホームに戻る

☆縷衣香記
 映画とは言え、マーラーの山荘の美しい風景は凄いです。
アルプスが見えるんです。

 また、アルマがお金持ちの家の娘だったということで、アルマの着ている衣装や下着の美しさには惹かれました。

 サロンの女王だったのでしょう。才能あふれる世紀末のウィーンの紳士たちが歴史に残る歴史を作った人たち。
自由奔放なアルマには、性に対してキリスト教的な罪悪感もないようで、長きしてます。

 一方、銀行員のような堅実なマーラーはフロイトにかかるほど、精神のダメージは多かった。50歳で亡くなってます。

 残虐なほど美しい女。娘が幼くして死んでも、夫の娘とのたわいない遊びに冷ややかな目を投げかけたアルマは聖女ではなくて悪女かもしれません。

 そんな女性にひかれて、その中から作品が生まれる。

 ゴーギャンのおばあさまのほうは、芸術というのは啓示だと書いてます。

 作品の中から読み取る力が必要なのでしょう。




 

宇宙からの光!

 今日はきれいな夕焼けが出てました。
「御代田」駅まで帰る途中に、夕焼けから不思議なオレンジの光が天に向かってました。

 携帯の電池が切れて撮影はできなかったのが残念!
 実を言うと、前に長野駅に行った日(調べると日にちがわかります。「サンザシの樹の下」を観た日だと思います)の帰りから、天から雨のように降ってくる光が見えるようになったのです。キラキラと光っていたので、雨だと最初は思ったのです。
 後で、チェックすると10月29日の土曜日からで、アセンションが終わった日からのようです。

 痛くも何も感じないのですが、始めは目の障害があるのかと思いました。
とてもきれいな例えで言うと流れ星が流れていくように光がかなりのスピードで線になるのです。
なんとも心が清まるような思いになります!

☆さて、2つ目の駅の「中軽井沢」に、着いてからは真っ暗だったのでタクシーで「ハルニレ-テラス」に行きました。800円。
 お目当ては雑貨屋さん。
 フィンランド製のサンタクロースのキャンドル2本。

 南フランスのブランドのランチ-マット2枚とペーパー-ナフキン
 ブランド名はangel 天使です!

とバス-ソルト(これはバーゲンで2000円くらい安くなっていた。)

 シーツ-セットが欲しいと思ったのだが、やはり高過ぎると思ったのだ。
 ここでの買い物は娘からの誕生日プレゼント!

 それから、和菓子のお店で草団子1本に、かりん糖饅頭1個。

 お惣菜屋さんでキッシュとサラダ100グラム。
 パン屋さんで、パンが売り切れだったので、フルーツケーキひときれ。

 帰りもタクシーを呼んで、「中軽井沢」まで、880円。

☆「軽井沢」は次の駅なので、降りてお買いもの。

 電車に移動中は「メフィス」を読んでいるのですが、この著者の芸術論はなかなか。
帰りは、長野新幹線の中と信越線の中で読み続けてました。
コテージに帰ったのは、9時頃です。

☆カレーの残りのスープを飲んで寛ぎタイムにあちこちのブログを読むと、 シンクロの多いメッセージが「天下泰平」ブログにたくさんあって、色々感じることがあります。
コメント欄の「死者の書」。おおえまさのりの「チベット死者の書」をタイトルに、タージ・マハル-トラベラーズの林泉寺での演奏会のポスターとパンフを作ったのは、私が24くらいの時でしたが、の頃小杉武久氏は「wave」と盛んに言っていたのでした。

 「波長」と言うものが、引き合って地球の次元上昇に導いていくようです。
恐れることは無いようです。

 「メルシャン美術館」の隣は「縄文美術館」で、前に友人と訪ねたことがあります。
縄文時代は差別はなく障害者も大事にされたそうです。

 人間の作った制度のなかで不当に苦しんでいる人々も解放されるでしょう。

 色々な災害は人間力を試すために起きていて、愛する力が多ければ多いほど解決の日が速まる気がします。

もうひとつ、発見したのは、「目力」と言うのがあって、テレビで簡単なテストをしていたのですが、近親と乱視の私の「目力」は、20代でした!
何か別の視力なのでしょうか?
兎に角、この時代をしっかりと見ないと!


 「軽井沢」行きがくるまで25分くらいあったので、読書しなはら草団子とかりん糖饅頭を食べた!

 「軽井沢」のアウトレットは、7時までで、30分くらいでパン屋さんでパンを、普段のタートルネック-セーターをアフタヌーンティーで2枚買う。


 ローラ-アシュレ-で、春のテーブルクロスとランチョン-マットを買う。


 どちらも安くなっているものです!