December 14th, 2011

晴れ渡る!雲ひとつなく!

粗食です!




お昼は「栗の木テラス」で、大豆のキーマ-カレー!

1時1分に長野県南部で震度4の地震があったようです。
こちらは北部なのですが、少しゆらゆらと体がしました!

特急「しなの」22号、岐阜で起きた地震のため運休!線路の安全確認のため!
Ring と言う美容室に入りました!


今日は東急の美容室が休みだったので、新しいところに!
1じはんから!

微睡み!

今日は暖かで、信越線のなかでうとうとしいてしまいました!



☆今、スマート-フォンで書いていて一部編集しなくてはならない場所があるので、明日、編集し直します。

 長い間、沈黙していたことを書き始めた理由は、世の中の罪の量が大自然を使って多くの犠牲を強いる浄化を必要にさせられているので、いかに人間と言うのが恐ろしく罪深いか確認しなくてはと思ったのです。

☆最近、自分に飛び込んできたクローデルの本や演劇、映画が何か私に訴えている気がしました。

 闇に葬られてる多くの真実のひとつとして、カミーユ-クローデルの美しい彫刻は「私のように勇気をもって!」と言っている気がしました。
新しい正義の時代は嘘のない時代で、誰でもが殺されない時代と思うのです。

 「自分さえよければいい」とか「弱い立場の人を騙して奴隷にして楽しよう」と言う暗愚の人はもうすぐ消えていくそうです。

 ☆☆☆
美しい時代がもうすぐ始まる!

この本は今日郵便受けに入っていて、2時間位で読めました。
多くの実際の写真と手紙や新聞記事など、詳しくて正確な知識が一杯でとてもよかった。フランスで出版されたものの翻訳です。

 彼女が精神病院から弟のポールや友人たちに書いた手紙は決して狂っているとは思われなかった。
きわめて感情的な悪意がカミーユをほ閉めだしたと思うのです。
救いというのは弟ポールの存在で、彼は外交官になり、詩人としても劇作家としても成功したので、姉の作品をロダン邸に陳列させたり、出版して姉の事実も書くことができたことです。彼はカトリック信者で聖職者になりたかった程ですから、とても澄んだ美しい公平な視線というものを持っていた。

 異常な性格と言うなら、彼女の母親の愛情のなさである。
母親は、あれほど郷里へ帰りたいと言うカミーユを「世話するひとがいない。」と言って迎えない。カミーユは「なぜ?私は誰の世話もいらない。今までも手伝いを雇わず一人でやってきたのだ。」と言う。どこが狂っているのか?

 カミーユはロダンが自分を葬り、私を生かしておくとロダンを越えるのが怖いのだ。困るのだと言う。それは、事実ではなかったのか?

 ★★★
 男社会は、多くが男の味方である。まして、24才の歳上だったロダンには、すでに知名度も経済力もあった。若いカミーユは女性でロダンの権威の前ではほとんどの芸術をみる目のない普通の人にとって、愛人生活している当時のモラルから逸脱した生き方を選んだカミーユの味方はいなかった。

 おまけに宗教を否定していたし貧乏であった。実に弱い存在だったのだ。カミーユも普通の人の支持を得る努力もせず制作中心だったので、弟やロダンにしか制作上の高みは理解できなかったという。妹の羨望まであったのだ。父親は毎月カミーユに送金し、母親も妹も苦々しく思っていた。才能に溢れたたぐいまれなる美しい女性の強気さや天衣無縫さを何処かで貶めて悪魔的な歓喜を持っていた人物はいなかったのか?

 は軽度の障害を足に持っていて少しひきずっていたそうだ。何かとてつもない生きる十字架を背負っていた人。芸術かとして選ばれて生まれてきた人!

 非常に精神的に自立していて、意識の上ではロダンと対等に張り合っていたのだ。彫刻家の周囲の人はそうしたカミーユの実力も見えたものの、多くの当時のブルジョワで彼女を見る社交界は彼女のつつましくない態度をどう見ていたのだろう?
 ロダンは彼女の実力を知っていたし、彼女から受けたインスピレーションで彼の作品も高揚し続け、手放したくなかった。そのままローズとの生活とカミーユとの制作での高湯を続けたかったし、子娘であったカミーユをややなめていたのであろう。

 カミーユが不実を訴えても、多くのひとの観念は「師に向かって!」と言うだろう。カミーユはあまりにも不利な条件にいて、だれも味方がいなかったのかと思えるほど男気のある人が登場しなかった。それは、当然、ロダンの女だったからだ。ロダンは貯めこんだカミーユの1年分の家賃も支払っている。それぞれ播いた種を支払っていたのだ。

★★★
 こんなことはアートの世界では日常茶飯事だった。
 カミーユのことで、「人間は力関係か?」と考えさせられる。
自分の存在が脅かされることはよくあることなのだ。
そこを知力とか時には時間待ちをして、生き抜くだけの才覚が無いとアート界の女性は生き残れない。

 私の経験で、嘘だと思うひともいるだろうが、ある芸大の大学院のひとが、公募展展にいつも落ちて、仲間の笑い者になっていたのを見るに見かねて、問題点を指摘したら、公募展に受賞したのみならず、作品は卒業時に芸大の買い上げになった。その青年は、「君の力は凄いな?」と言ったので、もちろん本人は誰のお陰か知っている。そして、私の家のすぐそばに越してきた。グループ展で仲間に「○君にもらってもらったらいいでしょう?」と言わせていたから、その気がったようだ。
もし、かりにその青年が誠実な青年だったなら、結婚の可能性もあったと思う。しかし、お茶の稽古でその家の前を通って歩いていたある日、若い娘さんが雨のなか傘も指さずたっていて、訊き出したらお金を50万円ほど材料費として出しているといい、遠路彼を訪ねてやって来たのだった。女性をこのように利用するひとは私は嫌いなので去ったのだが。その後で、憎しみのように「結婚しろよ。」と幾度も言われた。同業者なので、あちこちのギャラリーで偶然会ったのだ。それは、同じ畑で事実を言われることが困るからで、結婚して制作をしなければ誰も私の発言を聞くこともなくなり、なかったことになるからである。

 ★★★
 人の作品を盗むというのはよくある。
 そして、盗んだほうは、持っていた人を次には生かしておけないと思うのである。
 本当のことがばれたら、自分は盗人となり尊敬を失う。侮りがまっているから。

カミーユの「盗られる!」「ロダンに破滅させられる!」というのは、妄想でない。事実だったのだ。そして、それを知っていて精神病院のなかで廃人にさせられて「良かった。シメシメ。」と言うのが本音だったと思う。もっとも姑息な成功者は第三者の前では実に愛情深く心配を装っていたとは思うが。

 実際に、私も2年がかりで栄養失調になりながらコツコツと貯めた資料を盗まれたことがあった。

パリから帰った33歳くらいの時、聖母マリアの資料を当時「週刊現代」の記者が、全部、騙し取って本を出したことがある。私と同じ年齢の小さなこのいる人で、奥さんに
は嘘を言っていて、電話をかけたとき「お世話になってます。」と実に愛想よく言われた。念には念をいれて、脅かすことも忘れはしなかった。「カトリック信者が聖母マリアのことを書くと気が狂うので、書くな!」と凄んだ。その人は今では有名人で本も数十冊は出している。
その「週刊現代」の記者に私がたくさんの資料を持っていることを知らせたのは、瀬尾君と言う人で、それで取材を装って近づいて
きたのだ。初版から3版までは、小さく資料提供者として私を黙らせるために縷衣香となが入っていたが、4版からはそれも消えていた。私が知っている時点で133版の再版で、テレビの2時間特集のスペシャル番組で「誠実」とか「愛」とか本人が出てきて言っていた。さらに、瀬尾君がその「週刊現代」の記者から「神父も5人くらい味方だから君も仲間にならないか?」と言われたといいにきた。本当のことを知らたは不味いので瀬尾君を乗っ取りの仲間にしたかった
のだろう。現在はかの記者もカトリック信者になっている。

☆☆☆
私が自分の経験で学んだことは、他人の努力を乗っ取ったり、踏み台にしてまでして世にでて、お金や名声を手に入れたい人がいるということ。
そうして、踏み台にしたり乗っ取った人が生きてて貰ったら困るので殺そうとする気持ちが生まれると言うこと。
 聖母マリアの資料の盗難については、取材に同席していた私と同じ年齢の都筑さんという女性もいてかなりの人が知っているのだが、私たちはテレビを観ながら、そんな風にして世に出
た「週刊現代」の記者がかわいそうに見えたのだ。