December 30th, 2011

年の瀬!

昨晩は遅くまでテレビで福島の人達のドキュメントを観てました。
政府の情報にほんろうされて、仮設住宅を移動する人たち。
疲労と怒り。
何もできないけれど私も事実をしっかり見ます。

私はゆっくりと起きて、玄関に積んであった画廊から運んだ額入りの絵を梱包して、長野に送ることにしました。
来年のカレンダーを志田寿人氏が送ってくれたので、新しく買ったキャンバスや筆と一緒にヤマト運輸までタクシーで運び、天気予報を観て6日が晴れというので、1週間後の金曜日に着くようにしました。
タクシーの運転手さんは左手がご不自由なのに、重い荷物を運んでくれたので、恐縮してしまいました。
日本人って庶民は優しくて気がいいのですよね。

☆主人が年賀状を出しに行ったので、私は主人のワイシャツをついでに運びクリーニング屋さんに行き重い背広を持って、そのまま白金の「シェル・ガーデン」へ。

青空で雲ひとつないのです。

 今年はおせちもうどんすきもオーダーしてないんですが、今夜のスキヤキの材料とともに、お雑煮やきんとん、かまぼこ、黒豆、酢の物など少しばかり家族が食べれそうなものをそろえました。

 荷物は一杯になるので、帰りはタクシーですが。

 凄い人でした。
 何があってもお正月なんですもの。

☆娘たちはお食事をするついでにお出かけでいません。
若い日にクリスマスを好きな人と一緒にできるのは幸せですね。

 私たち夫婦も落ち着いてみれば、一緒に夕飯を食べる平凡な日が尊いのです。

 いただきもののお米を炊いてみましょうか?

 食べ物の大切さがこの頃はひしと感じられます。

☆昨晩観た、福島の鶏小屋で餓死した鶏たちの映像。
 放射能は見えない臭わないから怖いと。

 私たちの生活で何が大切か?

 皆、必死で生きている。
 
 それでもかなわない大きなものが私たちの生活を脅かす。

 寒い冬はまだ3カ月は続く。

 体を温めるものはいっぱいほしい。

 そして、そのままかじれるものがいい。

 お煎餅でもウエハースでもいくらでも置いておくことだ。

☆牛乳屋さんが持ってきてくれたお米です。今日はこれを炊きます。
歴史に残る天明の大飢饉では、米沢藩だけは餓死者をひとりもださなかったといいます。
名君と言われた米沢藩9代藩主上杉鷹山公は農耕の大切さを示すために中国周の時代の古事に習い「せき田の礼」を行いました。君主が自ら鍬を持ち、耕され田植えし、稲刈りをした儀式)

家の中!

 娘たちが5時半ごろ帰って来て、「Back to future」を蔦谷から借りて来たのです。
それで、8時から観たいテレビのある主人も場所を譲って絨毯の上に若い二人、アームチェアに主人で観ています。

 娘たちは英語で話しているので、何かココはアメリカか?という感じです。

 スキヤキも少し食べるということで調理も終わり、ビデオの終わるのを待っているところ!

☆栗きんとんや黒豆も出してしまうことにしました!

☆テレビで古いロックンロールを観ていると感慨があります。
 戦後生まれた私たち夫婦はベビーブーマなんですが、テレビがようやく普及しだしたころアメリカのホーム・ドラマは憧れの良き家庭でした。

「うちのママは世界一」
「パパは何でも知っている」
「ビーバーちゃん」

 年頃の女の子はスカートが広がってペチコートでふわっとして、お迎えのボーイフレンドと車でパーティへ。

 男の子はバンドをやったり車で友達と遊びに行く先に悪友達がいたり。

 隣人との芝生の庭ごしの語らいや地域社会の充実。

 きれいなママとダンディなパパが仲良くデート。手作りの美味しいケーキに電化製品の揃った美しい庭付の家。

☆でも、現実のアメリカは貧しい移民や崩壊した家庭で子供たちが荒んでる。
不倫もしょっちゅう。
子供たちは薬をしたり、勤勉でなくなる。

負け犬が軽蔑される社会なのだ。

一部の豊かな家庭の子供たちは約束された未来のために勉強もするし、生まれながらに美しい。

☆福島の疲れ切った日本の人々はどうしてこんな目に逢わなければいけないのか?

 こんな姿はどのようにアメリカ人には映っているのだろう?

 農薬を使わない農業で誇りを持って生きていた農家の人も放射能の前に肩を落とした。

 これは何?

 私は東京にいて、あの三春張り子を学びに訪れた三春で放射能から身を守るために配られた錠剤2粒のドキュメントを観た。それぞれの判断で、できることをする。

 三春張り子の制作者がひょっとこお面を被って、アメリカの美術館で披露した話を思い出す。

 私たち庶民はアメリカが結構好きなのだ。

 しかし、福島の三春ももう安全ではない。海外の人が訪問することは少なくなるだろう